古典ライブラリー

源氏物語 第17帖 絵合(8)

須磨の絵日記

登場人物:光源氏・頭中将・蛍兵部卿宮・冷泉帝・藤壺・桐壺院

勝負がつかないまま夜になり、左方の最後に源氏の須磨の絵日記が出される。権中納言は動揺し、右方も最後に優れた絵を用意していたが、源氏が心を尽くして描いた須磨の絵には及ばない。帥宮をはじめ、人々は涙を流し、左方の勝ちとなる。明け方、源氏は帥宮に、故院から学問は深入りするなと戒められ、絵だけは心ゆくまで描きたいと思っていたと語る。帥宮は源氏の多才をたたえ、故院を思い出して泣く。

夜の清涼殿で、須磨の日々を描いた源氏の絵巻が広げられ、帥宮や人々が心を動かされながら見入る場面(AI生成)
夜の清涼殿で、須磨の日々を描いた源氏の絵巻が広げられ、帥宮や人々が心を動かされながら見入る場面
  1. 1定さだ定さださだめめめかねかねかねててて夜よ夜よよににに入い入いいりりりぬぬぬ。。。左ひだり左ひだりひだり猶なほ猶なほなお數かず數かずかずひとつひとつひとつあるあるあるはてはてはてににに須磨すま須磨すますまのののまきまきまきいでいでいできききたるたるたるににに、、、中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんののの御心みこころ御心みこころみこころさわぎさわぎさわぎにににけりけりけり。。。あなたあなたあなたにににももも心こころ心こころこころしししててて、、、はてはてはてののの卷まき卷まきまきははは心こころ心こころこころことことことにににすぐれすぐれすぐれたるたるたるをををえりえりえり置お置おおききき給たま給たまたまへへえるるるににに
  2. 2かゝるかゝるかかるいみじきいみじきいみじきものものものゝゝの上手じやうず上手じやうずじょうずののの心こころ心こころこころのののかぎりかぎりかぎり思おも思おもおもひひいすましすましすましててて靜しづか靜しづかしずかににに書か書かかききき給たま給たまたまへへえるるるははは譬たと譬たとたとふふうべきべきべきかたかたかたなしなしなし。。。みこみこみこよりよりより始はじ始はじはじめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりててて淚なみだ淚なみだなみだとゞめとゞめとどめ給たま給たまたまははわずずず。。。そのそのその世よ世よよににに心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるししし悲かな悲かなかなしししとととおぼしおぼしおぼしゝゝし程ほど程ほどほどよりよりよりももも、、、おはしおはしおわしけむけむけん有樣ありさま有樣ありさまありさま御心みこころ御心みこころみこころにににおぼしおぼしおぼしけむけむけん事こと事ことことどもどもども只今ただいま只今ただいまただいまのののやうやうようににに見み見みみゆゆゆ。。。
  3. 3所ところ所ところところのののさまさまさまおぼつかなきおぼつかなきおぼつかなき浦々うらうら浦々うらうらうらうら磯いそ磯いそいそののの隱かく隱かくかくれれれなくなくなく書か書かかきききあらはしあらはしあらわし給たま給たまたまへへえりりり。。。ののの手て手ててににに、、、かんなかんなかんなののの所々ところどころ所々ところどころところどころににに書か書かかきききまぜまぜまぜてててまほまほまほののの委くは委くはくわしきしきしき日記にき日記にきにきにににはははあらあらあらずずず。。。あはれあはれあわれなるなるなる歌うた歌うたうたなどなどなどもももまじれまじれまじれるるるたぐひたぐひたぐいゆかしうゆかしうゆかしゅう誰たれ誰たれたれもももことことことごとごとごとおぼさおぼさおぼさずずず。。。
  4. 4さまざまさまざまさまざまののの御おん御おんおん繪ゑ繪ゑえののの興きよう興きようきょうこれこれこれににに皆みな皆みなみなうつりうつりうつりはてゝはてゝはてて、、、あはれあはれあわれにににおもしろしおもしろしおもしろし。。。よろづよろづよろず皆みな皆みなみなおしおしおしゆづりゆづりゆずりててて左ひだり左ひだりひだりかつかつかつににになりなりなりぬぬぬ。。。
