源氏物語 第22帖 玉鬘(11)
右近と乳母の語らい
夜が明けて、一行は知り合いの僧坊に下り、心おきなく語り合う。右近は、紫の上ほど美しい人はいないと思っていたが、やつれた旅姿の姫君もそれに劣らないと褒める。乳母は、姫君を父の内大臣に知らせてほしいと頼むが、右近は、源氏が夕顔の代わりに姫君を引き取りたいと前から言っていると話す。初瀬川のほとりで、右近と姫君は歌を詠み交わす。右近は、田舎育ちとは思えない姫君の気品に喜び、姫君も、源氏の子どもたちが皆立派に扱われていると聞いて心強く思う。別れ際に、互いの宿を教え合う。

- 1明明あけけけぬれぬれぬればばば。。。知知しれれれるるる大德大德だいとこののの坊坊ぼうにににおりおりおりぬぬぬ物語物語ものがたり心心こころやすくやすくやすくとととなるなるなるべしべしべし。。。姫君姫君ひめぎみのののいたくいたくいたくやつれやつれやつれ給給たまへへえるるる、、、恥恥はずかしげしげしげにににおぼしおぼしおぼしたるたるたるさまさまさまいといといとめでたくめでたくめでたく見見みゆゆゆ。。。
- 2「「「おぼえおぼえおぼえぬぬぬたかきたかきたかきまじらひまじらひまじらいをををしししててて多多おおくくくののの人人ひとをををなむなむなん見見みあつむれあつむれあつむれどどど、、、殿殿とののののうへうへうえののの御御おんかたちかたちかたちににに似似にるるる人人ひとおはせおはせおわせじじじとととなむなむなん年年とし比比ごろ見見み奉奉たてまつるるるををを、、、又又またおひおひおい出出いででで給給たまふふう姫君姫君ひめぎみののの御御おんさまさまさまいといといとことわりことわりことわりにににめでたくめでたくめでたくおはしますおはしますおわします。。。かしづきかしづきかしずき奉奉たてまつりりり給給たまふふうさまさまさまもももならびならびならびなかなかなかめるめるめるにににかうかうこうやつれやつれやつれ給給たまへへえるるるさまさまさまののの劣劣おとりりり給給たまふふうまじくまじくまじく見見みえええ給給たまふふうはははありがたうありがたうありがとうなむなむなん。。。
- 3おとゞおとゞおとどののの君君きみ、、、父父ちち帝帝みかどののの御御おん時時ときよりよりよりそこらそこらそこらののの女御女御にようご后后きさきそれそれそれよりよりよりしもしもしもはははのこりのこりのこりなくなくなく見見み奉奉たてまつりりり集集あつめめめ給給たまへへえるるる御御おんめめめにににももも、、、たうだいたうだいとうだいののの御御おん母母はは后后きさきととと聞聞きこえええしししとととこのこのこの姫君姫君ひめぎみののの御御おんかたちかたちかたちとととをををなむなむなんよきよきよき人人ひととととはははこれこれこれをををいふいふいうにににやややあらあらあらむむんとととおぼゆるおぼゆるおぼゆるととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 4見見み奉奉たてまつりりりならぶるならぶるならぶるにににかのかのかの后后きさきののの宮宮みやをををばばばしりしりしりきこえきこえきこえずずず、、、姬君姬君ひめぎみははは淸淸きよらにらにらにおはしませおはしませおわしませどどどまだまだまだかたなりかたなりかたなりにてにてにておひさきおひさきおいさきぞぞぞ推推おしししはからはからはかられれれ給給たまふふう。。。うへうへうえののの御御おんかたちかたちかたちはははなほなほなお誰誰たれかかかならびならびならび給給たまははわむむんとととなむなむなん見見み給給たまふふう。。。
- 5殿殿とのもももすぐれすぐれすぐれたりたりたりとととおぼしおぼしおぼしためためためるるるをををことことことににに出出いでででゝゝてははは何何なにかはかはかは數數かぞへへへのののうちうちうちにににははは聞聞きこえええ給給たまははわむむん。。。われわれわれにににならびならびならび給給たまへへえるるるこそこそこそ君君きみはははおほけなけれおほけなけれおおけなけれとととなむなむなん戯戯たわぶれれれ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。見見み奉奉たてまつるるるににに命命いのちのぶるのぶるのぶる御御おんありさまありさまありさまどもどもどもををを又又またさるさるさるたぐひたぐひたぐいおはしましおはしましおわしましなむなむなんやややとととなむなむなん思思おもひひい侍侍はべるるるををを
