源氏物語 第19帖 薄雲(9)
冷泉帝の煩悶
冷泉帝は、父院への申し訳なさや、実の父である源氏を臣下として仕えさせていることの畏れ多さに思い悩む。参内した源氏を見て、帝は涙をこぼす。式部卿宮も亡くなり、帝は世の騒がしさを嘆いて譲位をほのめかすが、源氏はいさめる。帝は、源氏と自分の顔がよく似ていることを改めて見つめ、秘密を確かめたいと思うが言い出せない。帝は学問に励んで和漢の書物を調べ、中国では帝の出生が乱れた例が多いが、日本にはないこと、一世の源氏が親王となり即位した例もあることを知り、源氏に位を譲ろうかと考える。

- 1上上うえははは夢夢ゆめのののやうやうようにににいみじきいみじきいみじき事事ことををを聞聞きこししし召召めしししててていろいろいろいろいろいろにににおぼしおぼしおぼし亂亂みだれれれさせさせさせ給給たまふふう。。。故院故院こいんののの御御おんためためためもももうしろめたくうしろめたくうしろめたくおとゞおとゞおとどのののかくかくかくたゞたゞただ人人ひとにてにてにて世世よににに仕仕つかへへえ給給たまふふうももも哀哀あわれにににかたじけなかりかたじけなかりかたじけなかりけるけるける事事こと、、、かたがたかたがたかたがた覺覺おぼししし惱惱なやみみみててて日日ひたくるたくるたくるまでまでまで出出いでででさせさせさせ給給たまははわねねねばばば
- 2かくかくかくなむなむなんととと聞聞きききき給給たまひひいててておとゞおとゞおとどももも驚驚おどろきききててて參參まいりりり給給たまへへえるるるををを御覽御覽ごらんずるずるずるにににつけつけつけてててもももいとゞいとゞいとど忍忍しのびびび難難がたくくく思思おぼしししめさめさめされれれててて御御おん淚淚なみだのののこぼれこぼれこぼれさせさせさせ給給たまひひいぬるぬるぬるををを、、、大方大方おおかた故故こ宮宮みやののの御御おん事事ことをををひるひるひるよよよなくなくなく思思おぼしししめしめしめしたるたるたる頃頃ころなれなれなればばばなめりなめりなめりととと見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
- 3そのそのその日日ひ式部卿式部卿しきぶきょうののの御子御子みこうせうせうせ給給たまひひいぬるぬるぬるよしよしよし奏奏そうするするするににに、、、いよいよいよいよいよいよ世世よののの中中なかののの騷騷さわがしきしきしきことことことををを歎歎なげきききおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。かゝるかゝるかかる頃頃ころなれなれなればばばおとゞおとゞおとどははは里里さとにににもももえええまかでまかでまかで給給たまははわでででつとつとつと侍侍さぶらひひい給給たまふふう。。。
- 4しめやかしめやかしめやかなるなるなる御御おん物語物語ものがたりのののついでついでついでににに「「「世世よはははつきつきつきぬるぬるぬるにににやややあらあらあらむむん、、、物物もの心心こころぼそくぼそくぼそく例例れいならならならぬぬぬ心地心地ここちのみのみのみなむなむなんするするするををを、、、天天あめののの下下したもももかくかくかく長閑長閑のどかならならならぬぬぬににに萬萬よろずあわたゞしくあわたゞしくあわただしくなむなむなん。。。故故こ宮宮みやのののおぼさおぼさおぼさむむん所所ところににによりよりよりてててこそこそこそよよよのののなかなかなかのののことことことももも思思おもひひい憚憚はばかりりりつれつれつれ今今いまははは心心こころ安安やすきききさまさまさまにてにてにてももも過過すぐさぐさぐさまほしくまほしくまほしくなむなむなん」」」ととと語語かたらひらひらい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 5「「「いといといとあるあるあるまじきまじきまじき御御おん事事ことなりなりなり。。。世世よののの靜靜しずかならならならぬぬぬ事事ことははは必必かならずずず政政まつりごとののの直直なおくくくゆがめゆがめゆがめるるるにににもももよりよりより侍侍はべらららずずず。。。さかしきさかしきさかしき世世よにににしもしもしもなむなむなん善善よからからからぬぬぬ事事ことどもどもどもゝゝも侍侍はべりりりけるけるける。。。