源氏物語 第21帖 少女(14)
五節への文
五節の舞を見た源氏は、昔心を寄せた筑紫の五節を思い出して歌を贈り、五節も返歌する。夕霧は惟光の娘を忘れられず、典侍として宮仕えすることになったと聞いて嘆く。夕霧は、娘の弟の童に手紙を託す。惟光は手紙を見とがめるが、夕霧からのものと知ると喜び、源氏の心がけを見れば、夕霧も一度契った人を忘れはしないだろうと、明石の入道の例にもなろうかと言う。

- 1殿殿との參參まいりりり給給たまひひいててて御覽御覽ごらんずるずるずるににに昔昔むかし御御おん目目めとまりとまりとまり給給たまひひいしししをとめをとめおとめののの姿姿すがたをををおぼしおぼしおぼしいづいづいず。。。たつたつたつののの日日ひののの暮暮くれつかたつかたつかたつかはすつかはすつかわす。。。御御おん文文ふみのののうちうちうち思思おもひひいやるやるやるべしべしべし。。。「「「をとめをとめおとめ子子ごももも神神かみさびさびさびぬぬぬらしらしらし天天あま津津つ袖袖そでふるきふるきふるき世世よののの友友ともよはひよはひよわい經經へぬれぬれぬればばば」」」。。。
- 2年年とし月月つきのののつもりつもりつもりををを數數かぞへへへててて、、、うちうちうちおぼしおぼしおぼしけるけるけるまゝまゝままのののあはれあはれあわれををを忍忍しのびびび給給たまははわぬぬぬことことことのののをかしうをかしうおかしゅう覺覺おぼゆるゆるゆるもももはかなしはかなしはかなしややや。。。「「「かけかけかけててていへいへいえばばば今日今日きょうのののことことことゝゝとぞぞぞ思思おもほゆるほゆるおゆる日日ひかげかげかげののの霜霜しもののの袖袖そでにににとけとけとけしもしもしも」」」。。。
- 3靑靑あお摺摺ずりののの紙紙かみよくよくよくとりとりとりあへあへあえてててまぎらはしまぎらはしまぎらわし書書かいいいたるたるたるこここ墨墨ずみ、、、薄薄うす墨墨ずみ、、、草草そうがちがちがちにににうちうちうちまぜまぜまぜ亂亂みだれれれたるたるたるももも人人ひとののの程程ほどにににつけつけつけてててはははをかしをかしおかしととと御覽御覽ごらんずずず。。。
- 4くわざくわざかざののの君君きみももも人人ひとののの目目めとまるとまるとまるにににつけつけつけてててももも人人ひと知知しれれれずずず思思おもひひいありきありきありき給給たまへへえどどどあたりあたりあたり近近ちかくくくだにだにだによせよせよせずずずいといといとけゝしうけゝしうけけしゅうもてもてもてなしなしなしたれたれたればばば物物ものつゝましきつゝましきつつましき程程ほどののの心心こころにににははは歎歎なげかしうしうしゅうててて止止やみみみぬぬぬ。。。かたちかたちかたちはははしもしもしもいといといと心心こころにににつきつきつきてててつらきつらきつらき人人ひとのののなぐさめなぐさめなぐさめにににももも見見みるるるわざわざわざしししてててむむんやややととと思思おもふふう。。。
- 5やがてやがてやがて皆皆みな留留とどめめめさせさせさせ給給たまひひいててて宮仕宮仕みやづかえすすすべきべきべき御御おん氣色氣色けしきありありありけれけれけれどどどこのこのこの度度たびはははまかでまかでまかでさせさせさせててて近江近江おうみのののははは辛崎辛崎からさきののの祓祓はらえ津津つのののかみかみかみはははなにはなにはなにわととといどみいどみいどみてててまかでまかでまかでぬぬぬ。。。大納言大納言だいなごんももも殊殊こと更更さらににに參參まいらすらすらすべきべきべきよしよしよし奏奏そうせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。左衛門督左衛門督さえもんのかみそのそのその人人ひとならならならぬぬぬををを奉奉たてまつりりりてててとがめとがめとがめありありありけれけれけれどどどそれそれそれもももとゞめとゞめとどめさせさせさせ給給たまふふう。。。
