源氏物語 第14帖 澪標(9)
住吉詣でと明石の君
その秋、源氏は願ほどきのため、盛大な行列を整えて住吉に参詣する。ちょうど同じ日、明石の君も例年の参詣に船で来合わせる。明石の君は、渚に満ちる華やかな一行を見て、それが源氏の参詣と知り、我が身の程を思い知らされる。かつての供人たちが晴れやかに出世し、夕霧が童随身を従えて大切にされているのを見るにつけ、明石の君は姫君の不遇を嘆き、参詣を果たさずに難波へ漕ぎ去る。

- 1そのそのその秋秋あき住吉住吉すみよしににに詣詣もうででで給給たまふふう。。。願願がんどもどもども果果はたししし給給たまふふうべけれべけれべければばばいかめしきいかめしきいかめしき御御おんありきありきありきにてにてにて世世よののの中中なかゆすりゆすりゆすりててて上達部上達部かんだちめ殿上人殿上人てんじょうびとわれわれわれもももわれわれわれもももととと仕仕つこううう奉奉まつりりり給給たまふふう。。。
- 2折折おりしもしもしもかのかのかの明石明石あかしののの人人ひと年年としごとごとごとののの例例れいののの事事ことにてにてにて仕仕つこうううまつるまつるまつるををを、、、こぞこぞこぞことしことしことしさはるさはるさわることことことありありありててて怠怠おこたりりりけるけるけるかしこまりかしこまりかしこまりとりとりとり重重かさねねねててて思思おもひひい立立たちちちけりけりけり。。。船船ふねにてにてにてまうでまうでもうでたりたりたり。。。
- 3岸岸きしにににさしさしさし着着つくるくるくるほどほどほど、、、見見みれれればばばのゝしりのゝしりののしりててて詣詣もうででで給給たまふふう人人ひとのののけはひけはひけわいなぎさなぎさなぎさににに滿滿みちちちててていつくしきいつくしきいつくしきかんだからかんだからかんだからをををもてもてもて續續つづけけけたりたりたり。。。がくがくがく人人にんさうぞくさうぞくそうぞくをををとゝのへとゝのへととのえかたちかたちかたちををを選選えらびびびたりたりたり。。。
- 4「「「たたたがががまうでまうでもうで給給たまへへえるるるぞぞぞ」」」ととと問問とふふうめれめれめればばば「「「內大臣內大臣ないだいじんどのどのどのゝゝの御御おん願願がんはたしはたしはたしにににまうでまうでもうで給給たまふふうををを知知しらららぬぬぬ人人ひともももありありありけりけりけり」」」とととてててはかなきはかなきはかなき程程ほどのののげすげすげすだにだにだに心地心地ここちよげよげよげにににうちうちうち笑笑わらふふう。。。げにげにげにあさましうあさましうあさましゅう月日月日つきひもももこそこそこそあれあれあれ、、、なかなかなかなかなかなかこのこのこの有樣有樣ありさまををを遙遙はるかににに見見み奉奉たてまつるるるににに身身みののの程程ほど口惜口惜くちおしうしうしゅうおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 5さすがさすがさすがにににかけかけかけ離離はなれれれ奉奉たてまつらららぬぬぬ宿世宿世すくせながらながらながら、、、かくかくかくくちをしきくちをしきくちおしききはきはきわのののものものものだにだにだに物思物思ものおもひひいなげなげなげにてにてにて仕仕つこうううまつるまつるまつるををを色色いろふしふしうしににに思思おもひひいたるたるたるににに、、、何何なにののの罪罪つみ深深ふかききき身身みにてにてにて心心こころにににかけかけかけててておぼつかなうおぼつかなうおぼつかのう思思おもひひい聞聞きこえええつゝつゝつつかゝりかゝりかかりけるけるける御御おんひゞきひゞきひびきをををももも知知しらららででで立立たちちち出出いでででつつつらむらむらんなどなどなど思思おもひひい續續つづくるくるくるににに、、、いといといと悲悲かなしうしうしゅうててて人人ひと知知しれれれずずずしほたれしほたれしおたれけりけりけり。。。
- 6松原松原まつばらののの深綠深綠ふかみどりなるなるなる中中なかににに花花はな紅葉紅葉もみじをををこきこきこき散散ちらしらしらしたるたるたるととと見見みゆるゆるゆるうへのきぬうへのきぬうえのきぬののの濃濃こききき薄薄うすききき數數かず知知しらららずずず、、、六位六位ろくいののの中中なかにににももも藏人藏人くろうどははは靑色靑色あおいろしるくしるくしるく見見みえええててて、、、
