源氏物語 第15帖 蓬生(2)
古風な暮らしと禅師の君
末摘花を訪れるのは、兄の禅師の君くらいだが、この人も世離れした聖で、庭の草を払おうとも思わない。浅茅や蓬は軒を争って生い茂り、廊は倒れ、垣は崩れて牛馬の通り道となる。盗人さえ寄りつかない荒れ屋敷の中で、末摘花は昔のままの寝殿に住み、古い物語の絵や古歌を眺めて、古風に暮らしている。

- 1はかなきはかなきはかなきことことことにてにてにてもももとぶらひとぶらひとぶらい聞聞きこゆるゆるゆる人人ひとはははなきなきなき御身御身おんみなりなりなり。。。唯唯ただ御御おんせうとせうとしょうとのののののの君君きみばかりばかりばかりぞぞぞ稀稀まれにににももも京京きょうににに出出いででで給給たまふふう時時ときはははさしさしさし覗覗のぞききき給給たまへへえどどど、、、それそれそれももも世世よににになきなきなきふるめきふるめきふるめき人人ひとにてにてにて同同おなじきじきじき法師法師ほうしととといふいふいう中中なかにににもももたづきたづきたずきなくなくなくこのこのこの世世よををを離離はなれれれたるたるたるひじりひじりひじりにににものものものししし給給たまひひいててて、、、しげきしげきしげき草草くさよもぎよもぎよもぎをををだにだにだにかきかきかきはらははらははらわむむんものものものとととももも思思おもひひいよりよりより給給たまははわずずず。。。
- 2かゝるかゝるかかるまゝまゝままにににあさぢあさぢあさじははは庭庭にわののの面面おもももも見見みえええずずずしげりしげりしげりよもぎよもぎよもぎははは軒軒のきををを爭爭あらそひひいててて生生おひひいのぼるのぼるのぼるむぐらむぐらむぐらはははにしにしにしひんがしひんがしひんがしのののみかどみかどみかどををを閉閉とぢぢじ籠籠こめめめたるたるたるぞぞぞ賴賴たのもしけれもしけれもしけれどどど、、、崩崩くずれれれがちがちがちなるなるなるめぐりめぐりめぐりののの垣垣かきををを馬馬うま牛牛うしなどなどなどののの蹈蹈ふみみみならしならしならしたるたるたる路路みちにてにてにて、、、春春はる夏夏なつににになれなれなればばばはなちはなちはなちかふかふかうあげまきあげまきあげまきののの心心こころさへさへさへぞぞぞめざましきめざましきめざましき。。。
- 3はつきはつきはつき野分野分のわき荒荒あらかりかりかりししし年年とし廊廊ろうどもどもどもゝゝも倒倒たおれれれ伏伏ふししししもしもしもののの屋屋やどもどもどものののはかなきはかなきはかなきいたぶきいたぶきいたぶきなりなりなりしししなどなどなどははは骨骨ほねのみのみのみ僅僅わずかににに殘殘のこりりりててて立立たちちちとまるとまるとまるげすげすげすだにだにだになしなしなし。。。煙煙けぶり絕絕たえええてててあはれあはれあわれにににいみじきいみじきいみじき事事こと多多おおかりかりかり。。。
- 4ぬすびとぬすびとぬすびとなどなどなどいふいふいうひたぶるひたぶるひたぶる心心こころあるあるあるものものものももも思思おもひひいやりやりやりののの寂寂さびしけれしけれしければばばにににややや、、、このこのこの宮宮みやをををばばばふようふようふようのののものものものにににふみふみふみすぎすぎすぎててて寄寄よりりり來來こざりざりざりけれけれければばばかくかくかくいみじきいみじきいみじきのらやぶのらやぶのらやぶなれなれなれどもどもどもさすがさすがさすがににに寢殿寢殿しんでんののの內內うちばかりばかりばかりはははありありありししし御御おんしつらひしつらひしつらい變變かわらららずずず、、、つやゝかつやゝかつややかにににかいかいかいはきはきはきなどなどなどするするする人人ひともももなしなしなし。。。ちりちりちりははは積積つもれれれどもどもどもまぎるゝまぎるゝまぎるることことことなきなきなきうるはしきうるはしきうるわしき御御おんすまひすまひすまいにてにてにてあかしあかしあかし暮暮くらししし給給たまふふう。。。
- 5はかなきはかなきはかなき古歌古歌ふるうた物語物語ものがたりなどなどなどやうやうようのののすさびすさびすさびごとごとごとにてにてにてこそこそこそつれづれつれづれつれずれをををももも紛紛まぎらはしらはしらわし、、、かゝるかゝるかかるすまひすまひすまいをををももも思思おもひひい慰慰なぐさむるむるむるわざわざわざなめれなめれなめれ。。。さやうさやうさようののの事事ことにににももも心心こころ遲遲おそくくく物物ものししし給給たまふふう。。。
- 6わざとわざとわざとこのましからこのましからこのましからねねねどどどおのづからおのづからおのずから又又また急急いそぐぐぐことことことなきなきなき程程ほどははは同同おなじじじ心心こころなるなるなる文文ふみ通通かよはしはしわしなどなどなどもももうちうちうちしししてててこそこそこそ若若わかききき人人ひとははは木木き草草くさにににつけつけつけてててももも心心こころををを慰慰なぐさめめめ給給たまふふうべけれべけれべけれどどど、、、親親おやのののもてもてもてかしづきかしづきかしずき給給たまひひいししし御御おん心心こころおきておきておきてのののまゝまゝままににに世世よののの中中なかをををつゝましきつゝましきつつましきものものものにににおぼしおぼしおぼしててて稀稀まれにににももも事事こと通通かよひひい給給たまふふうべきべきべき御御おんあたりあたりあたりをををももも更更さらににに馴馴なれれれ給給たまははわずずず。。。
