源氏物語 第17帖 絵合(7)
御前の絵合
日を定めて、帝の御前で絵合が催される。左(梅壺方)は紫檀の箱に赤色の童、右(弘徽殿方)は沈の箱に青色の童と、趣向を凝らして絵を運び入れる。源氏と権中納言が参上し、絵に造詣の深い帥宮(蛍兵部卿宮)が判者となる。名人たちの描いた絵はいずれも見事で、なかなか優劣がつかない。藤壺も朝餉の間の障子を開けてご覧になる。

- 1そのそのその日日ひととと定定さだめめめててて俄俄にわかなるなるなるやうやうようなれなれなれどどどをかしきをかしきおかしきさまさまさまにににはかなうはかなうはかのうしししなしなしなしてててひだりひだりひだり右右みぎののの御御おん繪繪えどもどもども參參まいらせらせらせ給給たまふふう。。。女房女房にょうぼうのののさぶらひさぶらひさぶらいにににおましおましおましよそはせよそはせよそわせててて北北きたみなみみなみみなみかたがたかたがたかたがたににに別別わかれれれてててさぶらふさぶらふさぶらう。。。殿上人殿上人てんじょうびとはははこうらうこうらうこうろうののの簀子簀子すのこににに各各おのおの心心こころよせよせよせつゝつゝつつさぶらふさぶらふさぶらう。。。
- 2左左ひだりははは紫檀紫檀したんののの箱箱はこににに蘇芳蘇芳すおうのののけそくけそくけそく、、、敷物敷物しきものにににははは紫地紫地むらさきじののの唐唐からののの錦錦にしき、、、うちしきうちしきうちしきはははえびえびえび染染ぞめのののからからからののの綺綺きなりなりなり。。。わらはわらはわらわ六人六人ろくにん赤色赤色あかいろににに櫻櫻さくらがさねがさねがさねのののかざみかざみかざみ、、、袖袖そでははは紅紅くれないににに藤藤ふじかさねかさねかさねののの織物織物おりものなりなりなり。。。すがたすがたすがた用意用意よういなどなどなどなべてなべてなべてならならならずずず見見みゆゆゆ。。。
- 3右右みぎはははぢんぢんじんののの箱箱はこににに淺香淺香せんこうののの下机下机したづくえ、、、うちしきうちしきうちしきははは靑地靑地あおじのののこまこまこまののの錦錦にしき、、、あしゆひあしゆひあしゆいののの組組くみけそくけそくけそくのののこゝろばへこゝろばへこころばえなどなどなどいといといといまめかしいまめかしいまめかし。。。わらはわらはわらわ靑色靑色あおいろににに柳柳やなぎのののかざみかざみかざみ、、、山吹山吹やまぶきがさねがさねがさねのののあこめあこめあこめ着着きたりたりたり。。。皆皆みなおまへおまへおまえにににかきかきかき立立たつつつ。。。上上うえののの女房女房にょうぼうまへまへまえしりへしりへしりえとととさうぞきさうぞきそうぞき分分わけけけたりたりたり。。。
- 4召召めしししありありありててて內內うちのののおとゞおとゞおとど權中納言權中納言ごんちゅうなごん參參まいりりり給給たまふふう。。。そのそのその日日ひそちそちそちのののももも參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。いといといとよしよしよしありありありててておはするおはするおわするなかなかなかににに繪繪えをををなむなむなんたてゝたてゝたてて好好このみみみ給給たまへへえばばばおとゞおとゞおとどのののしたしたしたにににすゝめすゝめすすめ給給たまへへえるるるやうやうようやややあらあらあらむむん。。。
- 5ことごとしきことごとしきことごとしき召召めしししにににはははあらあらあらででで殿上殿上てんじょうにににさぶらひさぶらひさぶらい給給たまふふうををを仰言仰言おおせごとありありありててておまへおまへおまえににに參參まいりりり給給たまふふう。。。このこのこの判判はん仕仕つこうううまつりまつりまつり給給たまふふう。。。いみじういみじういみじゅうげにげにげに書書かききき盡盡つくしししたるたるたる繪繪えどもどもどもありありあり。。。更更さらにににえええ定定さだめめめやりやりやり給給たまははわずずず。。。
- 6例例れいののの四季四季しきののの繪繪えももも古古いにしえののの上手上手じょうずどもどもどもののの面面おも白白しろききき事事ことどもどもどもををを選選えらびびびつゝつゝつつ筆筆ふでとゞこほらとゞこほらとどこおらずずず書書かきききながしながしながしたるたるたるさまさまさま譬譬たとへへえむむんかたかたかたなしなしなしととと見見みるるるににに紙繪紙繪かみえはははかぎりかぎりかぎりありありありててて山水山水さんすいのののゆたかゆたかゆたかなるなるなる心心こころばへばへばえをををえええ見見みせせせつくさつくさつくさぬぬぬものものものなれなれなればばば、、、