- 7かのかのかの賀茂賀茂かもののの瑞垣瑞垣みずがき怨怨うらみみみししし右近右近うこんのののもももゆげひゆげひゆげいににになりなりなりてててことごとしげことごとしげことごとしげなるなるなる隨身隨身ずいじんぐしぐしぐしたるたるたる藏人藏人くろうどなりなりなり。。。良淸良淸よしきよももも同同おなじじじすけすけすけにてにてにて人人ひとよりよりよりことことことににに物思物思ものおもひひいなきなきなき氣色氣色けしきにてにてにておどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしきあかぎぬあかぎぬあかぎぬすがたすがたすがたいといといと淸淸きよげげげなりなりなり。。。
- 8すべてすべてすべて見見みししし人々人々びとひきひきひきかへかへかえ花花はなやかやかやかににに何事何事なにごと思思おもふふうらむらむらんととと見見みえええてててうちうちうちちりちりちりたるたるたるににに、、、若若わかやかやかやかなるなるなる上達部上達部かんだちめ殿上人殿上人てんじょうびとのののわれわれわれもももわれわれわれもももととと思思おもひひい挑挑いどみみみ馬馬うま鞍鞍くらなどなどなどまでまでまでかざりかざりかざりをををとゝのへとゝのへととのえみがきみがきみがき給給たまへへえるるるははは、、、いみじきいみじきいみじきものものものににに田舍人田舍人いなかびとももも思思おもへへえりりり。。。
- 9御御おん車車くるまををを遙遙はるかににに見見みやれやれやればばばなかなかなかなかなかなか心心こころやましくやましくやましくてててこひしきこひしきこいしき御御おんかげかげかげをををもももえええ見見み奉奉たてまつらららずずず。。。河原河原かわらのののののの御御おんれいれいれいをををまねびまねびまねびてててわらはわらはわらわ隨身隨身ずいじんをををたまはりたまはりたまわり給給たまひひいけるけるける。。。いといといとをかしげをかしげおかしげにににさうぞきさうぞきそうぞきみづらみづらみずらゆひゆひゆいててて紫紫むらさきすそごすそごすそごのののもとゆひもとゆひもとゆいなまめかしうなまめかしうなまめかしゅうたけたけたけすがたすがたすがたとゝのひとゝのひととのいうつくしげうつくしげうつくしげにてにてにて十人十人じゅうにんさまさまさまことことことににに今今いまめかしうめかしうめかしゅう見見みゆゆゆ。。。
- 10大殿腹大殿腹おおいとのばらののの若君若君わかぎみ限限かぎりなくなくなくかしづきかしづきかしずきたてゝたてゝたてて馬馬うまぞひぞひぞいわらはわらはわらわのののほどほどほど皆皆みな作作つくりりりあはせあはせあわせてててやうやうようかへかへかへてててさうぞきさうぞきそうぞきわけわけわけたりたりたり。。。雲井雲井くもい遙遙はるかにににめでたくめでたくめでたく見見みゆるゆるゆるにににつけつけつけてててももも若君若君わかぎみののの數數かずならならならぬぬぬさまさまさまにてにてにて物物ものししし給給たまふふうをををいみじいみじいみじととと思思おもふふう。。。いよいよいよいよいよいよみやしろみやしろみやしろのののかたかたかたををを拜拜おがみみみ聞聞きこゆゆゆ。。。
- 11國國くにののの守守かみ參參まいりりりててて御御おんまうけまうけもうけ例例れいののの大臣大臣だいじんなどなどなどののの參參まいりりり給給たまふふうよりよりよりははは殊殊ことににに世世よににになくなくなく仕仕つこうううまつれまつれまつれりりりけむけむけんかしかしかし。。。いといといとはしたなけれはしたなけれはしたなければばば立立たちちちまじりまじりまじり數數かずならならならぬぬぬ身身みののの聊聊いささかのののことことことせせせむむんににに神神かみももも見見み入入いれれれかずまへかずまへかずまえ給給たまふふうべきべきべきにににもももあらあらあらずずず。。。
- 12歸歸かえらららむむんにににもももなかぞらなかぞらなかぞらなりなりなり。。。けふけふけうははは難波難波なにわににに船船ふねさしさしさしとめとめとめてててはらへはらへはらえをををだにだにだにせせせむむんとととててて漕漕こぎぎぎ渡渡わたりりりぬぬぬ。。。
現代語訳
その秋、源氏は住吉に参詣なさる。願ほどきをなさるはずなので、盛大なお出かけで、世の中が大騒ぎして、上達部や殿上人が我も我もとお供申し上げなさる。ちょうどその時、あの明石の人(明石の君)は、毎年の恒例として参詣していたのを、去年も今年も差し支えがあって怠っていたおわびも兼ねて、思い立ったのだった。船で参詣した。
