源氏物語 第21帖 少女(17)
進士及第と六条院の造営
夕霧は見事な詩を作って進士に及第し、秋の司召で侍従になるが、雲居雁とは手紙を交わすだけである。源氏は六条京極に四町を占める広大な邸(六条院)を造営する。紫の上の父式部卿宮の五十の賀も計画され、宮は源氏の厚遇を喜ぶが、北の方は不満に思う。八月に完成した六条院は、春の町(源氏と紫の上)、秋の町(秋好中宮)、夏の町(花散里)、冬の町(明石の君)に分かれ、それぞれの季節にふさわしい庭が造られる。

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- 4式部卿宮式部卿宮しきぶきょうのみや明明あけけけむむん年年としぞぞぞ五十五十いそじににになりなりなり給給たまひひいけるけるけるををを御御おん賀賀がのののことことこと對對たいののの上上うえおぼしおぼしおぼしまうくるまうくるもうくるにににおとゞおとゞおとどもももげにげにげに過過すぐしぐしぐし難難がたきききことことことゞゞどもももなりなりなりとととおぼしおぼしおぼしてててさやうさやうさようののの御御おんいそぎいそぎいそぎももも同同おなじくじくじくははは珍珍めずらしからしからしからむむん御御おん家家いえゐゐいにてにてにてととといそがいそがいそがせせせ給給たまふふう。。。
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- 12北北きたのののひんがしひんがしひんがしははは凉凉すずしげしげしげなるなるなる泉泉いずみありありありててて夏夏なつのののかげかげかげににによれよれよれりりり。。。御御おんまへまへまえ近近ちかききき前栽前栽せんざい吳竹吳竹くれたけ下風下風したかぜすゞしかるすゞしかるすずしかるべくべくべく木木こだかきだかきだかき森森もりのののやうやうようなるなるなる木木きどもどもども木木こぶかくぶかくぶかくおもしろくおもしろくおもしろく山里山里やまざとめきめきめきててて、、、卯卯うののの花花はながきねがきねがきねことさらことさらことさらにににしししわたしわたしわたしててて昔昔むかしおぼゆるおぼゆるおぼゆる花橘花橘はなたちばな、、、瞿麥瞿麥なでしこ、、、さうびさうびそうび、、、くだにくだにくだになどなどなどやうやうようののの花花はなのののくさくさくさくさくさくさをををうゑうゑうえててて、、、春春はる秋秋あきののの木木き草草くさそのそのその中中なかにににうちうちうちまぜまぜまぜたりたりたり。。。
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現代語訳
こうして大学の君(夕霧)は、その日の詩を見事にお作りになって、進士におなりになった。年功を積んだすぐれた者たちを選ばせなさったけれど、及第した者はわずかに三人だった。秋の司召で五位に叙せられて、侍従におなりになった。
あの人(雲居雁)のことは忘れる時もないけれど、大臣(内大臣)がしきりに見張り申し上げなさるのもつらいので、無理をしてまでも対面なさらず、お便りだけを、しかるべき機会に申し上げなさって、互いにつらいお仲である。
太政大臣(源氏)は、静かなお住まいを、同じことなら広く見どころがあって、あちこちに離れて気がかりな山里の人(明石の君)なども集めて住まわせようというお考えで、六条京極あたりに、中宮(秋好中宮)の古い御殿の周辺を、四町を占めてお造らせになる。
式部卿宮(紫の上の父)が来年五十歳におなりになるので、そのお祝いのことを、対の上(紫の上)がご準備なさるので、大臣も本当に見過ごしがたいことだとお思いになって、そのようなご準備も、同じことなら新しいお邸でと、お急がせになる。
年が改まってからは、いっそうこのご準備のこと、精進落としのこと、楽人や舞人の選定などを、心を込めてお営みになる。経や仏、法事の日の装束や禄などは、紫の上がお急がせになった。二条東院でも、分担してなさることがある。お二方のお仲は、ますますたいそう優雅にお便りを交わしてお過ごしになった。
世の中が鳴り響くほどの大がかりなご準備なのを、式部卿宮もお聞きになって、長年、世の中には広く情け深いお心だけれど、こちらにはあいにく情けなく、何かにつけて恥をかかせ、宮家の人々にも配慮がなく、つらいことばかり多いので、源氏は恨めしいと思い置きなさることがあったのだろうと、気の毒にもつらくもお思いになっていたが、
