源氏物語 第22帖 玉鬘(6)
筑紫からの脱出
次男まで大夫監に取り込まれたことを恐れた乳母に責められて、豊後介は、妻子を捨てて姫君を都に連れて行く決心をする。大夫監が四月二十日ごろに日を選んで迎えに来ようとしている間に、一行は夜に紛れて早船で逃げ出す。家族の多い姉娘は残り、一行は松浦の宮の渚と姉の姿を振り返りながら歌を詠む。追っ手を恐れながら響の灘を過ぎ、川尻に近づいてようやく一息つくが、豊後介は捨ててきた妻子を思って泣く。

- 1次郞次郞じろうががが語語かたらひらひらいとらとらとられれれたるたるたるもももいといといと恐恐おそろしくしくしく心心こころ憂憂うくくくてててこのこのこの豐後豐後ぶんごののの介介すけをををせむれせむれせむればばば、、、「「「いかゞいかゞいかがははは仕仕つかうまつるうまつるうまつるべからべからべからむむん。。。語語かたらひらひらい合合あわすすすべきべきべき人人ひともももなしなしなし。。。まれまれまれまれまれまれのののはらからはらからはらからはははこのこのこのげんげんげんににに同同おなじじじ心心こころならならならずずずとてとてとて中中なかたがひたがひたがいにににたりたりたり。。。
- 2このこのこのげんげんげんにににあたまあたまあたまれれれてててはははいさゝかいさゝかいささかののの身身みじろきじろきじろきせせせむむんももも所所ところせくせくせくなむなむなんあるあるあるべきべきべき。。。なかなかなかなかなかなかなるなるなるめめめをををややや見見みむむん」」」ととと思思おもひひい煩煩わずらひひいにににたれたれたれどどど、、、姫君姫君ひめぎみののの人人ひと知知しれれれずずずおぼいおぼいおぼいたるたるたるさまさまさまのののいといといと心苦心苦こころぐるしくしくしくててていきいきいきたらたらたらじじじととと思思おもひひい沈沈しずみみみ給給たまへへえるるる、、、ことわりことわりことわりとととおぼゆれおぼゆれおぼゆればばばいみじきいみじきいみじき事事ことををを思思おもひひい搆搆かまへへえててて出出いででで立立たつつつ。。。
- 3妹妹いもうとたちたちたちももも年年とし比比ごろ經經へぬるぬるぬるよるべよるべよるべををを捨捨すてててゝゝてこのこのこの御御おん供供ともににに出出いででで立立たつつつ。。。あてきあてきあてきととといひいひいいしししははは今今いまははは兵部兵部ひょうぶののの君君きみととといふいふいうぞぞぞ添添そひひいてててよるよるよる逃逃にげげげ出出いでででゝゝて船船ふねににに乘乘のりりりけるけるける。。。大夫大夫たいふのののげんげんげんははは肥後肥後ひごにににかへりかへりかえりいきいきいきてててううう月月づきののの廿日廿日はつかのののほどほどほどににに、、、日日ひどりどりどりててて來來こむむんとととするするするほどほどほどにににかくかくかくててて逃逃にぐるぐるぐるなりなりなりけりけりけり。。。
- 4姉姉あねおもとおもとおもとはははるゐるゐるい廣廣ひろくくくなりなりなりてててえええ出出いででで立立たたたたずずず。。。かたみかたみかたみにににわかれわかれわかれをしみをしみおしみてててあひあひあい見見みむむんことことことのののかたきかたきかたきををを思思おもふふうににに年年とし經經へつるつるつる故郷故郷ふるさととてとてとて殊殊ことににに見見み捨捨すてててがたきがたきがたきことことこともももなしなしなし。。。たゞたゞただ松浦松浦まつらののの宮宮みやののの前前まえののの渚渚なぎさととと、、、かのかのかの姉姉あねおもとおもとおもとののの別別わかるゝるゝるるをををなむなむなんかへりみかへりみかえりみせせせられられられててて悲悲かなしかりしかりしかりけるけるける。。。
