源氏物語 第15帖 蓬生(5)
叔母の来訪
冬、源氏は故院のために盛大な御八講を営み、禅師の君もそれに召される。禅師は帰りに末摘花を訪ね、源氏の立派さを語って帰る。末摘花がいよいよ見捨てられたと思い始めたころ、叔母が立派な車で乗りつけ、侍従を迎えに来たと言って、末摘花を筑紫へ誘う。叔母は、源氏は今は紫の上以外に心を分けないから、荒れ屋敷に住む人を訪ねることはないと言い聞かせ、末摘花は泣く。

- 1冬冬ふゆににになりなりなり行行ゆくくくまゝまゝままにににいとゞいとゞいとどかきかきかきつかむつかむつかむかたかたかたなくなくなく悲悲かなしげしげしげにににながめながめながめすごしすごしすごし給給たまふふう。。。かのかのかの殿殿とのにににははは故院故院こいんののの御御おんためためためににに御御おん八講八講はっこう世世よののの中中なかゆすりゆすりゆすりてててししし給給たまふふう。。。殊殊ことににに僧僧そうなどなどなどはははなべてなべてなべてのののははは召召めさささずずず、、、ざえざえざえすぐれすぐれすぐれおこなひおこなひおこないにににしみしみしみ尊尊とうときききかぎりかぎりかぎりをををえらえらえらせせせ給給たまひひいけれけれければばばこのこのこのぜんじぜんじぜんじののの君君きみももも參參まいりりり給給たまへへえりりりけりけりけり。。。
- 2かへりかへりかえりざまざまざまににに立立たちちち寄寄よりりり給給たまひひいててて、、、「「「しかしかしかしかしかしか權大納言殿權大納言殿ごんだいなごんどのののの御御おん八講八講はっこうにににまゐりまゐりまいりててて侍侍はべりりりつるつるつるなりなりなり。。。いといといとかしこうかしこうかしこう生生いけけけるるる淨土淨土じょうどのののかざりかざりかざりににに劣劣おとらららずずずいかめしういかめしういかめしゅうおもしろきおもしろきおもしろき事事ことどもどもどものののかぎりかぎりかぎりをををなむなむなんししし給給たまひひいつるつるつる。。。
- 3佛佛ほとけ菩薩菩薩ぼさつのののへんぐゑへんぐゑへんげののの身身みにににこそこそこそものものものししし給給たまふふうめれめれめれ、、、いつゝいつゝいつつののの深深ふかききき世世よににになどなどなどててて生生うまれれれ給給たまひひいけむけむけん」」」ととといひいひいいてててやがてやがてやがて出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。ことずくなことずくなことずくなににに世世よののの人人ひとににに似似にぬぬぬ御御おんあはひあはひあわいにてにてにてかひかひかいなきなきなき世世よののの物語物語ものがたりをををだにだにだにえええ聞聞きこえええ合合あわせせせ給給たまははわずずず。。。
- 4さてもさてもさてもかばかりかばかりかばかりつたなきつたなきつたなき身身みのののありさまありさまありさまをををあはれあはれあわれににに覺束覺束おぼつかなくなくなくてててすぐしすぐしすぐし給給たまふふうははは心心こころうううののの佛佛ほとけ菩薩菩薩ぼさつやややとととつらうつらうつろう覺覺おぼゆるゆるゆるををを、、、げにげにげに限限かぎりなめりなめりなめりとととやうやうやうやうようよう思思おもひひいなりなりなり給給たまふふうににに、、、大貳大貳だいにののの北北きたののの方方かた俄俄にわかににに來來きたれたれたれりりり。。。
- 5例例れいはははさしもさしもさしもむつびむつびむつびぬぬぬををを、、、さそひさそひさそい立立たてててむむんのののこゝろこゝろこころにてにてにて奉奉たてまつるるるべきべきべき御御おんさうぞくさうぞくそうぞくなどなどなどてうじてうじちょうじてててよきよきよき車車くるまににに乘乘のりりりててておもゝちおもゝちおももち氣色氣色けしきほこりかほこりかほこりかににに物思物思ものおもひひいなげなげなげなるなるなるさまさまさましししてててゆくりもなくゆくりもなくゆくりもなく走走はしりりり來來きてててかどかどかどあけあけあけさするさするさするよりよりより人人ひとわるくわるくわるくさびしきさびしきさびしき事事ことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。