- 6「「「いづくいづくいずくかかか劣劣おとりりり給給たまははわむむん。。。物物ものははは限限かぎりあるあるあるものものものなれなれなればばばすぐれすぐれすぐれ給給たまへへえりりりとてとてとていたゞきいたゞきいただきををを離離はなれれれたるたるたる光光ひかりやはやはやはおはするおはするおわする。。。唯唯ただこれこれこれをををすぐれすぐれすぐれたりたりたりとととははは聞聞きこゆゆゆべきべきべきなななめりめりめりかしかしかし」」」とととうちうちうち笑笑えみみみててて見見み奉奉たてまつれれればばばおいびとおいびとおいびともももうれしうれしうれしととと思思おもふふう。。。
- 7「「「かゝるかゝるかかる御御おんさまさまさまをををほどほどほどほどほどほどあやしきあやしきあやしき所所ところにににしづめしづめしずめ奉奉たてまつりりりぬぬぬべかりべかりべかりしししににに、、、あたらしくあたらしくあたらしく悲悲かなしうしうしゅうててていへいへいえかまどかまどかまどをををももも捨捨すてててをとこをとこおとこ女女おんなののの賴賴たのむむむべきべきべき子子こどもどもどもにににもももひきひきひき別別わかれれれてててなむなむなん、、、かへりてかへりてかえりて知知しらららぬぬぬ世世よののの心心ここちちちするするする京京きょうにににまうでまうでもうでこここししし。。。
- 8あがあがあがおもとおもとおもと、、、はやはやはやよきよきよきさまさまさまににに導導みちびききき聞聞きこえええ給給たまへへえ。。。高高たかききき宮仕宮仕みやづかえししし給給たまふふう人人ひとはははおのづからおのづからおのずからゆきゆきゆきまじりまじりまじりたるたるたるたよりたよりたよりものしものしものし給給たまふふうらむらむらん。。。父父ちちおとゞおとゞおとど聞聞きこしめさしめさしめされれれかずまへかずまへかずまえられられられ給給たまふふうべきべきべきたばかりたばかりたばかりおぼしおぼしおぼし搆搆かまへへえよよよ」」」ととといふいふいう。。。恥恥はずかしうしうしゅうおぼいおぼいおぼいててて後後うしろむきむきむき給給たまへへえりりり。。。
- 9「「「いでいでいでややや身身みこそこそこそ數數かずならならならねねねどどど殿殿とのもももおまへおまへおまえ近近ちかくくく召召めしししつかはつかはつかわせせせ給給たまへへえばばば物物もののののをりをりおりごとごとごとににに、、、いかにいかにいかにならならならせせせ給給たまひひいにににけむけむけんととと聞聞きこえええ出出いづるづるずるををを聞聞きこしめししめししめし置置おきききててて、、、我我われいかでいかでいかで尋尋たずねねね聞聞きこえええむむんととと思思おもふふうををを聞聞きききき出出いででで奉奉たてまつりりりたらたらたらばばばとととなむなむなんののの給給たまはするはするわする」」」ととといへいへいえばばば
- 10おとゞおとゞおとどののの君君きみはははめでたくめでたくめでたくおはしますおはしますおわしますともともとも、、、さるさるさるやんごとなきやんごとなきやんごとなき御御おんめめめどもどもどもおはしますおはしますおわしますなりなりなり。。。まづまづまずまことまことまことののの親親おやとととおはするおはするおわするおとゞおとゞおとどにににををを知知しらせらせらせ奉奉たてまつりりり給給たまへへえ」」」などなどなどいふいふいうににに、、、ありありありしししさまさまさまなどなどなど語語かたりりり出出いでででゝゝて、、、
- 11「「「世世よににに忘忘わすれれれ難難がたくくく悲悲かなしきしきしきことことことににになむなむなんおぼしおぼしおぼしててて、、、かのかのかの御御おんかはりかはりかわりににに見見み奉奉たてまつらららむむん、、、子子こももも少少すくなきききがががさうざうしきさうざうしきそうぞうしきににに我我わががが子子こををを尋尋たずねねね出出いでででたるたるたるととと人人ひとにににははは知知しらせらせらせてててととと、、、そのそのそのかみかみかみよりよりよりのたまふのたまふのたまうなりなりなり。。。
