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源氏物語 第22帖 玉鬘(10)

初瀬の御堂にて

登場人物:右近・玉鬘・三条・豊後介・乳母

一行は別々に初瀬の御堂に上る。右近は、やつれた旅姿の中にも美しい姫君の後ろ姿を見て、哀れに思う。右近は自分の局に一行を招き入れ、観音に、姫君を源氏に知らせて幸せにしてほしいと祈る。三条は、大和守の北の方の威勢をうらやんで、姫君を大弐か受領の北の方にと祈るので、右近はあきれてたしなめる。三条は、大弐の北の方の観世音寺詣では帝の行幸にも劣らなかったと言い張る。右近は、夕顔の遺児の祈願を僧に頼み、一行は三日間参籠することになる。

灯明のともる初瀬の御堂で、玉鬘と付き添う人々が、仏の前に座って熱心に祈っている場面(AI生成)
灯明のともる初瀬の御堂で、玉鬘と付き添う人々が、仏の前に座って熱心に祈っている場面
  1. 1「「「もろとももろとももろともにににややや」」」ととといへいへいえどどどかたみかたみかたみにににともともともののの人ひと人ひとひとのののあやしあやしあやしととと思おも思おもおもふふうべけれべけれべければばばこのこのこの介すけ介すけすけにににももも事こと事ことことのののさまさまさまだにだにだにいひいひいいしらせしらせしらせあへあへあえずずず我われ我われわれももも人ひと人ひとひともももことことことににに恥はづか恥はづかはずかしくしくしくはははあらあらあらででで皆みな皆みなみなおりおりおりたちたちたちぬぬぬ。。。
  2. 2右近うこん右近うこんうこんははは人ひと人ひとひとしれしれしれずずず目め目めめとゞめとゞめとどめててて見み見みみるるるににに中なか中なかなかににに美うつく美うつくうつくしげしげしげなるなるなるうしろてうしろてうしろてのののいといといといたういたういとうやつれやつれやつれてててうづきうづきうずきのののひとへひとへひとえめくめくめくものものものきこめきこめきこめ給たま給たまたまへへえるるる髮かみ髮かみかみのののすきかげすきかげすきかげいといといとあたらしくあたらしくあたらしくめでたくめでたくめでたく見み見みみゆゆゆ。。。心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしうしうしゅう悲かな悲かなかなしししととと見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  3. 3少すこ少すこすこししし足あし足あしあしなれなれなれたるたるたる人ひと人ひとひとはははとくとくとくみみみ堂だう堂だうどうにににつきつきつきにににけりけりけり。。。このこのこの君きみ君きみきみをををもてもてもて煩わづら煩わづらわずらひひい聞きこ聞きこきこえええつゝつゝつつそやそやそや行おこな行おこなおこなふふうほどほどほどにににぞぞぞのぼりのぼりのぼり給たま給たまたまへへえるるる。。。いといといとさわがしくさわがしくさわがしく人ひと人ひとひとまうでまうでもうでこみこみこみてててのゝしるのゝしるののしる。。。
  4. 4右近うこん右近うこんうこんががが局つぼね局つぼねつぼねははは佛ほとけ佛ほとけほとけののの右みぎ右みぎみぎののの方かた方かたかたににに近ちか近ちかちかきききまままにににしししたりたりたり。。。このこのこの御おん御おんおん師し師ししはははまだまだまだ深ふか深ふかふかからからからねねねばばばにににややや西にし西にしにしのののまままににに遠とほ遠とほとおかりかりかりけるけるけるををを、、、「「「なほなほなおこゝこゝここにににおはしませおはしませおわしませ」」」ととと尋たづ尋たづたずねねねかはしかはしかわしててていひいひいいたれたれたればばば男をとこ男をとこおとこどもどもどもをををばばばとゞめとゞめとどめててて介すけ介すけすけにににかうかうかうかうこうこうととといひいひいい合あは合あはあわせせせてててこなたこなたこなたににに移うつ移うつうつししし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  5. 5「「「かくかくかくあやしきあやしきあやしき身み身みみなれなれなれどどど只たゞ只たゞただ今いま今いまいまののの大殿おほとの大殿おほとのおおとのににになむなむなん侍さぶら侍さぶらさぶらひひい侍はべ侍はべはべれれればばばかくかくかくかすかかすかかすかなるなるなる道みち道みちみちにてにてにてもももらうがはしきらうがはしきろうがわしきことことことははは侍はべ侍はべはべらららじじじととと賴たの賴たのたのみみみ侍はべ侍はべはべるるる。。。