- 6左右左右そうののの戶戶ともももよろぼひよろぼひよろぼい倒倒たおれれれにににけれけれければばばをのこをのこおのこどもどもども助助たすけけけてててとかくとかくとかくあけあけあけさわぐさわぐさわぐ。。。いづれいづれいずれかかかこのこのこの淋淋さびしきしきしき宿宿やどにににももも必必かならずずずわけわけわけたるたるたる跡跡あとあああなるなるなる三三みつつつのののとととたどるたどるたどる。。。
- 7僅僅わずかにににみなみみなみみなみおもておもておもてののの格子格子こうしあけあけあけたるたるたるまままににに寄寄よせせせたれたれたればばば、、、いとゞいとゞいとどはしたなしはしたなしはしたなしとととおぼしおぼしおぼしたれたれたれどどどあさましうあさましうあさましゅうすゝけすゝけすすけたるたるたる几帳几帳きちょうさしさしさし出出いでででゝゝて侍從侍從じじゅう出出いででで來來きたりたりたり、、、かたちかたちかたちなどなどなど衰衰おとろへへえにににけりけりけり。。。年年としごろごろごろいたういたういとうつひえつひえついえたれたれたれどどどなほなほなおものものもの淸淸きよげげげににによしよしよしあるあるあるさまさまさましししててて、、、かたじけなくかたじけなくかたじけなくともともともとりとりとりかへかへかえつつつべくべくべくみゆみゆみゆ。。。
- 8「「「出出いででで立立たちちちなななむむん事事ことををを思思おもひひいながらながらながら、、、心苦心苦こころぐるしきしきしき御御おんありさまありさまありさまののの見見みすてすてすて奉奉たてまつりりりがたきがたきがたきををを侍從侍從じじゅうののの迎迎むかえににになむなむなん參參まいりりり來來きたるたるたる。。。心心こころうううくくく思思おぼししし隔隔へだててて給給たまひひいててて御御おんみづからみづからみずからこそこそこそあからさまあからさまあからさまにににももも渡渡わたらららせせせ給給たまははわねねね、、、このこのこの人人ひとをををだにだにだに許許ゆるさささせせせ給給たまへへえとととてててなむなむなん、、、などなどなどかうかうこうあはれげあはれげあわれげなるなるなるさまさまさまにににははは」」」とととてててうちうちうちももも泣泣なくくくべきべきべきぞぞぞかしかしかし。。。されどされどされど行行ゆくくく道道みちににに心心こころをををやりやりやりててていといといとこゝちよげこゝちよげここちよげなりなりなり。。。
- 9「「「故故こ宮宮みやおはせおはせおわせししし時時ときおのれおのれおのれをををばばばおもてぶせおもてぶせおもてぶせなりなりなりとととおぼしおぼしおぼし捨捨すてててたりたりたりしかしかしかばばばうとうとしきうとうとしきうとうとしきやうやうようににになりなりなりそめそめそめにににしかしかしかどどど、、、年年としごろごろごろももも何何なにかかかはははやんごとなきやんごとなきやんごとなきさまさまさまにににおぼしおぼしおぼしあがりあがりあがり、、、大將殿大將殿だいしょうどのなどなどなどおはしましおはしましおわしまし通通かよふふう御御おん宿世宿世すくせののの程程ほどををを、、、かたじけなくかたじけなくかたじけなく思思おもひひい給給たまへへえられられられしかしかしかばばばなむなむなん、、、むつびむつびむつび聞聞きこえええさせさせさせむむんももも憚憚はばかるるることことこと多多おおくくくててて過過すぐしぐしぐし侍侍はべりりりつるつるつるををを、、、
- 10世世よののの中中なかのののかくかくかくさだめさだめさだめもももなかりなかりなかりけれけれければばばかずかずかずならならならぬぬぬ身身みはははなかなかなかなかなかなか心心こころ安安やすくくく侍侍はべるるるものものものなりなりなりけりけりけり。。。およびなくおよびなくおよびなく見見み奉奉たてまつりりりししし御御おんありさまありさまありさまのののいといといと悲悲かなしくしくしく心苦心苦こころぐるしきしきしきををを、、、近近ちかきききほどほどほどはははおのづからおのづからおのずから怠怠おこたるるるをりをりおりももものどかのどかのどかにににたのもしくたのもしくたのもしくなむなむなん侍侍はべりりりけるけるけるををを、、、かくかくかく遙遙はるかににに罷罷まかりりりなななむむんとととすれすれすればばばうしろめたくうしろめたくうしろめたくあはれあはれあわれにににおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう」」」などなどなど語語かたらへらへらえどどど心心こころとけとけとけてててもももいらへいらへいらえ給給たまははわずずず。。。
