源氏物語 第30帖 藤袴(6)
柏木の訪問
喪が明け、玉鬘の出仕は十月と決まる。求婚者たちは、それまでにと女房たちにせがむが、どうにもならない。夕霧は、思いを打ち明けたことを悔やみながら、親身な後見役として振る舞う。実の兄弟と知った柏木は、恋文を送るのをやめていたが、内大臣の使いとして訪れる。月の明るい夜、柏木は南の御簾の前に通されるが、玉鬘は宰相の君を介して応対する。柏木は、実の兄弟なのによそよそしいと恨み、「いもせ山」の歌で、事情を知らずに恋の道に迷ったと詠む。玉鬘は宰相の君を介して「まどひける」の歌を返す。柏木は、長居もきまりが悪いと立ち去り、若い女房たちは、柏木の美しさをほめそやす。

- 1かくかくかくててて御御おんぶくぶくぶくなどなどなど脫脫ぬぎぎぎ給給たまひひいててて、、、月月つき立立たたたたばばば猶猶なお參參まいりりり給給たまははわむむんことことこといみいみいみあるあるあるべしべしべし、、、十月十月かみなずきばかりばかりばかりにににとととおぼしおぼしおぼしのたまふのたまふのたまうををを、、、內內うちにににももも心心こころもとなくもとなくもとなく聞聞きこしししめしめしめし聞聞きこえええ給給たまふふう人々人々びとははは、、、誰誰たれももも誰誰たれもももいといといと口口くち惜惜おしくしくしくてててこのこのこの御御おんまゐりまゐりまいりのののさきさきさきにににととと、、、心心こころよせよせよせのののよすがよすがよすがにににせめせめせめ侘侘わびびび給給たまへへえどどど「「「吉吉よし野野のののの瀧瀧たきをををせかせかせかむむんよりよりよりももも難難かたきききことことことなれなれなればばばいといといとわりなしわりなしわりなし」」」ととと各各おのおのいらふいらふいらう。。。
- 2中將中將ちゅうじょうもももなかなかなかなかなかなかなるなるなる事事ことをををうちうちうち出出いでででゝゝて、、、いかにいかにいかにおぼすおぼすおぼすらむらむらんととと苦苦くるしきしきしきまゝまゝままにににかけりかけりかけりありきありきありきててて、、、いといといとねんごろねんごろねんごろににに大方大方おおかたののの御御おん後後うしろ見見みををを思思おもひひいあつかひあつかひあつかいたるたるたるさまさまさまにてにてにてつゐしようつゐしようついしょうしししありきありきありき給給たまふふう。。。たはやすくたはやすくたわやすくかるらかかるらかかるらかにににうちうちうち出出いでででゝゝてははは聞聞きこえええかゝりかゝりかかり給給たまははわずずず、、、めやすくめやすくめやすくもてもてもてしづめしづめしずめ給給たまへへえりりり誠誠まことののの御御おんはらからはらからはらからののの君達君達きんだちはははえええよりよりよりこここずずず宮宮みやづかへづかへづかえののの程程ほどののの御御おん後後うしろ見見みをををとととおのおのおのおのおのおの心心こころもとなくもとなくもとなくぞぞぞ思思おもひひいけるけるける。。。
- 3頭頭とう中將中將ちゅうじょう心心こころををを盡盡つくしししわびわびわびしししことことことはははかきかきかきたえたえたえにににたるたるたるををを、、、うちつけうちつけうちつけなるなるなる御心御心みこころかなかなかなととと人々人々びとはははをかしがるをかしがるおかしがるににに、、、殿殿とのののの御御おんつかひつかひつかいにてにてにておはしおはしおわしたりたりたり。。。猶猶なおもてもてもていでいでいでずずず忍忍しのびやかびやかびやかににに御御おんせうそこせうそこしょうそこなどなどなどももも聞聞きこえええかはしかはしかわし給給たまひひいけれけれければばば、、、月月つきのののあかきあかきあかき夜夜よのののかげかげかげににに隱隱かくれれれてててものしものしものし給給たまへへえりりり。。。見見み聞聞きききき入入いるるるべくべくべくもももあらあらあらざりざりざりしししををを名殘名殘なごりなくなくなく南南みなみのののみすみすみすののの前前まえにににすゑすゑすえ奉奉たてまつるるる。。。