源氏物語 第20帖 朝顔(1)
女五の宮の訪問
朝顔の斎院は、父式部卿宮の喪に服して斎院を退いた。源氏は例によって見舞いの便りを送るが、姫君は打ち解けた返事をしない。九月、姫君が桃園宮に移ると、源氏は同じ邸に住む叔母の女五の宮を見舞うことを口実に訪れる。年老いた女五の宮は、源氏の美しさを褒め、亡き式部卿宮も源氏を婿にしなかったことを悔やんでいたと語る。源氏はその言葉に耳をとめる。

- 1齋院齋院さいいんははは、、、御御おんにてにてにておりおりおり居居い給給たまひひいにににきききかしかしかし。。。おとゞおとゞおとど例例れいのののおぼしおぼしおぼしそめそめそめつるつるつることことこと絕絕たえええぬぬぬ御御おんくせくせくせにてにてにて、、、御御おんとぶらひとぶらひとぶらいなどなどなどいといといとしげうしげうしぎょう聞聞きこえええ給給たまふふう。。。宮宮みや煩煩わずらはしかりはしかりわしかりしししことことことをををおぼせおぼせおぼせばばば御御おん返返かえりりりもももうちとけうちとけうちとけててて聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。いといといと口惜口惜くちおしししとととおぼしおぼしおぼしわたるわたるわたる。。。
- 2九月九月ながつきににになりなりなりててて桃園桃園ももぞのののの宮宮みやににに渡渡わたりりり給給たまひひいぬるぬるぬるををを聞聞ききききててて女女おんな五五ごののの宮宮みやのののそこそこそこにににおはすれおはすれおわすればばばそなたそなたそなたののの御御おんとぶらひとぶらひとぶらいにににことつけことつけことつけてててまうでまうでもうで給給たまふふう。。。故院故院こいんののの子子このののみこみこみこたちたちたちをををばばば心心こころ殊殊ことにににやんごとなくやんごとなくやんごとなく思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえりりりしかしかしかばばば今今いまももも親親したしくしくしくつぎつぎつぎつぎつぎつぎににに聞聞きこえええ交交かわししし給給たまふふうめりめりめり。。。
- 3同同おなじじじ寢殿寢殿しんでんののの西西にしひんがしひんがしひんがしにににぞぞぞ住住すみみみ給給たまひひいけるけるける。。。程程ほどもももなくなくなく荒荒あれれれにににけるけるける心地心地ここちしししててて哀哀あわれにににけはひけはひけわいしめやかしめやかしめやかなりなりなり。。。
- 4宮宮みやたいめんたいめんたいめんししし給給たまひひいててて御御おん物語物語ものがたり聞聞きこえええ給給たまふふう。。。いといといとふるめきふるめきふるめきたるたるたる御御おんけはひけはひけわいしはぶきしはぶきしわぶきがちがちがちにににおはすおはすおわす。。。このかみこのかみこのかみにににおはすれおはすれおわすれどどど故故こおほおほおお殿殿とのののの宮宮みやはははあらまほしくあらまほしくあらまほしくふりふりふりがたきがたきがたき御御おん有樣有樣ありさまなるなるなるをををもてもてもてはなれはなれはなれ聲聲こえふつゝかふつゝかふつつかにににこちごちしくこちごちしくこちごちしく覺覺おぼえええ給給たまへへえるるるもももさるさるさるかたかたかたなりなりなり。。。
- 5「「「院院いんのののうへうへうえ崩崩かくれれれ給給たまひひいててて後後のち萬萬よろず心心こころぼそくぼそくぼそく覺覺おぼえええ侍侍はべりりりつるつるつるににに年年としののの積積つもるるるまゝまゝままにににいといといと淚淚なみだがちがちがちにてにてにて過過すぐしぐしぐしはべるはべるはべるをををこのこのこの宮宮みやさへさへさへかくかくかくうちうちうちすてすてすて給給たまへへえれれればばばいよいよいよいよいよいよあるあるあるかかかなきなきなきかかかにににとまりとまりとまり侍侍はべるるるをををかくかくかく立立たちちち寄寄よりりりとはとはとはせせせ給給たまふふうににになむなむなん物物もの忘忘わすれれれしししぬぬぬべくべくべく侍侍はべるるる」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 6かしこくかしこくかしこくもももふりふりふり給給たまへへえるるるかなかなかなととと思思おもへへえどどどうちうちうち畏畏かしこまりまりまりててて「「「院院いん崩崩かくれれれ給給たまひひいててて後後のちはははさまざまさまざまさまざまにににつけつけつけててて、、、同同おなじじじ世世よのののやうやうようにににももも侍侍はべらららずずず。。。覺覺おぼえええぬぬぬ罪罪つみにににあたりあたりあたり侍侍はべりりりててて知知しらららぬぬぬよよよににに惑惑まどひひい侍侍はべりりりしししををを、、、たまたまたまたまたまたまおほやけおほやけおおやけにににかずまへかずまへかずまえられられられ奉奉たてまつりりりてててははは又又またとりとりとりみだりみだりみだり暇暇いとまなくなくなくなどなどなどしししててて年頃年頃としごろももも參參まいりりりててて、、、古古いにしえののの御御おん物語物語ものがたりをををだにだにだに聞聞きこえええ承承うけたまはらはらわらぬぬぬをををいぶせくいぶせくいぶせく思思おもひひい給給たまへへえ渡渡わたりりりつゝつゝつつなむなむなん」」」などなどなど聞聞きこえええ給給たまふふうををを
