源氏物語 第31帖 真木柱(5)
式部卿宮と北の方
式部卿宮は、髭黒が新しい妻を迎えて大切にするなら、片隅で暮らすのは外聞が悪いと、娘の北の方を引き取ろうとする。北の方は、今さら親のもとに戻ることを思い悩んで、病がいっそう重くなる。北の方は本来穏やかでおっとりした人だが、時々正気を失って人に疎まれることがあった。住まいも身なりも構わず、髭黒は玉鬘を見慣れた目には心ひかれないが、長年の情けは変わらず哀れに思う。髭黒は、子どもたちもいるのだから、おろそかにはしないと北の方を慰め、式部卿宮が引き取ろうとするのは軽々しいと笑う。北の方は、正気の時で、ぼけているとはずかしめられるのは当然だが、父宮のことまで悪く言うのは気の毒だと泣く。やせ衰えて髪も抜け落ちた北の方の姿は、たいそう哀れである。

- 1式部卿式部卿しきぶきょうののの宮宮みや聞聞きこしめししめししめしててて「「「今今いまはははしかしかしか今今いまめかしきめかしきめかしき人人ひとをををわたしわたしわたしてててもてもてもてかしづかかしづかかしずかむむんかたかたかたすみすみすみににに、、、人人ひとわろくわろくわろくてててそひそひそい物物ものししし給給たまははわむむんももも人人ひとぎゝぎゝぎきやさしかるやさしかるやさしかるべしべしべし。。。おのおのおのがががあらあらあらむむんこなたこなたこなたはははいといといと人人ひと笑笑わらへへえなるなるなるさまさまさまににに隨隨したがひひい靡靡なびかかかでででももも物物ものししし給給たまひひいなむなむなん」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、宮宮みやのののひんがしひんがしひんがしののの對對たいをををはらひはらひはらいしつらひしつらひしつらいててて渡渡わたししし奉奉たてまつらららむむんとととおぼしおぼしおぼしののの給給たまふふう。。。
- 2親親おやののの御御おんあたりあたりあたりととといひいひいいながらながらながら今今いまははは限限かぎりりりののの身身みにてにてにて立立たちちちかへりかへりかえり見見みえええ奉奉たてまつらららむむんことことことゝゝと思思おもひひい亂亂みだれれれ給給たまふふうににに、、、いとゞいとゞいとど御心御心みこころもももあやまりあやまりあやまりてててうちうちうちはへはへはえ伏伏ふししし煩煩わずらひひい給給たまふふう。。。本性本性ほんじょういといといとしづかしづかしずかににに心心こころよくよくよくこめきこめきこめき給給たまへへえるるる人人ひとののの、、、時々時々ときどき心心こころあやまりあやまりあやまりしししててて人人ひとににに疎疎うとまままれれれぬぬぬべきべきべきとととなむなむなん打打うちちちまじりまじりまじり給給たまひひいけるけるける。。。すまひすまひすまいなどなどなどののの怪怪あやしうしうしゅうしどけなくしどけなくしどけなく物物もののののきよらきよらきよらもももなくなくなくやつしやつしやつしててていといといとうもれうもれうもれいたくいたくいたくもてなしもてなしもてなし給給たまへへえるるるををを、、、玉玉たまををを磨磨みがけけけるるる目目めうつしうつしうつしににに心心こころもももとまらとまらとまらねねねどどど、、、年年とし頃頃ごろののの志志こころざしひきひきひきかふるかふるかうるものものものならならならねねねばばば心心こころにににはははいといといと哀哀あわれととと思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
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現代語訳
式部卿宮がお聞きになって、「今はそのように当世風の人を迎えて大切にするというのに、その片隅で、体裁悪く連れ添っていらっしゃるのも、外聞の悪いことだろう。私が生きているうちは、そうひどく物笑いになるような有様で、相手に従ってなびかなくても過ごせるだろう」とおっしゃって、宮邸の東の対を片付けて整え、北の方をお移し申し上げようとお考えになっておっしゃる。
