源氏物語 第26帖 常夏(1)
釣殿の納涼
ひどく暑い日、源氏は春の町の東の釣殿で涼み、夕霧や親しい殿上人、内大臣の子息たちも集まる。鮎や石伏などを調理させ、氷水や水飯を食べて騒ぐ。源氏は、近ごろ珍しい話はないかと尋ね、内大臣が外腹の娘を探し出して大切にしているというのは本当かと、弁の少将に問う。少将は、夢語りを聞いて名乗り出た女を、柏木が引き取ったと答える。源氏は、大勢の子があるのに、はぐれた雁を無理に探し出すのは欲張りだと皮肉り、澄まない水に宿る月が曇りないはずはないと笑う。源氏は、夕霧を冷たく扱う内大臣への腹いせに、この皮肉が内大臣の耳に入ればよいと思う。

- 1いといといとあつきあつきあつき日日ひ、、、ひんがしひんがしひんがしののの釣殿釣殿つりどのににに出出いででで給給たまひひいててて凉凉すずみみみ給給たまふふう。。。中將中將ちゅうじょうののの君君きみももも侍侍さぶらひひい給給たまふふう。。。親親したしきしきしき殿上人殿上人てんじょうびとあまたあまたあまた侍侍さぶらひひいててて、、、西西にし川川がわよりよりより奉奉たてまつれれれるるる鮎鮎あゆ近近ちかききき川川かわのののやうやうようのののものものもの、、、おまへおまへおまえにてにてにて調調ちょうじじじてててまゐらすまゐらすまいらす
- 2例例れいののの大殿大殿おおとのののの君達君達きんだち、、、中將中將ちゅうじょうののの御御おんあたりあたりあたり尋尋たずねねねててて參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。「「「さうざうしくさうざうしくそうぞうしくねぶたかりねぶたかりねぶたかりつるつるつるをりをりおり能能よくくくものしものしものし給給たまへへえるるるかなかなかな」」」とてとてとておほみきおほみきおおみきまゐりまゐりまいり、、、ひみづひみづひみずめしめしめしててて、、、などなどなどとりどりとりどりとりどりにににさうどきさうどきそうどきつゝつゝつつくふくふくう
- 3風風かぜはははいといといとよくよくよく吹吹ふけけけどもどもども日日ひのどかのどかのどかににに曇曇くもりりりなきなきなき空空そらののの西西にし日日びににになるなるなるほどほどほど、、、蟬蟬せみののの聲聲こえなどなどなどもももいといといと苦苦くるしげしげしげににに聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、「「「水水みずののの上上うえむとくむとくむとくなるなるなる今日今日きょうのののあつかはしさあつかはしさあつかわしさかなかなかな。。。むらひむらひむらいののの罪罪つみははは許許ゆるささされれれなむなむなんややや」」」とてとてとて寄寄よりりり臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。
- 4「「「いといといとかゝるかゝるかかるころころころははは遊遊あそびびびなどなどなどもももすさまじくすさまじくすさまじく、、、さすがさすがさすがににに暮暮くらししし難難がたきききこそこそこそ苦苦くるしけれしけれしけれ。。。宮仕宮仕みやづかえするするする若若わかききき人々人々びと堪堪たへへえがたからがたからがたからむむんななな。。。おびひもおびひもおびひもゝゝも解解とかかかぬぬぬほどほどほどよよよ、、、こゝこゝここにてにてにてだにだにだにうちうちうち亂亂みだれれれ、、、このこのこの頃頃ころ世世よにににあらあらあらむむんことことことののの少少すこしししめづらしくめづらしくめずらしくねぶたさねぶたさねぶたさ醒醒さめめめぬぬぬべからべからべからむむんことことこと語語かたりりりててて聞聞きかかかせせせ給給たまへへえ。。。何何なにとととなくなくなくおきなびおきなびおきなびにににたるたるたる心地心地ここちしししててて、、、せけんせけんせけんののの事事ことももも覺束覺束おぼつかなしなしなしややや」」」などなどなどののの給給たまへへえどどど、、、
