源氏物語 第29帖 行幸(1)
大原野の行幸
源氏は、玉鬘の身の振り方をあれこれと思案するが、内大臣は何事もはっきりさせたがる性格なので、真相を明かした時にどう扱われるかを案じて迷う。その年の十二月、大原野への行幸があり、世の中の人は残らず見物に出て、六条院の女君たちも車を出して見物する。帝は卯の刻に出発し、朱雀大路から五条大路を西に折れる。桂川のほとりまで見物の車がすき間なく並ぶ。親王や上達部も馬や鞍を整え、随身や馬副の装いも華やかで、雪がちらつく中、鷹狩の装束も珍しく美しい。

- 1かくかくかく覺覺おぼししし至至いたらららぬぬぬ事事ことなくなくなくいかでいかでいかで善善よからからからむむんことことことはははととと覺覺おぼししし扱扱あつかひひい給給たまへへえどどど、、、このこのこの音音おと無無なしのののこそこそこそうたてうたてうたていとほしくいとほしくいとおしく南南みなみののの上上うえののの御御おんおしはかりおしはかりおしはかりごとごとごとににに適適かなひひいてててかるがるしかるかるがるしかるかるがるしかるべきべきべき御御おん名名ななれなれなれ、、、かのかのかのおとゞおとゞおとど何事何事なにごとににに付付つけけけてててもももきはきはしくきはきはしくきわきわしく、、、少少すこしししももも片片かたははわなるなるなるさまさまさまののの事事ことををを覺覺おぼししし忍忍しのばばばずずずなどなどなど物物ものししし給給たまふふう御心御心みこころざまざまざまををを、、、さてさてさて思思おもひひいぐまぐまぐまなくなくなくけざやかけざやかけざやかなるなるなる御御おんもてなしもてなしもてなしなどなどなどののの有有あらららむむんにににつけつけつけてててはははをこがましうをこがましうおこがましゅうもももやややなどなどなど覺覺おぼしししかへさふかへさふかえさう。。。
- 2そのそのそのしはすしはすしわすににに大大おお原原はらののの行幸行幸みゆきとてとてとて世世よににに殘殘のこるるる人人ひとなくなくなく見見み騷騷さわぐぐぐををを六條院六條院ろくじょういんよりよりよりももも御御おん方々方々かたがた引引ひききき出出いでででつゝつゝつつ見見み給給たまふふう。。。卯卯うののの時時ときににに出出いででで給給たまひひいててて、、、すざくすざくすざくよりよりより五五ご條條じょうののの大大おお路路じををを西西にしざまざまざまににに折折おれれれ給給たまふふう。。。桂桂かつら川川がわのののもともともとまでまでまで物物もの見見み車車ぐるまひまひまひまなしなしなし。。。
- 3行幸行幸みゆきととといへいへいえどどど必必かならずずず斯斯こうううしもしもしもあらあらあらぬぬぬををを今日今日きょうはははみこみこみこ達達たち上達部上達部かんだちめももも皆皆みな心心こころことことことににに御御おん馬馬うま鞍鞍くらををを整整ととのへへえ隨身隨身ずいじんうまぞひうまぞひうまぞいのののかたちかたちかたちたけだちたけだちたけだちさうぞくさうぞくそうぞくををを飾飾かざりりり給給たまひひいつゝつゝつつ珍珍めずらからからかにににをかしをかしおかし。。。左左そ右右うののの大臣大臣おとど、、、內內ない大大だい臣臣じん、、、納納な言言ごんよりよりよりしもしもしもはははたたた况况ましてしてして殘殘のこらららずずず仕仕つかうまつりうまつりうまつり給給たまへへえりりり。。。靑靑あお色色いろののの上上うえのののきぬきぬきぬ、、、えびえびえび染染ぞめののの下襲下襲したがさねををを殿上人殿上人てんじょうびと五五ご位位い六六ろく位位いまでまでまで着着きたりたりたり。。。
- 4雪雪ゆき唯唯ただ聊聊いささかかか打打うちちち散散ちりりりててて道道みちののの空空そらさへさへさへ艶艶えんなるなるなるににに、、、みこみこみこ達達たち上達部上達部かんだちめなどなどなど鷹鷹たかにににかゝづらひかゝづらひかかずらい給給たまへへえるるるははは珍珍めずらしきしきしきかりかりかりののの御御おんよそひよそひよそいどもどもどもををを設設もうけけけ給給たまふふう。。。そゑそゑそえののの鷹鷹たかどもどもどもははは况况ましてしてして世世よににに目目めなれなれなれぬぬぬ摺摺すりごろもごろもごろもををを亂亂みだれれれ着着きつゝつゝつつ氣色氣色けしきことことことなりなりなり。。。
