源氏物語 第19帖 薄雲(13)
大堰の篝火
対の屋に戻った源氏は、端近に横になって物思いにふけり、まだ色好みの癖が残っていることを反省する。斎宮女御は秋を好むと答えたことを悔やむが、源氏は素知らぬ顔で親らしく振る舞う。源氏は紫の上に、春秋の花を楽しむ遊びをしたいと語る。源氏は大堰の明石の君を思いやり、不断の念仏を口実に訪れる。篝火が遣水の蛍のように見える中、源氏と明石の君は歌を交わし、源氏はしばらく大堰に滞在する。

- 1對對たいにににわたりわたりわたり給給たまひひいてててとみにとみにとみにももも入入いりりり給給たまははわずずずいたういたういとうながめながめながめててて端端はし近近ちこうううふしふしふし給給たまへへえりりり。。。とうろとうろとうろ遠遠とおくくくかけかけかけててて近近ちかくくく人々人々びとさぶらはさぶらはさぶらわせせせ給給たまひひいててて物語物語ものがたりなどなどなどせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。かうかうこうあながちあながちあながちなるなるなる事事ことににに胸胸むねふたがるふたがるふたがるくせくせくせののの猶猶なおありありありけるけるけるよよよとととわれわれわれながらながらながらおぼしおぼしおぼし知知しらららるるる。。。
- 2これこれこれはははいといといと似似にげげげなきなきなきことことことなりなりなり。。。恐恐おそろしうしうしゅう罪罪つみ深深ふかききき方方かたははは多多おおくくくまさりまさりまさりけめけめけめどどど、、、古古いにしえのののすきすきすきははは思思おもひひいやりやりやりすくなきすくなきすくなき程程ほどのののあやまちあやまちあやまちににに、、、ほとけほとけほとけ神神かみももも免免ゆるししし給給たまひひいけむけむけんとととおぼしおぼしおぼしさますさますさますももも、、、猶猶なおこのこのこの道道みちはははうしろやすくうしろやすくうしろやすく深深ふかききき方方かたのののまさりまさりまさりけるけるけるかなかなかなとととおぼしおぼしおぼし知知しらららせせせ給給たまふふう。。。
- 3女御女御にょうごははは秋秋あきのののあはれあはれあわれををを知知しりりりがほがほがおにににいらへいらへいらえ聞聞きこえええけるけるけるももも悔悔くやしうしうしゅうはづかしはづかしはずかしととと御心御心みこころひとつひとつひとつににに物物ものむつかしうむつかしうむつかしゅう惱惱なやましげしげしげにににさへさへさへししし給給たまふふうををを、、、いといといとすくよかすくよかすくよかにににつれなくつれなくつれなくててて常常つねよりよりよりもももおやおやおやがりがりがりありきありきありき給給たまふふう。。。
- 4をんなをんなおんな君君きみににに「「「女御女御にょうごののの秋秋あきににに心心こころをををよせよせよせ給給たまへへえりりりしししもももあはれあはれあわれににに君君きみののの春春はるののの曙曙あけぼのににに心心こころしめしめしめ給給たまへへえるるるもももことわりことわりことわりにににこそこそこそあれあれあれ。。。時々時々ときどきにににつけつけつけたるたるたる木木き草草くさののの花花はなににによせよせよせてててももも御心御心みこころとまるとまるとまるばかりばかりばかりののの遊遊あそびびびなどなどなどしししてててしがなしがなしがな。。。公公おおやけ私私わたくしのののいとなみいとなみいとなみしげきしげきしげきみみみこそこそこそふさはしからふさはしからふさわしからねねね。。。