  5. 5夜よ夜よよ明あ明ああけけけ方がた方がたがた近ちか近ちかちかくくくなるなるなる程ほど程ほどほどににに物もの物ものものいといといとあはれあはれあわれにににおぼさおぼさおぼされれれててて御おん御おんおんかはらけかはらけかわらけなどなどなどまゐるまゐるまいるついでついでついでににに、、、昔むかし昔むかしむかしののの御おん御おんおん物語ものがたり物語ものがたりものがたりどもどもども出い出いいででで來き來ききててて、、、
  6. 6「「「いはけなきいはけなきいわけなき程ほど程ほどほどよりよりより學問がくもん學問がくもんがくもんににに心こころ心こころこころををを入い入いいれれれててて侍はべ侍はべはべりりりしししににに少すこ少すこすこしししもももざえざえざえなどなどなどつきつきつきぬぬぬべくべくべくややや御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじけむけむけん、、、院ゐん院ゐんいんののののののたまはせたまはせたまわせしししやうやうよう、、、才學さいがく才學さいがくさいがくととといふいふいうものものもの世よ世よよにににいといといと重おも重おもおもくくくするするするものものものなれなれなればばばにににやややあらあらあらむむん、、、いたういたういとう進すす進すすすすみみみぬるぬるぬる人ひと人ひとひとののの命いのち命いのちいのちさいはひさいはひさいわいととと並なら並ならならびびびぬるぬるぬるはははいといといとかたきかたきかたきものものものににになむなむなん、、、
  7. 7しなしなしなたかくたかくたかく生むま生むまうまれれれ、、、さらさらさらでででももも人ひと人ひとひとににに劣おと劣おとおとるるるまじきまじきまじき程ほど程ほどほどにてにてにてあながちあながちあながちにににこのこのこの道みち道みちみちななな深ふか深ふかふかくくく習なら習ならならひひいそそそととと、、、諫いさ諫いさいさめめめさせさせさせ給たま給たまたまひひいてててほんざいほんざいほんざいのののかたがたかたがたかたがたののの物もの物ものもの敎をし敎をしおしへへへさせさせさせ給たま給たまたまひひいしししににに、、、拙つたな拙つたなつたなきききことことこともももなくなくなくまたまたまたとりとりとり立た立たたてゝてゝててこのこのこの事こと事ことことととと心こころ心こころこころ得え得ええるるることことことももも侍はべ侍はべはべらららざりざりざりききき。。。
  8. 8繪ゑ繪ゑえ書か書かかくくくことことことのみのみのみをををなむなむなんあやしくあやしくあやしくはかなきはかなきはかなきものものものからからからいかにいかにいかにしししてててかかかははは心こころ心こころこころ行ゆ行ゆゆくくくばかりばかりばかり書か書かかきききててて見み見みみるるるべきべきべきととと思おも思おもおもふふうをりをりをりをりおりおり侍はべ侍はべはべりりりしししををを、、、おぼえおぼえおぼえぬぬぬ山やま山やまやまがつがつがつににになりなりなりてててよもよもよもののの海うみ海うみうみののの深ふか深ふかふかききき心こころ心こころこころををを見み見みみしししににに更さら更さらさらににに思おも思おもおもひひいよらよらよらぬぬぬ隈くま隈くまくまなくなくなくいたらいたらいたられれれにににしかしかしかどどど、、、
  9. 9筆ふで筆ふでふでののの行ゆ行ゆゆくくくかぎりかぎりかぎりありありありててて心こころ心こころこころよりよりよりははは事こと事ことことゆかゆかゆかずずずなむなむなん思おも思おもおもううう給たま給たまたまへへえられられられしししををを、、、ついでついでついでなくなくなく御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜさすさすさすべきべきべきならならならねねねばばばかうかうこうすきずきしきすきずきしきすきずきしきやうやうようなるなるなる後のち後のちのちののの聞きこ聞きこきこえええやややあらあらあらむむん」」」とととみこみこみこににに申まう申まうもうししし給たま給たまたまへへえばばば
  10. 10「「「何なに何なになにのののざえざえざえももも心こころ心こころこころよりよりよりはなちはなちはなちててて並なら並ならならぶぶぶべきべきべきわざわざわざならならならねねねどどど道々みちみち道々みちみちみちみちにににものものものゝゝの師し師ししありありあり、、、學まな學まなまなびびび所ところ所ところところあらあらあらむむんははは事こと事ことことののの深ふか深ふかふかさささ淺あさ淺あさあささささははは知し知ししらららねねねどどどおのづからおのづからおのずからうつさうつさうつさむむんにににあとあとあとありありありぬぬぬべしべしべし。。。