- 11「「「いといといとうれしきうれしきうれしきことことことなれなれなれどどど世世よににに似似にぬぬぬさまさまさまにてにてにて何何なにかかかははは、、、かうかうこうながらながらながらこそこそこそ朽朽くちちちもももうせうせうせめめめとととなむなむなん思思おもひひい侍侍はべるるる」」」とととのみのみのみののの給給たまへへえばばば「「「げにげにげにしかしかしかなむなむなんおぼさるおぼさるおぼさるべけれべけれべけれどどど、、、生生いけけけるるる身身みををを捨捨すてゝてゝててかくかくかくむくつけきむくつけきむくつけきすまひすまひすまいするするするたぐひたぐひたぐいははは侍侍はべらららずずずやややあらあらあらむむん。。。
- 12大將殿大將殿だいしょうどののののつくりつくりつくりみがきみがきみがき給給たまははわむむんにににこそこそこそははは引引ひきききかへかへかえ玉玉たまのののうてなうてなうてなにににもももなりなりなりかへらかへらかえらめめめとととはははたのもしうたのもしうたのもしゅうははは侍侍はべれれれどどど、、、只今只今ただいまははは兵部卿兵部卿ひょうぶきょうののの宮宮みやののの御御おんむすめむすめむすめよりよりよりほかほかほかににに心心こころわけわけわけ給給たまふふうかたかたかたもももなかりなかりなかりけりけりけり。。。昔昔むかしよりよりよりすきずきしきすきずきしきすきずきしき御心御心みこころにてにてにてなほざりなほざりなおざりににに通通かよひひい給給たまひひいけるけるけるところどころところどころところどころ皆皆みなおぼしおぼしおぼし離離はなれれれにににたなりたなりたなり。。。
- 13ましてましてましてかうかうこう物物ものはかなきはかなきはかなきさまさまさまにてにてにて藪原藪原やぶはらにににすぐしすぐしすぐし給給たまへへえるるる人人ひとをををばばば、、、心心こころ淸淸きよくくく我我わををを賴賴たのみみみ給給たまへへえるるるありさまありさまありさまととと尋尋たずねねねきこえきこえきこえ給給たまふふうことことこといといといと難難かたくくくなむなむなんあるあるあるべきべきべき」」」などなどなど言言いひひい知知しらするらするらするをををげにげにげにとととおぼすおぼすおぼすもももいといといと悲悲かなしくしくしくてててつくづくつくづくつくづくととと泣泣なききき給給たまふふう。。。
現代語訳
冬になってゆくにつれて、末摘花はいっそうすがるところもなく、悲しそうに物思いにふけって過ごしていらっしゃる。あちらの源氏の殿では、故院のために御八講を、世の中が大騒ぎするほど盛大に催しなさる。とりわけ僧などは並の者はお召しにならず、学才にすぐれ、修行を積んだ尊い者だけをお選びになったので、この禅師の君も参上していらっしゃった。
帰りがけに末摘花のもとにお立ち寄りになって、「これこれで、権大納言殿の御八講に参っておりました。たいそうすばらしく、生きた浄土の飾りにも劣らず、盛大で趣のある限りを尽くしておいででした。仏や菩薩の化身でいらっしゃるようだ。どうして五濁の深い世にお生まれになったのだろう」と言って、そのままお帰りになった。言葉少なで、世間の人に似ない兄妹の間柄なので、つまらない世間話さえ申し交わしなさらない。
それにしても、これほどつたない身の上を、気の毒にも気がかりにも思わずに過ごしていらっしゃるとは、情けない仏や菩薩だと、つらく思われるが、本当にもうおしまいなのだろうと、末摘花はだんだんお思いになってゆくうちに、大弐の北の方が急にやって来た。
いつもはそれほど親しくもしないのに、誘い出そうという気持ちで、差し上げるはずのご装束などを用意して、立派な車に乗って、顔つきや様子も得意げに、物思いもなさそうな様子で、いきなり乗りつけて、門を開けさせるところから、見苦しく寂しいことはこの上ない。左右の門の扉もよろけて倒れてしまっていたので、下男たちが手伝って、あれこれと開けようと騒ぐ。この寂しい宿にも必ず踏み分けた跡があるという三つの道はどれかと、たどって進む。