みづからみづからみずから聞聞きこえええ給給たまははわむむん事事ことはははしもしもしも猶猶なおつゝましけれつゝましけれつつましければばば宰相宰相さいしょうののの君君きみしてしてしていらへいらへいらえ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 4「「「なにがしなにがしなにがしををを選選えらびびびててて奉奉たてまつりりり給給たまへへえるるるははは人人ひとづてづてずてならならならぬぬぬ御御おんせうそこせうそこしょうそこにににこそこそこそ侍侍はべらららめめめ。。。かくかくかく物物もの遠遠とおくくくてててはははいかゞいかゞいかが聞聞きこえええさすさすさすべからべからべからむむん。。。みづからみづからみずからこそこそこそ數數かずにににももも侍侍はべらららねねねどどど絕絕たえええぬぬぬたとひたとひたといももも侍侍はべるるるなるなるなるををを、、、いかにいかにいかにぞぞぞややや、、、こだいこだいこだいのののことことことなれなれなれどどどたのもしくたのもしくたのもしくぞぞぞ思思おもひひい給給たまへへえけるけるける」」」とてとてとて、、、ものしものしものしととと思思おもひひい給給たまへへえりりり。。。「「「げにげにげに年年とし頃頃ごろのののつもりつもりつもりももも取取とりりり添添そへへえててて聞聞きこえええまほしけれまほしけれまほしけれどどど、、、日日ひ頃頃ごろあやしくあやしくあやしく惱惱なやましうましうましゅう侍侍はべれれればばば起起おききき上上あがりりりなどなどなどもももえええししし侍侍はべらららでででなむなむなんかくかくかくまでまでまで咎咎とがめめめ給給たまふふうもももなかなかなかなかなかなかうとうとしきうとうとしきうとうとしき心地心地ここちなむなむなんししし侍侍はべりりりけるけるける」」」ととといといといとまめだちまめだちまめだちててて聞聞きこえええ出出いだししし給給たまへへえりりり。。。
- 5「「「なやましくなやましくなやましくおぼさおぼさおぼさるるるらむらむらん御御おん几帳几帳きちょうのののもともともとをををばばば許許ゆるさささせせせ給給たまふふうまじくまじくまじくややや。。。よしよしよしよしよしよしげにげにげに聞聞きこえええさするさするさするももも心地心地ここちなかりなかりなかりけりけりけり」」」とてとてとておとゞおとゞおとどののの御御おんせうそこせうそこしょうそこどもどもども忍忍しのびやかびやかびやかににに聞聞きこえええ給給たまふふう。。。用意用意よういなどなどなど人人ひとにににははは劣劣おとりりり給給たまははわずずずいといといとめやすしめやすしめやすし。。。「「「參參まいりりり給給たまははわむむん程程ほどのののあないあないあない委委くわしきしきしきさまさまさまもももえええ聞聞きかかかぬぬぬををを、、、うちうちうちうちうちうちにににのたまはのたまはのたまわむむんなむなむなんよからよからよからむむん。。。何事何事なにごとももも人人ひとめめめににに憚憚はばかりりりてててえええ參參まいりりりこここずずず聞聞きこえええぬぬぬ事事ことをををなむなむなんなかなかなかなかなかなかいぶせくいぶせくいぶせくおぼしおぼしおぼしたるたるたる」」」などなどなど語語かたりりり聞聞きこえええ給給たまふふうついでついでついでににに、、、
- 6「「「いでやいでやいでや、、、をこがましきをこがましきおこがましきことことこともももえええぞぞぞ聞聞きこえええさせさせさせぬぬぬややや。。。いづいづいずかたかたかたにににつけつけつけてててももも哀哀あわれをををばばば御覽御覽ごらんじじじ過過すぐすぐすぐすべくべくべくやはやはやはありありありけるけるけるととと、、、いよいよいよいよいよいようらめしさうらめしさうらめしさもももそひそひそい侍侍はべるるるかなかなかな。。。まづまづまずははは今夜今夜こよいなどなどなどののの御御おんもてなしもてなしもてなしよよよ。。。北北きたおもておもておもてだつだつだつかたかたかたににに召召めししし入入いれれれててて君達君達きんだちこそこそこそめざましくめざましくめざましくもももおぼしめさおぼしめさおぼしめさめめめ、、、下仕下仕しもづかえなどなどなどやうやうようののの人々人々びととととだにだにだにうちうちうち語語かたらはらはらわゞゞばややや。。。又又またかゝるかゝるかかるやうやうようはははあらあらあらじじじかしかしかし。。。さまざまさまざまさまざまににに珍珍めずらしきしきしき世世よなりなりなりかしかしかし」」」とととうちうちうち傾傾かたぶきききつゝつゝつつ恨恨うらみみみ續續つづけけけたるたるたるもももをかしけれをかしけれおかしければばば、、、かくかくかくなむなむなんととときこゆきこゆきこゆ。。。