聖聖ひじりののの帝帝みかどののの世世よにににももも橫橫よこざまざまざまののの亂亂みだれれれ出出いででで來來くるるることことこと唐土唐土もろこしにににももも侍侍はべりりりけるけるける。。。我我わががが國國くににににもももさささなむなむなん侍侍はべるるる。。。ましてましてましてことわりことわりことわりののの齡齡よわいどもどもどもののの、、、時時とき至至いたりりりぬるぬるぬるををを思思おぼししし歎歎なげくくくべきべきべき事事ことにににももも侍侍はべらららずずず」」」などなどなどすべてすべてすべて多多おおくくくのののことことことゞゞどもももををを聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 6片端片端かたわしまねぶまねぶまねぶもももいといといと傍傍かたわらいたしいたしいたしややや。。。常常つねよりよりよりももも黑黑くろききき御御おんよそひよそひよそいにににやつしやつしやつしたまへたまへたまえるるる御御おんかたちかたちかたち違違たがふふう所所ところなしなしなし。。。上上うえももも年頃年頃としごろ御御おん鏡鏡かがみにににもももおぼしおぼしおぼしよるよるよる事事ことなれなれなれどどど聞聞きこししし召召めしししゝゝしことことことののの後後のちははは又又またこまかこまかこまかににに見見み奉奉たてまつりりり給給たまひひいつゝつゝつつ殊殊ことにににいとゞいとゞいとど哀哀あわれににに思思おぼしししめさめさめさるれるれるればばば、、、
- 7いかでいかでいかでこのこのこの事事ことをををかすめかすめかすめ聞聞きこえええばやばやばやととと思思おぼせせせどどどさすがさすがさすがにににはしたなくはしたなくはしたなくももも思思おぼしししぬぬぬべきべきべき事事ことなれなれなればばば、、、若若わかききき御御おん心地心地ここちにににつゝましくつゝましくつつましくふとふとふともももえええうちうちうち出出いででで聞聞きこえええ給給たまははわぬぬぬ程程ほどははは唯唯ただ大方大方おおかたののの事事ことどもどもどもををを常常つねよりよりより殊殊ことににに懷懷なつかしうしうしゅう聞聞きこえええさせさせさせ給給たまひひい、、、うちうちうちかしこまりかしこまりかしこまり給給たまへへえるるる樣樣さまにてにてにていといといと御御おん氣色氣色けしきことことことなるなるなるををを、、、かしこきかしこきかしこき人人ひとののの御御おん目目めにににははは怪怪あやしししととと見見み奉奉たてまつりりり給給たまへへえどどど、、、いといといとかくかくかくさださたさださたさださたととと聞聞きこしししめしめしめしたらたらたらむむんとととはははおぼさおぼさおぼさゞりゞりざりけりけりけり。。。
- 8上上うえははは王命婦王命婦おうみょうぶににに委委くわしきしきしき事事こと問問とはははまほしうまほしうまほしゅう思思おぼしししめせめせめせどどど今今いま更更さらにににしかしかしか忍忍しのびびび給給たまひひいけむけむけん事事こと知知しりりりにににけりけりけりとととかのかのかの人人ひとにににももも思思おもははわれれれじじじ。。。唯唯ただおとゞおとゞおとどにににいかでいかでいかでほのめかしほのめかしほのめかし問問とひひい聞聞きこえええてててさきざきさきざきさきざきかゝるかゝるかかる事事ことののの例例れいはははありありありけむけむけんやややととと聞聞きかかかむむんとととぞぞぞおぼせおぼせおぼせどどど更更さらににに序序ついでもももなけれなけれなければばば
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現代語訳
帝は、夢のようなひどいことをお聞きになって、さまざまに思い乱れていらっしゃる。故院のためにも申し訳なく、大臣(源氏)がこのように臣下として世に仕えていらっしゃるのも、気の毒で畏れ多いことだったと、あれこれ思い悩みなさって、日が高くなるまでお出ましにならないので、
これこれだとお聞きになって、大臣も驚いて参内なさったのをご覧になるにつけても、いっそう堪えがたくお思いになって、御涙がこぼれておしまいになったのを、源氏は、だいたい故宮のことを昼夜となくお嘆きになっているころなので、そのためだろうと拝見なさる。