わずかに南面の格子を上げてある間に車を寄せると、末摘花はいっそうきまりが悪いとお思いになったが、ひどくすすけた几帳を差し出して、侍従が出てきた。容貌などは衰えてしまった。長年たいそうやつれてしまったけれど、やはりどこかこぎれいで、品のよい様子をしていて、畏れ多いことながら、姫君と取り替えたいほどに見える。
叔母は「出立しようと思いながら、お気の毒なご様子を見捨て申し上げにくいので、侍従を迎えにまいりました。情けなくもお隔てになって、ご自身はちょっとでもおいでくださいませんが、せめてこの人だけでもお許しくださいと思いまして。どうしてこうも哀れなご様子で」と言って、泣いてみせるのが当然なのだが、行く先の旅路に心をはずませて、たいそう気分がよさそうである。
「故宮がいらっしゃった時、私を恥さらしだと見捨てなさったので、疎遠になりはじめましたが、長年も、何の、高貴なご様子でお高くとまり、大将殿などがお通いになるご宿運のほどを、畏れ多く存じましたので、親しくさせていただくのも遠慮することが多くて過ごしておりましたが、世の中はこのように定めないものでしたので、人数にも入らない身は、かえって気楽なものでございました。及びもつかないと拝見していたご様子が、たいそう悲しくお気の毒なので、近くにおります間は、自然と怠る折もあっても安心で頼もしく思っておりましたが、こうして遠くへ下ろうとすると、気がかりでお気の毒に思われます」などと話すけれど、末摘花は打ち解けてもお答えにならない。
「たいそううれしいことですが、世間並みでない身で、どうして。このままで朽ち果てようと思っております」とだけおっしゃるので、叔母は「本当にそうお思いになるのももっともですが、生きている身を捨てて、このように気味の悪い住まいをする例はございませんでしょう。大将殿が手入れして磨き立ててくださるなら、打って変わって玉の御殿にもなり変わるだろうと頼もしくはございますが、今は兵部卿の宮の御娘(紫の上)よりほかに、心をお分けになる方もないのです。昔から浮気なご性分で、いいかげんにお通いになっていたあちこちの所は、皆お見捨てになってしまったそうです。まして、こうも頼りない様子で藪原に過ごしていらっしゃる人を、操正しく自分を頼りにしてくれていた様子だと、お訪ねになることは、たいそう難しいことでしょう」などと言い聞かせるのを、末摘花は、本当にそうだとお思いになるのもたいそう悲しくて、しみじみとお泣きになる。
意訳
冬、源氏は故院のために盛大な御八講を営み、召された禅師の君は、帰りに末摘花を訪ねて源氏の立派さを語る。末摘花は、いよいよ見捨てられたと思い始める。
そこへ叔母が立派な車で乗りつけ、侍従を迎えに来たと言って、末摘花を筑紫へ誘う。叔母は、源氏は今は紫の上以外に心を分けないから、荒れ屋敷に住む人を訪ねることはないと言い聞かせる。末摘花はそれを聞いて泣く。
語釈・文法注
- いつゝのにごり
- 五濁(ごじょく)。末世に起こる五つの汚れ。劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁をいう。
- 三つのみち
- 漢の蒋詡が庭に三つの小道を作り、友人だけを通わせたという故事による。隠者の住まいの庭の道をいう。
文法
- 「こそ…ね、」の逆接(御みづからこそ…渡らせ給はね、)
- 「ご自身はおいでくださいませんが」。「こそ」の結びの已然形「ね」で文が続き、逆接となる。
- 推定の「なり」(おぼし離れにたなり)
- 「お見捨てになってしまったそうだ」。「にたるなり」の撥音便「にたんなり」の撥音を表記しない形。伝聞を表す。
解説
禅師の君が語る源氏の御八講の盛大さは、末摘花の困窮とあざやかな対照をなす。兄妹でありながら世間話さえ交わさない二人の姿は、世間からかけ離れた常陸宮家の古風さを示している。
叔母の来訪の場面は、ユーモアを交えて描かれる。崩れかけた門を下男たちがこじ開けて車を入れる様子や、悲しむべき場面で得意げな叔母の態度は、滑稽でありながら、末摘花の孤独を際立たせている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、310–313頁(コマ158–159)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日