田舍ゐなか田舍ゐなかいなかびびびたるたるたる人ひと人ひとひとをををばばばかやうかやうかようののの所ところ所ところところにににははは善よ善よよからからからぬぬぬなまものなまものなまものどもどもどものののあなづらはしうあなづらはしうあなずらわしゅうするするするもももかたじけなきかたじけなきかたじけなきことことことなりなりなり」」」とてとてとて物語ものがたり物語ものがたりものがたりいといといとせせせまほしけれまほしけれまほしけれどどどおどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしきおこなひおこなひおこないのののまぎれまぎれまぎれににに騷さわが騷さわがさわがしきしきしきにににもよほさもよほさもよおされれれててて佛ほとけ佛ほとけほとけををを拜をが拜をがおがみみみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  6. 6右近うこん右近うこんうこんははは心こころ心こころこころのののうちうちうちににに「「「このこのこの人ひと人ひとひとをををいかでいかでいかで尋たづ尋たづたずねねね聞きこ聞きこきこえええむむんととと申まう申まうもうししし渡わた渡わたわたりりりつるつるつるにににかつがつかつがつかつがつかくかくかくててて見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれればばば今いま今いまいまははは思おも思おもおもひひいのののごとごとごとおとゞおとゞおとどののの君きみ君きみきみののの尋たづ尋たづたずねねね奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんののの御おん御おんおん志こころざし志こころざしこころざし深ふか深ふかふかかかかめるめるめるににに知し知ししらせらせらせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりてててさいはひさいはひさいわいあらあらあらせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへへえ」」」などなどなど申まう申まうもうしししけるけるける。。。
  7. 7國々くにぐに國々くにぐにくにぐによりよりより田舍ゐなか田舍ゐなかいなか人びと人びとびと多おほ多おほおおくくくまうでまうでもうでたりたりたりけりけりけり。。。このこのこの國くに國くにくにののの守かみ守かみかみののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたもももまうでまうでもうでたりたりたりけりけりけり。。。いかめしくいかめしくいかめしくいきほひいきほひいきおいたるたるたるをををうらやみうらやみうらやみてててこのこのこの三條さんでう三條さんでうさんじょうがががいふいふいうやうやうよう
  8. 8「「「大だい大だいだいひさひさいさにににはははことことことことことことももも申まう申まうもうさささじじじ。。。あがあがあが姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみ大貳だいに大貳だいにだいにののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたならならならずずずばばばたうごくたうごくとうごくのののずりやうずりやうずりょうののの北きた北きたきたののの方かた方かたかたににになしなしなし奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむん。。。三條さんでう三條さんでうさんじょうらららももも隨分ずいぶん隨分ずいぶんずいぶんににに榮さか榮さかさかえええてててかへりかへりかえり申まう申まうもうしししははは仕つか仕つかつかうまつらうまつらうまつらむむん」」」ととと額ひたひ額ひたひひたいににに手て手ててをををあてあてあてゝゝて念ねん念ねんねんじじじ入い入いいりりりてててをりをりおり。。。