- 7「「「げにげにげに人人ひとぎゝぎゝぎきをををうちつけうちつけうちつけなるなるなるやうやうようにににやややととと憚憚はばかりりり侍侍はべるるるほどほどほどににに、、、年年とし頃頃ごろのののうもれうもれうもれいたさいたさいたさをををもももあきらめあきらめあきらめ侍侍はべらららぬぬぬはははいといといとなかなかなかなかなかなかなるなるなる事事こと多多おおくくくなむなむなん」」」ととと唯唯ただすくよかすくよかすくよかににに聞聞きこえええなしなしなし給給たまふふうにににまばゆくまばゆくまばゆくてててよろづよろづよろずおしおしおしこめこめこめたりたりたり。。。「「「いもせいもせいもせ山山やま深深ふかききき道道みちをををばばば尋尋たずねねねずずずてててをだえをだえおだえののの橋橋はしにににふみふみふみまどひまどひまどいけるけるける、、、よよよ」」」とととうらむるうらむるうらむるももも人人ひとやりやりやりならならならずずず。。。
- 8「「「まどひまどひまどいけるけるける道道みちをををばばばしらしらしらででで妹妹いも背背せ山山やまたどたどしくたどたどしくたどたどしくぞぞぞ誰誰たれもももふみふみふみ見見みししし。。。いづいづいずかたかたかたののの故故ゆえとととなむなむなんえええおぼしおぼしおぼしわかわかわかざざざめりめりめりししし。。。何事何事なにごともももわりなきわりなきわりなきまでまでまで大方大方おおかたののの世世よををを憚憚はばからららせせせ給給たまふふうめれめれめればばば、、、えええ聞聞きこえええさせさせさせ給給たまははわぬぬぬににになむなむなん。。。おのづからおのづからおのずからかくかくかくのみのみのみももも侍侍はべらららじじじ」」」ととと聞聞きこゆるゆるゆるもももさるさるさることことことなれなれなればばば「「「よしよしよし、、、長長なが居居いししし侍侍はべらららむむんもももすさまじきすさまじきすさまじき程程ほどなりなりなり。。。やうやうやうやうようようらうらうろうつもりつもりつもりてててこそこそこそはははかくごんかくごんかくごんをををももも」」」とてとてとて立立たちちち給給たまふふう。。。
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現代語訳
こうして御服喪の衣をお脱ぎになって、月が改まったら、やはり出仕なさることは忌みがあるだろう、十月ごろにとお考えになっておっしゃるのを、帝も待ち遠しくお思いになっている。求婚申し上げなさる人々は、誰も誰もたいそう残念で、この出仕の前にと、心を寄せる女房を頼りにせがみ悩みなさるけれど、女房たちは「吉野の滝をせき止めるよりも難しいことなので、どうにもなりません」と、それぞれ答える。
中将(夕霧)も、なまじ打ち明けてしまったことを、どうお思いになっているだろうかと、苦しいままに駆け回って、たいそう熱心に、一通りのご後見を心配しているような様子で、ご機嫌取りをして回っていらっしゃる。軽々しく気安く打ち明けて言い寄ることはなさらず、見苦しくなく落ち着いていらっしゃった。実のご兄弟の君達は、近寄ることもできず、宮仕えの時のご後見をと、それぞれ待ち遠しく思っていた。
頭中将(柏木)は、心を尽くして思い悩んでいたことはすっかり途絶えてしまったので、手のひらを返したようなお心だと、女房たちはおもしろがっていたが、殿(内大臣)のお使いとしていらっしゃった。やはり表立たずに、ひそやかにお便りなどを交わしていらっしゃったので、月の明るい夜、桂の木の陰に隠れるようにしていらっしゃった。以前は見向きもしなかったのに、すっかり変わって、南の御簾の前にお座らせ申し上げる。玉鬘は、ご自分でお話しなさることは、やはり気が引けるので、宰相の君を介してお返事申し上げなさる。
柏木は「私を選んでお遣わしになったのは、人づてではないお便りだからでございましょう。このように隔てがあっては、どうして申し上げられましょう。私自身は数にも入りませんが、絶えない兄弟の縁というたとえもあるそうですのに、どうしたことでしょう、古風なことですが、頼もしく存じておりましたのに」と言って、不愉快に思っていらっしゃる。玉鬘は「本当に、長年積もった思いも加えて申し上げたいのですが、この頃妙に気分が悪うございますので、起き上がることなどもできませんで、このようにまでお咎めになるのも、かえってよそよそしい気持ちがいたします」と、たいそうまじめに申し上げなさった。