- 5「「「浮浮うき島島しまををを漕漕こぎぎぎ離離はなれれれてててももも行行ゆくくく方方かたやややいづくいづくいずくとまりとまりとまりととと知知しらららずずずもももあるあるあるかなかなかな」」」。。。「「「行行ゆくくくさきさきさきももも見見みえええぬぬぬ波波なみ路路じににに船船ふな出出でしししててて風風かぜにににまかするまかするまかする身身みこそこそこそうきうきうきたれたれたれ」」」。。。いといといとあとはかなきあとはかなきあとはかなき心地心地ここちしししてててうつぶしうつぶしうつぶし給給たまへへえりりり。。。
- 6かくかくかく逃逃にげげげぬるぬるぬるよしよしよしおのづからおのづからおのずから言言いひひい出出いでででつたへつたへつたえばばばまけじまけじまけじだましひだましひだましいにてにてにて追追おひひいきききなむなむなんととと思思おもふふうににに、、、心心こころももも惑惑まどひひいててて早早はや船船ふねととといひいひいいてててさまさまさまことことことににになむなむなん搆搆かまへへえたりたりたりけれけれければばば思思おもふふう方方かたののの風風かぜさへさへさへ進進すすみみみててて危危あやうきききまでまでまで走走はしりりりのぼりのぼりのぼりぬぬぬ。。。
- 7ひゞきひゞきひびきのののもももなだらかなだらかなだらかににに過過すぎぎぎぬぬぬ海賊海賊かいぞくののの船船ふねにににやややあらあらあらむむん、、、ちひさきちひさきちいさき船船ふねののの飛飛とぶぶぶやうやうようにてにてにてくるくるくるなどなどなどいふいふいうものものものありありあり。。。海賊海賊かいぞくのののひたぶるひたぶるひたぶるならならならむむんよりよりよりもももかのかのかの恐恐おそろしきしきしき人人ひとののの追追おひひい來來くるるるにににやややととと思思おもふふうにににせむかたせむかたせむかたなしなしなし。。。「「「憂憂うきききことことことににに胸胸むねのみのみのみ騷騷さわぐぐぐひゞきひゞきひびきにににはははひゞきひゞきひびきののの灘灘なだもももさはらさはらさわらざりざりざりけりけりけり」」」。。。
- 8川尻川尻かわじりととといふいふいう所所ところ近近ちかづきづきずきぬぬぬととといふいふいうにににぞぞぞ少少すこししし息息いき出出いづるづるずる心地心地ここちするするする。。。例例れいののの船船ふな子子こどもどもども「「「からからからどまりどまりどまりよりよりより川尻川尻かわじりおすおすおすほどほどほどははは」」」ととと謠謠うたふふう聲聲こえのののなさけなきなさけなきなさけなきもももあはれあはれあわれににに聞聞きこゆゆゆ。。。
- 9豐後豐後ぶんごののの介介すけあはれあはれあわれににに懷懷なつかしくしくしく謠謠うたひひいすさびすさびすさびててて「「「いといといと悲悲かなしきしきしきめこめこめこももも忘忘わすれれれぬぬぬ」」」とてとてとて思思おもへへえばばばげにげにげにぞぞぞ皆皆みなうちうちうち捨捨すてててゝゝてけるけるける、、、いかゞいかゞいかがなりなりなりぬぬぬらむらむらん、、、はかばかしくはかばかしくはかばかしく身身みのののたすけたすけたすけととと思思おもふふう郞等郞等ろうどうどもどもどもははは皆皆みなゐゐいててて來來きにににけりけりけり、、、
- 10われわれわれをををあしあしあしととと思思おもひひいててて追追おひひいまどはしまどはしまどわしててていかゞいかゞいかがしししなすなすなすらむらむらんととと思思おもふふうににに、、、心心こころをさなくをさなくおさなくもももかへりみかへりみかえりみせせせででで出出いでででにににけるけるけるかなかなかなととと、、、少少すこししし心心こころのどまりのどまりのどまりてててぞぞぞあさましきあさましきあさましきことことことををを思思おもひひいつゞくるつゞくるつづくるににに心心こころ弱弱よわくくくうちうちうち泣泣なかかかれれれぬぬぬ。。。