  9. 9右近うこん右近うこんうこんいといといとゆゝしくゆゝしくゆゆしくもももいふいふいうかなかなかなととと聞き聞きききききててて、、、「「「いといといといたくいたくいたくこそこそこそ田舍ゐなか田舍ゐなかいなかびびびにににけれけれけれななな。。。中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう殿どの殿どのどのははは昔むかし昔むかしむかしののの御おん御おんおんおぼえおぼえおぼえだにだにだにいかゞいかゞいかがおはしましおはしましおわしましゝゝし。。。ましてましてまして今いま今いまいまははは天あめ天あめあめののの下した下したしたををを御心みこころ御心みこころみこころにににかけかけかけ給たま給たまたまへへえるるる大臣おとゞ大臣おとゞおとどにてにてにていかばかりいかばかりいかばかりいつかしきいつかしきいつかしき御おん御おんおんなかなかなかににに、、、御おん御おんおんかたかたかたしもしもしもずりやうずりやうずりょうのののめめめにてにてにて品しな品しなしな定さだま定さだまさだまりりりててておはしまさおはしまさおわしまさむむんよよよ」」」ととといへいへいえばばば、、、
  10. 10「「「あなかまあなかまあなかまたまへたまへたまえ。。。大臣おとゞ大臣おとゞおとどたちたちたちももも暫しば暫しばしばしししまてまてまて、、、大貳だいに大貳だいにだいにのののみたちみたちみたちのののうへうへうえのののししし水みづ水みづみずののの御おん御おんおん寺てら寺てらてらのののににに參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひひいしししいきほひいきほひいきおいははは帝みかど帝みかどみかどのののみゆきみゆきみゆきにににやはやはやは劣おと劣おとおとれれれるるるあなあなあなむくつけむくつけむくつけややや」」」とてとてとて猶なほ猶なほなお更さら更さらさらににに手て手ててをををひきひきひき放はな放はなはなたたたずずず拜をが拜をがおがみみみ入い入いいりりりててて居を居をおりりり。。。
  11. 11筑紫つくし筑紫つくしつくし人びと人びとびとははは三み三みみ日か日かか籠こも籠こもこもらららむむんととと志こころざ志こころざこころざししし給たま給たまたまへへえりりり。。。右近うこん右近うこんうこんはははさしもさしもさしも思おも思おもおもははわざりざりざりけれけれけれどどどかゝるかゝるかかるついでついでついでにににのどかのどかのどかににに聞きこ聞きこきこえええむむんとてとてとて籠こも籠こもこもるるるべきべきべきよしよしよし大德だいとこ大德だいとこだいとこ呼よ呼よよびびびててていふいふいう。。。
  12. 12御おん御おんおんあかしあかしあかし文ぶみ文ぶみぶみなどなどなど書か書かかきききたるたるたる心こころ心こころこころばへばへばえなどなどなどさやうさやうさようののの人ひと人ひとひとはははくだくだしうくだくだしうくだくだしゅう辨わきま辨わきまわきまへへえけれけれければばば常つね常つねつねのののことことことにてにてにて例れい例れいれいののの藤原ふぢはら藤原ふぢはらふじわらののの瑠璃るり瑠璃るりるり君きみ君きみきみととといふいふいうががが御おん御おんおんためためためににに奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる「「「能よ能よよくくく祈いの祈いのいのりりり申まう申まうもうししし給たま給たまたまへへえ。。。そのそのその人ひと人ひとひとこのこのこの頃ころ頃ころころなむなむなん見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり出い出いいでででたるたるたる。。。そのそのそのぐわんぐわんがんもももはたしはたしはたし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるべしべしべし」」」ととといふいふいう、、、聞き聞ききくくくもももあはれあはれあわれなりなりなり。。。
  13. 13法師ほふし法師ほふしほうし「「「いといといとかしこきかしこきかしこきことことことかなかなかな。。。たゆみたゆみたゆみなくなくなく祈いの祈いのいのりりり申まう申まうもうししし侍はべ侍はべはべるるるしるししるししるしにににこそこそこそ侍はべ侍はべはべれれれ」」」ととといふいふいう。。。いといといと騷さわが騷さわがさわがしうしうしゅう夜よ夜よよ一ひと一ひとひと夜よ夜よよ行おこな行おこなおこなふふうなりなりなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

