源氏物語 第21帖 少女(16)
朱雀院への行幸
二月二十日過ぎ、冷泉帝は朱雀院に行幸し、源氏も同じ赤色の袍で供をする。放島の試で、大学の学生たちが池に浮かべた舟で詩を作り、夕霧も加わる。春鶯囀の舞に、源氏と朱雀院は昔の花の宴を思い出し、源氏、朱雀院、兵部卿宮、冷泉帝が鶯の歌を詠み交わす。管弦の遊びの後、帝は弘徽殿の大后を訪ね、大后は昔を悔やむ。大后は年老いて、いよいよ気難しくなっていく。

- 1ついたちついたちついたちにににももも大殿大殿おおとのははは御御おんありきありきありきしししなけれなけれなければばばのどやかのどやかのどやかにてにてにておはしますおはしますおわします。。。良房良房よしふさのののおとゞおとゞおとどととと聞聞きこえええけるけるける古古いにしえののの例例れいににになずらへなずらへなずらえてててひきひきひき節會節會せちえののの日日ひはははうちうちうちののの儀式儀式ぎしきをををうつしうつしうつしててて昔昔むかしのののためしためしためしよりよりよりもももことことことそへそへそえててていつかしきいつかしきいつかしき御御おん有樣有樣ありさまなりなりなり。。。
- 2二月二月きさらぎののの廿日廿日はつか餘餘あまり朱雀院朱雀院すざくいんににに行幸行幸ぎょうこうありありあり花花はな盛盛ざかりはははまだしきまだしきまだしき程程ほどなれなれなればばばやよひやよひやよいははは故故こ宮宮みやののの御御おんいみづきいみづきいみずきなりなりなり。。。とくとくとくひらけひらけひらけたるたるたる櫻櫻さくらののの色色いろもももいといといとおもしろけれおもしろけれおもしろければばば院院いんにににももも御御おん用意用意よういことことことにににつくろひつくろひつくろいみがゝみがゝみがかせせせ給給たまひひい行幸行幸ぎょうこうににに仕仕つかうまつりうまつりうまつり給給たまふふう上達部上達部かんだちめみこみこみこたちたちたちよりよりよりはじめはじめはじめ心心こころづかひづかひずかいししし給給たまへへえりりり。。。
- 3人々人々びと皆皆みな靑靑あお色色いろににに櫻櫻さくらがさねがさねがさねををを着着き給給たまふふう。。。帝帝みかどははは赤赤あか色色いろののの御御おんぞぞぞ奉奉たてまつれれれりりり。。。召召めしししありありありててておほきおほきおおきおとゞおとゞおとど參參まいりりり給給たまふふう。。。おなじおなじおなじ赤赤あか色色いろををを着着き給給たまへへえれれればばばいよいよいよいよいよいよひとつひとつひとつものものものとととかゞやきかゞやきかがやきててて見見みえええまがはまがはまがわせせせ給給たまふふう。。。人々人々びとのののさうさうそう束束ぞく用意用意ようい常常つねよりよりよりことことことなりなりなり。。。院院いんもももいといといと淸淸きよらにらにらにねびねびねびまさらまさらまさらせせせ給給たもうううててて御御おんさまさまさまよういよういよういなまめきなまめきなまめきたるたるたる方方かたにににすゝますゝますすませせせ給給たまへへえりりり。。。
- 4今日今日きょうはははわざとわざとわざとのののもんにんもんにんもんにんももも召召めさささずずず、、、たゞたゞただそのそのそのざえざえざえかしこしかしこしかしこしととと聞聞きこえええたるたるたる學學がくしやうしやうしょう十十じゅう人人にんをををめすめすめす。。。式部式部しきぶののの司司つかさのののこゝろみこゝろみこころみののの題題だいをををなずらへなずらへなずらえててて御御おん題題だいたまふたまふたまう。。。大殿大殿おおとのののの太郞太郞たろう君君ぎみののの心心こころみみみ給給たまふふうべきべきべき故故ゆえなななめりめりめり、、、おくだかきおくだかきおくだかきものものものどもどもどもはははものものものもももおぼえおぼえおぼえずずずつながつながつながぬぬぬ船船ふねににに乘乘のりりりててて池池いけにににはなれはなれはなれ出出いでででゝゝていといといとすべなげすべなげすべなげなりなりなり。。。
- 5日日ひやうやうやうやうようようくだりくだりくだりてててがくがくがくののの船船ふねどもどもどもこぎこぎこぎまひまひまいててて調子調子ちょうしどもどもども奏奏そうするするする程程ほどののの山山やま風風かぜののの響響ひびきおもしろくおもしろくおもしろく吹吹ふききき合合あわせせせたるたるたるにににくわざくわざかざののの君君きみはははかうかうこう苦苦くるしきしきしき道道みちならならならでででもももまじらひまじらひまじらい遊遊あそびびびぬぬぬべきべきべきものものものをををととと世世よののの中中なかうらめしううらめしううらめしゅう覺覺おぼえええ給給たまひひいけりけりけり。。。