- 11「「「胡胡こののの地地ちのののせいじせいじせいじをををばばば空空むなしくしくしくすてすてすてすてすてすて」」」とととずするずするずするををを兵部兵部ひょうぶののの君君きみ聞聞ききききててて、、、げにげにげに怪怪あやしししのののわざわざわざややや、、、年年とし比比ごろ從從したがひひい來來きつるつるつる人人ひとののの心心こころにににももも俄俄にわかにににたがひたがひたがいててて逃逃にげげげ出出いでででにににしししをををいかにいかにいかに思思おもふふうらむらむらんとととさまざまさまざまさまざま思思おもひひいつゞけつゞけつづけゝるゝるける。。。
- 12かへるかへるかえるかたかたかたとてとてとてもももそのそのその所所ところととといきいきいきつくつくつくべきべきべき故鄕故鄕ふるさともももなしなしなし、、、知知しれれれるるる人人ひとととといひいひいいよるよるよるべきべきべきたのもしきたのもしきたのもしき人人ひともももおぼえおぼえおぼえずずず。。。たゞたゞただひとひとひと所所ところののの御御おんためためためににによりよりよりこゝらこゝらここらののの年年とし月月つき住住すみみみなれなれなれつるつるつる世界世界せかいををを放放はなれれれててて浮浮うかべべべるるる波波なみ風風かぜににに漂漂ただよひひいててて思思おもひひいめぐらすめぐらすめぐらすかたかたかたなしなしなし。。。このこのこの人人ひとをををもももいかにいかにいかにしししなしなしなし奉奉たてまつらららむむんとととするするするぞぞぞとととあきれあきれあきれててておぼゆれおぼゆれおぼゆれどどどいかゞいかゞいかがはははせせせむむんとてとてとて急急いそぎぎぎ入入いりりりぬぬぬ。。。
現代語訳
次男が大夫監に取り込まれたのも、たいそう恐ろしくつらくて、乳母がこの豊後介を責めるので、豊後介は「どうしてお仕えしたらよいだろう。相談できる人もいない。数少ない兄弟は、この監に味方しないといって仲たがいしてしまった。
この監に恨まれては、少し身動きするのも窮屈なことになるだろう。かえってひどい目にあうのではないか」と思い悩んでいたけれど、姫君が人知れず思い悩んでいらっしゃる様子がたいそうお気の毒で、生きていたくないと思い沈んでいらっしゃるのも、もっともだと思われるので、思い切った計画を立てて出発する。
妹たちも、長年連れ添った夫を捨てて、このお供に出発する。あてきといった娘は、今は兵部の君という者が付き添って、夜に逃げ出して船に乗った。大夫監は肥後に帰って行って、四月二十日ごろに日を選んで迎えに来ようとしている間に、こうして逃げるのであった。
姉娘は家族が多くなって出発することができない。互いに別れを惜しんで、再び会うことの難しさを思うにつけ、長年暮らしたこの土地だからといって、特に見捨てがたいこともない。ただ松浦の宮の前の渚と、あの姉娘との別れだけが、振り返られて悲しかった。
「つらいことの多かったこの浮島を漕ぎ離れても、行く先はどこが泊まりともわからないことよ」。「行く先も見えない波路に船出して、風に任せるわが身こそ、浮いて頼りないことです」。姫君は、たいそう心細い気持ちがして、うつ伏していらっしゃった。
このように逃げたことが自然と言い伝えられたら、負けず嫌いの気性で追いかけてくるだろうと思うと、心も乱れて、早船といって特別に仕立てておいたので、思う方向の風までが順調に吹いて、危ないほど速く走り上った。
響の灘も穏やかに過ぎた。「海賊の船だろうか、小さな船が飛ぶようにしてやって来る」などと言う者がいる。海賊の乱暴よりも、あの恐ろしい人が追ってくるのではないかと思うと、どうしようもない。「つらいことに胸ばかりが騒ぐ響きにくらべれば、響の灘の荒波も何の障りにもならないことだ」。