- 7「「「いといといともももいといといともももあさましくあさましくあさましく何方何方いずかたにににつけつけつけてててももも定定さだめめめなきなきなき世世よををを同同おなじじじさまさまさまにてにてにて見見み給給たまへへえすぐすすぐすすぐす。。。命命いのち長長ながさささのののうらめしきうらめしきうらめしき事事こと多多おおくくく侍侍はべれれれどどどかくかくかくててて世世よににに立立たちちちかへりかへりかえり給給たまへへえるるる御御おん悅悅よろこびににになむなむなん、、、ありありありししし年頃年頃としごろををを見見み奉奉たてまつりりりさしさしさしてててましかましかましかばばば、、、口惜口惜くちおしからしからしからましましましととと覺覺おぼえええ侍侍はべるるる」」」とととうちうちうちわなゝきわなゝきわななき給給たまひひいててて
- 8「「「いといといと淸淸きよらららにににねびねびねびまさりまさりまさり給給たまひひいにににけるけるけるかなかなかな。。。わらはわらはわらわににに物物ものししし給給たまへへえりりりしししををを見見み奉奉たてまつりりりそめそめそめししし時時とき世世よにににかゝるかゝるかかる光光ひかりののの出出いでででおはしおはしおわしたるたるたることことことゝゝと驚驚おどろかかかれれれ侍侍はべりりりしししををを、、、時々時々ときどき見見み奉奉たてまつるるるだにだにだにゆゝしくゆゝしくゆゆしく覺覺おぼえええ侍侍はべりりりてててなむなむなん。。。內內うちのののうへうへうえなむなむなんいといといとよくよくよく似似に奉奉たてまつらららせせせ給給たまへへえるるるととと人々人々びと聞聞きこゆるゆるゆるをををさりともさりともさりとも劣劣おとりりり給給たまへへえらむらむらんとととこそこそこそ推推おししし量量はかりりりはべれはべれはべれ」」」ととと長々長々ながながととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 9殊殊ことにににかくかくかくさしさしさし向向むかひひいててて人人ひとののの譽譽ほめめめぬぬぬわざわざわざかなかなかなとととをかしくをかしくおかしくおぼすおぼすおぼす。。。「「「山山やまがつがつがつににになりなりなりててていたういたういとう思思おもひひいくづほれくづほれくずおれ侍侍はべりりりししし年頃年頃としごろののの後後のちこよなくこよなくこよなくおとろへおとろへおとろえにににててて侍侍はべるるるものものものををを、、、內內うちののの御御おんかたちかたちかたちははは古古いにしえののの世世よにににももも並並ならぶぶぶ人人ひとなくなくなくやややとととこそこそこそありありあり難難がたくくく見見み奉奉たてまつりりり侍侍はべれれれ。。。怪怪あやしきしきしき御御おんおしはかりおしはかりおしはかりににになむなむなん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 10「「「時々時々ときどき見見み奉奉たてまつらららばばばいとゞしきいとゞしきいとどしき命命いのちやややのびのびのび侍侍はべらららむむん。。。今日今日きょうははは老老おいももも忘忘わすれれれうきうきうき世世よのののなげきなげきなげき皆皆みなさめさめさめぬるぬるぬる心地心地ここちなむなむなん」」」とととてててももも又又またないないない給給たまふふう。。。「「「三三さんののの宮宮みやうらやましくうらやましくうらやましくさるべきさるべきさるべき御御おんゆかりゆかりゆかりそひそひそいててて親親したしくしくしく見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふうををを羨羨うらやみみみ侍侍はべるるる。。。このこのこのうせうせうせ給給たまひひいぬるぬるぬるももも、、、さやうさやうさようにににこそこそこそ悔悔くいいい給給たまふふう折々折々おりおりありありありしかしかしか」」」とととのののたまふたまふたまうにににぞぞぞ、、、少少すこししし耳耳みみとまりとまりとまり給給たまふふう。。。
- 11「「「さささももも侍侍さぶらひひいなれなれなれなななましかましかましかばばば今今いまににに思思おもふふうさまさまさまににに侍侍はべらららましましまし。。。皆皆みなさしさしさし放放はなたたたせせせ給給たまひひいててて」」」とととうらめしげうらめしげうらめしげににに氣色氣色けしきばみばみばみ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
現代語訳