- 6津津つのののかみかみかみははは、、、あきあきあきたるたるたるにににととと申申もうさささせせせたれたれたればばば、、、さもさもさもやややいたはらいたはらいたわらましましましととと大殿大殿おおとのもももおぼいおぼいおぼいたるたるたるををを、、、かのかのかの人人ひとははは聞聞ききききたまひたまひたまいててていといといと口口くちをしをしおしととと思思おもふふう。。。我我わががが年年としのののほどほどほど位位くらいなどなどなどかくかくかく物物ものげげげなからなからなからずずずばばば乞乞こひひい見見みてててましましましものものものををを、、、思思おもふふう心心こころありありありとととだにだにだにしらしらしられれれでででやみやみやみなむなむなんことことことゝゝとわざとわざとわざとのののことことことにににはははあらあらあらねねねどどどうちうちうちそへそへそえててて淚淚なみだぐまぐまぐまるゝるゝるる折々折々おりおりありありあり。。。
- 7せうとせうとしょうとののの童童わらわ殿上殿上てんじょうするするする常常つねにににこのこのこの君君きみににに參參まいりりり仕仕つかうまつるうまつるうまつるををを例例れいよりよりよりももも懷懷なつかしうしうしゅう語語かたらひらひらい給給たもうううててて「「「五節五節ごせちはははいついついつかかかうちうちうちへへへははは參參まいるるる」」」ととと問問とひひい給給たまふふう。。。「「「今年今年ことしとととこそこそこそははは聞聞きききき侍侍はべれれれ」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 8「「「顏顏かおのののいといといとよかりよかりよかりしかしかしかばばばすゞろすゞろすずろにににこそこそこそ戀戀こいしけれしけれしけれ。。。ましましましががが常常つねににに見見みるるるらむらむらんもももうらやましきうらやましきうらやましきををを又又また見見みせせせてててむむんややや」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば「「「いかでいかでいかでかかかさささははは侍侍はべらららむむん。。。心心こころににに任任まかせせせてててももも得得え見見み侍侍はべらららずずず、、、をのこをのこおのこはらからはらからはらからとてとてとて近近ちかくくくもももよせよせよせ侍侍はべらららねねねばばばましてましてましていかでいかでいかでかかか君達君達きんだちにににははは御覽御覽ごらんぜぜぜさせさせさせむむん」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 9「「「さらばさらばさらば文文ふみをををだにだにだに」」」とてとてとて賜賜たまへへえりりり。。。さきざきさきざきさきざきかやうかやうかようのののことことことはははいふいふいうものものものをををととと苦苦くるしけれしけれしけれどどどせめてせめてせめて給給たまへへえばばばいとほしういとほしういとおしゅうてててもてもてもていぬいぬいぬ。。。年年としののの程程ほどよりよりよりはははざれざれざれてててやややありありありけむけむけん、、、をかしをかしおかしととと見見みけりけりけり。。。
- 10綠綠みどりののの薄樣薄樣うすようのののこのましきこのましきこのましきかさねかさねかさねなるなるなるににに手手てはははまだまだまだいといといと若若わかけれけれけれどどど生生おひひいさきさきさき見見みえええててていといといとをかしげをかしげおかしげににに、、、「「「日日ひかげかげかげにににもももしるかりしるかりしるかりけめけめけめやややをとめをとめおとめ子子ごがががあまあまあまのののははは袖袖そでにににかけかけかけししし心心こころははは」」」。。。
- 11ふたりふたりふたり見見みるるるほどほどほどににに父父ちちぬしぬしぬしふとふとふとよりよりより來來きたりたりたり、、、恐恐おそろしうしうしゅうあきれあきれあきれてててえええ引引ひききき隱隱かくさささずずず「「「なぞなぞなぞののの文文ふみぞぞぞ」」」とてとてとて取取とるるるにににおもておもておもて赤赤あかみみみててて居居いたりたりたり。。。よからよからよからぬぬぬわざわざわざしししけりけりけりとととにくめにくめにくめばばば、、、せうとせうとしょうと逃逃にげげげててていくいくいくををを呼呼よびびびよせよせよせててて「「「たがたがたがぞぞぞ」」」ととと問問とへへへばばば「「「殿殿とののののくわざくわざかざののの君君きみのののしかしかしかしかしかしかのたまひのたまひのたまいてててたまへたまへたまえるるる」」」ととといへいへいえばばば