岸に船を着けるころ、見ると、大騒ぎして参詣なさる人々の気配が渚に満ちて、立派な奉納品を持って続いている。楽人や十列の舞人は、装束を整え、容貌のよい者を選んでいる。「どなたが参詣なさっているのですか」と尋ねるようなので、「内大臣殿が御願ほどきに参詣なさるのを、知らない人もいたものだ」と言って、取るに足りない身分の下人でさえ、気持ちよさそうに笑う。本当にあきれたことに、ほかに月日もあるのに、よりによってこんな日に来て、かえってこのご様子を遠くから拝見するにつけ、我が身の程が残念に思われる。
さすがに縁の切れない宿縁でありながら、こんなに取るに足りない身分の者でさえ、物思いもなさそうにお仕えするのを晴れがましいことと思っているのに、どんな罪深い身で、心にかけて気がかりにお思い申し上げながら、こんなご評判も知らずに出かけてきたのだろうなどと思い続けると、たいそう悲しくて、人知れず涙を流した。松原の深緑の中に、花や紅葉をまき散らしたように見える袍の、濃いの薄いのが数知れず、六位の中でも蔵人は青色がはっきり見えて、
あの賀茂の瑞垣を恨んだ右近の将監も、靫負(ゆげい)になって、ものものしげな随身を連れた蔵人である。良清も同じ衛門佐で、人よりことに物思いのない様子で、仰々しい緋の袍姿が、たいそうこぎれいである。須磨で見た人々は皆、打って変わって華やかに、何の物思いがあろうかと見えて散らばっている中で、若々しい上達部や殿上人が我も我もと競い合い、馬や鞍などまで飾りを整えて磨き立てていらっしゃるのは、田舎の人もすばらしいものと思っている。
源氏のお車を遠くから見やると、かえって心が晴れず、恋しいお姿も拝見できない。河原の大臣の先例にならって、童随身を賜っていらっしゃるのだった。たいそうかわいらしく装束をつけ、みずらを結って、紫の裾濃の元結が優美で、背丈や姿がそろってかわいらしい十人が、格別に当世風に見える。大殿腹の若君(夕霧)を限りなく大切にして、馬に付き添う童の背丈も皆そろえて、他とは趣向を変えて装束を分けている。雲の上のように遠くすばらしく見えるにつけても、明石の君は、我が姫君が人数にも入らない様子でいらっしゃるのを、たいそう悲しいと思う。いよいよ住吉の社の方を拝み申し上げる。
国の守が参上して、ご接待は、例の大臣などが参詣なさる時よりも、格別にまたとないほどにお仕えしたことだろう。明石の君は、たいそういたたまれないので、立ちまじって、人数にも入らない身がわずかな奉納をしたところで、神もお目に留めて数に入れてくださるはずもない。帰るにしても中途半端である。今日は難波に船を泊めて、せめて祓だけでもしようと思って、漕ぎ渡って行った。
意訳
秋、源氏は盛大な行列で住吉に参詣する。同じ日、明石の君も船で参詣に来合わせ、渚に満ちる一行が源氏のものと知って、我が身の程を思い知らされる。
かつて須磨で源氏に仕えた人々は晴れやかに出世し、夕霧は童随身を従えて大切にされている。明石の君は、姫君の不遇を嘆き、参詣を果たさずに難波へ漕ぎ去る。
語釈・文法注
- とをつら
- 十列(とおつら)。神社に奉納する走り馬の行列で、十頭の馬に騎手が乗る。ここではその騎手たちをいう。
- 右近のしよう
- 右近衛将監(うこんえのじょう)。須磨の巻で、源氏の須磨退去の前に、賀茂の下の御社を通りかかって「ひきつれて葵かざししそのかみを思へばつらし賀茂のみづがき」と恨みの歌を詠んだ人物。
- 河原のおとゞ
- 河原左大臣、源融(みなもとのとおる)。嵯峨天皇の皇子で臣籍に下り、六条河原院を営んだ。童随身を賜った先例とされる。
文法
- 「もこそあれ」(月日もこそあれ)
- 「ほかに月日もあるのに」。よりによってこの日に来てしまったことを悔やむ。
- 過去推量の「けむ」(仕うまつれりけむかし)
- 「お仕えしたことだろう」。語り手の推量。
解説
住吉詣では、源氏の栄華と明石の君の身の程の差を、鮮やかな対比で描く場面である。かつて源氏とともに須磨で不遇をかこった供人たちが、晴れやかな姿で行列に加わっていることも、明石の君の孤独を際立たせる。
夕霧が童随身を従えて大切にされる姿は、明石の君にとって、我が子の境遇との痛切な対比となる。明石の君が身分の差を思い知らされるこの体験は、のちに姫君を紫の上に託す決断にもつながっていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、294–297頁(コマ150–151)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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