  11. 11筆ふで筆ふでふでとるとるとる道みち道みちみちととと碁ご碁ごごうつうつうつことことことゝゝとぞぞぞあやしうあやしうあやしゅうたましひたましひたましいののの程ほど程ほどほど見み見みみゆるゆるゆるををを、、、深ふか深ふかふかきききらうらうろうなくなくなく見み見みみゆるゆるゆるおれものおれものおれものもももさるべきさるべきさるべきにてにてにて、、、書か書かかききき打う打ううつつつたぐひたぐひたぐいももも出い出いいででで來く來くくれれれどどど、、、家いへ家いへいえののの子こ子ここののの中なか中なかなかにににははは猶なほ猶なほなお人ひと人ひとひとにににぬけぬけぬけぬるぬるぬる人ひと人ひとひとののの何事なにごと何事なにごとなにごとをををももも好この好このこのみみみ得え得ええけるけるけるとととぞぞぞ見み見みみえええたるたるたる。。。
  12. 12院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおんまへまへまえにてにてにてみこみこみこたちたちたち內親王ないしんわう內親王ないしんわうないしんのういづれいづれいずれかかかはははさまざまさまざまさまざまとりどりとりどりとりどりのののざえざえざえならはせならはせならわせ給たま給たまたまははわざりざりざりけむけむけん。。。そのそのその中なか中なかなかにににもももとりとりとり立た立たたてててたるたるたる御心みこころ御心みこころみこころににに入い入いいれれれててて傳つた傳つたつたへへえうけとらうけとらうけとらせせせ給たま給たまたまへへえるるるかひかひかいありありありててて、、、もんざんもんざんもんざんをををばばばさるさるさるものものものにににいはいはいわずずず、、、さらさらさらぬぬぬ事こと事ことことののの中なか中なかなかにににはははきんきんきん彈ひ彈ひひかかかせせせ給たま給たまたまふふうことことことなむなむなんいちいちいちのののざえざえざえにてにてにて、、、
  13. 13次つぎ次つぎつぎにににははは横笛よこぶえ横笛よこぶえよこぶえ琵琶びは琵琶びはびわ箏さう箏さうそうののの琴こと琴ことことをををなむなむなんつぎつぎつぎつぎつぎつぎににに習なら習ならならひひい給たま給たまたまへへえるるるととと、、、うへうへうえもももおぼしおぼしおぼしのののたまはせたまはせたまわせききき。。。世よ世よよののの人ひと人ひとひとしかしかしか思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええさせさせさせたるたるたるををを繪ゑ繪ゑえははは猶なほ猶なほなお筆ふで筆ふでふでのののついでついでついでにににすさびすさびすさびさせさせさせ給たま給たまたまふふうあだごとあだごとあだごとゝゝとこそこそこそ思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえしかしかしか。。。
  14. 14いといといとかうかうこうまさなきまさなきまさなきまでまでまで、、、古いにしへ古いにしへいにしえののの墨すみ墨すみすみかきかきかきののの上手じやうず上手じやうずじょうずともともとも跡あと跡あとあとをををくらうくらうくろうなしなしなしつつつべかべかべかめるめるめるはははかへりてかへりてかえりてけしからけしからけしからぬぬぬわざわざわざなりなりなり」」」ととと、、、うちうちうち亂みだ亂みだみだれれれ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいててて、、、ゑひゑひえいなきなきなきにににややや、、、院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん事こと事ことこと聞きこ聞きこきこえええ出い出いいでででゝゝて打う打ううちちちしほたれしほたれしおたれ給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

