源氏物語 第21帖 少女(5)
梅壺の立后と内大臣の娘たち
冷泉帝の后を決める時が来て、源氏の後見する斎宮の女御(梅壺)が、弘徽殿の女御や式部卿宮の娘を退けて中宮に立つ。源氏は太政大臣に、右大将(もとの頭中将)は内大臣に昇進する。内大臣には弘徽殿の女御のほかにもう一人の娘(雲居雁)がいて、大宮のもとで育てられている。雲居雁と夕霧は幼いころから一緒に育ち、離されてからも互いに思いを寄せ合い、幼い手紙を交わしている。

- 1かくかくかくてててきさききさききさき居居い給給たまふふうべきべきべきををを齋宮齋宮さいぐうののの女御女御にようごをををこそこそこそははは母君母君ははぎみももも御御おん後見後見うしろみとととゆづりゆづりゆずり聞聞きこえええ給給たまひひいしかしかしかばばばとととおとゞおとゞおとどもももことづけことづけことずけ給給たまふふう。。。源氏源氏げんじのののうちうちうちしきりしきりしきり后后きさきににに居居い給給たまははわむむんことことこと世世よののの人人ひと免免ゆるししし聞聞きこえええずずず。。。
- 2弘徽殿弘徽殿こきでんのののまづまづまず人人ひとよりよりより先先さきににに參參まいりりり給給たまひひいにににしししもももいかゞいかゞいかがなどなどなどうちうちうちうちうちうちににに此方此方こなた彼方彼方かなたににに心心こころよせよせよせ聞聞きこゆるゆるゆる人々人々びと覺束覺束おぼつかながりながりながり聞聞きこゆゆゆ。。。
- 3兵部卿兵部卿ひょうぶきょうののの宮宮みやととと聞聞きこえええししし今今いまははは式部卿式部卿しきぶきょうにてにてにてこのこのこの御御おん時時ときにににはははましてましてましてやんごとなきやんごとなきやんごとなき御御おん覺覺おぼえええにてにてにておはするおはするおわする御御おんむすめむすめむすめほいほいほいありありありててて參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。同同おなじじじごとごとごと王王おう女女にょにてにてにてさぶらひさぶらひさぶらい給給たまふふうををを同同おなじくじくじくははは御御おん母母ははかたかたかたにてにてにて親親したしくしくしくおはすおはすおわすべきべきべきにににこそこそこそ、、、母母ははきさききさききさきのののおはしまさおはしまさおわしまさぬぬぬ御御おんかはりかはりかわりののの後見後見うしろみにににとととことことことよせよせよせててて似似につかはしかるつかはしかるつかわしかるべくべくべくととととりどりとりどりとりどりにににおぼしおぼしおぼし爭爭あらそひひいたれたれたれどどど猶猶なお梅壺梅壺うめつぼ居居い給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 4御御おんさいはひさいはひさいわいのののかくかくかく引引ひきききかへかへかえ勝勝すぐれれれ給給たまへへえりりりけるけるけるををを世世よののの人人ひと驚驚おどろききき聞聞きこゆゆゆ。。。おとゞおとゞおとど太政大臣太政大臣だいじょうだいじんにににあがりあがりあがり給給たまひひいててて大將大將だいしょう內大臣內大臣ないだいじんににになりなりなり給給たまひひいぬぬぬ。。。世世よののの中中なかののの事事ことどもどもどもまつりごちまつりごちまつりごち給給たまふふうべくべくべく讓讓ゆずりりり聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 5人人ひとがらがらがらいといといとすくよかすくよかすくよかにににきらきらしくきらきらしくきらきらしくててて心心こころもちゐもちゐもちいなどなどなどももも長長ながくくく物物ものししし給給たまふふう。。。學問學問がくもんををを立立たてててゝゝてえええ給給たまひひいけれけれければばば、、、韻韻いんにににははは負負まけけけ給給たまひひいしかしかしかどどど、、、公事公事おおやけごとにににかしこくかしこくかしこくなむなむなん。。。腹々腹々はらばらににに御御おん子子こどもどもども十十じゅう餘餘よ人人にんおとなびおとなびおとなびつゝつゝつつ物物ものししし給給たまふふうももも次々次々つぎつぎににになりなりなり出出いでででつゝつゝつつ劣劣おとらららずずず榮榮さかえええたるたるたる御御おん家家いえのののうちうちうちなりなりなり。。。
