源氏物語 第29帖 行幸(4)
裳着の準備と大宮の病
源氏は、何よりもまず玉鬘の裳着をと考え、その準備を整え、この機会に内大臣にも真相を知らせようと思う。宮仕えに出るとなれば、藤原氏の氏神である春日の神の心にそむくことになるので、いつまでも隠してはおけない。源氏は、腰結の役を内大臣に頼むが、内大臣は、母の大宮が去年の冬から病気なので都合が悪いと断る。夕霧も昼夜三条宮に付き添っている。源氏は、大宮にもしものことがあれば喪に服すべきなのに知らぬふりをするのは罪深いと考え、大宮の存命中に事を明かそうと、見舞いをかねて三条宮を訪れる。

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- 4中將中將ちゅうじょうののの君君きみもももよるひるよるひるよるひる三條三條さんじょうににに添添そひひい侍侍さぶらひひい給給たまひひいててて心心こころののの空空そらなくなくなく物物ものししし給給たまひひいててて折折おり惡惡あしきしきしきをををいかにいかにいかにせせせましましましととと覺覺おぼすすす。。。世世よもももいといといと定定さだめめめなくなくなく宮宮みやもももうせうせうせさせさせさせ給給たまははわゞゞば御御おんぶくぶくぶくあるあるあるべきべきべきををを知知しらららずずず顏顏がおにてにてにてものしものしものし給給たまははわむむん、、、罪罪つみ深深ふかきききことことこと多多おおからからからむむん、、、おはするおはするおわする世世よににに、、、このこのこの事事こと顯顯あらはしはしわしてててむむんととと覺覺おぼししし取取とりりりててて、、、三條三條さんじょうののの宮宮みやににに御御おんとぶらひとぶらひとぶらいがてらがてらがてら渡渡わたりりり給給たまふふう。。。
現代語訳
いずれにしても、まず御裳着のことをとお考えになって、その御準備の御調度の細やかで美しいものなどを加えさせなさる。何やかやの儀式を、ご自身ではそれほどお思いにならないことでさえ、自然と盛大でいかめしくなるのに、まして内大臣にも、そのままこの機会に知らせ申し上げようかとお思いになるので、たいそう立派で、大げさなほどである。年が改まって二月にとお考えになる。
女は、評判が高くなって名前を隠しなさるべき年ごろでなくても、人の娘として籠もっていらっしゃる間は、必ずしも氏神へのお参りなどが表立たない間だからこそ、年月は紛らわして過ごしていらっしゃったが、もしお考えのこと(宮仕え)があるならば、藤原氏の氏神である春日の神のお心にそむくことにもなり、最後には隠し通せないものだから、つまらなく、わざとらしい後々の評判までも、いっそう具合が悪いだろう。普通の身分の人こそ、今風だといって、姓を改めることもたやすいだろうがなどと、お考えをめぐらすと、親子の縁は絶えるはずもない。
同じことなら、自分から心を許して知らせ申し上げようなどとお決めになって、この御腰結の役には、あの大臣をとお便りを差し上げなさったところ、内大臣は、大宮が去年の冬ごろからご病気で、少しもよくおなりにならないので、このような時に重なって都合が悪いだろうということを申し上げなさった。
中将の君(夕霧)も、昼も夜も三条宮に付き添ってお仕えなさって、心も上の空でいらっしゃって、時期が悪いのをどうしたものかとお思いになる。世の中もたいそう無常で、大宮がお亡くなりになったら、喪に服すべきなのに、知らない顔をしていらっしゃるとしたら、罪深いことも多いだろう、大宮がご存命のうちに、このことを明かしてしまおうと決心なさって、三条宮にお見舞いがてらお渡りになる。
意訳
源氏は玉鬘の裳着を計画し、この機会に内大臣にも真相を知らせようと思う。宮仕えに出るならば、藤原氏の氏神である春日の神にそむくことになるので、いつまでも隠してはおけない。
源氏は腰結の役を内大臣に頼むが、大宮の病を理由に断られる。源氏は、大宮の存命中に事を明かそうと、三条宮を訪れる。
語釈・文法注
- 裳着
- 女子の成人の儀式。初めて裳を着け、髪上げをする。腰結の役は、裳の腰紐を結ぶ役で、徳望のある人が務めた。
- 春日の神
- 奈良の春日大社の神で、藤原氏の氏神。玉鬘は内大臣の娘で藤原氏だが、源氏の娘として宮仕えに出れば、源氏の姓で氏神の祭りにも関わることになる。
文法
- 係り結び「こそ…すぐし給へ」(程なればこそ年月は紛れすぐし給へ)
- 「こそ」に応じて已然形で結び、後に逆接で続く。「…からこそ過ごしてきたが」。
- 「てむ」(この事顯はしてむ)
- 強意の助動詞「つ」の未然形+意志の「む」。「明かしてしまおう」。
解説
源氏が真相を明かそうと決心する理由として、氏神の問題が挙げられている。当時の貴族社会では、氏の帰属は重要であり、藤原氏の娘を源氏の娘として宮仕えに出すことは、神に対する偽りとなる。
大宮の病は、源氏が行動を起こすきっかけとなる。大宮は内大臣の母であり、源氏の亡き妻葵の上の母でもある。源氏と内大臣の両方とつながる大宮は、二人の仲立ちにふさわしい人物である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、508–509頁(コマ259)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日