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源氏物語 第21帖 少女(4)

夕霧の勉学と大学入学

登場人物:光源氏・夕霧・右大将(頭中将)・大内記

源氏は夕霧を二条東院に住まわせ、学才の深い師につけて学問をさせる。大宮のもとへも月に三度しか行けない夕霧は、父を恨めしく思いながらも、早く世に出ようと励み、わずか四、五か月で史記を読み終える。源氏の前で行われた試験で、夕霧は見事に読み解き、人々は涙を流す。大学に入る日には上達部の車が集まり、夕霧は臆せずに務めを果たして、学問の道はいよいよ盛んになる。

二条東院の一室で、灯火のもと、少年の夕霧が書物を広げて熱心に史記を読み、傍らに痩せた老博士が控えている場面(AI生成)
二条東院の一室で、灯火のもと、少年の夕霧が書物を広げて熱心に史記を読み、傍らに痩せた老博士が控えている場面
  1. 1うちうちうちつゞきつゞきつづき入學にふがく入學にふがくにゅうがくととといふいふいう事こと事ことことせせせさせさせさせ給たま給たまたまひひいてててやがてやがてやがてこのこのこの院ゐん院ゐんいんののの內うち內うちうちににに御おん御おんおん曹子ざうし曹子ざうしぞうし作つく作つくつくりりりてててまめやかまめやかまめやかにににざえざえざえ深ふか深ふかふかききき師し師ししにににあづけあづけあずけ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたもうううてててぞぞぞ學問がくもん學問がくもんがくもんせせせさせさせさせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまひひいけるけるける。。。
  2. 2大宮おほみや大宮おほみやおおみやののの御おん御おんおん許もと許もともとにににもももをさをさをさをさおさおさ參ま參まもうでうでうで給たま給たまたまははわずずず、、、よるひるよるひるよるひるうつくしみうつくしみうつくしみててて、、、猶なほ猶なほなおちごちごちごのののやうやうようにににのみのみのみもてもてもてなしなしなし聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえれれればばば彼處かしこ彼處かしこかしこにてにてにてはははえええ物もの物ものもの習なら習ならならひひい給たま給たまたまははわじじじとてとてとて靜しづか靜しづかしずかなるなるなる所ところ所ところところににに籠こ籠ここめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまへへえるるるなりなりなりけりけりけり。。。月つき月つきつきににに三度みたび三度みたびみたびばかりばかりばかりををを參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまへへえとととぞぞぞ許ゆる許ゆるゆるししし聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいけるけるける。。。
  3. 3つとつとつと籠こも籠こもこもりりり居ゐ居ゐい給たま給たまたまひひいててていぶせきいぶせきいぶせきまゝまゝままににに殿との殿とのとのをををつらくつらくつらくもももおはしますおはしますおわしますかなかなかな、、、かくかくかく苦くる苦くるくるしからしからしからでででももも高たか高たかたかききき位くらゐ位くらゐくらいにににのぼりのぼりのぼり世よ世よよににに用もち用もちもちゐゐいらららるゝるゝるる人ひと人ひとひとはははなくなくなくやはやはやはあるあるあるととと思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえどどど大方おほかた大方おほかたおおかたののの人ひと人ひとひとがらがらがらまめやかまめやかまめやかにににあだめきあだめきあだめきたるたるたる所ところ所ところところなくなくなくおはすれおはすれおわすればばばいといといと能よ能よよくくく念ねん念ねんねんじじじててていかでいかでいかでさるべきさるべきさるべき文ふみ文ふみふみどもどもども疾と疾ととくくく讀よ讀よよみみみはてはてはてゝゝてまじらひまじらひまじらいもももししし世よ世よよにににももも出い出いいでででたらたらたらむむんととと思おも思おもおもひひいててて唯たゞ唯たゞただ四し四しし五ご五ごご月つき月つきつきののの中うち中うちうちににになどなどなどいふいふいうふみふみふみははは讀よ讀よよみみみはてはてはて給たま給たまたまひひいてててけりけりけり。。。