- 12心心こころののの幼幼おさなかりかりかりけるけるけることことことはははよろづよろづよろずににに物物ものつゝましかりつゝましかりつつましかりしししほどほどほどにてにてにてえええ尋尋たずねねねももも聞聞きこえええででで過過すぐしぐしぐしゝゝしほどほどほどににに、、、少貳少貳しょうにににになりなりなり給給たまへへえるるるよしよしよしははは御御おん名名なにてにてにて知知しりりりにににききき。。。まかりまかりまかり申申もうしししににに殿殿とのににに參參まいりりり給給たまひひいししし日日ひほのほのほの見見み奉奉たてまつりりりしかしかしかどもどもどもえええ聞聞きこえええででで止止やみみみにににききき。。。さりともさりともさりとも姫君姫君ひめぎみをををばばばかのかのかのありありありししし夕顏夕顏ゆうがおののの五條五條ごじょうにににとゞめとゞめとどめ給給たまへへえらららむむんとととぞぞぞ思思おもひひいししし。。。あなあなあないみじいみじいみじややや。。。田舍田舍いなか人人びとにてにてにておはしまさおはしまさおわしまさましましましよよよ」」」などなどなど
- 13うちうちうちかたらひかたらひかたらいつゝつゝつつ日日ひ一一ひと日日ひ昔昔むかし物語物語ものがたりねんずねんずねんずなどなどなどしししつゝつゝつつ、、、參參まいりりりつどふつどふつどう人人ひとのののありさまありさまありさまどもどもども見見みくださくださくださるゝるゝるるかたかたかたなりなりなり。。。前前まえよりよりより行行ゆくくく水水みずをををばばば初瀨初瀨はつせ川川がわととといふいふいうなりなりなりけりけりけり。。。
- 14右近右近うこん、、、「「「ふたもとふたもとふたもとののののののたちどたちどたちどををを尋尋たずねねねずずずばばばふるかはふるかはふるかわのののべべべにににきみきみきみををを見見みましましましややや。。。嬉嬉うれしきしきしき瀨瀨せにににももも」」」ととときこゆきこゆきこゆ。。。「「「初瀨初瀨はつせ川川がわはやくはやくはやくのののことことことははは知知しらららねねねどもどもどもけふけふきょうののの逢逢あふふう瀨瀨せににに身身みさへさへさへ流流ながれれれぬぬぬ」」」とととうちうちうち泣泣なきききててておはするおはするおわするさまさまさまいといといとめやすしめやすしめやすし。。。
- 15かたちかたちかたちはははいといといとかくかくかくめでたくめでたくめでたく淸淸きよげげげながらながらながら田舍田舍いなかびびびこちごちしうこちごちしうこちごちしゅうおはせおはせおわせましかましかましかばばばいかにいかにいかに玉玉たまのののきずきずきずならならならましましまし、、、いでいでいであはれあはれあわれ、、、いかでいかでいかでかくかくかくおひおひおい出出いででで給給たまひひいけむけむけんとととおとゞおとゞおとどををを嬉嬉うれしくしくしく思思おもふふう。。。母君母君ははぎみはははたゞたゞただいといといと若若わかやかやかやかにににおほどかおほどかおおどかにてにてにてやはやはやはやはやはやはとととぞぞぞたをやぎたをやぎたおやぎ給給たまへへえりりりししし。。。これこれこれはははけけけ高高だかくくくもてなしもてなしもてなしなどなどなど恥恥はずかしげしげしげににによしめきよしめきよしめき給給たまへへえりりり。。。筑紫筑紫つくしををを心心こころにくゝにくゝにくく思思おもひひいなすなすなすににに、、、みなみなみな見見みししし人人ひとははは里里さとびびびにににたるたるたるををを心心こころ得得えがたくがたくがたくなむなむなん。。。
- 16暮暮くるれるれるればばば御御おん堂堂どうにににのぼりのぼりのぼりてててまたまたまたののの日日ひももも行行おこなひひい暮暮くらししし給給たまふふう。。。秋秋あき風風かぜ谷谷たによりよりより遙遙はるかににに吹吹ふきききのぼりのぼりのぼりててていといといとはだはだはだ寒寒さむきききににに、、、ものものものいといといとあはれあはれあわれなるなるなる心心こころどもどもどもにににはははよろづよろづよろず思思おもひひいつゞけつゞけつづけられられられててて人人ひとなみなみなみなみなみなみならならならむむんことことこともももありがたきありがたきありがたきことことことゝゝと思思おもひひい沈沈しずみみみつるつるつるををを、、、