- 7唯唯ただ筆筆ふでのののかざりかざりかざり人人ひとののの心心こころににに作作つくりりり立立たてててられられられててて今今いまのののあさはかあさはかあさはかなるなるなるももも昔昔むかしののの跡跡あとにににはぢはぢはじなくなくなく賑賑にぎはゝしくはゝしくわわしくあなあなあなおもしろおもしろおもしろととと見見みゆるゆるゆるすぢすぢすじはははまさりまさりまさりててて、、、多多おおくくくののの爭爭あらそひひいどもどもども今日今日きょうはははかたがたかたがたかたがたににに興興きょうあるあるある事事ことどもどもども多多おおかりかりかり。。。
- 8朝朝あさがれひがれひがれいののの御御おんさうじさうじそうじををを開開あけけけててて中宮中宮ちゅうぐうもももおはしますおはしますおわします。。。深深ふかくくくしろしめししろしめししろしめしたらたらたらむむんととと思思おもふふうににに、、、おとゞおとゞおとどもももいといといといういういうにににおぼえおぼえおぼえ給給たまひひいててて所々所々ところどころののの判判はんどもどもども心心こころもとなきもとなきもとなき折々折々おりおりににに時々時々ときどきさしさしさしいらへいらへいらえ給給たまひひいけるけるける程程ほどあらまほしあらまほしあらまほし。。。
現代語訳
その日と定めて、急なようではあるけれど、趣のあるように簡略に設けて、左右の御絵を献上なさる。女房の詰所に玉座を設けて、北と南にそれぞれ分かれてお仕えする。殿上人は後涼殿の簀子に、それぞれ心を寄せる方についてお仕えする。
左は、紫檀の箱に蘇芳の花足の台、敷物には紫地の唐の錦、打敷は葡萄染めの唐の綺である。童女六人は、赤色の上に桜襲の汗衫、袖は紅に藤襲の織物である。姿も心づかいなども並々でなく見える。
右は、沈の箱に浅香の下机、打敷は青地の高麗の錦、脚結の組紐や花足の趣向などがたいそう当世風である。童女は青色に柳の汗衫、山吹襲の衵を着ている。皆、御前に絵箱を担ぎ並べる。帝付きの女房たちは、前と後ろとで装束を分けている。
お召しがあって、内大臣(源氏)と権中納言が参上なさる。その日は帥の宮(蛍兵部卿宮)も参上なさった。たいそう風雅な方でいらっしゃる中でも、とりわけ絵がお好きなので、大臣がひそかにお勧めになったのだろうか。
大げさなお召しではなく、殿上に控えていらっしゃったのを、帝の仰せがあって御前に参上なさる。この勝負の判者をお務めになる。本当にすばらしく描き尽くした絵がある。帥の宮はまったく判定がおできにならない。
例の四季の絵も、昔の名人たちがおもしろい題材を選んでは、筆も滞らずに描き流した様子はたとえようもないと見るけれど、紙絵は限りがあって、山水の豊かな趣を表しきれないものなので、
ただ筆の技巧や人の工夫によって作り立てられて、今の浅はかなものも、昔の名跡に恥じることなく、にぎやかで、ああおもしろいと見える点ではまさっていて、多くの勝負が、今日はどちらにも興趣のあることが多い。
朝餉の間の御障子を開けて、中宮(藤壺)もいらっしゃる。中宮は絵に深く通じていらっしゃるだろうと思うと、源氏の大臣もたいそう奥ゆかしく思われなさって、ところどころの判定が心もとない折々に、時々お言葉を添えなさるご様子は、理想的である。
意訳
日を定めて、帝の御前で絵合が催される。左右の方は、箱や敷物、童女の装束にまで趣向を凝らして絵を運び入れる。源氏と権中納言が参上し、絵に造詣の深い帥宮が判者となる。
名人たちの描いた絵はいずれも見事で、なかなか優劣がつかない。藤壺も朝餉の間の障子を開けてご覧になり、時々判定に言葉を添える。
語釈・文法注
- こうらう殿
- 後涼殿(こうろうでん)。清涼殿の西にある殿舎。
- そちの宮
- 帥宮(そちのみや)。大宰帥を兼ねる親王。源氏の弟で、のちの蛍兵部卿宮。風流人として知られる。
文法
- 疑問の「や…む」(すゝめ給へるやうやあらむ)
- 「お勧めになったのだろうか」。語り手の推量。
- 可能の「え…ず」(え定めやり給はず)
- 「判定がおできにならない」。
解説
御前の絵合は、平安時代の宮廷文化の華やかさを凝縮した場面である。絵を入れる箱、敷物、運ぶ童女の装束まで、左右それぞれの色彩の対比が細やかに描かれる。
判者に選ばれた帥宮は、源氏の弟で、絵の鑑識眼にすぐれた風流人である。源氏が裏で推薦したのではないかという語り手の推測は、この絵合が源氏の周到な準備のもとに行われたことを暗示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、330–333頁(コマ168–169)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日