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源氏物語 第31帖 真木柱(11)

式部卿宮家の怒り

登場人物:木工の君・中将のおもと・式部卿宮・式部卿宮の北の方

木工の君は髭黒の召人なので残り、中将のおもとと歌を交わして別れを惜しむ。北の方を乗せた車は、振り返り振り返り、梢が見えなくなるまで顧みながら去っていく。式部卿宮邸では、宮が娘を待ち受け、母の大北の方は泣き騒いで、源氏を昔からの仇敵のように言う。源氏は娘の王女御を何かにつけて冷遇し、紫の上の縁者でありながら自分たちには冷たく、継子の玉鬘を大切にして髭黒に与えたと、源氏をののしる。宮は、源氏を悪く言うなとたしなめ、須磨に沈んだ時に冷たくした報いを源氏は巧みに返しているのだと言うが、大北の方はますます腹を立てる。この大北の方こそ意地の悪い人であった。

雪の夕暮れ、北の方と姫君を乗せた牛車が、髭黒の邸を離れていく場面(AI生成)
雪の夕暮れ、北の方と姫君を乗せた牛車が、髭黒の邸を離れていく場面
  1. 1もくもくもくののの君きみ君きみきみははは殿との殿とのとのののの御おん御おんおん方かた方かたかたののの人ひと人ひとひとにてにてにてとゞまるとゞまるとどまるににに、、、中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうのののおもとおもとおもと、、、「「「あさけれあさけれあさけれどどどいしいしいし間ま間ままののの水みづ水みづみずはははすみすみすみはてはてはてゝゝてやどやどやどもるもるもる君きみ君きみきみやややかけかけかけはなるはなるはなるべきべきべき。。。思おも思おもおもひひいかけかけかけざりざりざりしししことことことなりなりなりかくかくかくててて別わか別わかわかれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむん事こと事ことことよよよ」」」ととといへいへいえばばば、、、もくもくもく、、、「「「ともかくもともかくもともかくもいはいはいわ間ま間ままののの水みづ水みづみずのののむすぼゝれむすぼゝれむすぼおれかげかげかげとむとむとむべくべくべくもももおもほえおもほえおもおえぬぬぬ世よ世よよををを。。。いでやいでやいでや」」」とてとてとてうちうちうちなくなくなく。。。
  2. 2御おん御おんおん車くるま車くるまくるまひきひきひき出い出いいでででゝゝて打う打ううちちちかへりみるかへりみるかえりみるもももまたまたまたはははいかでいかでいかでかかかははは見み見みみむむんとととはかなきはかなきはかなき心地ここち心地ここちここちすすす。。。梢こずゑ梢こずゑこずえをををももも目め目めめとゞめとゞめとどめててて隱かく隱かくかくるゝるゝるるまでまでまでぞぞぞ顧かへり顧かへりかえりみみみ給たま給たまたまひひいけるけるける。。。君きみ君きみきみがががすむすむすむゆゑゆゑゆえにににはははあらあらあらでででこゝらこゝらここら年とし年としとし經へ經へへ給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおんすみかすみかすみかのののいかでいかでいかでかかか忍しの忍しのしのびびび所どころ所どころどころなくなくなくはははあらあらあらむむん。。。
  3. 3宮みや宮みやみやにににははは待ま待ままちちちとりとりとりいみじういみじういみじゅう覺おぼ覺おぼおぼしししたりたりたり。。。母はゝ母はゝはは北きた北きたきたののの方かた方かたかた泣な泣ななききき騷さわ騷さわさわぎぎぎ給たま給たまたまひひいててて「「「おほきおほきおおきおとゞおとゞおとどをををめでたきめでたきめでたきよすがよすがよすがととと思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえれれれどどど、、、いかばかりいかばかりいかばかりののの昔むかし昔むかしむかしののの仇あた仇あたあたかたきかたきかたきにににかかかおはしおはしおわしけむけむけんとととこそこそこそははは思おも思おもおもほゆれほゆれおゆれ。。。