- 6むすめむすめむすめははは女御女御にようごととと今今いま一一ひと所所ところとととなむなむなんおはしおはしおわしけるけるけるわかんどほりわかんどほりわかんどおり腹腹ばらにてにてにてあてあてあてなるなるなるすぢすぢすじははは劣劣おとるるるまじけれまじけれまじけれどどどそのそのその母君母君ははぎみあぜちあぜちあぜちののの大納言大納言だいなごんののの北北きたののの方方かたににになりなりなりてててさしさしさし向向むかひひいたるたるたる子子こどもどもどもののの數數かず多多おおくくくなりなりなりてててそれそれそれににに任任まかせせせててて後後のちののの親親おやににに讓讓ゆずらららむむん、、、いといといとあいなしあいなしあいなしとてとてとてとりとりとり放放はなちちち聞聞きこえええ給給たまひひいててて大宮大宮おおみやにににぞぞぞ預預あずけけけ聞聞きこえええ給給たまへへえりりりけるけるける。。。女御女御にようごにににはははいといといとこよなくこよなくこよなく思思おもひひいおとしおとしおとし聞聞きこえええ給給たまへへえれれれどどど人人ひとがらがらがらかたちかたちかたちなどなどなどいといといと美美うつくしうしうしゅうぞぞぞおはしおはしおわしたるたるたる。。。
- 7くわざくわざかざののの君君きみ一一ひとつつつにてにてにて生生おひひい出出いででで給給たまひひいしかしかしかどどど各各おのおの十十とおににに餘餘あまりりり給給たまひひいててて後後のちははは、、、御御おん方方かたことことことにてにてにて睦睦むつましきましきましき人人ひとなれなれなれどどど、、、をのこをのこおのこ子子ごにににはははうちうちうちとくとくとくまじきまじきまじきものものものなりなりなりととと父父ちちおとゞおとゞおとど聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、けどほくけどほくけどおくなりなりなりにににたるたるたるををを、、、
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- 9御御おん後見後見うしろみどもどもどもゝゝも何何なにかはかはかわ若若わかききき御心御心みこころどちどちどちなれなれなればばば年頃年頃としごろ見見みならひならひならい給給たまへへえるるる御御おんあはひあはひあわいををを俄俄にわかにににもももいかゞいかゞいかがはははもてもてもてはなれはなれはなれはしたなめはしたなめはしたなめ聞聞きこえええむむんととと見見みるるるににに、、、をんなをんなおんな君君きみこそこそこそ何何なに心心ごころなくなくなくをさなくをさなくおさなくおはすれおはすれおわすれどどどをとこをとこおとこはははさささこそこそこそ物物ものげげげなきなきなき程程ほどととと見見み聞聞きこゆれゆれゆれおほけなくおほけなくおおけなくいかなるいかなるいかなる御御おんなからひなからひなからいにににかかかありありありけむけむけん、、、よそよそよそよそよそよそににになりなりなりてててはははこれこれこれをををぞぞぞ靜靜しず心心ごころなくなくなく思思おもふふうべきべきべき。。。
- 10まだまだまだ片片かたおひおひおいなるなるなる手手てのののおひさきおひさきおいさき美美うつくしきしきしきにてにてにて書書かきききかはしかはしかわし給給たまへへえるるる文文ふみどもどもどもののの心心こころをさなくをさなくおさなくててておのづからおのづからおのずから落落おちちち散散ちるるる折折おりあるあるあるををを、、、御御おん方方かたののの人人ひとはははほのぼのほのぼのほのぼの知知しれれれるるるもももありありありけれけれけれどどど何何なにかはかはかわかくかくかくこそこそこそととと誰誰たれにににももも聞聞きこえええむむん、、、見見みかくしかくしかくしつゝつゝつつあるあるあるべしべしべし。。。
現代語訳
こうして后をお立てになるべき時になったが、斎宮の女御(梅壺)を、母君(六条御息所)も後見としてお譲り申し上げなさったのでと、大臣(源氏)も口実になさる。源氏の血筋から続けて后にお立ちになることを、世の人はお許し申し上げない。
弘徽殿の女御が、まず誰よりも先に入内なさったのも、どうして無視できようかなどと、内々にあちらこちらに心を寄せ申し上げる人々は、気がかりにお思い申し上げる。