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- 8帥帥そちののの宮宮みやととときこえきこえきこえししし、、、今今いまははは兵部卿兵部卿ひょうぶきょうにてにてにて、、、今今いまののの上上うえににに御御おんかはらけかはらけかわらけまゐりまゐりまいり給給たまふふう。。。「「「いにしへいにしへいにしえをををふきふきふきつたへつたへつたえたるたるたる笛笛ふえ竹竹たけにににさへづるさへづるさえずる鳥鳥とりののの音音ねさへさへさへかはらかはらかわらぬぬぬ」」」。。。あざやかあざやかあざやかににに奏奏そうしししなしなしなし給給たまへへえるるる用意用意よういことことことにににめでたしめでたしめでたし。。。
- 9取取とらららせせせ給給たまひひいててて、、、「「「うぐひすうぐひすうぐいすののの昔昔むかしをををこひこひこいてててさへづるさへづるさえずるははは木木こ傳傳づたふふう花花はなののの色色いろやややあせあせあせたるたるたる」」」とととのたまはするのたまはするのたまわする御御おん有樣有樣ありさまこよなくこよなくこよなくゆゑゆゑしくゆゑゆゑしくゆえゆえしくおはしますおはしますおわします。。。
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- 18后后きさきはははおほやけおほやけおおやけににに奏奏そうせせせさせさせさせ給給たまふふうことことことあるあるある時々時々ときどきぞぞぞ御御おんたうばりたうばりとうばりのののつかさつかさつかさかうふりかうふりこうぶり何何なにくれくれくれのののことことことにににふれふれふれつゝつゝつつ御心御心みこころにににかなはかなはかなわぬぬぬ時時ときぞぞぞ命命いのち長長ながくくくてててかゝるかゝるかかる世世よののの末末すえををを見見みるるることことことゝゝと取取とりりりかへさかへさかえさまほしうまほしうまほしゅう萬萬よろずをををおぼしおぼしおぼしむつかりむつかりむつかりけるけるける。。。老老おいいいもてもてもておはするおはするおわするまゝまゝままにににさがなささがなささがなさもももまさりまさりまさりててて院院いんもももくらべくらべくらべ苦苦くるしうしうしゅう堪堪たへへえがたくがたくがたくぞぞぞ思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまひひいけるけるける。。。
現代語訳
元日にも、大殿(源氏)は年始の外出をなさらないので、のどかにしていらっしゃる。良房の大臣と申し上げた昔の例にならって、白馬引きの節会の日は、宮中の儀式を移して、昔の例よりも趣向を添えて、厳かなご様子である。
二月の二十日過ぎ、帝は朱雀院に行幸なさる。花盛りにはまだ早い時期だけれど、三月は故宮(藤壺)のご命日である。早く開いた桜の色もたいそう趣深いので、朱雀院でも格別に心をこめて手入れをし、磨きをかけさせなさり、行幸にお供申し上げる上達部や親王たちをはじめとして、皆心づかいをしていらっしゃる。
人々は皆、青色の袍に桜襲をお召しになる。帝は赤色の御衣をお召しになった。お召しがあって太政大臣(源氏)が参上なさる。同じ赤色をお召しになっているので、いよいよ同じ人かと輝いて見間違えるほどでいらっしゃる。人々の装束や心づかいも、いつもとは格別である。院(朱雀院)もたいそう美しく、お年とともに立派になられて、ご様子や心づかいが優雅な方面に進んでいらっしゃった。
今日は、本格的な文人もお召しにならず、ただ学才がすぐれていると評判の学生十人をお召しになる。式部省の試験の題になぞらえて、御題をお与えになる。大殿の太郎君(夕霧)が試験をお受けになるためのようである。気の小さい者たちは、何もわからなくなって、つないでいない舟に乗って池に離れ出て、たいそう困った様子である。
日がしだいに傾いて、楽人の舟などが漕ぎめぐって調子などを奏でるときの山風の響きが趣深く吹き合わせるので、冠者の君は、こんなに苦しい道でなくても、人々に交じって遊べるはずなのにと、世の中が恨めしく思われなさった。
春鶯囀を舞うころに、昔の花の宴のころをお思い出しになって、院の帝(朱雀院)が、またあれほどのことを見られるだろうかとおっしゃるにつけて、その御代のことを、しみじみとお思い続けになる。
舞が終わるころに、大臣(源氏)は院に杯を差し上げなさる。「鶯がさえずる春は昔と同じですが、親しんだ花の陰は変わってしまいました」。院の上は、「宮中を霞が隔てている、この住まいにも、春が来たと告げに来る鶯の声よ」。
帥の宮と申し上げた方で、今は兵部卿である方が、今上の帝に杯を差し上げなさる。「昔の調べを吹き伝えている笛の音に合わせてさえずる鳥の声までも、昔と変わりません」。鮮やかに申し上げなさった心づかいが、格別にすばらしい。
帝は杯をお取りになって、「鶯が昔を恋しがってさえずるのは、枝から枝へ移る花の色が、今はあせているからでしょうか」とおっしゃるご様子は、この上なく奥ゆかしくていらっしゃる。
これは私的な内輪のことなので、多くの人には伝わらなかったのであろうか、また書き落としてしまったのであろうか、