女御にようご女御にようごにようごをををももも事こと事ことことにににふれふれふれはしたなくはしたなくはしたなくもてなしもてなしもてなし給たま給たまたまひひいしかしかしかどどどそれそれそれははは御おん御おんおん中なか中なかなかののの恨うらみ恨うらみうらみ解と解ととけけけざりざりざりししし程ほど程ほどほど思おも思おもおもひひいしれしれしれとととにににこそこそこそはははありありありけめけめけめとととおぼしおぼしおぼしのたまひのたまひのたまい世よ世よよののの人ひと人ひとひともももいひいひいいなしゝなしゝなししだにだにだに猶なほ猶なほなおさささやはやはやはあるあるあるべきべきべき。。。
  4. 4人ひと人ひとひとひとりひとりひとりををを思おも思おもおもひひいかしづきかしづきかしずき給たま給たまたまははわむむんゆゑゆゑゆえはははほとりほとりほとりまでまでまでもももにほふにほふにおうためしためしためしこそこそこそあれあれあれととと心得こころえ心得こころえこころえざりざりざりしししををを、、、ましてましてましてかくかくかくすゑすゑすえにににすゞろすゞろすずろなるなるなるまゝこまゝこままこかしづきかしづきかしずきをををしししててて、、、おのれおのれおのれふるしふるしふるし給たま給たまたまへへえるるるいとほしみいとほしみいとおしみににになるなるなる人ひと人ひとひとのののゆるぎゆるぎゆるぎ所どころ所どころどころあるあるあるまじきまじきまじきをををとてとてとて取と取ととりりりよせよせよせもてもてもてかしづきかしづきかしずき給たま給たまたまふふうはははいかゞいかゞいかがつらからつらからつらからぬぬぬ」」」ととと言い言いいひひい續つゞ續つゞつづけけけのゝしりのゝしりののしり給たま給たまたまへへえばばば
  5. 5宮みや宮みやみやははは「「「あなあなあな聞き聞きききききにくにくにくややや、、、世よ世よよににに難なん難なんなんつけつけつけられられられ給たま給たまたまははわぬぬぬおとゞおとゞおとどををを口くち口くちくちににに任まか任まかまかせせせてててななな貶おと貶おとおとしめしめしめ給たま給たまたまひひいそそそ。。。賢かしこ賢かしこかしこききき人ひと人ひとひとははは思おも思おもおもひひいおきおきおきかゝるかゝるかかる報むくい報むくいむくいもももがながながなととと思おも思おもおもふふうことことことこそこそこそははは物もの物ものものせせせられられられけめけめけめ。。。さささ思おも思おもおもははわるゝるゝるる我わ我わわががが身み身みみののの不幸ふかう不幸ふかうふこうなるなるなるにににこそこそこそはははあらあらあらめめめ。。。つれなうつれなうつれのうててて皆みな皆みなみなかのかのかのしづみしづみしずみ給たま給たまたまひひいししし世よ世よよのののむくいむくいむくいはははうかべうかべうかべしづめしづめしずめいといといと賢かしこ賢かしこかしこくくくこそこそこそははは思おも思おもおもひひい渡わた渡わたわたいいい給たま給たまたまふふうめれめれめれ。。。おのれおのれおのれ一人ひとり一人ひとりひとりをををばばばさるべきさるべきさるべきゆかりゆかりゆかりととと思おも思おもおもひひいてててこそこそこそははは、、、一ひと一ひとひと年とせ年とせとせもももさるさるさる世よ世よよのののひゞきひゞきひびきににに家いへ家いへいえよりよりより餘あま餘あまあまるるる事こと事ことことどもどもどもゝゝもありありありしかしかしか、、、それそれそれをををこのこのこの世よ世よよのののめいぼくめいぼくめいぼくにてにてにて止や止ややみみみぬぬぬべきべきべきなななめりめりめり」」」とととのたまふのたまふのたまうににに、、、いよいよいよいよいよいよ腹はら腹はらはら立た立たたちちちてててまがまがしきまがまがしきまがまがしきことことことなどなどなどををを言い言いいひひいちらしちらしちらし給たま給たまたまふふう。。。このこのこの大おほ大おほおお北きた北きたきたののの方かた方かたかたぞぞぞさがなさがなさがなものものものなりなりなりけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