このように大勢関わりを持っていらっしゃる女性たちの多い中で、特別のご寵愛がすぐれていて、世に奥ゆかしくすばらしいこととして大切にされていらっしゃる娘のご宿縁を、自分の家にまでは恩恵が及ばないけれど、名誉なことにお思いになるうえに、またこのように、この世に余るほど評判にしてお営みになるのは、思いがけない晩年の栄えでもあることだとお喜びになるのを、北の方は面白くなく、不快だとばかりお思いになっている。娘の女御の宮仕えのことなどについても、大臣のご配慮がないようなのを、いよいよ恨めしいと思い込んでいらっしゃるのであろう。
八月には、六条院が造り終わってお移りになる。未申(南西)の町は、中宮の古い御殿なので、そのまま中宮がお住まいになるはずである。辰巳(南東)は、殿(源氏)のお住まいになるはずの町である。丑寅(北東)は二条東院に住んでいらっしゃる対の御方(花散里)、戌亥(北西)の町は明石の御方と、お決めになった。
もとからあった池や山も、不都合な所は崩して作り変え、水の趣や山の配置を改めて、さまざまに、御方々のご希望の趣向をお造らせになった。
南東の町は、山を高くして、春の花の木を数限りなく植え、池の様子も趣深くすぐれていて、御前近くの前栽には、五葉の松、紅梅、桜、藤、山吹、岩つつじなどのような春の楽しみのものを特別に植えて、秋の前栽を、あちこちにほのかに交ぜてある。
中宮の御町は、もとの山に、紅葉の色の濃くなるはずの植木などを植え、泉の水を遠くまで澄ませて、遣水の音がまさるように岩を立て加え、滝を落として、秋の野をはるかに作ってあるのが、ちょうどその季節に合って、盛りに咲き乱れている。嵯峨の大井のあたりの野山も、見るかげもなく圧倒されるほどの秋である。
北東の町は、涼しそうな泉があって、夏の木陰に趣を寄せている。御前近くの前栽には呉竹、下風が涼しいように、木高い森のような木々が木深く趣深く、山里めいていて、卯の花の垣根を特別に巡らせて、昔をしのばせる花橘、撫子、薔薇、竜胆などのような花のさまざまを植えて、春秋の木や草を、その中に交ぜてある。
東面は区切って馬場の御殿を造り、埒を結って、五月の遊びの場所として、水のほとりに菖蒲を植え茂らせて、向かい側に厩を作って、世にまたとない上等の馬などを揃えて立てさせなさった。
西北の町は、北面を築き分けて、御倉町である。隔ての垣に松の木を茂らせて、雪を楽しむのにふさわしくしてある。冬の初めの朝霜が結ぶはずの菊の籬、得意顔に色づく柞原、ほとんど名も知られない深山木などの木深いものを移し植えてある。
意訳
夕霧は進士に及第し、秋の司召で侍従になるが、雲居雁とは手紙を交わすだけである。源氏は六条京極に四町を占める六条院を造営する。紫の上の父式部卿宮の五十の賀も計画され、宮は喜ぶが、北の方は不満に思う。
八月に完成した六条院は、春の町(源氏と紫の上)、秋の町(秋好中宮)、夏の町(花散里)、冬の町(明石の君)に分かれ、それぞれの季節にふさわしい庭が造られる。
語釈・文法注
- 進士
- 文章生(もんじょうしょう)の唐名。式部省の試験に及第した者。夕霧はわずか三人の合格者の一人となった。
- 六條の院
- 源氏が六条京極に造営した大邸宅。四町(約二百五十メートル四方)を占め、四季の町に分かれる。秋好中宮の母・六条御息所の旧邸の跡を含む。
文法
- 「こそは…けめ」(思ひ置き給ふことこそはありけめ)
- 「あったのだろう」。過去推量の「けむ」が係り結びで已然形になる。
- 「べし」(おはしますべし)
- 予定・当然。「お住まいになるはずである」。
解説
六条院の造営は、源氏の栄華の頂点を示す。四季の町に、ゆかりのある女性たちを住まわせる構想は、源氏の理想の世界を地上に実現したものといえる。
式部卿宮の北の方が源氏を恨むのは、須磨流謫のころに冷たい態度をとったことへの源氏の仕返しを感じているからである。北の方の娘(王女御)が立后できなかったことも、恨みを深めている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、410–413頁(コマ209–210)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日