  4. 4今いま今いまいまはははうけうけうけさせさせさせむむんとてとてとてまづまづまず我わ我わわががが御おん御おんおんまへまへまえにてにてにて心こころ心こころこころみみみせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。例れい例れいれいののの大將だいしやう大將だいしやうだいしょう左大辨さだいべん左大辨さだいべんさだいべん式部しきぶ式部しきぶしきぶののの大輔たいふ大輔たいふたいふ左中辨さちゆうべん左中辨さちゆうべんさちゅうべんなどなどなどばかりばかりばかりしししててて御おん御おんおん師し師ししののの大內記だいないき大內記だいないきだいないきををを召め召めめしししててて史記しき史記しきしきのののかたきかたきかたき卷々まきまき卷々まきまきまきまきれうしれうしりょうし受う受ううけけけむむんににに博士はかせ博士はかせはかせのののかへさうかへさうかえそうべきべきべき節々ふしぶし節々ふしぶしふしぶしををを引ひ引ひひききき出い出いいでででゝゝてひとひとひとわたりわたりわたり讀よ讀よよままませせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふうににに
  5. 5至いた至いたいたらららぬぬぬ隈くま隈くまくまなくなくなくかたがたかたがたかたがたににに通かよ通かよかよはしはしわし讀よ讀よよみみみ給たま給たまたまへへえるるるさまさまさまつまじるしつまじるしつまじるし殘のこ殘のこのこらららずずずあさましきあさましきあさましきまでまでまでありがたけれありがたけれありがたければばばさるべきさるべきさるべきにににこそこそこそおはしおはしおわしけれけれけれととと誰たれ誰たれたれももも誰たれ誰たれたれももも淚なみだ淚なみだなみだ落おと落おとおとししし給たま給たまたまふふう。。。大將だいしやう大將だいしやうだいしょうはははましてましてまして、、、「「「故こ故ここ大臣おとゞ大臣おとゞおとどおはせおはせおわせましかましかましかばばば」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ出い出いいでででゝゝて泣な泣ななききき給たま給たまたまふふう。。。
  6. 6殿との殿とのとのもももえええ心こころ心こころこころ强づよ强づよずようううもてもてもてなしなしなし給たま給たまたまははわずずず「「「人ひと人ひとひとののの上うへ上うへうえにてにてにてかたくなかたくなかたくなゝゝなりりりととと見み見みみ聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりりりしししををを子こ子ここのののおとなぶるおとなぶるおとなぶるににに親おや親おやおやののの立た立たたちちちかはりかはりかわりしれしれしれ行ゆ行ゆゆくくくことことことははは幾何いくばく幾何いくばくいくばくならならならぬぬぬ齡よはひ齡よはひよわいながらながらながらかゝるかゝるかかる世よ世よよにににこそこそこそ侍はべ侍はべはべりりりけれけれけれ」」」などなどなどののの給たま給たまたまひひいててておしおしおしのごひのごひのごい給たま給たまたまふふうををを見み見みみるるる御おん御おんおん師し師ししののの心ここ心ここここちちち嬉うれ嬉うれうれしくしくしくめいぼくめいぼくめいぼくありありありととと思おも思おもおもへへえりりり。。。
  7. 7大將だいしやう大將だいしやうだいしょう盃さかづき盃さかづきさかずきさしさしさし給たま給たまたまへへえばばば、、、いたういたういとう醉ゑ醉ゑえひひいしれしれしれてててをるをるおる顔かほ顔かほかおつきつきつきいといといとやせやせやせやせやせやせなりなりなり。。。世よ世よよのののひがものひがものひがものにてにてにてざえざえざえののの程ほど程ほどほどよりよりよりははは用もち用もちもちゐゐいられられられずずず、、、すげなくすげなくすげなくててて身み身みみ貧まづ貧まづまずしくしくしくなむなむなんありありありけるけるけるををを御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじうるうるうる所ところ所ところところありありありてててかくかくかくとりわきとりわきとりわき召め召めめししし寄よ寄よよせせせたるたるたるなりなりなりけりけりけり。。。