勝負が決まらないまま夜になった。左方がなお一番残っている最後に、須磨の巻が出てきたので、権中納言はお心が騒いだ。あちらでも心して、最後の巻は格別にすぐれたものを選んでおかれたのに、このようなすばらしい絵の名人が、心の限りを澄ませて静かにお描きになったものは、たとえようもない。帥の宮をはじめとして、人々は涙をとどめなさらない。

その当時、気の毒だ悲しいとお思いになった時よりも、源氏がお過ごしになったであろうご様子や、お心にお思いになったであろうことが、たった今のことのように見える。その土地の様子や、見知らぬ浦々や磯を、隠れなく描き表していらっしゃった。草仮名の書体に、平仮名を所々に書き交えて、きちんとした詳しい日記ではない。しみじみとした歌なども交じっているものは、続きが見たく、誰もほかのことは考えられない。さまざまの御絵の興趣が、すべてこれに移ってしまって、しみじみとおもしろい。万事これに譲って、左方の勝ちとなった。

夜明け方近くなるころに、何となくたいそうしみじみとお感じになって、お盃などをお召し上がりになるついでに、昔のお話などが出てきて、源氏は「幼いころから学問に心を入れておりましたが、少しは才学なども身につきそうだと院はご覧になったのでしょうか、院がおっしゃったことには、学問というものは世間でたいそう重んじられるものだからだろうか、ひどく深く進んだ人で、長寿と幸運とを兼ね備えた人はめったにいないものだ、

身分高く生まれ、そうでなくても人に劣るはずのない身分なのだから、むやみにこの道を深く習うなと、お戒めになって、学問以外のさまざまな芸事をお教えになりましたが、下手なこともなく、また、とりたててこれと会得したこともございませんでした。絵を描くことだけは、妙につまらないものながら、どうにかして心ゆくまで描いてみたいと思う折々がございましたが、

思いがけず山賤の身となって、四方の海の深い趣を見ましたので、まったく思い及ばない隈もなく知り尽くしましたが、筆の及ぶ限りがあって、心ほどには描けないと存じておりましたのを、機会もなくお目にかけるわけにもいかないので、このような物好きなことと、後で取りざたされるでしょうか」と帥の宮に申し上げなさると、

宮は「どんな芸も、心を込めずに上達できるものではありませんが、それぞれの道に師があり、学ぶ所があるものは、事の深さ浅さはともかく、自然とまねればそれらしくなるはずです。筆を執る道と碁を打つこととは、不思議に天分のほどが表れるもので、深く修練したとも見えない愚か者も、生まれつきで、上手に描いたり打ったりする者も出てきますが、名門の子の中では、やはり人に抜きん出た人が、何事も好んで上達するものと見えます。

院の御前で、親王たちや内親王たちは、誰がさまざまな芸をそれぞれお習いにならなかったでしょうか。その中でも、院がとりわけお心を入れて伝授し、あなたが受け継ぎなさったかいがあって、漢詩文は言うまでもなく、それ以外のことでは、七絃の琴をお弾きになることが第一の才で、次には横笛、琵琶、箏の琴を次々にお習いになったと、院もお思いになっておっしゃっていました。世間の人もそう思い申し上げていましたが、絵はやはり筆のついでに慰みになさる手すさびと思っておりました。

これほどもったいないまでに、昔の墨描きの名人たちも跡形もなくしてしまいそうなのは、かえってけしからぬことです」と、打ち解けて申し上げなさって、酔い泣きだろうか、故院のことを申し上げて、涙を流しなさった。

意訳

勝負がつかないまま夜になり、左方の最後に源氏の須磨の絵日記が出される。源氏が心を尽くして描いた須磨の浦々の絵に、人々は涙を流し、左方の勝ちとなる。

明け方、源氏は帥宮に、故院から学問に深入りするなと戒められ、絵だけは心ゆくまで描きたいと思っていたと語る。帥宮は源氏の多才をたたえ、故院を思い出して泣く。

語釈・文法注

さうの手
草仮名(そうがな)の書体。万葉仮名をくずした書体で、平仮名よりも漢字に近い形のもの。

文法

禁止の「な…そ」(この道な深く習ひそ)
「この道を深く習うな」。
過去推量の「けむ」(ならはせ給はざりけむ)
「お習いにならなかったでしょうか、いや、皆お習いになった」。反語の「か」と呼応する。

解説

須磨の絵日記が絵合の勝負を決める場面は、この巻のクライマックスである。源氏は、流謫の苦難という人生そのものを作品として差し出すことで、権中納言の財力による絵を圧倒する。

源氏が語る故院の教えは、才学が深すぎる者は長寿と幸運に恵まれないという考え方を示している。源氏は、この言葉を胸に、のちに夕霧の教育で学問を重んじる方針をとることになる。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、332–335頁(コマ169–170)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日