いかでいかでいかで思思おもふふう事事ことしししてててしがなしがなしがなととと唯唯ただ御御おんためためためさうざうしくさうざうしくそうぞうしくやややととと思思おもふふうこそこそこそ心苦心苦こころぐるしけれしけれしけれ」」」などなどなど語語かたらひらひらい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 5山里山里やまざとののの人人ひとももも、、、いかにいかにいかになどなどなど絕絕たえええずずずおぼしおぼしおぼしやれやれやれどどど所所ところせさせさせさのみのみのみまさるまさるまさる御身御身おんみにてにてにて渡渡わたりりり給給たまふふうことことこといといといとかたしかたしかたし。。。世世よののの中中なかををを味氣味氣あじきなくなくなく憂憂うしししととと思思おもひひい知知しるるる氣色氣色けしきなどなどなどかかかさしもさしもさしも思思おもふふうべきべきべき。。。心心こころやすくやすくやすく立立たちちち出出いでででゝゝておほざうおほざうおおぞうののの住住すまひひいはははせせせじじじととと思思おもへへえるるるをををおほけなしおほけなしおおけなしとととはははおぼすおぼすおぼすものものものからからからいとほしくいとほしくいとおしくててて例例れいのののののの御御おん念佛念佛ねんぶつにににことづけことづけことずけててて渡渡わたりりり給給たまふふう。。。
- 6住住すみみみ馴馴なるゝるゝるるまゝまゝままににに、、、いといといと心心こころすごげすごげすごげなるなるなる所所ところのののさまさまさまにににいといといと深深ふかからからからざらざらざらむむんことことことにてにてにてだにだにだにあはれあはれあわれそひそひそいぬぬぬべしべしべし。。。ましてましてまして見見み奉奉たてまつるるるにににつけつけつけてててももも、、、つらかりつらかりつらかりけるけるける御御おん契契ちぎりのののさすがさすがさすがににに淺淺あさからからからぬぬぬををを思思おもふふうににに、、、なかなかなかなかなかなかにてにてにて慰慰なぐさめめめ難難がたききき氣色氣色けしきなれなれなればばば、、、こしらへこしらへこしらえかねかねかね給給たまふふう。。。
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- 9大大おおかたかたかたものものものしづかしづかしずかにににおぼさるゝおぼさるゝおぼさるる頃頃ころなれなれなればばばたふときたふときとうとき事事ことどもどもどもににに御心御心みこころとまりとまりとまりててて、、、例例れいよりよりよりははは日日ひごろごろごろ經經へ給給たまふふうにににやややすこしすこしすこし思思おもひひいまぎれまぎれまぎれけむけむけんとととぞぞぞ。。。
現代語訳
源氏は対の屋にお渡りになって、すぐには奥にもお入りにならず、ひどく物思いにふけって、端近に横になっていらっしゃった。灯籠を遠くにかけて、近くに女房たちを控えさせなさって、お話などをおさせになる。このように無理な恋に胸がふさがる癖が、まだあったのだなと、我ながらお思い知りになる。これはまったく似合わないことだ。恐ろしく罪深いことは昔の方がずっとまさっていただろうが、昔の色好みは思慮の足りない若い時の過ちとして、仏や神もお許しになっただろうとお思い静めなさるにつけても、やはりこの道では、安心できて思慮深い方がまさってきたのだなと、お思い知りになる。
女御は、秋の情趣を知っているような顔でお答え申し上げたのも、悔しく恥ずかしいと、お心一つに思い悩んで、ご気分がすぐれない様子にさえなっていらっしゃるのを、源氏はたいそうきっぱりと素知らぬ顔で、いつもより親らしく振る舞っていらっしゃる。
女君(紫の上)に、「女御が秋に心をお寄せになったのもしみじみとしているし、あなたが春の曙に心をおとめになっているのも、もっともなことです。時々につけた木や草の花にことよせても、お心がとまるほどの遊びなどをしたいものです。公私の仕事が多い身には、ふさわしくないけれど。どうにかして思うことをしたいものだと、ただあなたのために物足りないのではと思うのが心苦しいのです」などとお話しになる。
