源氏物語 第31帖 真木柱(17)
源氏の文
二月になり、源氏は、こうもきっぱりと連れ去られるとは思わず油断していた悔しさに、玉鬘を恋しく思い続ける。無骨な髭黒のそばでは冗談も言えまいと我慢していたが、春雨の降るつれづれに、昔玉鬘のもとで語らったことが恋しくて、右近を通して「かきたれて」の歌を贈る。玉鬘は涙ぐみ、源氏を恋しく思うが、実の親でもない人に会いたいとも言えない。玉鬘は「ながめする」の歌を返し、源氏はそれを見て涙をこぼす。かつて朧月夜を弘徽殿の大后に閉じ込められた時のことを思い出すが、それ以上にしみじみとした思いである。源氏は琴をかき鳴らし、玉鬘の爪音を思い出す。冷泉帝も玉鬘の姿が忘れられず、ひそかに文を送るが、玉鬘はつれない返事しかしない。

- 1二月二月きさらぎにににもももなりなりなりぬぬぬ。。。大殿大殿おおとのはははさてもさてもさてもつれなきつれなきつれなきわざわざわざなりなりなりやややいといといとかうかうこうきはきはしうきはきはしうきわきわしゅうとととしもしもしも思思おもははわでででたゆめたゆめたゆめられられられたるたるたるねたさねたさねたさををを、、、人人ひとわろくわろくわろく、、、すべてすべてすべて御心御心みこころにににかゝらかゝらかからぬぬぬ折折おりなくなくなく、、、戀戀こいしうしうしゅう思思おもひひい出出いでででられられられ給給たまふふう。。。宿宿すく世世せなどなどなどいふいふいうものものものおろかおろかおろかならならならぬぬぬとととなれなれなれどどどわがわがわがあまりあまりあまりなるなるなる心心こころにてにてにてかくかくかく人人ひとやりやりやりならならならぬぬぬ物物ものははは思思おもふふうぞぞぞかしかしかしととと、、、おきおきおきふしふしふし面面おも影影かげにににぞぞぞ見見みえええ給給たまふふう。。。
- 2大將大將だいしょうのののをかしやかをかしやかおかしやかにににわらゝかわらゝかわららかなるなるなるけけけもももなきなきなき人人ひとにににそひそひそい居居いたらたらたらむむんににに、、、はかなきはかなきはかなきたはぶれたはぶれたわぶれ事事ごともももつゝましうつゝましうつつましゅうあいなくあいなくあいなくおぼさおぼさおぼされれれてててねんじねんじねんじ給給たまふふうををを、、、雨雨あめいたういたういとう降降ふりりりててていといといとのどやかのどやかのどやかなるなるなる頃頃ころかやうかやうかようのののつれづれつれづれつれずれももも紛紛まぎらはしはしわし所所どころににに渡渡わたりりり給給たまひひいててて語語かたらひらひらい給給たまひひいしししさまさまさまなどなどなどののの、、、いみじういみじういみじゅう戀戀こいしけれしけれしければばば御御おん文文ふみ奉奉たてまつりりりたまふたまふたまう。。。右右う近近こんがががもともともとににに忍忍しのびびびててて遣遣つかわすすすもももかつかつかつははは思思おもははわむむん事事ことをををおぼすおぼすおぼすににに、、、何事何事なにごともももえええつゞけつゞけつづけ給給たまははわででで唯唯ただ思思おもははわせせせたるたるたる事事ことどもどもどもぞぞぞありありありけるけるける。。。
- 3「「「かきかきかきたれたれたれてててのどけきのどけきのどけき頃頃ころののの春春はる雨雨さめにににふるさとふるさとふるさと人人びとをををいかにいかにいかにしのぶしのぶしのぶややや。。。つれづれつれづれつれずれにににそへそへそえてててももも恨恨うらめしうめしうめしゅう思思おもひひい出出いでででらるゝらるゝらるることことこと多多おおううう侍侍はべるるるをををいかでいかでいかでかかか聞聞きこゆゆゆべからべからべからむむん」」」などなどなどありありあり。。。ひまひまひまににに忍忍しのびびびててて見見みせせせ奉奉たてまつれれればばばうちうちうち泣泣なきききてててわがわがわが心心こころにににももも程程ほど經經ふるるるまゝまゝままににに思思おもひひい出出いでででられられられ給給たまふふう御御おんさまさまさまををを、、、まほまほまほにににこひしこひしこいしやややいかでいかでいかで見見み奉奉たてまつらららむむんなどなどなどはははえええののの給給たまははわぬぬぬ親親おやにてにてにてげにげにげにいかでいかでいかでかかかははは對面對面たいめんもももあらあらあらむむんととと哀哀あわれなりなりなり。。。