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- 8古歌古歌ふるうたとととてててもももをかしきをかしきおかしきやうやうようにににえりえりえり出出いででで題題だいをををもももよみびとよみびとよみびとをををもももあらはしあらはしあらわし心心こころ得得えたるたるたるこそこそこそ見見み所所どころもももありありありけれけれけれ。。。うるはしきうるはしきうるわしきかんやがみかんやがみかんやがみ、、、みちのくにがみみちのくにがみみちのくにがみなどなどなどのののふくだめふくだめふくだめるるるにににふることふることふることゞゞどもももののの目目め馴馴なれれれたるたるたるなどなどなどはははいといといとすさまじげすさまじげすさまじげなるなるなるををを、、、せめてせめてせめてながめながめながめ給給たまふふう折々折々おりおりはははひきひきひきひろげひろげひろげ給給たまふふう。。。
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現代語訳
ちょっとしたことでもお見舞い申し上げる人はいない御身である。ただ兄君の禅師の君だけが、まれに京にお出になる時には顔をお出しになるけれど、その方も世にまたとない古風な人で、同じ法師という中でも、世渡りの手立てもなく、この世を離れた聖でいらっしゃって、生い茂った草や蓬をせめて払いのけようとも思いつきなさらない。こうしているうちに、浅茅は庭の面も見えないほど茂り、蓬は軒と高さを争って伸び上がり、葎は西や東の門を閉じ込めているのは頼もしいけれど、崩れがちな周りの垣を、馬や牛などが踏みならした道になって、春や夏になると、放し飼いにする牧童の心までが不愉快である。
八月に野分が激しかった年に、渡り廊下なども倒れ伏し、下屋どもの粗末な板葺きだったものなどは、骨組みだけがわずかに残って、とどまる下人さえいない。炊事の煙も絶えて、哀れでひどいことが多い。盗人などという乱暴な心の者も、見るからに寂しいからだろうか、この宮を無用のものとして素通りして寄ってこなかったので、このようにひどい野原や藪のようではあるが、さすがに寝殿の中だけは、昔のままのお部屋のしつらえが変わらず、きれいに掃除などをする人もいない。塵は積もっているけれども、乱れることのない端正なお住まいで、明かし暮らしていらっしゃる。
つまらない古歌や物語などのような慰みごとでこそ、所在なさも紛らわし、こうした住まいも思い慰めることができるだろう。そうしたことにも、末摘花はうとくていらっしゃる。わざわざ好むというわけではなくても、自然と、ほかに急ぐこともない時には、気の合う人と手紙のやりとりなどもしてこそ、若い人は木や草につけても心を慰めなさるものだが、親が大切にお育てになったお心づもりのままに、世の中を気がねなものとお思いになって、まれにもお便りを交わしてよいはずの方々とも、まったく親しくなさらない。
古めかしい御厨子を開けて、『唐守』『藐姑射の刀自』『かぐや姫の物語』などの絵に描いたものを、時々の慰みものにしていらっしゃる。古歌といっても、趣のあるように選び出して、題も詠み人も明らかにして、意味がわかっているものこそ見どころもあるのだが、きちんとした紙屋紙や陸奥紙などのけば立ったものに、ありふれた古歌の見慣れたものなどが書いてあるのは、たいそう興ざめなものだが、ひどく物思いにふけりなさる折々には、それを広げなさる。今の世の人がするような、経を読んだり勤行したりなどということは、たいそう恥ずかしがりなさって、見申し上げる人もいないのに、数珠なども手に取りなさらない。このように、きちんと端正に暮らしていらっしゃった。
意訳
末摘花を訪れるのは、世離れした兄の禅師の君くらいである。邸は浅茅や蓬が生い茂り、廊は倒れ、垣は崩れて牛馬の通り道となる。盗人さえ寄りつかない荒れ屋敷だが、寝殿の中だけは昔のままである。
末摘花は、人と文を交わすこともなく、古い物語の絵や古歌を眺めて暮らす。経を読んだり数珠を手にしたりすることも恥ずかしがる、古風で端正な暮らしぶりである。
語釈・文法注
- ぜんじの君
- 禅師の君。末摘花の兄で、醍醐寺の阿闍梨とされる。末摘花の巻にも登場する。
文法
- 「こそ…けれ」の逆接(閉ぢ籠めたるぞ賴もしけれど)
- 「閉じ込めているのは頼もしいけれど」。葎が門をふさいで、人の出入りを防いでいるのを皮肉にいう。
- 「こそ…べけれど」(心を慰め給ふべけれど)
- 「心を慰めなさるものだが」。「こそ」の結びの已然形「べけれ」に「ど」が続き、逆接となる。
解説
荒れ果てた常陸宮邸の描写は、巻名「蓬生」の由来となっている。浅茅・蓬・葎は荒れた宿の象徴として和歌に詠まれる景物で、この巻ではそれが具体的に、時にはユーモラスに描かれる。
末摘花の古風な暮らしぶりは、語り手によって半ばからかうように描かれる。しかし、塵は積もっても乱れることのない寝殿の様子は、時流に流されない彼女の生き方を象徴している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、306–309頁(コマ156–157)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日