柏木は「ご気分が悪くていらっしゃるという御几帳のそばには、近寄らせてくださらないのでしょうか。いや、もうよいでしょう。本当に、こう申し上げるのも心ないことでした」と言って、大臣のお便りを、ひそやかに申し上げなさる。心づかいなどは、人に劣りなさらず、たいそう感じがよい。「出仕なさる時の詳しい事情も伺えないので、内々におっしゃってくださるのがよいでしょう。何事も人目をはばかって、参上することも申し上げることもできないのを、かえって気がかりに思っていらっしゃいます」などと語り申し上げなさるついでに、
「いやもう、愚かしいことも申し上げられませんね。どちらにしても、私の思いをご覧になって見過ごすことができたでしょうかと、ますます恨めしさも加わります。まずは今夜などのおもてなしですよ。北向きの部屋のような所に呼び入れて、あなた方女房こそ、身の程知らずだとお思いでしょうが、下仕えなどのような人たちとだけでも話をしたいものです。またこのような扱いはないでしょう。さまざまに珍しい世の中ですね」と、首をかしげながら恨み続けているのもおかしいので、女房がこのようにと玉鬘に申し上げる。
玉鬘は「本当に、世間の聞こえを急なことのようにと遠慮しておりますうちに、長年の埋もれていた気持ちを晴らすこともできませんのは、たいそうかえってつらいことが多くて」と、ただきまじめに申し上げなさるので、柏木はきまり悪くて、何もかも言わずにおいた。「いもせ山深き道をば尋ねずてをだえの橋にふみまどひける(妹背山の深い道〈兄弟の縁〉を尋ねずに、緒絶えの橋〈恋の道〉に踏み迷ってしまったことよ)、よ」と恨むのも、自分のせいである。
玉鬘は「まどひける道をばしらで妹背山たどたどしくぞ誰もふみ見し(あなたが迷っていた道とは知らずに、妹背山の道を、誰もおぼつかなく踏み、お手紙を見ていたのです)。どちらの方からのお手紙かと、お分かりにならないようでした。何事も、むやみなほど世間をはばかっていらっしゃるようなので、お返事も申し上げなさらなかったのです。自然と、いつまでもこのようではないでしょう」と申し上げるのも、もっともなことなので、柏木は「いや、長居いたしますのも興ざめな頃合いです。だんだん功労を積んでから、恪勤にもお仕えしましょう」と言ってお立ちになる。
月が曇りなく高く昇って、空の様子も優美であるところに、たいそう上品に清らかな容貌で、御直衣の姿が好ましく華やかで、たいそう趣深い。「宰相の中将(夕霧)の様子や有様には及びなさらないけれど、この方も素敵なのは、どうしてこのようなご一族なのだろう」と、若い女房たちは、いつものように、どうでもよいことまで取り立ててほめ合っていた。
意訳
玉鬘の出仕は十月と決まり、求婚者たちは焦る。夕霧は親身な後見役として振る舞う。実の兄弟と知った柏木は、内大臣の使いとして訪れ、よそよそしい扱いを恨む。
柏木は「いもせ山」の歌で、事情を知らずに恋の道に迷ったと詠み、玉鬘も歌を返す。若い女房たちは、立ち去る柏木の美しさをほめそやす。
語釈・文法注
- 桂のかげ
- 月には桂の木が生えているという中国の伝説による。月の明るい夜に、月の光を避けるように、ひそかに訪れた柏木の様子をいう。
文法
- 願望の「ばや」(うち語らはゞや)
- 「話をしたいものだ」。自己の願望を表す。
- 推量の「ざめり」(えおぼしわかざめりし)
- 「ざるめり」の撥音便無表記。「お分かりにならないようでした」。
解説
柏木は、玉鬘が実の姉妹とわかって、恋文を送るのをやめた。女房たちが「うちつけなる御心かな」と笑うのは、恋心がたちまち兄弟の情に変わったことへの皮肉である。
柏木の歌の「妹背山」は兄弟の縁を、「をだえの橋」は恋の道を表す。知らずに妹に恋をした柏木の苦い思いが、ユーモアをまじえて詠まれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、526–531頁(コマ268–270)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日