- 5珍珍めずらしきしきしきことことことゝゝとててて、、、うちうちうち出出いででで聞聞きこえええむむん物語物語ものがたりももも覺覺おぼえええねねねばばば、、、かしこまりかしこまりかしこまりたるたるたるやうやうようにてにてにて、、、皆皆みないといといと涼涼すずしきしきしき高高こう欄欄らんにににせなかせなかせなか押押おしししつゝつゝつつ侍侍さぶらひひい給給たまふふう。。。
- 6「「「いかでいかでいかで聞聞ききききしししことことことぞぞぞややや。。。おとゞおとゞおとどのののほかほかほかばらばらばらのののむすめむすめむすめ尋尋たずねねね出出いでででゝゝてかしづきかしづきかしずき給給たまふふうとととまねぶまねぶまねぶ人人ひとなむなむなんありありありししし。。。誠誠まことにににややや」」」ととと辨辨べんののの少將少將しょうしょうににに問問とひひい給給たまへへえばばば
- 7「「「ことごとしうことごとしうことごとしゅうさささまでまでまでいひいひいいなすなすなすべきべきべき事事ことにににももも侍侍はべらららざりざりざりけりけりけり。。。このこのこの春春はるののの頃頃ころほひほひおい夢夢ゆめがたりがたりがたりししし給給たまひひいけるけるけるをををほのほのほの聞聞きききき傳傳つたへへえけるけるける女女おんなののの、、、我我われなむなむなんかこつかこつかこつべきべきべきことことことあるあるあるととと名名なのりのりのり出出いででではべりはべりはべりけるけるけるををを、、、中將中將ちゅうじょうののの朝臣朝臣あそんなむなむなん聞聞ききききつけつけつけててて、、、誠誠まことにににさやうさやうさようにににもももふればひふればひふればいぬぬぬべきべきべきしるししるししるしやややあるあるあるととと尋尋たずねねねとぶらひとぶらひとぶらい侍侍はべりりりけるけるける。。。
- 8くはしきくはしきくわしきさまさまさまはははえええ知知しりりり侍侍はべらららずずずげにげにげにこのこのこの頃頃ころ珍珍めずらしきしきしき世世よ語語がたりににになむなむなん人々人々びともももししし侍侍はべるるるなるなるなる。。。かやうかやうかようのののことことことこそこそこそ人人ひとのののためためためおのづからおのづからおのずからけそんけそんけそんなるなるなるわざわざわざににに侍侍はべりりりけれけれけれ」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 9誠誠まことなりなりなりけりけりけりととと思思おぼしししててて「「「いといといとおほかおほかおおかめるめるめるつらつらつらににに離離はなれれれててて後後おくるゝるゝるる鴈鴈かりをををしひしひしいててて尋尋たずねねね給給たまふふうらむらむらんがががふくつけきふくつけきふくつけきぞぞぞかしかしかし。。。いといといとともしきともしきともしきににに、、、さやうさやうさようならならならむむんものものものゝゝのくさはひくさはひくさわい見見み出出いでででまほしけれまほしけれまほしけれどどど、、、名名なのりのりのりももも物物もの憂憂うききききはきはきわとととややや思思おもふふうらむらむらん。。。更更さらにににこそこそこそきこえきこえきこえねねね
- 10さてさてさてももももてもてもてはなれはなれはなれたるたるたる事事ことにににはははあらあらあらじじじ。。。らうがはしくらうがはしくろうがわしくとかくとかくとかく紛紛まぎれれれ給給たまふふうめりめりめりししし程程ほどににに底底そこ淸淸きよくくくすますますまぬぬぬ水水みずににに宿宿やどれれれるるる月月つきははは曇曇くもりりりなきなきなきやうやうようのののいかでいかでいかでかかかあらあらあらむむん」」」とととほゝゑみほゝゑみほほえみてててののの給給たまふふう。。。
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現代語訳
たいそう暑い日、源氏は東の釣殿にお出ましになって涼んでいらっしゃる。中将の君(夕霧)もお仕えしていらっしゃる。親しい殿上人も大勢お仕えして、西川から献上した鮎や、近くの川の石伏のようなものを、御前で調理して差し上げる。
いつものように内大臣の君達が、中将のいらっしゃるあたりを尋ねて参上なさった。源氏は「退屈で眠かったところに、ちょうどよく来てくださったね」と言って、お酒を召し上がり、氷水を取り寄せて、水飯などを、皆それぞれにはしゃぎながら食べる。