その日、式部卿の親王がお亡くなりになったと奏上するので、帝はいよいよ世の中の騒がしいことをお嘆きになった。このようなころなので、大臣は自邸にも退出なさらず、ずっとお仕えしていらっしゃる。
しんみりとしたお話のついでに、帝は「世の中は終わりになってしまうのだろうか。何となく心細く、いつもと違う気持ちばかりするのに、天下もこのように穏やかでないので、何もかも慌ただしいことだ。故宮がお思いになるだろうことを考えてこそ、世の中のことも遠慮してきたが、今は気楽な身の上で過ごしたいものだ」とお話しになる。
源氏は「とんでもないことです。世の中が穏やかでないことは、必ずしも政治が正しいか歪んでいるかによるものではございません。賢明な御代にこそ、よくないことも起こったものでございます。聖の帝の御代にも、思いがけない乱れが起こることは、中国にもございました。我が国でもそうでございます。まして、亡くなるのが当然の年齢の方々が、寿命が尽きたのをお嘆きになるべきことでもございません」などと、すべて多くのことを申し上げなさる。
その一端をまねて書くのも、たいそうきまりが悪いことだ。いつもより黒いご装束に身をやつしていらっしゃるご容貌は、帝と違うところがない。帝も、長年ご自分の鏡でもそうお思いになっていたことだけれど、お聞きになってからは、また細かくご覧になりながら、ことにいっそう哀れにお思いになるので、
どうにかしてこのことをほのめかし申し上げたいとお思いになるけれど、さすがに大臣がきまり悪くお思いになるにちがいないことなので、若いお心に気がひけて、すぐには言い出せないうちは、ただ一般のことなどを、いつもより格別に親しみ深くお話しになり、かしこまっていらっしゃるご様子で、たいそうご様子が違うのを、賢い源氏のお目には不審だと拝見なさるけれど、まさか、このようにはっきりとお聞きになっていようとはお思いにならなかった。
帝は、王命婦に詳しいことを尋ねたいとお思いになるけれど、今さら、あのように隠していらっしゃったことを知ってしまったと、その人にも思われたくない。ただ大臣に、何とかほのめかしてお尋ね申し上げて、昔、このようなことの例はあったのだろうかと聞こうとお思いになるけれど、まったく機会もないので、
いよいよご学問をなさりながら、さまざまな書物をご覧になると、中国では、公然とでもひそかにでも、乱れたことがたいそう多かった。日本には、まったくお見つけになれない。たとえあったとしても、このようにひそかにしていることを、どうして伝え知る方法があろうか。
一世の源氏が、また納言や大臣になった後に、さらに親王にもなり、位にもおつきになった例も、たくさんあった。帝は、源氏の人柄の賢さにことよせて、そのように位をお譲り申し上げようかなどと、さまざまにお思いになった。
意訳
冷泉帝は、父院への申し訳なさや、実の父である源氏を臣下として仕えさせていることの畏れ多さに思い悩み、参内した源氏を見て涙をこぼす。式部卿宮も亡くなり、帝は譲位をほのめかすが、源氏はいさめる。
帝は、源氏と自分の顔がよく似ていることを改めて見つめ、秘密を確かめたいと思うが言い出せない。帝は学問に励んで和漢の書物を調べ、一世の源氏が親王となり即位した例もあることを知り、源氏に位を譲ろうかと考える。
語釈・文法注
- 一世の源氏
- 天皇の子で、臣籍に下って源の姓を賜った者。源氏自身も一世の源氏である。光孝天皇の子で臣籍に下った源定省が、のちに親王に復して宇多天皇となった例などがある。
文法
- 反語の「いかでか…む」(いかでか傳へ知るやうのあらむ)
- 「どうして伝え知る方法があろうか、いや、ない」。
- 反実仮想の「まし」(さもや讓り聞えまし)
- 「そのように位をお譲り申し上げようか」。「や」と呼応して、ためらいを表す。
解説
冷泉帝は、秘密を知った後、源氏の顔を改めて見つめ、自分と瓜二つであることを確かめる。「御かたち違ふ所なし」という一文は、親子であることの動かぬ証拠として、読者にも強い印象を与える。
帝が和漢の書物を調べる場面は、帝の聡明さと真剣さを示している。帝は、源氏に位を譲ることで、実の父への孝を尽くそうとする。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、360–363頁(コマ183–184)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日