- 17このこのこの人人ひとののの物語物語ものがたりのののついでついでついでにににおとゞおとゞおとどののの御御おんありさまありさまありさまはらばらはらばらはらばらののの何何なにともともともあるあるあるまじきまじきまじき御御おん子子こどもどもどもみなみなみなものものものめかしめかしめかしなしなしなしたてたてたて給給たまふふうををを聞聞きけけけばばば、、、かゝるかゝるかかるしたしたした草草くさたのもしくたのもしくたのもしくぞぞぞおぼしおぼしおぼしなりなりなりぬるぬるぬる。。。出出いづづずとてとてとてもももかたみかたみかたみにににやどるやどるやどる所所ところももも問問とひひいかはしかはしかわしてててもしもしもし又又またおひおひおいまどはしまどはしまどわしたらたらたらむむん時時ときととと危危あやうくくく思思おもひひいけりけりけり。。。右近右近うこんががが家家いえははは六條院六條院ろくじょういん近近ちかきききわたりわたりわたりなりなりなりけれけれければばば程程ほど遠遠とおからからからでででいひいひいいかはすかはすかわすもももたつきたつきたつき出出いででで來來きぬるぬるぬる心地心地ここちしししけるけるける。。。
現代語訳
夜が明けたので、知り合いの大徳の僧坊に下りた。話を心おきなくしようというのであろう。姫君がひどくやつれていらっしゃるのを、恥ずかしそうにお思いになっている様子が、たいそうすばらしく見える。
右近は「思いがけなく高貴な方々の中に宮仕えをして、多くの人を見てきましたが、殿の上(紫の上)のご容貌に似る人はいらっしゃるまいと、長年お見申し上げてきましたが、また成長していかれる姫君(明石の姫君)のご様子も、まことにもっともなことで、すばらしくていらっしゃいます。大切にお世話申し上げなさるご様子も並ぶものがないようですが、このようにやつれていらっしゃるご様子が、それに劣りなさらないように見えるのは、めったにないことです。
大臣の君(源氏)は、父帝の御代から、多くの女御や后、それより下の方々は残らずご覧になってきたお目にも、当代の帝の母后と申し上げた方(藤壺)と、この姫君のご容貌とを、美しい人とはこういう人を言うのだろうかと思われると申し上げなさいます。
お見比べ申し上げると、あの后の宮のことは存じ上げませんが、姫君は美しくいらっしゃるけれど、まだ幼くて、将来が思いやられます。上のご容貌は、やはり誰が並びなさるだろうかと見ております。
殿もすぐれているとお思いのようですが、言葉に出しては、どうして数の内に入れて申し上げなさいましょう。『私に並んでいらっしゃるとは、あなたは身の程知らずだ』と冗談を申し上げなさいます。お見申し上げると寿命が延びるようなお二方のご様子を、ほかにそのような方がいらっしゃるだろうかと思っておりましたが、
どこがお劣りになりましょう。物には限りがあるものですから、すぐれていらっしゃるといっても、頭から光が離れて出ているわけではありません。ただこの方をすぐれているとは申し上げるべきでしょう」とほほえんで見申し上げるので、老人(乳母)もうれしいと思う。
「このようなご様子を、もう少しでいやしい所に埋もれさせ申し上げてしまうところでしたが、惜しく悲しくて、家もかまども捨て、頼りにすべき息子や娘たちとも別れて、かえって知らない世界のような気持ちのする都に参ったのです。
あなた様、早くよいようにお導き申し上げてください。高貴な方の宮仕えをなさる方は、自然と交際の手づるもおありでしょう。父大臣がお聞きになって、子として認められなさるような手立てをお考えください」と言う。姫君は恥ずかしくお思いになって、後ろを向いていらっしゃった。
右近は「さあ、私こそ人数にも入らない身ですけれど、殿もおそば近くにお召し使いくださるので、何かの折ごとに、姫君はどうおなりになったのでしょうと申し上げるのを、お聞き置きになって、私も何とかしてお探し申し上げたいと思うが、聞き出し申し上げたら知らせよと、おっしゃっています」と言うと、
乳母は「大臣の君(源氏)はすばらしくいらっしゃっても、あのような高貴な奥方たちがいらっしゃるのです。まず本当の親でいらっしゃる大臣(内大臣)にお知らせ申し上げてください」などと言うので、右近は昔の事情などを語り出して、
「源氏の君は、世にも忘れがたく悲しいこととお思いになって、あの方の代わりにお世話申し上げよう、子も少なくて寂しいので、自分の子を探し出したと人には知らせてと、その当時からおっしゃっているのです。