- 4時々時々ときどきむつかしかりむつかしかりむつかしかりししし御御おん氣色氣色けしきををを心心こころづきなうづきなうずきのう思思おもひひい聞聞きこえええしししなどなどなどはははこのこのこの人人ひとにににもももしらしらしらせせせ給給たまははわぬぬぬことことことなれなれなればばば、、、心心こころひとつひとつひとつにににおぼしおぼしおぼし續續つづくれくれくれどどど右右う近近こんはははほのほのほのけしきけしきけしき見見みけりけりけり。。。いかなりいかなりいかなりけるけるける事事ことならならならむむんととと今今いまににに心得心得こころえ難難がたくくく思思おもひひいけるけるける。。。御御おんかへりかへりかえり聞聞きこゆるゆるゆるももも耻耻はずかしけれしけれしけれどどど、、、おぼつかなくおぼつかなくおぼつかなくやはやはやはとてとてとて書書かききき給給たまふふう。。。「「「ながめながめながめするするする軒軒のきのののしづくしづくしずくににに袖袖そでぬれぬれぬれてててうたかたうたかたうたかた人人ひとををを忍忍しのばばばざらざらざらめめめややや。。。ほどほどほどふるふるふるころころころははは、、、げにげにげにことことことなるなるなるつれづれつれづれつれずれもももまさりまさりまさり侍侍はべりりりけりけりけり。。。あなかしこあなかしこあなかしこ」」」とととゐやゐやしくゐやゐやしくいやいやしく書書かきききなしなしなし給給たまへへえりりり。。。
- 5引引ひきききひろげひろげひろげててて玉玉たま水水みずのののこぼるゝこぼるゝこぼるるやうやうようにににおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるををを、、、人人ひとももも見見みばばばうたてうたてうたてあるあるあるべしべしべしととと、、、つれなくつれなくつれなくもてなしもてなしもてなし給給たまへへえどどど胸胸むねにににみつみつみつ心地心地ここちしししててて、、、かのかのかの昔昔むかしのののかんかんかんののの君君きみををを朱朱す雀雀ざく院院いんののの后后きさきのののせちせちせちににに取取とりりりこめこめこめ給給たまひひいししし折折おりなどなどなどおぼしおぼしおぼし出出いづれづれずれどどど、、、さしさしさしあたりあたりあたりたるたるたることことことなれなれなればばばにににやややこれこれこれははは世世よづかづかずかずずずぞぞぞ哀哀あわれなりなりなりけるけるける。。。すいすいすいたるたるたる人人ひとははは心心こころからからから安安やすかるかるかるまじきまじきまじきわざわざわざなりなりなりけりけりけり。。。今今いまははは何何なににににつけつけつけてててかかか心心こころをををももも亂亂みだらららましましまし、、、似似にげなきげなきげなき戀戀こいのののつまつまつまなりなりなりやややとととさましさましさまし侘侘わびびび給給たまひひいててて、、、御御おん琴琴ことかきかきかきならしならしならしててて懷懷なつかしうかしうかしゅう彈彈ひきききならしならしならし給給たまひひいしししつまつまつま音音おと思思おもひひい出出いでででられられられ給給たまふふう。。。
- 6あづまあづまあずまののの調調しらべべべをををすがゞきすがゞきすががきててて、、、「「「玉玉たま藻藻もはははなななかりかりかりそそそ」」」ととと謠謠うたひひいすさびすさびすさび給給たまふふうももも戀戀こいしきしきしき人人ひとににに見見みせせせたらたらたらばばば哀哀あわれすぐすすぐすすぐすまじきまじきまじき御御おんさまさまさまなりなりなり。。。うちうちうちにににもももほのかほのかほのかににに御覽御覽ごらんぜぜぜししし御御おんかたちかたちかたち有樣有樣ありさまををを御心御心みこころにににかけかけかけたまひたまひたまいててて、、、赤赤あか裳裳もたれたれたれ引引ひきききいにいにいにしししすがたすがたすがたをををととと、、、にくげにくげにくげなるなるなるふるふるふることことことなれなれなれどどど御御おんことことことくさくさくさににになりなりなりてててなむなむなんながめながめながめさせさせさせ給給たまひひいけるけるける。。。御御おん文文ふみははは忍忍しのびびびしのびしのびしのびにににありありありけりけりけり。。。身身みををを憂憂うきききものものものににに思思おもひひいしみしみしみ給給たまひひいてててかやうかやうかようのののすさびすさびすさびどどどをををもももあいなくあいなくあいなくおぼしおぼしおぼしけれけれければばば、、、心心こころとけとけとけたるたるたる御御おんいらへいらへいらえももも聞聞きこえええ給給たまははわずずず、、、猶猶なおかのかのかのありがたかりありがたかりありがたかりししし御御おん心心こころおきておきておきてをををかたがたかたがたかたがたにににつけつけつけててて思思おもひひいしみしみしみ給給たまへへえるるる御御おん事事ことぞぞぞ忘忘わすららられれれざりざりざりけるけるける。。。
現代語訳