右近が「ご一緒に」と言うけれど、互いの供の者が不審に思うだろうから、この豊後介にさえ事情を言い知らせることもできず、自分も相手も特に気がねすることもなく、皆宿を出た。

右近は人知れず目をとめて見ると、その中にかわいらしい後ろ姿で、たいそうひどくやつれて、四月の単衣のようなものを中に着込んでいらっしゃる、髪の透けて見える様子が、たいそう惜しいほど美しく見える。お気の毒に、悲しいとお見申し上げる。

少し歩き慣れた人は、早く御堂に着いてしまった。この君をもてあましながら、初夜の勤行をするころに上っていらっしゃった。たいそう騒がしく、人が詣でて混み合って大声を立てている。

右近の局は、仏の右の方の近い間に取ってあった。こちらの一行の師僧は、まだなじみが深くないからであろうか、西の間の遠い所だったので、右近が「やはりこちらにいらっしゃい」と探し合って言ったので、男たちは残して、豊後介にこれこれと相談して、こちらにお移し申し上げる。

「このようにいやしい身ですけれど、今の大殿にお仕えしておりますので、このようなひっそりとした旅でも、無礼なことはございますまいと頼みにしております。田舎びた人を、このような所では、よからぬ若者たちが侮るのも、恐れ多いことです」と言って、話をたいそうしたいけれど、大げさな勤行の紛れの騒がしさにせかされて、仏を拝み申し上げる。

右近は心の中で、「この人を何とかしてお探し申し上げたいとお祈りし続けてきましたが、まずはこうしてお見申し上げたので、今は思っていたとおり、大臣の君(源氏)がお探しになりたいというお気持ちが深いようなので、お知らせ申し上げて、幸せにしてさしあげてください」などとお祈りした。

国々から田舎の人々が大勢詣でていた。この国の守の北の方も詣でていた。いかめしく威勢がよいのをうらやんで、この三条が言うことには、

「大悲の観音様には、ほかのことは申し上げますまい。わが姫君を、大弐の北の方でなければ、この国の受領の北の方にしてさしあげたい。三条たちも、身分相応に栄えて、お礼参りはいたしましょう」と、額に手を当てて念じ入っている。

右近は、たいそう縁起でもないことを言うものだと聞いて、「ひどく田舎びてしまったのね。中将殿(姫君の父)は、昔のご信望でさえどうでいらっしゃったか。まして今は天下を心のままになさる大臣で、どれほど重々しいご一族の中に、姫君が受領の妻として身分が定まっていらっしゃるものですか」と言うと、

「おだまりなさい。大臣たちもしばらく待ちなさい。大弐の館の北の方が清水の御寺の観世音寺に参詣なさった威勢は、帝の行幸に劣ったでしょうか。ああ、気味が悪い」と言って、なおいっそう手を放さずに拝み入っている。

筑紫の人々は三日間籠もろうと志していらっしゃった。右近は、そうも思っていなかったけれど、このような機会にゆっくりと話を申し上げようと、籠もるつもりの旨を、大徳を呼んで言う。

御明かしの願文などに書く趣旨などは、そうした僧は細かく心得ているので、いつものこととして、「例の藤原の瑠璃君という方のために奉ります。よくお祈り申し上げてください。その人を、このごろお見申し上げ出しました。その願もお果たし申し上げましょう」と言うのは、聞くのもしみじみとしている。

法師は、「たいそうありがたいことですな。怠りなくお祈り申し上げた験でございましょう」と言う。たいそう騒がしく、一晩中勤行するのである。

意訳

一行は初瀬の御堂に上り、右近は姫君を自分の局に招き入れて、源氏に知らせて幸せにしてほしいと観音に祈る。三条は、姫君を大弐か受領の北の方にと祈るので、右近はあきれてたしなめるが、三条は譲らない。

右近は、姫君の幼名「藤原の瑠璃君」のための祈願を僧に頼み、姫君を見つけ出したことを告げる。一行は三日間参籠することになる。

語釈・文法注

觀世音寺
筑前国(福岡県太宰府市)にある寺。大宰府の近くにあり、九州の人々の信仰を集めた。三条は、大弐の北の方の参詣の威勢を、帝の行幸と比べている。

文法

反語の「やは」(帝のみゆきにやは劣れる)
「帝の行幸に劣っていたでしょうか、いや、劣らない」。
「かつがつ」(かつがつかくて見奉れば)
「とりあえず」「まずは」。不十分ながら一部が実現したことをいう。

解説

三条の祈りは、姫君を受領の北の方にというものであった。筑紫で長く暮らした三条にとって、地方の権力者の妻こそが最高の幸福に見えている。都の上流社会を知る右近との価値観の違いが、ユーモラスに描かれる。

右近が祈願を頼む「藤原の瑠璃君」は、姫君の幼名と考えられる。父の頭中将が藤原氏であることを示している。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、424–427頁(コマ216–217)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日