山里の人(明石の君)のことも、どうしているかなどと絶えず思いやりなさるけれど、窮屈さばかりが増すご身分なので、お渡りになることはたいそう難しい。明石の君は、世の中をつまらなく憂いものと思い知った様子だが、どうしてそれほどまでに思うのだろう。気楽に出てきて、並一通りの暮らしはすまいと思っているのを、源氏は思い上がっているとはお思いになるものの、気の毒で、例の不断の御念仏にかこつけてお渡りになる。
住み慣れるにつれて、たいそうもの寂しい所の様子に、それほど深くない仲であっても、しみじみとした気持ちが加わるだろう。まして、お会い申し上げるにつけても、つらかったご縁の、さすがに浅くないことを思うと、かえって慰めがたい様子なので、源氏はなだめかねていらっしゃる。
たいそう木の茂った中から、篝火の光が、遣水の蛍のように見えるのも趣がある。源氏が「このような住まいに慣れていなかったら、珍しく思われたでしょうね」とおっしゃると、明石の君は「明石の浦で漁をしていた漁火が忘れられない篝火は、私のつらい身の上を乗せた浮舟を慕って、ここまでついて来たのでしょうか。思い違いをしてしまいます」と申し上げるので、源氏は「浅くない私の思いを知らないからでしょうか、やはり篝火の光のように、あなたの心は揺れ騒いでいるのですね。誰がつらくさせたのでしょう」と、言い返してお恨みになる。
だいたいにおいて、物静かにお過ごしになりたいと思うころなので、尊い仏事などにお心がとまって、いつもより何日もお過ごしになったので、明石の君も少しは気が紛れたのだろうか、ということだ。
意訳
源氏は、まだ色好みの癖が残っていることを反省する。斎宮女御は秋を好むと答えたことを悔やむが、源氏は素知らぬ顔で親らしく振る舞う。源氏は紫の上に、春秋の花を楽しむ遊びをしたいと語る。
源氏は大堰の明石の君を思いやり、不断の念仏を口実に訪れる。篝火が遣水の蛍のように見える中、源氏と明石の君は歌を交わし、源氏はしばらく大堰に滞在する。
語釈・文法注
- 不斷の御念佛
- 不断念仏。一定の期間、昼夜を問わず絶え間なく念仏を唱える法会。源氏は嵯峨の御堂で営む不断念仏を口実に、大堰を訪れた。
文法
- 過去推量の「けめ」(多くまさりけめど)
- 「ずっとまさっていただろうが」。「けむ」の已然形に「ど」が続く。
- 疑問の「や…けむ」(慕ひ來にけむ)
- 「ついて来たのでしょうか」。
和歌
いさりせしかげ忘られぬかゞり火は身のうきふねや慕ひ來にけむ
- 詠者
- 明石の君
- 状況
- 大堰の篝火を見て詠んだ歌。明石の浦で漁をしていた漁火が忘れられない篝火は、私のつらい身の上を乗せた浮舟を慕って、ここまでついて来たのでしょうか。
修辞
- 掛詞
- 「うきふね」に「浮舟」と「憂き」をかける。
淺からぬまたの思ひを知らねばや猶かゞり火のかげはさわげる
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 明石の君への返歌。浅くない私の思いを知らないからでしょうか、やはり篝火の光のように、あなたの心は揺れ騒いでいるのですね。
修辞
- 掛詞
- 「思ひ」の「ひ」に「火」をかける。
解説
源氏が自分の色好みを反省する場面は、源氏の内面の成長を示している。若い時の過ちと今の過ちを比べ、思慮深くあるべき年齢になったことを自覚する源氏の姿は、物語の主人公の変化を描いている。
大堰の篝火の場面は、明石の浦の漁火と重ね合わされ、明石の君の故郷への思いと、源氏への複雑な心情を表している。薄雲の巻は、藤壺の死という大きな喪失と、明石の君の静かな悲しみとで閉じられる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、366–369頁(コマ186–187)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日