源氏物語 第22帖 玉鬘(14)
住まいの決定と夕顔の思い出
源氏は姫君の住まいを考え、人の出入りの多い春の町や、中宮の秋の町は避けて、夏の町(丑寅の町)の西の対に決める。同じ町に住む花散里なら、仲よく暮らせるだろうと考えたのである。源氏は紫の上に、初めて夕顔との昔の恋を打ち明け、夕顔が生きていたら明石の君と同じくらいには扱ったろうと語る。紫の上は、それでも明石の君ほどではなかったろうと言い、明石の君への対抗心をのぞかせる。

- 1住住すみみみ給給たまふふうべきべきべき御御おんかたかたかた御覽御覽ごらんずるずるずるににに、、、南南みなみののの町町まちにににはははいたづらいたづらいたずらなるなるなるたいたいたいどもどもどもなどなどなどもももなしなしなし。。。いきほひいきほひいきおいことことことにににすみすみすみみちみちみち給給たまへへえれれればばばけせうけせうけしょうににに人人ひとしげくしげくしげくもももあるあるあるべしべしべし、、、中宮中宮ちゅうぐうのののおはしますおはしますおわします町町まちはははかやうかやうかようののの人人ひとももも住住すみみみぬぬぬべくべくべくのどやかのどやかのどやかなれなれなれどどど、、、さてさてさて侍侍さぶらふふう人人ひとのののつらつらつらにににややや聞聞ききききなさなさなさむむんとととおぼしおぼしおぼしててて、、、
- 2少少すこしししうもれうもれうもれたれたれたれどどど丑寅丑寅うしとらののの町町まちののの西西にしののの對對たいにてにてにてあるあるあるをををことことことかたかたかたへへへ移移うつしししてててとととおぼすおぼすおぼす。。。あひあひあいずみずみずみももも忍忍しのびやかびやかびやかににに心心こころよくよくよくものしものしものし給給たまふふう御御おん方方かたなれなれなればばばうちうちうち語語かたらひらひらいてててもももありありありなむなむなんとととおぼしおぼしおぼし置置おきききつつつ。。。
- 3うへうへうえにににももも今今いまぞぞぞかのかのかのありありありししし昔昔むかしののの世世よののの物語物語ものがたり聞聞きこえええ出出いででで給給たもうううけるけるける。。。かくかくかく御心御心みこころにににこめこめこめ給給たまふふうことことことありありありけるけるけるをををうらみうらみうらみ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 4「「「わりなしわりなしわりなしややや。。。世世よにににあるあるある人人ひとのののうへうへうえとてとてとてややや問問とはははずずずがたりがたりがたりははは聞聞きこえええ出出いでででむむん。。。かゝるかゝるかかるついでついでついでににに隔隔へだてててぬぬぬこそこそこそ人人ひとにににはははことことことににに思思おもひひい聞聞きこゆれゆれゆれ」」」とてとてとていといといとあはれげあはれげあわれげにににおぼしおぼしおぼし出出いでででたりたりたり。。。
- 5「「「人人ひとのののうへうへうえにてにてにてもももあまたあまたあまた見見みしししににに、、、いといといと思思おもははわぬぬぬ中中なかももも女女おんなととといふいふいうものものものゝゝの心心こころ深深ふかきききをををあまたあまたあまた見見み聞聞ききききしかしかしかばばば更更さらにににすきずきしきすきずきしきすきずきしき心心こころはははつかはつかはつかわじじじとととなむなむなん思思おもひひいしししををを、、、おのづからおのづからおのずからさるさるさるまじきまじきまじきをををもももあまたあまたあまた見見みしししなかなかなかににに、、、あはれあはれあわれとととひたぶるひたぶるひたぶるにににらうたきらうたきろうたきかたかたかたははは又又またたぐひたぐひたぐいなくなくなくなむなむなん思思おもひひい出出いでででらるゝらるゝらるる。。。
- 6世世よにににあらあらあらましかましかましかばばば北北きたののの町町まちにににものするものするものする人人ひとのののなみなみなみにににはははなどなどなどかかか見見みざらざらざらましましまし。。。人人ひとののの有樣有樣ありさまとりどりとりどりとりどりににになむなむなんありありありけるけるける。。。かどかどしうかどかどしうかどかどしゅうをかしきをかしきおかしきすぢすぢすじなどなどなどははは後後おくれれれたりたりたりしかしかしかどもどもども、、、あてはかあてはかあてはかにににらうたくらうたくろうたくもももありありありしかしかしかななな」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。