  8. 8身み身みみににに餘あま餘あまあまるるるまでまでまで御おん御おんおんかへりみかへりみかえりみををを給たま給たまたまはりはりわりてててこのこのこの君きみ君きみきみののの御おん御おんおん德とく德とくとくにににたちまちたちまちたちまちににに身み身みみをををかへかへかへたるたるたるととと思おも思おもおもへへえばばばましてましてまして行ゆ行ゆゆくさきくさきくさきははは並なら並ならならぶぶぶべきべきべき人ひと人ひとひとなきなきなき御おん御おんおん覺おぼ覺おぼおぼえええぞぞぞあらあらあらむむんかしかしかし。。。
  9. 9大學だいがく大學だいがくだいがくににに參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふう日ひ日ひひははは寮門れうもん寮門れうもんりょうもんににに上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめののの御おん御おんおん車くるま車くるまくるまどもどもども數かず數かずかずしらしらしらずずず集つど集つどつどひひいたりたりたり。。。大方おほかた大方おほかたおおかた世よ世よよににに殘のこ殘のこのこりりりたるたるたる人ひと人ひとひとあらあらあらじじじととと見み見みみえええたるたるたるににに又また又またまたなくなくなくもてもてもてかしづかかしづかかしずかれれれててて繕つくろ繕つくろつくろははわれれれ入い入いいりりり給たま給たまたまへへえるるるくわざくわざかざののの君きみ君きみきみののの御おん御おんおん樣さま樣さまさまげにげにげにかゝるかゝるかかる交まじ交まじまじらひらひらいにににははは堪た堪たたへへえずずずあてあてあてににに美うつく美うつくうつくしげしげしげなりなりなり。。。
  10. 10例れい例れいれいののの怪あや怪あやあやしきしきしき者もの者ものもの共ども共どもどもののの立た立たたちちちまじりまじりまじりつゝつゝつつ來き來きき居ゐ居ゐいたるたるたる座ざ座ざざののの末すゑ末すゑすえをををからしからしからしととと思おぼ思おぼおぼすすすぞぞぞいといといとことわりことわりことわりなるなるなるややや。。。こゝこゝここにてにてにてももも又また又またまたおろしおろしおろしのゝしるのゝしるののしるものものものどもどもどもありありありてててめざましけれめざましけれめざましけれどどど少すこ少すこすこしししももも臆おく臆おくおくせせせずずず讀よ讀よよみみみはてはてはて給たま給たまたまひひいつつつ。。。
  11. 11昔むかし昔むかしむかし覺おぼ覺おぼおぼえええててて大學だいがく大學だいがくだいがくののの榮さか榮さかさかゆるゆるゆる頃ころ頃ころころなれなれなればばばかみかみかみなかなかなかしもしもしもののの人ひと人ひとひと我われ我われわれももも我われ我われわれもももとととこのこのこの道みち道みちみちににに志こころざ志こころざこころざししし集あつ集あつあつまれまれまればばばいよいよいよいよいよいよ世よ世よよののの中なか中なかなかにににざえざえざえありありありはかばかしきはかばかしきはかばかしき人ひと人ひとひと多おほ多おほおおくくくなむなむなんありありありけるけるける。。。
  12. 12もんにんもんにんもんにんぎさうぎさうぎそうなどなどなどいふいふいうなるなるなる事こと事ことことどもどもどもよりよりよりうちうちうちはじめはじめはじめ、、、すがすがしうすがすがしうすがすがしゅうえええはてはてはて給たま給たまたまへへえれれればばば偏ひとへ偏ひとへひとえににに心こころ心こころこころににに入い入いいれれれててて師し師ししももも弟子でし弟子でしでしもももいとゞいとゞいとど勵はげ勵はげはげましましまし給たま給たまたまふふう。。。殿との殿とのとのにににももも文ふみ文ふみふみ作つく作つくつくりりりしげくしげくしげく博士はかせ博士はかせはかせ才人さいにん才人さいにんさいにんどもどもども所ところ所ところところえええたりたりたり。。。すべてすべてすべて何事なにごと何事なにごとなにごとにににつけつけつけてててももも道々みちみち道々みちみちみちみちのののざえざえざえののの程ほど程ほどほど顯あら顯あらあらはるゝはるゝわるる世よ世よよににになむなむなんありありありけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