兵部卿宮と申し上げた方は、今は式部卿で、この御代にはまして重々しいご信望でいらっしゃるが、その姫君も本意があって入内なさっていた。同じように王女御としてお仕えなさるのを、同じことなら、帝の母方として親しくいらっしゃるはずの方こそ、母后がいらっしゃらない代わりの後見にと、口実をつけて、似つかわしいだろうと、それぞれにお思い争いになったけれど、やはり梅壺が中宮にお立ちになった。
ご幸運が、このように打って変わってすぐれていらっしゃったのを、世の人は驚き申し上げる。大臣(源氏)は太政大臣にお上りになって、大将は内大臣におなりになった。世の中の政務などを取りしきりなさるように、源氏はお譲り申し上げなさる。
内大臣は、人柄がたいそうしっかりしていて華やかで、心づかいなども賢明でいらっしゃる。学問を特に身につけていらっしゃったので、韻塞ぎでは源氏にお負けになったけれど、公事には賢くて。あちこちの夫人に、お子たちが十余人、成長していらっしゃるのも、次々に出世して、劣らず栄えている御一家である。
姫君は、女御ともう一人いらっしゃったが、その方は皇族の血を引く方の腹で、高貴な血筋は劣らないはずだけれど、その母君が按察大納言の北の方になって、向かい合ってできた子どもの数が多くなって、その中に混ぜて継父に任せるのはまったくつまらないと、引き取り申し上げなさって、大宮にお預け申し上げなさった。女御よりはずっと低くお見下し申し上げていらっしゃるけれど、人柄や容貌などはたいそうかわいらしくいらっしゃった。
冠者の君(夕霧)と一緒に成長なさったけれど、それぞれ十歳を過ぎてからは、住まいを別にして、親しい間柄の人でも、男の子には気を許してはならないものだと、父大臣が申し上げなさって、よそよそしくなっていたが、
夕霧は幼心にも思うことがないわけではないので、ちょっとした花や紅葉につけても、雛遊びのご機嫌とりにも熱心につきまとって、志をお見せ申し上げなさるので、姫君もたいそう思い合って、はっきりとは今も恥ずかしがり申し上げなさらない。
お世話役の女房たちも、何の、幼いお心どうしなのだから、長年見慣れていらっしゃったお仲を、急にどうして引き離して、恥をかかせ申し上げられようかと見ていると、女君(雲居雁)こそ無心で幼くいらっしゃるけれど、男君はあれほど一人前でない年頃と見申し上げるのに、大それて、どのようなお仲であったのだろうか、離れ離れになってからは、このことを落ち着かなく思うようだ。
まだ未熟な、将来の上達が楽しみな筆跡で書き交わしなさった手紙などが、心幼くて、自然と落ち散る折があるのを、姫君付きの女房は、うすうす知っている者もいたけれど、何の、こうなのですと誰に申し上げられよう、見て見ぬふりをしているのだろう。
意訳
冷泉帝の后に、源氏の後見する梅壺の女御が、弘徽殿の女御や式部卿宮の娘を退けて立つ。源氏は太政大臣に、右大将は内大臣に昇進する。
内大臣のもう一人の娘・雲居雁は、大宮のもとで夕霧と一緒に育った。父の言いつけで離されてからも、二人は互いに思いを寄せ合い、幼い手紙を交わしている。女房たちは気づきながらも見て見ぬふりをしている。
語釈・文法注
- 王女御
- 皇族出身の女御。式部卿宮の娘は冷泉帝の母藤壺の姪にあたり、帝の母方の親族である。
- 韻ふたぎ
- 韻塞ぎ。古詩の韻字を隠して、それを当てる遊び。賢木の巻で、源氏と頭中将(今の内大臣)が競った。
文法
- 「にしあらねば」(思ふ事なきにしあらねば)
- 「ないわけではないので」。強意の「し」を挟んだ二重否定。
- 反語の「何かは」(何かはかくこそと誰にも聞えむ)
- 「どうして、こうなのですと誰に申し上げられようか、いや、申し上げられない」。
解説
梅壺の立后によって、源氏は帝の外戚に準じる地位を固める。一方、弘徽殿の女御の父である内大臣は、娘の立后を阻まれて、源氏との対抗意識をいっそう強めていく。
雲居雁と夕霧の幼い恋は、源氏と内大臣という二人の権力者の対立に巻き込まれていく。ここで初めて登場する雲居雁は、この後、長い年月を経て夕霧と結ばれる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、388–391頁(コマ197–198)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日