風はたいそうよく吹くけれど、日がのどかに曇りもない空の、西日になるころ、蝉の声などもたいそう苦しそうに聞こえるので、「水の上なのにかいのない今日の暑さだね。無礼の罪は許してもらえるだろうか」と言って、物に寄りかかって横になっていらっしゃる。
「たいそうこのような季節は、管弦の遊びなども興ざめで、それでもやはり暮らしにくいのがつらいことだ。宮仕えをする若い人たちは堪えがたいだろうね。帯紐も解かない時だよ。せめてここではくつろいで、近ごろ世間にあることで、少し珍しく、眠気も覚めそうなことを語って聞かせてください。何となく年寄りじみた気がして、世間のことにも疎くなってしまった」などとおっしゃるけれど、
珍しいことといって、申し上げられそうな話も思いつかないので、かしこまったようにして、皆たいそう涼しい高欄に背中をもたせかけてお控えしていらっしゃる。
「どこで聞いたことだったか。大臣が、外腹の娘を探し出して大切にしていらっしゃると、語る人がいた。本当か」と、弁の少将にお尋ねになると、
「大げさにそこまで言い立てるようなことでもございません。この春ごろ、父が夢語りをなさったのを、ほのかに聞き伝えた女が、自分こそ申し出るべきことがあると名乗り出ましたのを、中将の朝臣(柏木)が聞きつけて、本当にそのように縁を結んでよい証拠があるのかと、尋ね訪ねたのでございます。
詳しい事情は存じませんが、なるほど、このごろ珍しい世間話として、人々も噂しているようでございます。このようなことこそ、人にとって自然と不名誉なことでございますね」と申し上げる。
本当だったのだとお思いになって、「たいそう大勢いるらしい列から離れて、後れた雁を無理にお探しになるのが、欲張りなことだね。私のところはたいそう子が少ないので、そのような種を見つけ出したいけれど、名乗り出るのも気がひける身分と思うのだろうか。まったく噂も聞かない。
それにしても、内大臣にまったく縁のないことではあるまい。乱れた様子で、あれこれと浮気をしていらっしゃったようなころに、底の清く澄まない水に宿った月が、曇りのないことなどどうしてあろうか」とほほえんでおっしゃる。
中将の君も詳しくお聞きになっていたことなので、とてもまじめな顔はしていられない。少将と藤侍従とは、たいそうつらいと思っていた。源氏は「朝臣よ、せめてそのような落ち葉でも拾いなさい。体裁の悪い評判が後の世に残るよりは、同じかざしで慰めるのに、何の差し支えがあろう」と、からかいなさるようだ。
このようなことで、表向きはたいそうよいお仲が、昔からやはり隙間があったところに、まして中将(夕霧)をひどく恥をかかせてつらい目にあわせなさる恨めしさに、思いあまって、何となく憎らしいとも漏れ聞きなされよとお思いになるのであった。
意訳
暑い日、源氏は釣殿で夕霧や内大臣の子息たちと涼み、近ごろの珍しい話として、内大臣が外腹の娘を引き取った噂を尋ねる。弁の少将は、夢語りを聞いて名乗り出た女を柏木が引き取ったと答える。
源氏は、内大臣が若いころの浮気の結果だと皮肉り、夕霧を冷たく扱う内大臣への腹いせに、この皮肉が内大臣の耳に入ればよいと思う。
語釈・文法注
- いしぶし
- 石伏。川魚の一種。かじかやごりの類とされる。
- すゐはん
- 水飯。干飯や飯を冷水に浸したもの。夏の食べ物。
文法
- 推量の「らむ」(尋ね給ふらむがふくつけきぞかし)
- 「お探しになっているらしいのが欲張りなことだ」。
- 反語の「いかでか…む」(いかでかあらむ)
- 「どうしてあろうか、いや、ない」。
解説
常夏の巻は、暑い夏の日の釣殿の描写から始まる。源氏が内大臣の外腹の娘の噂を皮肉るのは、玉鬘という本当の娘を自分が隠していることを意識しての、ひそかな優越感でもある。
夕霧と雲居雁の仲を認めない内大臣への源氏の不満が、この皮肉の背景にある。源氏と内大臣の対立は、子どもたちの世代にも影を落としている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、476–479頁(コマ243–244)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日