源氏物語 第29帖 行幸(15)
近江の君、尚侍を望む
内大臣は、しばらくは玉鬘のことを公にしないよう口止めしたが、噂は自然に広まる。それを聞いた近江の君は、弘徽殿の女御の御前で、柏木や弁の少将のいる所に出て来て、殿にまた娘ができたそうだ、その人も劣り腹だそうだと無遠慮に言う。柏木がたしなめると、近江の君は、その人が尚侍になるそうだ、自分こそ尚侍にと思って女御に仕えてきたのにと恨む。人々が笑うと、近江の君は腹を立てて、柏木が自分を迎えておきながら軽んじると恨みごとを言う。それでも近江の君は、女御に心を尽くして仕え、自分を尚侍に推薦してほしいとせがみ、女御はあきれて言葉も出ない。

- 1世世よののの人人ひとぎゝぎゝぎきににに暫暫しばしししこのこのこの事事こと出出いださささじじじとととせちせちせちにににこめこめこめ給給たまへへえどどど、、、口口くちさがなきさがなきさがなきものものものははは世世よののの人人ひとなりなりなりけりけりけり。。。じねんじねんじねんににに言言いひひい漏漏もらしししつゝつゝつつやうやうやうやうようよう聞聞きこえええ出出いでででくるくるくるをををこのこのこのさがなさがなさがな者者ものののの君君きみ聞聞ききききててて、、、女御女御にようごののの御前御前おまえににに中將中將ちゅうじょう少將少將しょうしょう侍侍さぶらひひい給給たまふふうににに出出いででで來來きててて「「「殿殿とのははは御御おんむすめむすめむすめ設設もうけけけ給給たまへへえるるるなりなりなり。。。あなあなあなめでためでためでたややや。。。いかなるいかなるいかなる人人ひとふたふたふたかたかたかたにににもてなさもてなさもてなさるるるらむらむらん。。。聞聞きけけけばばばかれかれかれももも劣劣おとりりりばらばらばらなりなりなり」」」とととあうなげあうなげおうなげにににののの給給たまへへえばばば女御女御にようご傍傍かたわら痛痛いたしししととと覺覺おぼしししててて物物ものももものたまはのたまはのたまわずずず。。。
- 2中將中將ちゅうじょう「「「しかしかしかかしづかかしづかかしずかるるるべきべきべき故故ゆえこそこそこそ物物ものししし給給たまふふうらめらめらめ。。。さてもさてもさても誰誰たががが言言いひひいししし事事ことををを斯斯かくくくゆくりなくゆくりなくゆくりなくうちうちうち出出いででで給給たまふふうぞぞぞ。。。物物もの言言いひひい啻啻ただならならならぬぬぬ女房女房にょうぼうなどなどなどもももこそこそこそ耳耳みみとゞむれとゞむれとどむれ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば「「「あなあなあなかまかまかま、、、皆皆みな聞聞ききききててて侍侍はべりりり。。。ないしないしないしのののかみかみかみににになるなるなるべかべかべかなりなりなり。。。宮仕宮仕みやづかえにににととと急急いそぎぎぎ出出いででで立立たちちち侍侍はべりりりししし事事ことははは、、、さやうさやうさようののの御御おん顧顧かえりみみみもももやややとてとてとてこそこそこそなべてなべてなべてののの女房女房にょうぼう達達たちだにだにだに仕仕つかうまつらうまつらうまつらぬぬぬ事事ことまでまでまでおりおりおり立立たちちち仕仕つかうまつれうまつれうまつれ御前御前おまえのののつらくつらくつらくおはしますおはしますおわしますなりなりなり」」」ととと恨恨うらみみみかくれかくれかくればばば、、、