- 12名殘名殘なごりなくなくなくうちうちうち笑笑えみみみててて「「「いかにいかにいかにうつくしきうつくしきうつくしき君君きみののの御御おんざれざれざれ心心こころなりなりなり。。。きんちらきんちらきんちらははは同同おなじじじ年年としなれなれなれどどどいふかひなくいふかひなくいうかいなくはかなかはかなかはかなかめりめりめり」」」などなどなど譽譽ほめめめててて母君母君ははぎみにににももも見見みすすす。。。
- 13このこのこの君達君達きんだちののの少少すこししし人人ひとかずかずかずにににおぼしおぼしおぼしぬぬぬべからべからべからましかましかましかばばばおほざうおほざうおおぞうののの宮仕宮仕みやづかえよりよりよりははは奉奉たてまつりりりてててましましまし。。。殿殿とのののの御心御心みこころおきておきておきてををを見見みるるるにににみそめみそめみそめ給給たまひひいてててむむん人人ひとををを御心御心みこころとととははは忘忘わすれれれ給給たまふふうまじきまじきまじきにににこそこそこそいといといと賴賴たのもしけれもしけれもしけれ。。。明石明石あかしののの入道入道にゅうどうのののためしためしためしにににやややならならならましましまし」」」などなどなどいへいへいえどどど皆皆みな急急いそぎぎぎ立立たちちちにににけりけりけり。。。
現代語訳
殿(源氏)は宮中に参上なさって、五節の舞をご覧になると、昔お目がとまりなさった乙女(筑紫の五節)の姿をお思い出しになる。辰の日の夕暮れに手紙をお遣わしになる。お手紙の中身は想像してみるがよい。「あの乙女も、今は年を重ねて神々しくなったことでしょう。天つ袖を振って舞った昔の友である私も、年を経たのですから」。
年月の積もりを数えて、ふとお思いになったままのしみじみとした気持ちを、こらえきれずにいらっしゃることが、心ひかれるように思われるのもはかないことよ。「五節のことを口にかけておっしゃると、今日のことのように思われます。日陰の葛をかけて舞った袖に、あなたのお情けが霜のように解けかかったあの日のことも」。
青摺りの紙を、うまくその場に合わせて選び、筆跡を紛らわして書いた濃い墨、薄い墨が、草仮名がちに入り混じっているのも、その人の身分にしては趣があると、源氏はご覧になる。
冠者の君も、惟光の娘が人の目にとまるにつけても、人知れず思いを寄せて歩き回っていらっしゃるけれど、そばに近寄せることさえせず、たいそうよそよそしくふるまっているので、気後れする年頃の心には、嘆かわしくて、そのまま終わってしまった。容貌はたいそう心にかかって、つれない人(雲居雁)の慰めにも、自分のものにできないだろうかと思う。
そのまま皆を宮中にとどめさせなさって、宮仕えさせるべきご意向があったけれど、このたびは退出させて、近江守の娘は辛崎の祓え、摂津守の娘は難波の祓えと、競い合って退出した。大納言も、改めて参上させるつもりの旨を奏上させなさる。左衛門督は、本当の娘でない者を献上して咎めがあったけれど、それもとどめさせなさる。
摂津守(惟光)は、典侍の空いている所にと申し上げさせたので、そのように取り計らってやろうかと、大殿(源氏)もお思いになっているのを、あの人(夕霧)はお聞きになって、たいそう残念だと思う。自分の年齢や位などが、こんなに一人前でなくなければ、願い出て妻にもできたのに、思う心があるとさえ知られずに終わってしまうことよと、特別なことではないけれど、雲居雁のことに添えて、涙ぐまれる折々がある。
惟光の娘の弟で、童殿上している者が、いつもこの君のもとに参上してお仕えしているのを、いつもよりも親しくお話しなさって、「五節はいつ宮中へ参上するのか」とお尋ねになる。「今年中と聞いております」と申し上げる。
「顔がたいそう美しかったので、何となく恋しいのだ。おまえがいつも見ているのもうらやましいのに、また見せてくれないか」とおっしゃると、「どうしてそんなことができましょう。私も思うままには見られません。男のきょうだいだといって近くにも寄せませんので、まして、どうして若君にお見せできましょう」と申し上げる。
