源氏物語 第22帖 玉鬘(2)
筑紫での日々と少弐の死
筑紫に着いた乳母たちは、都を恋しがりながら姫君を大切に育てる。夢に夕顔が現れると、乳母は夕顔がもう亡くなったのだろうと思う。少弐は任期を終えても上京できないうちに重い病にかかり、十歳ほどになった美しい姫君を残して死ぬ。少弐は三人の息子に、何よりも姫君を都に連れて行くことを考えよと遺言する。一家は姫君を少弐の孫と偽って大切に育てるが、土地の人々との関係もあって、都へ上ることができないまま年を過ごす。

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- 2夢夢ゆめなどなどなどにににいといといとたまさかたまさかたまさかににに見見みえええ給給たまふふう時時ときなどなどなどもももありありあり。。。同同おなじじじさまさまさまなるなるなる女女おんななどなどなど添添そひひい給給たもうううててて見見みえええ給給たまへへえばばば名殘名殘なごり心地心地ここち惡惡あしくしくしく惱惱なやみみみなどなどなどしししけれけれければばば猶猶なお世世よににになくなくなくなりなりなり給給たまひひいにににけるけるけるなななめりめりめりととと思思おもひひいなるなるなるもももいみじくいみじくいみじくのみのみのみなむなむなん。。。
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現代語訳
金の岬を過ぎても「我は忘れず」などと、夜も昼も口癖のようになって、あちらに着いてからは、まして遠く隔たった都を思いやって恋しがって泣き、この君(姫君)を大切な宝として、日を明かし暮らす。
夢などに、ごくまれに夕顔がお見えになる時などもある。同じような女などが付き添っていらっしゃってお見えになるので、その後は気分が悪くなって病気になったりしたので、やはりこの世にいらっしゃらなくなったのだろうと思うようになるのも、たいそう悲しいことばかりである。
少弐は任期が終わって上京しようとするが、遠い道のりで、格別の勢力もない人はぐずぐずしながら、すっきりと出発もできないでいるうちに、重い病気にかかって死にそうな気持ちになり、この君が十歳ほどにおなりになった様子が、不吉なほど美しいのを見申し上げて、
「私までもお見捨て申し上げて、どのようなありさまで落ちぶれていかれることだろう。いやしい所でお育ちになるのも、もったいないことと思い申し上げているけれど、早く都にお連れ申し上げて、しかるべき人々にもお知らせしようにも、都は広い所なので、たいそう安心だろうと思って急いでいたのに、ここで命がもたなくなってしまったことよ」と心配する。
息子が三人いるので、「ただこの姫君を都にお連れ申し上げることを考えよ。私の供養のことなど考えるな」と遺言したのだった。その方(夕顔)のお子だとは、館の人々にも知らせず、ただ「孫で、大切に育てるべきわけがある」と言いつくろっていたので、人に見せず、この上なく大切にお育て申し上げているうちに、少弐が急に亡くなってしまったので、しみじみと心細くて、ただ都へ上る準備をするけれど、
この少弐と仲の悪かった国の人が多くいたりして、あれやこれやと恐れはばかって、思うにまかせずに年を過ごすうちに、
意訳
筑紫に着いた乳母たちは、都を恋しがりながら姫君を大切に育てる。夢に夕顔が現れると、乳母は夕顔がもう亡くなったのだろうと思う。
少弐は上京できないうちに重い病にかかり、三人の息子に、何よりも姫君を都に連れて行けと遺言して死ぬ。一家は姫君を少弐の孫と偽って育てるが、土地の人々との関係もあって、都へ上れないまま年を過ごす。
語釈・文法注
- 金のみ崎
- 筑前国(福岡県)の鐘の岬。「ちはやぶる金の岬を過ぎぬとも我は忘れじ志賀の皇神」(万葉集)を口ずさんでいる。
文法
- 禁止の「な…そ」(な思ひそ)
- 「考えるな」。
- 推定の「なめり」(なくなり給ひにけるなめり)
- 「なるめり」の撥音便「なんめり」の撥音無表記。「亡くなられたのだろう」。
解説
夢に現れる夕顔のそばに「同じさまなる女」が付き添っているのは、夕顔の巻で夕顔をとり殺した物の怪の姿を思わせる。乳母たちは、夕顔の死の真相を知らないまま、その死を予感する。
少弐の遺言は、姫君を都へ連れて行くことを最優先にせよというものであった。この遺言が、後に息子の豊後介を、大夫監の求婚から姫君を救う行動に駆り立てる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、416–417頁(コマ212)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日