二月にもなった。大殿(源氏)は、それにしても冷淡なことだ、こうもきっぱりとされるとは思いもせずに油断させられた悔しさを、体裁が悪いほど、何かにつけてお心にかからない時もなく、恋しく思い出しなさる。宿世などというものはおろそかならぬものだけれど、自分のあまりな心のせいで、このように自分から求めた物思いをするのだと、寝ても覚めても面影に見えなさる。
大将のような、趣も明るさもない人に連れ添っているだろうに、ちょっとした冗談を言うのも気が引けてつまらなくお思いになって、我慢していらっしゃったが、雨がひどく降って、たいそうのどかな頃、このようなつれづれを紛らわす場所として西の対にお渡りになって、お話しなさったことなどが、たいそう恋しいので、お手紙を差し上げなさる。右近のもとにひそかに遣わすのも、右近がどう思うかとお思いになるので、何事も書き続けることがおできにならず、ただ相手に察しさせるようなことを書いたのであった。
「かきたれてのどけき頃の春雨にふるさと人をいかにしのぶや(降りこめてのどかなこの頃の春雨に、昔なじみの私を、どのように偲んでいらっしゃいますか)。つれづれにつけても、恨めしく思い出されることが多うございますのを、どうしてお伝えできましょう」などとある。右近が人のいない隙に、そっとお見せ申し上げると、玉鬘は泣いて、自分の心にも、時がたつにつれて思い出されなさる源氏のご様子を、正面から恋しい、どうにかしてお会いしたいなどとは言えない親なので、本当に、どうして対面することができようかと、しみじみと思う。
時々わずらわしかった源氏のご様子を、不快に思い申し上げたことなどは、この右近にもお知らせにならないことなので、心ひとつに思い続けていらっしゃるけれど、右近はうすうす様子を察していた。どういうことだったのだろうと、今でも合点がいかなく思っていた。お返事を申し上げるのも恥ずかしいけれど、気がかりにさせてもと思ってお書きになる。「ながめする軒のしづくに袖ぬれてうたかた人を忍ばざらめや(物思いにふけって眺めている軒の雫に袖を濡らして、少しの間でも、あなたを偲ばないことがありましょうか)。時がたつこの頃は、本当に格別のつれづれもまさっております。あなかしこ」と、礼儀正しくお書きになった。
源氏は手紙を広げて、玉水がこぼれるような涙が落ちそうにお思いになるのを、人が見たら見苦しいだろうと、平静を装っていらっしゃるけれど、胸がいっぱいになる気持ちがして、あの昔の尚侍の君(朧月夜)を、朱雀院の母后(弘徽殿の大后)が強く閉じ込めなさった折のことなどを思い出しなさるけれど、差し当たったことだからであろうか、こちらは世にないほど哀れであった。色好みの人は、自分の心から、心安らかでいられないものであった。今は何につけて心を乱すことがあろう、似つかわしくない恋の相手だなあと、思いを冷まそうと苦心なさって、御琴をかき鳴らして、玉鬘が親しみやすく弾き鳴らしていた爪音が思い出されなさる。
和琴の調べを菅掻きにして、「玉藻はな刈りそ」と口ずさみなさるのも、恋しい人に見せたならば、しみじみと思わずにはいられないようなご様子である。帝も、ほのかにご覧になった玉鬘のご容貌やご様子をお心にかけていらっしゃって、「赤裳垂れ引き去にし姿を」と、好ましくない古歌だけれど、口癖になって、物思いにふけっていらっしゃった。お手紙は、ひそかにあった。玉鬘は、わが身をつらいものと思い込んでいらっしゃって、このような慰みごとも面白くなくお思いになったので、打ち解けたお返事も申し上げなさらず、やはりあのめったにない源氏のお心づかいを、あれこれにつけて深く思っていらっしゃることが、忘れられなかった。
意訳
源氏は、玉鬘を連れ去られた悔しさに恋しさを募らせ、春雨のつれづれに歌を贈る。玉鬘も源氏を恋しく思い、歌を返す。
源氏は涙をこらえて琴をかき鳴らし、玉鬘の爪音を思い出す。冷泉帝も玉鬘の姿が忘れられず文を送るが、玉鬘はつれない返事しかしない。
語釈・文法注
文法
- 反語の「ざらめや」(うたかた人を忍ばざらめや)
- 「偲ばないことがありましょうか、いや、偲んでいます」。
- 反語の「か…まし」(何につけてか心をも亂らまし)
- 「何につけて心を乱すことがあろう」。
解説
源氏は、玉鬘を失って初めて、その恋しさを思い知る。朧月夜との恋が弘徽殿の大后に妨げられた時のことを思い出すが、それ以上に哀れだというのは、玉鬘への思いの深さを示している。
玉鬘も、離れてみて初めて源氏の心づかいのありがたさを思い知る。「まほにこひしやいかで見奉らむなどはえの給はぬ親」という一句に、養父と養女という関係の複雑さが凝縮されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、550–553頁(コマ280–281)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日