源氏物語 第30帖 藤袴(5)
源氏の弁明
源氏は、自分の一存で決められることではないのに、髭黒の大将までが自分を恨んでいると嘆き、玉鬘を引き取ったのは、母夕顔の遺言を忘れられず、内大臣が聞き入れないと聞いて気の毒に思ったからだと説明する。そして、兵部卿宮なら人柄もよく夫婦仲もうまくいくだろうし、宮仕えにも向いていると言う。夕霧は、内大臣も、源氏が玉鬘を自分の妻にするつもりで、内大臣に押しつけて体裁よく宮仕えに出そうとしているのだと言っていたと伝える。源氏は笑って否定するが、内心では、人の推量どおりになっていたら、いかにもひねくれたことになっていただろうと、内大臣の鋭さを気味悪く思う。

- 1「「「難難かたしししややや。。。我我わががが心心こころ一一ひとつつつなるなるなる人人ひとのののうへうへうえにににもももあらあらあらぬぬぬををを、、、大將大將だいしょうさへさへさへ我我われれれをををこそこそこそ恨恨うらむむむなれなれなれ。。。凡凡すべてべてべてかゝるかゝるかかる事事ことののの心心こころ苦苦ぐるしさしさしさををを見見み過過すぐさぐさぐさででで、、、あやなきあやなきあやなき人人ひとののの恨恨うらみみみ負負おふふう、、、却却かえりてりてりてはははかるがるしきかるがるしきかるがるしき業業わざなりなりなりけりけりけり。。。かのかのかの母母はは君君きみののの哀哀あわれににに言言いひひい置置おきききししし事事ことののの忘忘わすれれれざりざりざりしかしかしかばばば心心こころ細細ぼそききき山山やま里里ざとににになむなむなんととと聞聞ききききしししををを、、、かのかのかのおとゞおとゞおとどはたはたはた聞聞きききき入入いれれれ給給たまふふうべくべくべくもももあらあらあらずずずととと愁愁うれへへえしししにににいとほしくいとほしくいとおしくててて斯斯かくくく渡渡わたししし始始はじめめめたるたるたるなりなりなり。。。こゝこゝここににに斯斯かくくく物物ものめかすめかすめかすとてとてとてかのかのかのおとゞおとゞおとどももも人人ひとめかいめかいめかい給給たまふふうなななめりめりめり」」」とととつきづきしくつきづきしくつきずきしくののの給給たまひひいなすなすなす。。。
- 2「「「人人ひとがらがらがらははは宮宮みやののの御御おん人人ひとにてにてにていといといと善善よかるかるかるべしべしべし。。。今今いまめかしうめかしうめかしゅういといといとなまめきなまめきなまめきたるたるたるさまさまさましししてててさすがにさすがにさすがに賢賢かしこくくく過過あやまちちちすすすまじくまじくまじくなどなどなどしししててて、、、あはひあはひあわいははは目目め安安やすからからからむむん。。。さてさてさて又又また宮仕宮仕みやづかえにににもももいといといとよくよくよく足足たらひらひらいたらたらたらむむんかしかしかし。。。かたちかたちかたちよくよくよくらうらうしきらうらうしきろうろうしき物物もののののおほやけおほやけおおやけごとごとごとなどなどなどにににもももおぼめかしからおぼめかしからおぼめかしからずずず、、、はかばかしくはかばかしくはかばかしくててて上上うえののの常常つねににに願願ねがははわせせせ給給たまふふう御心御心みこころにににははは違違たがふふうまじきまじきまじき」」」などなどなどののの給給たまふふう氣色氣色けしきののの見見みままま欲欲ほしけれしけれしければばば
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- 4「「「內々內々うちうちにににやんごとなきやんごとなきやんごとなき此此これれれ彼彼かれれれ年年とし頃頃ごろ經經へてててものしものしものし給給たまへへえばばば、、、えええ其其そのののすぢすぢすじののの人人ひと數數かずにににははは物物ものししし給給たまははわででで、、、すてすてすてがてらがてらがてらににに斯斯かくくく讓讓ゆずりりりつけつけつけおほざうおほざうおおぞうののの宮仕宮仕みやづかえのののすぢすぢすじにににらうろうらうろうろうろうせせせむむんととと覺覺おぼししし置置おきききつるつるつる、、、いといといとかしこくかしこくかしこくかどかどかどあるあるある事事ことなりなりなりとととなむなむなん喜喜よろこびびび申申もうささされれれけるけるけるととと、、、たしかたしかたしかににに人人ひとののの語語かたりりり申申もうししし侍侍はべりりりしししなりなりなり」」」ととといといといとうるはしきうるはしきうるわしきさまさまさまににに語語かたりりり申申もうししし給給たまへへえばばば、、、