「それなら、せめて手紙だけでも」と言って、お渡しになった。以前からこうしたことは言われているのにと、つらいけれど、無理にお渡しになるので、気の毒になって持って行った。姉は年のわりにはませていたのだろうか、すてきだと思って見た。
緑の薄様の好ましい重ねに、筆跡はまだたいそう若々しいけれど、将来がうかがえて、たいそう美しく、「日陰の葛をかけて舞ったあなたにも、はっきりとわかったでしょうか。天の羽衣の袖のように舞ったあなたに、心をかけた私の思いは」。
二人で見ているところに、父親(惟光)がふと寄ってきたので、恐ろしくあきれて、隠すこともできない。「何の手紙だ」と言って取ると、娘は顔を赤らめている。けしからぬことをしたと憎むので、弟が逃げて行くのを呼び寄せて、「誰からのだ」と問うと、「殿の冠者の君が、これこれとおっしゃってくださったのです」と言うので、
すっかり機嫌を直してほほえんで、「何とかわいらしい君の戯れ心だろう。おまえたちは同じ年頃なのに、言いようもなく頼りないようだ」などと褒めて、母君にも見せる。
「この君(夕霧)が、少しでも人並みに思ってくださりそうなら、ありきたりの宮仕えよりは、差し上げたいものだ。殿(源氏)のお心構えを見ると、一度契った人を、ご自分からはお忘れにならないようなのが、たいそう頼もしい。明石の入道の例のようになるかもしれない」などと言うけれど、皆、宮仕えの準備に急いで取りかかってしまった。
意訳
五節の舞を見た源氏は、昔心を寄せた筑紫の五節を思い出して歌を贈り、五節も返歌する。夕霧は惟光の娘を忘れられず、典侍として宮仕えすることになったと聞いて嘆く。
夕霧は、娘の弟の童に手紙を託す。惟光は手紙を見とがめるが、夕霧からのものと知ると喜び、源氏の心がけを見れば、夕霧も一度契った人を忘れはしないだろうと、明石の入道の例にもなろうかと言う。
語釈・文法注
- ないしのすけ
- 典侍。内侍司の次官。のちに藤典侍と呼ばれる惟光の娘は、この官職から名をとる。
文法
- 反実仮想の「ずば…まし」(物げなからずば乞ひ見てましものを)
- 「一人前でなくなければ、願い出て妻にできたのに」。
- 推量の「べし」(思ひやるべし)
- 草子地。「想像してみるがよい」と、語り手が読者に呼びかける。
和歌
をとめ子も神さびぬらし天津袖ふるき世の友よはひ經ぬれば
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 五節の舞を見て、昔の舞姫・筑紫の五節に贈った歌。あの乙女も、今は年を重ねて神々しくなったことでしょう。天つ袖を振って舞った昔の友である私も、年を経たのですから。
修辞
- 掛詞
- 「ふるき」に「(袖を)振る」と「古き」をかける。
かけていへば今日のことゝぞ思ほゆる日かげの霜の袖にとけしも
- 詠者
- 筑紫の五節
- 状況
- 源氏への返歌。五節のことを口にかけておっしゃると、今日のことのように思われます。日陰の葛をかけて舞った袖に、あなたのお情けが霜のように解けかかったあの日のことも。
修辞
- 掛詞
- 「日かげ」に「日の光」と五節の舞姫が冠にかける「日陰の葛」をかける。「とけ」に「(霜が)解ける」と「(心が)打ち解ける」をかける。
日かげにもしるかりけめやをとめ子があまのは袖にかけし心は
- 詠者
- 夕霧
- 状況
- 惟光の娘への手紙の歌。日陰の葛をかけて舞ったあなたにも、はっきりとわかったでしょうか。天の羽衣の袖のように舞ったあなたに、心をかけた私の思いは。
修辞
- 掛詞
- 「日かげ」に「日の光」と「日陰の葛」をかける。「かけし」に「(袖に)かける」と「心をかける」をかける。
解説
源氏の筑紫の五節への歌は、花散里の巻以来の久しぶりの便りである。源氏は、昔関わった女性を忘れないという性格をここでも示している。
惟光が夕霧の手紙を喜ぶ場面では、受領階級の父親が、娘を貴公子に縁づけようとする現実的な思惑がうかがえる。明石の入道の例を引くのは、身分の低い家の娘が源氏と結ばれて栄えた前例として意識されているからである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、404–405頁(コマ206)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日