斎院(朝顔の姫君)は、父宮のご喪に服して斎院を退かれたのだった。大臣(源氏)は、例によって思いをかけはじめたことは絶やさないご性分で、お見舞いなどをたいそうたびたびお便りなさる。宮(姫君)は、煩わしかった昔のことをお思いになるので、お返事も打ち解けてはなさらない。源氏はたいそう残念だとお思い続けになる。
九月になって、姫君が桃園の宮にお移りになったのを聞いて、女五の宮がそこにいらっしゃるので、そちらのお見舞いにかこつけて参上なさる。故院がご兄弟の宮たちを格別に大切にお思い申し上げていらっしゃったので、源氏は今も親しく、次々とお便りを交わしていらっしゃるようだ。同じ寝殿の西と東に住んでいらっしゃった。父宮が亡くなってまもないのに、もう荒れてしまった気がして、しみじみと、ひっそりした雰囲気である。
女五の宮が対面なさってお話しなさる。たいそう古めかしいご様子で、咳払いがちでいらっしゃる。姉君でいらっしゃるけれど、故大殿の宮(大宮)は理想的で、いつまでも若々しいご様子なのに、それとはかけ離れて、声も太く、ごつごつした感じでいらっしゃるのも、それなりの人柄である。
「院の上がお亡くなりになって後、何もかも心細く思われておりましたのに、年が積もるにつれて、たいそう涙がちに過ごしておりますのに、この宮(式部卿宮)までこうして先立ってしまわれたので、いよいよ生きているのかいないのかわからないような有様で残っておりますのを、このようにお立ち寄りくださいますので、つらいことも忘れてしまいそうです」と申し上げなさる。
源氏は、ずいぶんお年を召されたものだと思うけれど、かしこまって、「院がお亡くなりになって後は、何事につけても、同じ世とは思えません。思いがけない罪に当たりまして、知らない土地にさまよっておりましたが、たまたま朝廷に人並みに扱われるようになりましてからは、また取り込んで暇もないなどして、長年参上して、昔のお話さえ伺えずにいるのを、気がかりに思い続けておりまして」などと申し上げなさるので、
「本当にまったくあきれるほど、何につけても定めない世の中を、同じように見て過ごしております。長生きの恨めしいことは多くございますが、こうして世に返り咲かれたお喜びには、もしあのつらい年月のままで拝見するのをやめてしまっていたら、残念だったろうと思われます」と、声を震わせて、
「たいそう美しく大人びていらっしゃいましたね。童でいらっしゃったのを初めて拝見した時、世にこのような光がお出ましになったことかと驚きましたが、時々拝見するにつけても、不吉なほどに思われまして。今上帝がたいそうよく似ていらっしゃると人々が申しますが、いくら何でもあなたには劣っていらっしゃるだろうと推し量っております」と、長々と申し上げなさるので、
源氏は、ことさらにこうして面と向かって人を褒めないものだがと、おかしくお思いになる。「山賤の身になって、ひどく気落ちしておりました年月の後、すっかり衰えてしまっておりますのに、帝のご容貌は、昔の世にも並ぶ人がないほどだと、めったにないほどに拝見しております。妙なご推察で」と申し上げなさる。
「時々拝見すれば、ますます命が延びるでしょう。今日は老いも忘れ、つらい世の嘆きもすっかり晴れた気持ちで」と言っても、またお泣きになる。「三の宮(大宮)がうらやましくて、しかるべきご縁が加わって親しく拝見していらっしゃるのを、うらやましく思っております。この亡くなった宮も、そのように悔やんでいらっしゃる折々がありました」とおっしゃるので、源氏は少し耳がとまりなさる。
源氏は「そのようにお仕えし慣れていましたら、今ごろ思いどおりになっていたでしょうに。皆、私を遠ざけなさって」と、恨めしそうに、意味ありげに申し上げなさる。
意訳
父式部卿宮の喪に服して斎院を退いた朝顔の姫君は、桃園宮に移る。源氏は同じ邸に住む叔母の女五の宮を見舞うことを口実に訪れる。
年老いた女五の宮は、源氏の美しさを褒め、亡き式部卿宮も源氏を婿にしなかったことを悔やんでいたと語る。源氏はその言葉に耳をとめ、恨めしげにほのめかす。
語釈・文法注
- 御ぶく
- 御服(おんぶく)。喪に服すること。また、喪服。朝顔の姫君は、父式部卿宮の死によって斎院を退いた。
文法
- 反実仮想の「ましかば…まし」(見奉りさしてましかば、口惜しからまし)
- 「拝見するのをやめていたら、残念だっただろう」。
- 「こそ…しか」(悔い給ふ折々ありしか)
- 「悔やんでいらっしゃる折々がありました」。過去の「き」が「こそ」の結びで已然形となる。
解説
朝顔の巻は、源氏が若い時から思いを寄せてきた朝顔の姫君への求愛を描く。斎院として神に仕えていた姫君は、退下して自由の身となり、源氏は改めて思いを訴えようとする。
女五の宮の描写は、咳払いがちで声が太く、源氏をあけすけに褒めるなど、ユーモラスである。この老女の言葉が、源氏の朝顔への思いを再燃させるきっかけとなる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、368–371頁(コマ187–188)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日