木工の君は殿(髭黒)付きの女房なので残るのに、中将のおもとが、「あさけれどいし間の水はすみはてゝやどもる君やかけはなるべき(浅いけれど石間の水〈あなた〉はこの家に住み続けて、宿を守るはずの北の方が離れていかれるのでしょうか)。思いもかけなかったことです。こうしてお別れ申し上げることになろうとは」と言うと、木工は、「ともかくもいは間の水のむすぼゝれかげとむべくもおもほえぬ世を(ともかくも、岩間の水が凍りついて、影をとどめることもできないように、私もこの家にとどまれるとは思えない世の中なのに)。いやもう」と言って泣く。

御車を引き出して振り返って見るのも、また再び見ることができようかと、はかない気持ちがする。梢にも目をとめて、隠れるまで振り返りなさった。夫がいるからというのではなく、長年過ごしていらっしゃったお住まいなので、どうして名残惜しくないことがあろうか。

宮邸では待ち受けて、たいそう悲しくお思いになった。母北の方(式部卿宮の北の方)は泣き騒ぎなさって、「太政大臣(源氏)を、すばらしい縁者と思い申し上げていらっしゃったけれど、いったいどれほどの昔からの仇敵でいらっしゃったのだろうと思われます。女御(王女御)のことも、何かにつけて冷たく扱いなさったけれど、それは、ご仲違いの恨みが解けなかった頃のことを思い知れということだったのでしょうと、宮もお思いになっておっしゃり、世間の人もそう取り沙汰したのでさえ、やはりそんなことがあってよいものでしょうか。

一人の人(紫の上)を大切になさるなら、その縁者にまで恩恵が及ぶ例もあるのにと納得がいかなかったのに、まして、このように末になって、ゆかりもない継子を大事にして、自分が古くした(自分のものにした)後の気の毒さに、実直で心変わりしそうにない人をと、取り寄せて大事にお世話なさるのは、どうしてつらくないことがありましょう」と言い続けてののしりなさると、

宮は「ああ聞き苦しい。世に非難されることのない大臣を、口に任せてけなしなさるな。賢い人は、前から考えておいて、このような報いをしたいと思うことがあったのでしょう。そう思われる我が身が不幸なのでしょう。素知らぬ顔をして、皆、あの須磨に沈んでいらっしゃった時の報いは、浮かべたり沈めたり、たいそう賢く思い続けていらっしゃるようです。私一人だけは、しかるべき縁者と思ってこそ、先年も、あのような世の評判になるほど、家に余るようなお祝いのことなどもあったのだから、それをこの世の面目として、終わるしかないようだ」とおっしゃると、北の方はいよいよ腹を立てて、不吉なことなどを言い散らしなさる。この大北の方こそ、意地の悪い人であった。

意訳

北の方を乗せた車は、梢が見えなくなるまで振り返りながら去っていく。式部卿宮邸では、大北の方が、源氏を仇敵のようにののしる。

式部卿宮は、源氏を悪く言うなとたしなめるが、大北の方はますます腹を立てる。この大北の方こそ意地の悪い人であった。

語釈・文法注

じはふなる人
実法(じほう)なる人。実直で誠実な人。ここでは髭黒を指す。

文法

禁止の「な…そ」(口に任せてな貶しめ給ひそ)
「口に任せてけなしなさるな」。
推量の「けめ」(物せられけめ)
過去推量「けむ」の已然形。「こそ」の結び。

解説

式部卿宮の北の方(大北の方)は、紫の上の継母にあたる。かつて紫の上を冷遇した人物で、ここでも源氏への恨みを激しく言い立てる。語り手は「この大北の方ぞさがなものなりける」と、はっきりと批判している。

式部卿宮は、源氏が須磨に退去していた時に冷淡だったことを思い出し、源氏がその報いをしているのだと考える。源氏と式部卿宮家の確執は、紫の上の生い立ちにまでさかのぼる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、542–545頁(コマ276–277)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日