- 3皆皆みなほゝほゝほほ笑笑えみみみててて「「「ないしないしないしのののかみかみかみあかあかあかばばばなにがしなにがしなにがし等等らこそこそこそ望望のぞまままむむんととと思思おもふふうををを、、、非非ひ道道どうにににももも覺覺おぼしししかけゝるかけゝるかけけるかなかなかな」」」とととのたまふのたまふのたまうににに、、、腹腹はら立立たちちちててて「「「めでたきめでたきめでたき御御おん中中なかににに數數かずならならならぬぬぬ人人ひとははは交交まじるるるまじかりまじかりまじかりけるけるける。。。中將中將ちゅうじょうののの君君きみぞぞぞつらくつらくつらくおはするおはするおわする。。。さかしらさかしらさかしらににに迎迎むかへへえ給給たまひひいててて輕輕かろめめめ嘲嘲あざけりりり給給たまふふう。。。少少しょう々々しょうののの人人ひとはははえええたてるたてるたてるまじきまじきまじき殿殿とのののの內內うちかなかなかな。。。あなあなあな畏畏かしこここあなあなあな畏畏かしこここ」」」とととしりへしりへしりえざまざまざまにににゐざりゐざりいざりしぞきしぞきしぞきててて見見みおこせおこせおこせ給給たまふふう。。。
- 4にくげにくげにくげもももなけれなけれなけれどどどいといといと腹腹はら惡惡あしげしげしげにににまじりまじりまじり引引ひききき上上あげげげたりたりたり。。。中將中將ちゅうじょうははは斯斯かくくく言言いふふうにににつけつけつけてててもももげにげにげにししし誤誤あやまりりりたるたるたる事事ことととと思思おもへへえばばばまめやかまめやかまめやかにてにてにて物物ものししし給給たまふふう。。。少將少將しょうしょうははは「「「斯斯かかるかるかる方方かたにてにてにてももも、、、類類たぐひひいなきなきなき御御おん有樣有樣ありさまをををおろかおろかおろかにににはははよもよもよも覺覺おぼさささじじじ。。。御心御心みこころををを靜靜しずめめめ給給たもうううてててこそこそこそははは堅堅かたききき巖巖いわほほおももも沫沫あわ雪雪ゆきににになしなしなし給給たまふふうべきべきべき御御おん氣色氣色けしきなれなれなればばば、、、今今いまようようよう思思おもひひいかなひかなひかない給給たまふふう時時ときもももありありありなむなむなん」」」とととほゝゑみほゝゑみほほえみててて言言いひひい居居い給給たまへへえりりり。。。
- 5中將中將ちゅうじょうももも「「「天天あまののの岩岩いわ門門とさしさしさし籠籠こもりりり給給たまひひいなむなむなんややや。。。目目め安安やすくくく」」」とてとてとて立立たちちち給給たまひひいぬれぬれぬればばば、、、ほろほろほろほろほろほろととと泣泣なきききててて「「「このこのこの君達君達きんだちさへさへさへ皆皆みなすげすげすげ無無のうううししし給給たまふふうににに唯唯ただ御前御前おまえののの御心御心みこころののの哀哀あわれにににおはしませおはしませおわしませばばばさぶらふさぶらふさぶらうなりなりなり」」」とてとてとていといといとかやすくかやすくかやすくいそしくいそしくいそしく、、、下下げ臈臈ろうわらはべわらはべわらわべなどなどなどののの仕仕つかうまつりうまつりうまつりたへたへたえぬぬぬざふざふざう役役やくをををももも立立たちちち走走はしりりりやすくやすくやすく惑惑まどひひいありきありきありきつゝつゝつつ志志こころざしををを盡盡つくしししててて宮仕宮仕みやづかえしししありきありきありきててて「「「ないしないしないしのののかみかみかみににに己己おのれれれををを申申もうしししなしなしなし給給たまへへえ」」」ととと責責せめめめ聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、あさましうあさましうあさましゅういかにいかにいかに思思おもひひいててていふいふいう事事ことならならならむむんとととおぼすおぼすおぼすににに物物ものももも言言いははわれれれ給給たまははわずずず。。。
現代語訳