引き続いて入学という儀式をおさせになって、そのままこの院(二条東院)の中に御曹司を作って、本格的に学才の深い師にお預け申し上げなさって、学問をおさせ申し上げなさった。

大宮のお住まいにもほとんど参上なさらない。大宮は昼夜かわいがって、今でも幼な子のようにばかり扱い申し上げていらっしゃるので、あちらでは学問がおできにならないだろうと、源氏は静かな所に閉じこめ申し上げなさったのであった。月に三度ほどは参上なさいと、お許し申し上げなさった。

じっと籠もっていらっしゃって、気が晴れないままに、父上はつれなくていらっしゃることよ、こんなに苦しまなくても、高い位に上り、世に用いられる人はいないことがあろうかとお思い申し上げなさるけれど、おおよその人柄が誠実で浮ついたところがなくていらっしゃるので、たいそうよく我慢して、何とかしてしかるべき書物などを早く読み終えて、官界にも出て出世もしようと思って、わずか四、五か月のうちに、史記などという書物は読み終えてしまわれた。

今は寮試を受けさせようとして、まず自分の御前で試験をおさせになる。いつものように、大将、左大弁、式部大輔、左中弁などだけで、師の大内記をお呼びになって、史記の難しい巻々を、寮試を受けるときに博士が問い返しそうな箇所を引き出して、ひととおり読ませ申し上げなさると、

行き届かないところもなく、あれこれの説に通じてお読みになる様子は、爪じるしひとつ残らず、あきれるほどめったにないほどなので、こうなる運命でいらっしゃったのだと、誰も誰も涙を落としなさる。大将はまして「故大臣(祖父の太政大臣)がいらっしゃったら」と申し上げて、お泣きになる。

殿(源氏)も平静を保つことがおできにならず、「人の身の上のこととして、愚かだと見聞きしておりましたが、子が大人になるにつれて、親が入れ替わるように愚かになってゆくことは、たいした年齢でもないのに、このような世の中なのですね」などとおっしゃって、涙をぬぐいなさるのを見る師の気持ちは、嬉しく面目があると思っている。

大将が杯をおさしになると、ひどく酔いしれている顔つきは、たいそう痩せこけている。世の変わり者で、学才のほどよりは用いられず、愛想がなくて身も貧しかったのを、源氏はお見どころがあって、こうして特別にお呼び寄せになったのであった。

身に余るほどのお引き立てをいただいて、この君のおかげで、たちまちに身を変えたと思うと、まして将来は、並ぶ者のないご信望があることだろうよ。

大学に参上なさる日は、大学寮の門に上達部の御車などが数知れず集まっている。おおよそ世に残っている人はいないだろうと見えるほどなのに、またとなく大切に世話されて、身なりを整えられてお入りになる冠者の君(夕霧)のご様子は、本当に、このような交わりには不似合いなほど、上品でかわいらしい。

いつものようなみすぼらしい者たちが、入りまじって集まって座っている座の末席を、つらいとお思いになるのは、まことにもっともなことだ。ここでもまた、叱りつけてわめく者たちがいて、目に余るけれど、少しも気後れせずに読み終えなさった。

昔を思わせるように大学の栄える時代なので、上中下の人が我も我もとこの道に志して集まるので、いよいよ世の中に学才があって、しっかりした人が多くなった。

文人や擬生などという試験をはじめとして、すらすらと合格なさったので、ひたすら心を入れて、師も弟子もいっそう励みなさる。殿(源氏)のもとでも作文会が多く、博士や文人たちは得意になっている。すべて何事につけても、それぞれの道の才能のほどが現れる世の中であった。

意訳

源氏は夕霧を二条東院に住まわせ、学才の深い師につけて学問をさせる。夕霧は父を恨めしく思いながらも、早く世に出ようと励み、わずか四、五か月で史記を読み終える。

源氏の前で行われた試験で、夕霧は見事に読み解き、人々は涙を流す。大学に入る日、夕霧は臆せずに務めを果たし、その後も次々と試験に合格して、学問の道はいよいよ盛んになる。

語釈・文法注

史記
前漢の司馬遷が著した中国の歴史書。百三十巻。大学の紀伝道(文章道)で学ぶ基本の書物の一つ。
寮試
大学寮で行われる試験。合格すると擬文章生(擬生)となる。夕霧は続けて文章生(文人)の試験にも合格していく。

文法

反語の「やは」(なくやはある)
「いないことがあろうか、いや、いる」。
反実仮想の「ましかば」(おはせましかば)
「いらっしゃったら(どんなに喜ばれただろう)」。後半を言いさして余韻を残す。

解説

夕霧は、源氏の子でありながら六位から出発し、大学で地道に学問を積む。父を恨めしく思いながらも努力する姿は、物語の中でも珍しい若者の成長の描写である。

源氏が見出した大内記は、学才がありながら世に用いられなかった人物である。源氏の引き立てによって身を立てることができた彼の喜びには、学問の世界の厳しい現実が映し出されている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、386–389頁(コマ196–197)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日