北の方は、親のもとといっても、今はもう最後の身の上で、再び帰ってお目にかかることになろうとはと思い乱れなさると、いっそうお心も乱れて、ずっと伏して病んでいらっしゃる。本性はたいそう物静かで気立てがよく、おっとりしていらっしゃる人が、時々正気を失って、人に疎まれそうなことがまじっていらっしゃった。住まいなども妙にだらしなく、身の回りの美しさもなく、地味にして、たいそう陰気に過ごしていらっしゃるのを、大将は、玉を磨いたような玉鬘を見慣れた目には心もとまらないけれど、長年の情けは変わるものではないので、心の中ではたいそう哀れに思い申し上げなさる。
大将は「昨日今日のたいそう浅い仲でさえ、相応の身分の人になれば、皆、気長に構えるところがあって、最後まで添い遂げるものです。あなたがたいそう苦しそうにしていらっしゃるので、申し上げたいことも言い出しにくくて。長年お約束申し上げてきたことではありませんか。世の人とは違うあなたのご様子を、最後まで見届けようと、ずっと気持ちを抑えて過ごしてきたのに、そうしてはいられないようなお心構えで、私を疎みなさいますな。幼い子どもたちもおりますので、どのようなことがあっても、おろそかにはしません」と申し上げ続けるのに、女のお心の乱れるままに、このように恨み続けていらっしゃる。
「ひととおり見定めていらっしゃらないうちは、そういうこともあるでしょうが、私に任せて、もうしばらく最後まで見ていてください。宮がお聞きになって疎んじて、さっぱりと急にお移し申し上げようとお考えになっておっしゃるのは、かえってたいそう軽々しいことです。本当にお考えになったことなのでしょうか、しばらく私を懲らしめようとなさっているのでしょうか」と笑っておっしゃるのは、たいそう憎らしく腹立たしい。
大将のお召人として長くお仕えしている木工の君や中将のおもとなどという女房たちでさえ、身分に応じて心穏やかでなく、つらいと思い申し上げているのに、北の方は、正気でいらっしゃる時で、たいそういじらしくお泣きになっていらっしゃった。「私のことを、ぼけている、ひねくれているとおっしゃってはずかしめなさるのは、もっともなことです。父宮のことまで取りまぜておっしゃるのは、もれ聞きなさったらお気の毒で、つらい身の縁者として、軽々しく言われることには耳慣れておりますので、今になって、何とも思いはいたしません」と言って、背を向けていらっしゃるのがいじらしい。
たいそう小柄な人が、いつものご病気でやせ衰え、弱々しくて、髪はたいそう美しく長かったのが、分け取ったように抜け落ちて細くなって、くしけずることもほとんどなさらず、涙にもつれているのは、たいそう哀れである。細やかに照り輝くような所はなくて、父宮に似申し上げて、優美な容貌をしていらっしゃるのに、身なりにも構わずにいらっしゃるので、どこに華やかな様子があろうか。
意訳
式部卿宮は北の方を引き取ろうとし、北の方は思い悩んで病が重くなる。髭黒は、長年の情けは変わらないと北の方を慰め、式部卿宮が引き取ろうとするのは軽々しいと笑う。
北の方は、自分がはずかしめられるのは当然だが、父宮のことまで悪く言うのは気の毒だと泣く。やせ衰えた北の方の姿は、たいそう哀れである。
語釈・文法注
- もくの君
- 木工の君。髭黒の召人(主人の寵愛を受けた女房)。中将のおもととともに、髭黒の身の回りの世話をしていた。
文法
- 係り結び「こそ…見はつなれ」(思ひのどむる方ありてこそ見はつなれ)
- 「こそ」に応じて已然形「なれ」で結ぶ。「気長に構えて最後まで添い遂げるものだ」。
- 禁止の「な」(おぼしうとむな)
- 「お疎みなさいますな」。
解説
髭黒の北の方は、物の怪に悩まされている時と正気の時とで、別人のようである。正気の時の北の方は、穏やかで哀れな女性として描かれ、読者の同情を誘う。
髭黒の言葉は、北の方を慰めているようでいて、玉鬘のもとに通う自分を正当化するものでもある。「玉を磨ける目うつしに」という一句には、玉鬘と比べて北の方を見る髭黒の残酷さがにじんでいる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、536–537頁(コマ273)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日