- 7「「「さりともさりともさりとも明石明石あかしののの波波なみにににはははたちたちたちならべならべならべ給給たまははわざらざらざらましましまし」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。なほなほなお北北きたのののおとゞおとゞおとどをををばばばめざましめざましめざましととと心心こころおきおきおき給給たまへへえりりり。。。姫君姫君ひめぎみのののいといといとうつくしげうつくしげうつくしげにてにてにて何何なに心心ごころもももなくなくなく聞聞きききき給給たまふふうがががらうたけれらうたけれろうたければばば又又またことわりことわりことわりぞぞぞかしかしかしとととおぼしおぼしおぼしかへさかへさかえさるるる。。。
現代語訳
姫君の住むべきお部屋をお考えになると、南の町(春の町)には空いている対の屋などもない。威勢が格別で、住む人で満ちていらっしゃるので、目立って人の出入りも多いだろう。中宮のいらっしゃる町(秋の町)は、このような人も住めそうなほど閑静だけれど、そうすると中宮にお仕えする女房の一人のように聞きなされるだろうかとお思いになって、
少し引っ込んでいるけれど、丑寅の町(夏の町)の西の対で、文殿になっているのを、他の所へ移してとお考えになる。同じ町に住む方(花散里)も、控えめで気立てのよい方なので、話し相手にもなるだろうとお決めになった。
上(紫の上)にも、今になってあの昔の話を申し上げなさった。紫の上は、このようにお心に秘めていらっしゃることがあったのを、お恨み申し上げなさる。
「しかたがないでしょう。生きている人の身の上だからといって、問われもしないのに話し出せましょうか。このような機会に隠し立てしないのこそ、あなたを格別に思い申し上げているからです」と言って、たいそうしみじみとお思い出しになっている。
「人の身の上としても、たくさん見てきたが、それほど深く思わない仲でも、女というものの心の深さを数多く見聞きしたので、決して好色な心は使うまいと思っていたのに、自然とそうあってはならない相手も多く見てきた中で、しみじみと、ひたすらかわいらしいという点では、またとない人として思い出される。
生きていたら、北の町に住む人(明石の君)と同じくらいには、どうして世話をしないことがあろう。人の様子はさまざまなものだ。才気があって面白いという点では劣っていたけれど、上品でかわいらしい人だったなあ」などとおっしゃる。
紫の上は「それでも、明石の君と並べるほどにはなさらなかったでしょう」とおっしゃる。やはり北の御殿(明石の君)を目障りだと、心の隔てを置いていらっしゃる。姫君(明石の姫君)がたいそうかわいらしく、無心に聞いていらっしゃるのがいじらしいので、また、源氏が明石の君を大切にするのももっともなことだと思い直される。
意訳
源氏は姫君の住まいを、夏の町の西の対に決める。同じ町に住む花散里なら、仲よく暮らせるだろうと考えたのである。
源氏は紫の上に、初めて夕顔との昔の恋を打ち明け、夕顔が生きていたら明石の君と同じくらいには扱ったろうと語る。紫の上は、それでも明石の君ほどではなかったろうと言い、明石の君への対抗心をのぞかせる。
語釈・文法注
- ふどの
- 文殿。書物を収めておく建物。夏の町の西の対は書庫として使われていたので、書物を他に移して姫君の住まいとした。
文法
- 反語の「や」(問はずがたりは聞え出でむ)
- 「とてや…む」で「問われもしないのに話し出せましょうか、いや、話せない」。
- 反実仮想の「ましかば…まし」(世にあらましかば…見ざらまし)
- 「生きていたら、…世話をしないことがあろうか」。
解説
姫君の住まいを花散里と同じ夏の町にしたのは、穏やかな花散里のもとなら、姫君が落ち着いて暮らせると考えたからである。六条院の四季の町に、新たな女君が加わる。
紫の上が明石の君への対抗心をのぞかせる場面は、六条院の女君たちの微妙な関係を示している。しかし、明石の姫君の無邪気な姿に、紫の上の心も和らぐ。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、432–435頁(コマ220–221)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日