- 5珍珍めずらしうしうしゅうをかしきをかしきおかしきことことことにににきほひきほひきおい出出いでででつゝつゝつつそのそのその人人ひとともともともなくなくなく幽幽かすかかかなるなるなるあしあしあし弱弱よわききき車車くるまなどなどなど輪輪わををを押押おしししひしがれひしがれひしがれ哀哀あわれげげげなるなるなるもももありありあり浮浮うき橋橋はしのののもともともとなどなどなどにににももも好好このましうましうましゅう立立たちちちさまよふさまよふさまよう善善よききき車車くるま多多おおかりかりかり。。。
現代語訳
源氏は、このように思い至らないこともなく、何とかよい方法はないものかとお考えになって扱っていらっしゃるけれど、あの「音無の滝」(人知れず泣く玉鬘)こそ気の毒で、南の上(紫の上)のご推察どおりになって、軽々しいはずの評判である。あの大臣(内大臣)は、何事につけてもけじめをはっきりさせて、少しでも中途半端なことはお許しにならないようなお心の方なので、そのまま、思いやりもなく、きっぱりとしたお扱いなどがあるとしたら、それも体裁が悪いだろうかなどと、思い返していらっしゃる。
その年の十二月に、大原野への行幸があるというので、世の中で残る人もなく見物に騒ぐのを、六条院からも御方々が車を引き出してご覧になる。帝は卯の刻に出発なさって、朱雀大路から五条の大路を西の方へお曲がりになる。桂川のほとりまで、見物の車がすき間もない。
行幸といっても、必ずしもこのようではないのに、今日は親王たちや上達部も皆、格別に心をこめて御馬や鞍を整え、随身や馬副の容貌や背丈、装束を飾り立てていらっしゃって、珍しく趣深い。左右の大臣、内大臣、納言より下は、なおさら残らずお供申し上げていらっしゃる。青色の袍に葡萄染の下襲を、殿上人や五位六位の者まで着ている。
雪がほんの少しちらついて、道中の空までも優美であるところに、親王たちや上達部などで鷹狩に関わっていらっしゃる方は、珍しい狩の御装束を用意していらっしゃる。近衛の鷹飼たちは、なおさら世に見慣れない摺衣を乱れ着て、様子が格別である。
珍しく趣深いことなので、競って出て来て、誰ということもなく、みすぼらしい足の弱い車などは、輪を押しつぶされて気の毒なものもある。浮橋のほとりなどにも、好ましく立ち並ぶ立派な車が多い。
意訳
源氏は、玉鬘の身の振り方をあれこれと思案するが、何事もはっきりさせたがる内大臣に真相を明かした時のことを案じて迷う。
十二月、大原野への行幸があり、世の人は残らず見物に出て、六条院の女君たちも見物する。親王や上達部、随身たちの装いは華やかで、雪のちらつく中、桂川のほとりまで見物の車が並ぶ。
語釈・文法注
- 音無の瀧
- 「恋ひわびぬ音をだに泣かむ声立てていづこなるらむ音無の滝」などによる。人知れず思い悩むことのたとえで、ここでは玉鬘を指す。
- 大原野の行幸
- 大原野は京都の西郊、小塩山のふもとの野。鷹狩の地として知られ、藤原氏の氏神である大原野神社がある。
- そゑの鷹飼
- 一般の本文では「近衛の鷹飼」。鷹狩の鷹を扱う近衛府の官人。
文法
- 係り結び「こそ…なれ」(音無の瀧こそ…御名なれ)
- 強調の「こそ」に応じて、已然形「なれ」で結ぶ。ここでは文が続くので逆接の意を含む。
- 「だに」(何事につけても)
- ここでは「何事に付けても」と、内大臣の性格を説明する。
解説
行幸の巻は、源氏が玉鬘の処遇に悩む場面から始まる。玉鬘を実父の内大臣に引き渡すか、宮仕えに出すか、あるいは自分のもとにとどめるか、源氏の心は揺れている。
大原野の行幸の描写は、冷泉帝の御代の華やかさを伝える。雪のちらつく冬の野に、色とりどりの装束をまとった貴族たちが連なる様子は、絵巻物のような美しさである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、504–507頁(コマ257–258)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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