楽所が遠くて聞こえにくいので、御前に御琴などをお召しになる。兵部卿宮は琵琶、内大臣は和琴、箏の御琴は院の御前に差し上げて、琴(きん)はいつものように太政大臣がお受け取りになる。あれほどの名手たちが、すぐれた技をお尽くしになった音色は、たとえようもない。
唱歌の殿上人が大勢お仕えしている。「安名尊」を謡って、次に「桜人」、月がおぼろに出て趣深いころに、中島のあたりのあちこちに篝火などをともして、管弦の遊びは終わった。
夜は更けたけれど、このような機会に、大后の宮(弘徽殿の大后)がいらっしゃる方を素通りして、お見舞い申し上げなさらないのも情けないので、帝はお帰りにお立ち寄りになる。大臣(源氏)もご一緒にお仕えなさる。
大后は待ち喜びなさって、ご対面がある。たいそうひどくお年を召されたご様子にも、帝は故宮(藤壺)をお思い出し申し上げなさって、このように長生きなさる方もいらっしゃるのにと、残念にお思いになる。
「今はこのように年老いた身で、何もかも忘れてしまっておりましたのに、たいそうもったいなくもお越しくださったので、改めて昔の御代のことが思い出されます」とお泣きになる。帝は「頼りにすべき方々に先立たれまして後、春の区別もわからずにおりましたが、今日は心が慰められました。またまた参ります」と申し上げなさる。
大臣もしかるべきようにご挨拶して、「改めて参上いたしまして」などと申し上げなさる。ゆっくりもせずにお帰りになる響きにも、大后はやはり胸が騒いで、どのようにお思い出しになっているのだろうか。世を治めなさるはずのご宿縁は消せないものだったのだと、昔のことを悔やんでいらっしゃる。
尚侍の君(朧月夜)も、のどかにお思い出しになるにつけて、しみじみとすることが多かった。今もしかるべき折には、風の便りにも、源氏とのお便りが絶えないのであろう。
大后は、朝廷に奏上なさることがある時々に、ご推薦の官位や何やかやのことにつけて、お心にかなわない時には、長生きしてこのような末の世を見ることよと、昔に取り返したいと、何事につけてもご機嫌を悪くしていらっしゃった。年をとっていかれるにつれて、意地の悪さもまさって、院も扱いにくく、たえがたくお思い申し上げていらっしゃった。
意訳
冷泉帝は朱雀院に行幸し、源氏も同じ赤色の袍で供をする。放島の試で学生たちが池の舟で詩を作り、夕霧も加わる。春鶯囀の舞に、源氏と朱雀院は昔の花の宴を思い出し、四人が鶯の歌を詠み交わす。
管弦の遊びの後、帝は弘徽殿の大后を訪ねる。大后は、源氏の栄華を見て昔を悔やみ、年老いていよいよ気難しくなっていく。
語釈・文法注
- 白馬
- 白馬節会(あおうまのせちえ)。正月七日に、宮中で白馬(もとは青馬)を見る儀式。源氏は太政大臣として、私邸でこれを模した。
文法
- 草子地(又かき落してけるにやあらむ)
- 「また書き落としてしまったのであろうか」。語り手が、記録が不完全であるかのように装う表現。
- 強意の「こそ」の結びの流れ(けたれぬものにこそ)
- 「消せないものだったのだ」。結びの「あれ」などが省略されている。
和歌
鶯のさへづる春はむかしにてむつれし花のかげぞかはれる
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 朱雀院に杯を差し上げて詠んだ歌。鶯がさえずる春は昔と同じですが、親しんだ花の陰(桐壺院の御代)は変わってしまいました。
九重をかすみへだつるすみかにも春とつげくるうぐひすの聲
- 詠者
- 朱雀院
- 状況
- 源氏への返歌。宮中を霞が隔てている、この退位した私の住まいにも、春が来たと告げに来る鶯の声よ。
いにしへをふきつたへたる笛竹にさへづる鳥の音さへかはらぬ
- 詠者
- 兵部卿宮(螢宮)
- 状況
- 冷泉帝に杯を差し上げて詠んだ歌。昔の調べを吹き伝えている笛の音に合わせてさえずる鳥の声までも、昔と変わりません。
うぐひすの昔をこひてさへづるは木傳ふ花の色やあせたる
- 詠者
- 冷泉帝
- 状況
- 兵部卿宮への返歌。鶯が昔を恋しがってさえずるのは、枝から枝へ移る花の色が、今はあせているからでしょうか。
解説
朱雀院への行幸は、源氏の栄華の頂点を象徴する場面の一つである。帝と同じ赤色の袍を着た源氏は、帝と見分けがつかないほどであり、冷泉帝の実の父であることが暗示されている。
弘徽殿の大后は、かつて源氏を須磨に追いやった権力者だが、今は老いて昔を悔やむばかりである。春鶯囀の舞は、花宴の巻で源氏が舞った曲であり、時の移り変わりが鮮やかに対比されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、406–411頁(コマ207–209)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日