私が幼かったせいで、何事につけても遠慮がちだったころなので、お探しすることもできずに過ごしているうちに、少弐におなりになったことは、除目の名簿で知りました。お暇乞いに殿に参上なさった日に、ちらりとお見かけしましたけれど、申し上げることもできずに終わってしまいました。それでも、姫君はあの昔の夕顔の五条の家にお残しになっただろうと思っていました。ああ、とんでもないこと。田舎人になっていらっしゃるところでした」などと、
語り合いながら、一日中、昔話や念誦などをしながら、参り集う人々の様子を見下ろす所である。前を流れる川を初瀬川というのだった。
右近が「二本の杉の立っている初瀬に参詣しなかったら、古川のほとりであなたにお会いできたでしょうか。うれしい逢う瀬にも」と申し上げる。姫君が「初瀬川の早い流れのように、昔のことは知らないけれど、今日の逢う瀬の嬉しさに、涙で身まで流れてしまいそうです」と言って泣いていらっしゃる様子が、たいそう好ましい。
容貌はたいそうこのようにすばらしく、美しいのに、田舎びて無骨でいらっしゃったら、どんなに玉の傷になっていただろう、ああ、何とまあ、どうしてこのように立派にお育ちになったのだろうと、右近は乳母をうれしく思う。母君はただたいそう若々しくおっとりとして、柔らかくしなやかでいらっしゃった。この方は気品があり、ふるまいなども気後れするほど奥ゆかしくていらっしゃる。筑紫を奥ゆかしい所と思いなしてみるけれど、昔見た人々は皆田舎びてしまっているので、合点がいかない。
日が暮れると御堂に上って、翌日も勤行をして一日を暮らしなさる。秋風が谷から遠く吹き上がって、たいそう肌寒いので、たいそうしみじみとした人々の心には、さまざまなことが思い続けられて、姫君は人並みになることも難しいことだと思い沈んでいたが、
この人(右近)の話のついでに、父大臣のご様子や、あちこちの母から生まれた、たいしたこともないお子たちまで、皆ひとかどの者として扱っていらっしゃると聞くと、このような日陰の身も頼もしくお思いになった。御寺を出るときも、互いに泊まる所を尋ね合って、もしまた見失ったらと、心配に思った。右近の家は六条院に近いあたりだったので、ほど遠くなく、連絡を取り合うのにも手立てができた気持ちがした。
意訳
一行は僧坊に下って語り合う。右近は、やつれた旅姿の姫君も紫の上に劣らないと褒める。乳母は、姫君を父の内大臣に知らせてほしいと頼むが、右近は、源氏が夕顔の代わりに姫君を引き取りたいと前から言っていると話す。
初瀬川のほとりで、右近と姫君は歌を詠み交わす。右近は、田舎育ちとは思えない姫君の気品に喜ぶ。姫君は、父の子どもたちが皆立派に扱われていると聞いて心強く思う。別れ際に、互いの宿を教え合う。
語釈・文法注
- ふたもとの杉
- 初瀬川のほとりにあった二本の杉。古今集の旋頭歌「初瀬川古川の辺に二本ある杉年を経てまたも逢ひ見む二本ある杉」で知られ、再会の象徴とされた。
文法
- 反実仮想の「ずば…まし」(尋ねずば…見ましや)
- 「参詣しなかったら、会えたでしょうか、いや、会えなかった」。
- 反語の「やは」(光やはおはする)
- 「光が出ていらっしゃるでしょうか、いや、そうではない」。
和歌
ふたもとの杉のたちどを尋ねずばふるかはのべにきみを見ましや
- 詠者
- 右近
- 状況
- 初瀬川のほとりで姫君に詠みかけた歌。二本の杉の立っている初瀬に参詣しなかったら、古川のほとりであなたにお会いできたでしょうか。
修辞
- 本歌取り
- 「初瀬川古川の辺に二本ある杉年を経てまたも逢ひ見む二本ある杉」(古今集)による。
初瀨川はやくのことは知らねどもけふの逢ふ瀨に身さへ流れぬ
- 詠者
- 玉鬘
- 状況
- 右近への返歌。初瀬川の早い流れのように、昔のことは知らないけれど、今日の逢う瀬の嬉しさに、涙で身まで流れてしまいそうです。
修辞
- 掛詞
- 「はやく」に「(川の流れが)速く」と「早く(昔)」をかける。
解説
右近が姫君を紫の上と比べて褒める言葉には、六条院の女君たちの中に、新たにこの姫君が加わることへの期待が込められている。
初瀬川の歌の贈答は、古今集の「二本の杉」をふまえ、再会の喜びを詠む。観音の霊験によって、母を失った姫君が新しい人生の扉を開く場面である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、426–431頁(コマ217–219)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日