源氏物語 第29帖 行幸(6)
源氏、大宮に事情を語る
源氏は、内大臣に会って伝えたいことがあると大宮に言う。大宮は、夕霧と雲居雁の件かと思い、内大臣は昔から頑固な性格だと言う。源氏は笑って、その件は内大臣が厳しく反対していると聞いて口出しを控えたと答える。そして源氏は、内大臣の子であるはずの人を、思い違いから自分が引き取って育ててきたことを明かす。帝から尚侍として宮仕えするよう内々に仰せがあり、年齢などを聞いてみると、内大臣に尋ねるべき人であったとわかったので、内大臣に会って事を明らかにしたいと言い、大宮に取り次ぎを頼む。

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現代語訳
昔や今のお話をあれこれ申し上げなさるついでに、源氏は「内大臣は、日を置かずに参上なさることが多いでしょうから、このような機会にお会いできたら、どんなにうれしいでしょう。何とかしてお知らせしたいと思うことがございますが、しかるべき機会がなくては、お会いすることもめったにないので、気がかりでおりまして」と申し上げなさる。
大宮は「公務が忙しいのか、私への気持ちが深くないのか、それほど見舞いにも来てくれません。おっしゃりたいことは、どのようなことでしょうか。中将(夕霧)が恨めしく思っていることもございますが、初めのことは知りませんが、今になって無愛想に扱っても、一度立ってしまった評判が取り消せるものでもありませんし、かえって愚かしいように、世間の人も言い広めるようですのに、などと申しておりますが、言い出したことは、昔からたいそう譲らない人の性分で、納得のいかないことと見ております」と、この中将のことだとお思いになっておっしゃるので、
源氏はお笑いになって、「言っても仕方がないことと許して、見捨てなさることもあろうかと聞きまして、私からもそれとなく申し上げることもありましたが、たいそう厳しくお諫めになると知りました後は、どうしてそこまで口を出したのだろうと、体裁悪く後悔しております。何事につけても清めということがございますから、どうしてそのように取り返して、すすぎ清めなさらないことがあろうかとは存じながら、このように残念な濁りの末に待ち受けて、深く澄むはずの水は出て来にくい世の中です。何事につけても、末になれば落ちていく差が大きいようです。お気の毒に思って聞いております」などと申し上げなさって、
「実は、あの方(内大臣)がお世話なさるべき人を、思い違いをすることがございまして、思いがけず探し出して引き取っておりますが、その時は、そのような間違いとも打ち明けませんでしたので、無理に事情を問いただすこともいたしませんで、ただ、そのような子どもが少ないのを口実にしてでも、何の差し支えがあろうかと思って許して、ほとんど親しく世話をすることもなく年月を過ごしておりましたのを、どうして帝がお聞きになったのでしょう。
帝から仰せになることがあります。尚侍として宮仕えする人がいなくては、あの役所の政務がしまらず、女官なども公務をお勤めするのに頼りがなく、事が乱れるようになっていたのを、今、帝のおそばにお仕えする古参の典侍が二人、またしかるべき人々が、さまざまに志願申し上げるのを、しっかりお選びになろうとしても、その任にふさわしい人がいない。
やはり家柄が高く、世間の信望が軽くなく、家の暮らし向きの心配のない人が、昔からなってきたのである。しっかりした賢さで選ぶならば、その家柄の人でなくても、年月の功労で昇進する例はあるけれど、それに匹敵する人もいないとなれば、せめて世間の評判だけでもと、お選びになろうと、内々に仰せになったのを、不似合いなことと、どうして思いましょうか。
宮仕えは、しかるべき筋で、身分の高い者も低い者も思い立って出仕するのが、志の高いことです。公の立場で、そのような役所の事をつかさどり、政務の趣を処理して知ることは、しっかりしていない軽々しいことのように思われますが、どうしてそうばかりでしょうか。ただ、自分の身の有様次第で、何事もあるようですと思いついたついでに、年齢のほどなどを尋ねて聞きましたところ、あの方がお尋ねになるべき人であったのを、どうすべきかとも、はっきり申し上げたいのですが、機会がなくてはお会いすることもできません。
すぐにこのようなことでと打ち明けて申し上げるべき方法を考えめぐらして、お便りを差し上げたのですが、ご病気を口実にして、気が進まない様子で辞退なさったのも、本当に時期が悪いと思いとどまっておりましたところ、よくおなりになったので、やはりこのように思い立ったついでにと存じます。そのようにお伝えくださいませ」と申し上げなさる。
意訳
源氏は、内大臣に会って伝えたいことがあると言う。大宮は夕霧と雲居雁の件かと思うが、源氏は、その件には口出しを控えていると答える。
源氏は、内大臣の子であるはずの人を引き取って育ててきたこと、帝から尚侍として宮仕えするよう仰せがあったことを語り、内大臣への取り次ぎを大宮に頼む。
語釈・文法注
- 內侍のかみ
- 尚侍(ないしのかみ)。内侍司の長官で、帝のそば近くに仕え、奏上や宣下を取り次ぐ女官。后妃に準じる扱いを受けることもあった。
文法
- 「あべい」(かの御尋ねあべい事)
- 「あるべき」の音便「あんべい」の撥音無表記。「あの方がお尋ねになるはずのこと」。
- 「かべい」(出でき難かべい世)
- 「難かるべき」の音便。「出て来にくいはずの世」。
解説
源氏は、玉鬘のことを直接には言わず、遠回しに語り始める。夕霧と雲居雁の件を持ち出して内大臣の頑固さを嘆く大宮に対して、源氏は、その件には関わらないと言って、大宮に余計な期待を抱かせないようにしている。
源氏は、玉鬘を引き取ったのは「思ひまがふる事」のためだと説明する。実際には、源氏は玉鬘が内大臣の娘であることを知っていて引き取ったのだが、ここでは体裁を整えて語っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、510–513頁(コマ260–261)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日