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現代語訳
源氏は「難しいことだ。私の心一つで決められる人の身の上でもないのに、大将(髭黒)までが私を恨んでいるようだ。すべて、このようなことの気の毒さを見過ごせないで、筋違いの人の恨みを負うのは、かえって軽々しいことであった。あの母君(夕顔)がしみじみと言い残したことが忘れられなかったので、心細い山里にいると聞いたのを、あの大臣(内大臣)はまた、聞き入れてくださりそうにもないと嘆いたので、気の毒に思って、このように引き取り始めたのだ。私がこのように大切に扱うので、あの大臣も人並みに扱ってくださるのだろう」と、もっともらしくおっしゃる。
「人柄は、兵部卿宮の妻としてたいそうよいだろう。今風で、たいそう優美な様子をしていて、それでいて賢く、過ちなどしそうになくて、夫婦仲は見苦しくないだろう。また宮仕えにも、たいそうよく適しているだろう。容貌もよく、物事に通じていて、公の勤めなどにも不案内ではなく、てきぱきとしていて、帝が常にお望みになっているお心には背かないだろう」などとおっしゃるご様子が見たくて、
夕霧は「長年このようにお育て申し上げなさったお志を、人は曲げて申しているようです。あの大臣も、そのように考えて、大将が人づてに意向をほのめかしたのにも、お返事なさったそうです」と申し上げなさると、源氏はお笑いになって、「どちらにしても、たいそう似つかわしくないことだ。やはり宮仕えでも何事でも、あの大臣がお心を許して、こうしようとお考えになる様子に従うべきだ。女は三つのものに従うものだというが、順序を違えて、私の心に任せるようなことは、あってはならないことだ」とおっしゃる。
夕霧は「内々に高貴な方々が、長年あなたのもとにいらっしゃるので、その方々の中に数えることはおできにならずに、捨てがてらに、このように内大臣に譲りつけて、ありふれた宮仕えの方面で、自分のものにしようとお考えになっているのは、たいそう賢く、才気のあることだと喜んで申しておられたと、確かに人が語っておりました」と、たいそうきちんとした様子で語り申し上げなさるので、
源氏は、本当にそのように思っていらっしゃるのだろうとお思いになると、気の毒になって、「たいそうひねくれた方面にも思い寄りなさったものだな。物事を深く考えすぎるお心の癖なのだろう。そのうち自然と、どちらにしてもはっきりすることがあるだろう。思いやりのないことよ」とお笑いになる。ご様子ははっきりしているけれど、夕霧はやはり疑いが多い。大臣(源氏)も、そうだろう、このように人が推量している筋に落ちることになったら、たいそう残念でひねくれたことになっていただろう、あの大臣に、何とかしてこのような潔白な様子を知らせ申し上げようとお思いになる。本当に、宮仕えの方面で、はっきりしないように紛らわした私の思惑を、よくも見抜きなさったものだと、気味悪くお思いになる。
意訳
源氏は、玉鬘を引き取ったのは母夕顔の遺言のためだと説明し、兵部卿宮との縁や宮仕えを勧める。
夕霧は、内大臣が、源氏は玉鬘を自分のものにするつもりだと疑っていると伝える。源氏は笑って否定するが、内心では内大臣の鋭さを気味悪く思う。
語釈・文法注
- 女は三に從ふ
- 三従の教え。女は、幼いときは親に、嫁いでは夫に、老いては子に従うべきだとする儒教の考え。
文法
- 伝聞推定の「なれ」(大將さへ我れをこそ恨むなれ)
- 「恨んでいるようだ」。係助詞「こそ」の結びで已然形。
- 反実仮想の「ましかば…まし」(おつることもあらましかば…ねぢけたらまし)
- 「推量どおりになっていたら、ひねくれたことになっていただろう」。
解説
夕霧は、内大臣の推測を伝える形で、源氏の真意を問いただす。内大臣の推測は、源氏が玉鬘を宮仕えに出して、帝の目を盗んで関係を続けようとしているというもので、源氏の心の奥を見抜いている。
源氏は笑って否定するが、「むくつけくおぼさる」という結びは、内大臣の推測が図星であったことを示している。源氏の玉鬘への思いは、まだ断ち切れていない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、526–527頁(コマ268)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日