世間の聞こえを考えて、しばらくはこのことを外に出すまいと、強く口止めしていらっしゃったけれど、口さがないものは世の人であった。自然と言い漏らしながら、だんだん噂になってくるのを、あの口の悪い君(近江の君)が聞いて、女御の御前に中将(柏木)や少将(弁の少将)がお控えになっているところに出て来て、「殿は御娘をお迎えになったそうですね。まあおめでたいこと。どんな人が、お二方にこんなに大事にされるのでしょう。聞けば、その人も劣り腹だそうですね」と無遠慮におっしゃるので、女御はいたたまれなくお思いになって、何もおっしゃらない。
中将が「そのように大切にされるわけがあるのでしょう。それにしても、誰が言ったことを、このように不意に口に出されるのですか。口うるさい女房なども聞きとがめますよ」とおっしゃると、近江の君は「お黙りなさい。皆聞いています。尚侍になるそうですね。私が宮仕えにと急いで出て参りましたのは、そのようなお引き立てもあろうかと思ってこそ、普通の女房たちでさえしないようなことまで、身を入れてお仕えしてきたのに、女御様がひどくていらっしゃるのです」と恨み言を言うので、
皆はほほえんで、「尚侍が空いたら、私たちこそ望もうと思っていたのに、ひどいことを思いつかれたものだ」とおっしゃると、近江の君は腹を立てて、「ご立派なご兄弟の中に、数にも入らない者は交わるべきではなかったのですね。中将の君こそひどくていらっしゃる。おせっかいにも私を迎えてくださって、軽んじてばかにしなさる。並の人では住んでいられない御殿の中ですこと。ああ恐ろしい、恐ろしい」と言って、後ろの方へにじり下がって、こちらをにらみなさる。
憎らしくはないけれど、たいそう腹立たしげに目尻をつり上げている。中将は、こう言われるにつけても、本当に自分が間違ったことをしたと思うので、まじめな顔をしていらっしゃる。少将は「このような宮仕えの方面でも、比類ないあなたのご様子を、女御様もおろそかにはまさかお思いにならないでしょう。お心をお静めになれば、固い岩をも淡雪にしてしまいそうなご様子ですから、そのうち思いがかなうこともあるでしょう」とほほえんで言っていらっしゃる。
中将も「天の岩戸に閉じこもっていらっしゃるのがよいでしょう。そうすれば見苦しくない」と言ってお立ちになったので、近江の君はぽろぽろと泣いて、「この君達までが皆、冷たくなさるのに、ただ女御様のお心がおやさしいので、お仕えしているのです」と言って、たいそう身軽に、まめまめしく、下臈の女房や童などがし慣れない雑用をも、走り回って気軽にあちこち立ち働いて、心を尽くしてお仕えしながら、「尚侍に私を推薦してください」と女御を責め申し上げるので、女御は、あきれて、どういうつもりで言うことなのかとお思いになると、何もおっしゃることができない。
意訳
玉鬘のことが噂になると、近江の君は、その人が尚侍になるそうだと言い、自分こそ尚侍にと思っていたのにと恨む。柏木たちが笑うと、近江の君は腹を立てる。
近江の君は、女御に心を尽くして仕え、自分を尚侍に推薦してほしいとせがみ、女御はあきれて言葉も出ない。
語釈・文法注
文法
- 伝聞推定の「べかなり」(ないしのかみになるべかなり)
- 「べかるなり」の撥音便無表記。「尚侍になるそうだ」。
- 「もこそ」(女房などもこそ耳とゞむれ)
- 危惧を表す。「女房などが聞きとがめたら困る」。
解説
近江の君は、常夏・篝火の巻に続いて、早口で無遠慮な言動で周囲を困らせる。玉鬘が「劣り腹」だと言うのは、自分も同じ身の上であることを忘れた発言で、滑稽さを増している。
柏木の「天の岩戸にこもっていればよい」という言葉は辛辣だが、近江の君はそれでもくじけず、女御に仕えて尚侍を望み続ける。その一途さは、哀れでもある。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、520–521頁(コマ265)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日