源氏物語 第28帖 野分(1)
秋の町を襲う野分
秋好中宮の秋の町の庭には、例年よりも見事に秋の草花が植えられ、黒木や赤木の籬に咲く花の朝露が玉のように輝き、春の山も忘れるほどの美しさである。春秋の争いで、昔から秋を好む人が多かったが、春の花園に心を寄せた人々も今は秋になびく。中宮は里下がりして、管弦の遊びもしたいが、八月は亡き父前坊の忌月なので控えている。そこへ例年にない激しい野分が吹き荒れ、花が無残に萎れるのを、中宮は心を痛めて嘆く。

- 1中宮中宮ちゅうぐうののの御前御前おまえににに秋秋あきののの花花はなををを植植うゑゑえさせさせさせ給給たまへへえるるることことこと、、、常常つねののの年年としよりよりよりももも見見み所所どころ多多おおくくく色色いろ草草くさをををつくしつくしつくしててて、、、よしよしよしあるあるある黑黑くろ木木き赤赤あか木木ぎのののませませませをををゆひゆひゆいまぜまぜまぜつゝつゝつつ同同おなじきじきじき花花はなののの枝枝えだざしざしざし、、、すがたすがたすがた、、、朝朝あさ露露つゆののの光光ひかりももも世世よののの常常つねならならならずずず、、、玉玉たまかかかととと輝輝かがやきききててて、、、造造つくりりり渡渡わたせせせるるる野野の邊邊べののの色色いろををを見見みるるるにににはははたたた春春はるののの山山やまももも忘忘わすららられれれててて、、、涼涼すずしうしうしゅうおもしろくおもしろくおもしろく心心こころのののあくがるゝあくがるゝあくがるるやうやうようなりなりなり。。。
- 2春春はる秋秋あきのののあらそひあらそひあらそいににに昔昔むかしよりよりより秋秋あきににに心心こころよするよするよする人人ひとははは數數かず增增まさりりりけるけるけるををを、、、名名なだゝるだゝるだたる春春はるのののおおお前前まえののの花花はな園園ぞのににに心心こころよせよせよせししし人々人々びと又又またひきひきひきかへしかへしかえしうつろふうつろふうつろう氣色氣色けしき、、、世世よののの有樣有樣ありさまににに似似にたりたりたり。。。
- 3これこれこれををを御覽御覽ごらんじじじつきつきつきててて里里さと居居いししし給給たまふふうほどほどほど御御おん遊遊あそびなどなどなどもももあらまほしけれあらまほしけれあらまほしけれどどど、、、八月八月はずきははは故故こ前前ぜんののの御御おんききき月月ずきなれなれなればばば心心こころもとなくもとなくもとなくおぼしおぼしおぼしつゝつゝつつ明明あけけけ暮暮くるゝるゝるるににに、、、このこのこの花花はなののの色色いろまさるまさるまさる氣色氣色けしきどもどもどもををを御覽御覽ごらんずるずるずるににに、、、のわきのわきのわき例例れいののの年年としよりよりよりもももおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしく空空そらののの色色いろ變變かわりりりててて吹吹ふききき出出いづづず。。。
- 4花花はなどもどもどものののしをるゝしをるゝしおるるをををいといといとさしもさしもさしも思思おもひひいしましましまぬぬぬ人人ひとだにだにだにあなあなあなわりなわりなわりなととと思思おもひひいさわがさわがさわがるゝるゝるるををを、、、ましてましてまして叢叢くさむらののの露露つゆののの玉玉たまののの緒緒お亂亂みだるゝるゝるるまゝまゝままににに、、、御心御心みこころ惑惑まどひひいもももしししぬぬぬべくべくべくおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。おほふおほふおおうばかりばかりばかりのののははは秋秋あきののの空空そらにににしもしもしもこそこそこそほしげほしげほしげなりなりなりけれけれけれ。。。
- 5暮暮くれれれ行行ゆくくくまゝまゝままににに物物ものももも見見みえええずずず吹吹ふききき迷迷まよはしはしわしててていといといとむくつけゝれむくつけゝれむくつけければばば、、、御御おん格子格子こうしなどなどなどまゐりまゐりまいりぬるぬるぬるににに、、、後後うしろめたくめたくめたくいみじいみじいみじととと花花はなのののうへうへうえをををおぼしおぼしおぼし歎歎なげくくく。。。
現代語訳
中宮の御前に秋の花をお植えさせになったことは、例年よりも見どころが多く、さまざまな色の草を尽くして、趣のある黒木や赤木の籬を結い混ぜて、同じ花でも枝ぶりや姿、朝露の光も世の常ではなく、玉かと輝いて、造り広げた野辺の色を見ると、また春の山も忘れられて、涼しく趣深く、心が浮き立つようである。
春秋の争いでは、昔から秋に心を寄せる人の数がまさっていたが、名高い春の御前の花園に心を寄せていた人々が、また打って変わって秋に心を移す様子は、世の中のありさまに似ている。
これをご覧になって気に入られて、里下がりしていらっしゃる間、管弦の遊びなどもしたいけれど、八月は故前坊(中宮の父)の御忌月なので、気がかりにお思いになりながら日を過ごしていらっしゃると、この花の色がまさっていく様子などをご覧になっているところに、野分が例年よりも恐ろしく、空の色を変えて吹き出した。
花などが萎れるのを、それほど深く思い入れていない人でさえ、ああひどいと思い騒がずにはいられないのに、まして草むらの露の玉の緒が乱れるにつけて、中宮はお心も惑ってしまいそうにお思いになっている。「覆うばかりの袖」は、秋の空にこそほしいものであった。
日が暮れていくにつれて、何も見えないほど吹き荒れて、たいそう恐ろしいので、御格子などを下ろしたけれど、花のことが気がかりで、たいそうお嘆きになる。
意訳
秋好中宮の秋の町の庭には、例年よりも見事に秋の草花が植えられ、春の山も忘れるほどの美しさである。春の花園に心を寄せた人々も、今は秋になびいている。
中宮は、父の忌月なので管弦の遊びを控えているところに、例年にない激しい野分が吹き荒れる。花が無残に萎れるのを、中宮は心を痛めて嘆く。
語釈・文法注
- 故前坊
- 亡き前の東宮。秋好中宮の父。六条御息所の夫で、即位する前に亡くなった。
- おほふばかりの袖
- 「大空におほふばかりの袖もがな春咲く花を風にまかせじ」(後撰集)による。花を風から守るために、空を覆うほどの大きな袖がほしいという意。
文法
- 「だに」(思ひしまぬ人だに)
- 「思い入れていない人でさえ」。
- 強意の「しも…こそ…けれ」(秋の空にしもこそほしげなりけれ)
- 「秋の空にこそほしいものであった」。
解説
野分の巻は、秋の町の美しい庭が嵐に襲われる場面から始まる。春の町の盛りを描いた胡蝶の巻と対をなし、六条院の秋を描く。
「春のお前の花園に心よせし人々又ひきかへしうつろふ氣色、世の有樣に似たり」という一文には、人の心の移ろいやすさへの皮肉が込められている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、492–495頁(コマ251–252)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日