川尻という所に近づいたというので、少し息をつく気持ちがする。いつもの船子たちが「唐泊から川尻を押して漕ぐほどは」と歌う声の無骨なのも、しみじみと聞こえる。
豊後介がしみじみと慕わしげに口ずさんで、「たいそういとしい妻子も忘れてしまった」と歌うので、思えば本当に皆を捨ててきてしまった、どうなっただろうか、しっかりして身の助けと思う家来たちは皆連れてきてしまった、
監が私を憎いと思って、妻子を追い払っていじめ、どうしていることだろうと思うと、思慮もなく、振り返りもせずに出てきてしまったことだと、少し心が落ち着いてから、あきれたことをしたと思い続けると、気弱く泣けてしまった。
「胡の地の妻子をば空しく捨てた」と口ずさむのを兵部の君が聞いて、本当に妙なことをしたものだ、長年従ってきた夫の心にも急に背いて逃げ出してきたのを、どう思っているだろうと、さまざまに思い続けた。
帰る先といっても、その所と行き着ける故郷もなく、知っている人で頼りにできる頼もしい人も思い当たらない。ただ姫君お一人のために、長年住み慣れた土地を離れて、浮かぶ波風に漂って、思いめぐらす手立てもない。この人(姫君)をも、どのようにしてさしあげようとするのかと、途方に暮れる思いがするけれど、どうしようもないと、急いで都に入った。
意訳
乳母に責められた豊後介は、妻子を捨てて姫君を都に連れて行く決心をする。大夫監が迎えに来る前に、一行は夜に紛れて早船で逃げ出す。家族の多い姉娘は残り、一行は別れを惜しんで歌を詠む。
追っ手を恐れながら響の灘を過ぎ、川尻に近づいてようやく一息つくが、豊後介は捨ててきた妻子を思って泣く。頼るあてもないまま、一行は都に入る。
語釈・文法注
- ひゞきの灘
- 響の灘。播磨国(兵庫県)の沖の海。波が荒いことで知られた。
- 胡の地のせいじをば空しくすてすてつ
- 白居易の「縛戎人」の「涼原の郷井をば見ることを得ず、胡地の妻児をば虚しく棄て捐てつ」による。豊後介は、筑紫に捨ててきた妻子を、唐に捕らわれた人が胡の地に残した妻子に重ねている。
文法
- 疑問の「や」(行く方やいづくとまり)
- 「行く先はどこが泊まりなのか」。
- 推量の「らむ」(いかゞなりぬらむ)
- 現在推量。「今ごろどうなっているだろうか」。
和歌
浮島を漕ぎ離れても行く方やいづくとまりと知らずもあるかな
- 詠者
- 兵部の君
- 状況
- 筑紫を船出するときに詠んだ歌。つらいことの多かったこの浮島を漕ぎ離れても、行く先はどこが泊まりともわからないことよ。
修辞
- 掛詞
- 「浮島」に「浮き(憂き)島」をかける。
行くさきも見えぬ波路に船出して風にまかする身こそうきたれ
- 詠者
- 玉鬘
- 状況
- 兵部の君への返歌。行く先も見えない波路に船出して、風に任せるわが身こそ、浮いて頼りないことです。
修辞
- 掛詞
- 「うき」に「浮き」と「憂き」をかける。
憂きことに胸のみ騷ぐひゞきにはひゞきの灘もさはらざりけり
- 詠者
- 一行の者
- 状況
- 響の灘を過ぎるときの歌。つらいことに胸ばかりが騒ぐ響きにくらべれば、響の灘の荒波も何の障りにもならないことだ。
修辞
- 掛詞
- 「ひゞき」に、胸の騒ぐ「響き」と地名「響の灘」をかける。
解説
豊後介は、父の遺言を守るために、筑紫で築いた家庭も地位も捨てて姫君に従う。その誠実さが、のちに源氏に認められ、六条院の家司として報われることになる。
響の灘の歌は、地名と胸の騒ぎをかけた歌で、追っ手を恐れる一行の切迫した思いを伝える。都への逃避行は、姫君の運命を大きく変える転機となる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、420–423頁(コマ214–215)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日