源氏物語 第12帖 須磨(13)
宰相中将の来訪
須磨で年が明け、植えた桜が咲き始める。源氏は花の宴の日を思い出し、都を恋しく思う。宰相となったかつての頭中将が、罪に問われるのも覚悟で須磨を訪れる。唐風の住まいや、田舎風にやつした源氏の姿に、宰相は胸を打たれる。二人は夜通し語り合い、詩を作る。翌朝、雁の帰るのを見て歌を交わし、源氏は黒駒を、宰相は名高い笛を贈って別れる。

- 1須磨須磨すまにににははは年年としかへりかへりかえりててて日日ひ長長ながくくくつれづれつれづれつれづれなるなるなるににに、、、植植うゑゑえししし若木若木わかぎののの櫻櫻さくらほのかほのかほのかににに咲咲さきききそめそめそめててて空空そらののの氣色氣色けしきうらゝかうらゝかうららかなるなるなるににに萬萬よろずののの事事ことおぼしおぼしおぼし出出いでででられられられてててうちうちうち泣泣なききき給給たまふふう折々折々おりおりおほかりおほかりおおかり。。。
- 2二月二月きさらぎ二十日二十日はつかあまりあまりあまり、、、いにいにいにししし年年とし京京きょうををを別別わかれれれししし時時とき心苦心苦こころぐるしかりしかりしかりししし人々人々びとののの御御おん有樣有樣ありさまなどなどなどいといといとこひしくこひしくこいしく、、、南殿南殿なでんののの櫻櫻さくらははは盛盛さかりににになりなりなりぬぬぬらむらむらん一年一年ひととせののの花花はなののの宴宴えんににに院院いんののの御御おんけしきけしきけしき內內うちのののうへうへうえのののいといといと淸淸きよらららににになまめいなまめいなまめいてててわがわがわがつくれつくれつくれるるる句句くをををずしずしずし給給たまひひいしししももも思思おもひひい出出いででできこえきこえきこえ給給たまふふう。。。
- 3「「「いついついつとととなくなくなく大宮人大宮人おおみやびとののの戀戀こいしきしきしきにににさくらさくらさくらかざしかざしかざしゝゝしけふけふきょうももも來來きにににけりけりけり」」」。。。
- 4いといといとつれづれつれづれつれづれなるなるなるににに、、、大殿大殿おおとのののの三位三位さんみ中將中將ちゅうじょうははは今今いまははは宰相宰相さいしょうににになりなりなりててて人人ひとがらがらがらのののいといといとよけれよけれよければばば時世時世ときよのののおぼえおぼえおぼえ重重おもくくくててて物物ものししし給給たまへへえどどど、、、世世よののの中中なかいといといとあはれあはれあわれにににあぢきなくあぢきなくあじきなく物物ものののの折折おりごとごとごとににに戀戀こいしくしくしくおぼえおぼえおぼえ給給たまへへえばばば、、、ことことことのののきこえきこえきこえありありありててて罪罪つみにににあたるあたるあたるともともともいかゞいかゞいかがはははせせせむむんとととおぼしおぼしおぼしなりなりなりててて俄俄にわかにににまうでまうでもうで給給たまふふう。。。
- 5うちうちうち見見みるるるよりよりより珍珍めずらしくしくしくうれしきうれしきうれしきにににもももひとつひとつひとつ淚淚なみだぞぞぞこぼれこぼれこぼれけるけるける。。。すまひすまひすまい給給たまへへえるるるさまさまさま言言いははわむむん方方かたなくなくなく唐唐からめきめきめきたりたりたり。。。所所ところのののさまさまさま繪繪えににに書書かきききたらたらたらむむんやうやうようなるなるなるににに竹竹たけあめあめあめるるる垣垣かきしししわたしわたしわたしててて石石いしのののはしはしはし松松まつののの柱柱はしらおろそかおろそかおろそかなるなるなるものものものからからからめづらかめづらかめずらかにににをかしをかしをかし。。。
- 6やまがつやまがつやまがつめきめきめきてててゆるしゆるしゆるし色色いろののの黄黄きがちがちがちなるなるなるににに靑鈍靑鈍あおにびののの狩衣狩衣かりぎぬ指貫指貫さしぬき、、、うちうちうちやつれやつれやつれててて殊更殊更ことさらにににゐなかびゐなかびいなかびもてなしもてなしもてなし給給たまへへえるるるしもしもしもいみじういみじういみじゅう見見みるるるにににゑまゑまえまれれれててて淸淸きよらららなりなりなり。。。
- 7取取とりりりつかひつかひつかい給給たまへへえるるる調度調度ちょうどもももかりそめかりそめかりそめにににしししててておましおましおまし所所どころもももあらはあらはあらわににに見見み入入いれれれらるらるらる。。。碁碁ご雙六雙六すごろくのののばんばんばん、、、調度調度ちょうど、、、ののの具具ぐなどなどなど田舍田舍いなかわざわざわざにににしししなしなしなしててて、、、念珠念珠ねんずののの具具ぐ行行おこなひひい勤勤つとめめめ給給たまひひいけりけりけりととと見見みえええたりたりたり。。。物物ものまゐれまゐれまいれるるるなどなどなど、、、殊更殊更ことさら所所ところにににつけつけつけ興興きょうありありありてててしししなしなしなしたりたりたり。。。
- 8海士海士あまどもどもどもあさりあさりあさりしししてててかいつかいつかいつ物物ものもてもてもて參參まいれれれるるるををを召召めししし出出いでゝでゝでて御覽御覽ごらんずずず。。。浦浦うらににに年年とし經經ふるるるさまさまさまなどなどなど問問とはははせせせ給給たまふふうにににさまざまさまざまさまざま安安やすげげげなきなきなき身身みのののうれへうれへうれえををを申申もうすすす。。。そこはかとなくそこはかとなくそこはかとなくさへづるさへづるさえずるももも、、、心心こころののの行行ゆくへくへくえははは同同おなじじじ事事ことなるなるなるかなかなかなとととあはれあはれあわれににに見見み給給たまふふう。。。御御おんぞぞぞどもどもどもかづけかづけかずけさせさせさせ給給たまふふうををを生生いけけけるるるかひかひかいありありありととと思思おもへへえりりり。。。
- 9御御おん馬馬うまどもどもども近近ちこううう立立たてゝてゝてて見見みやりやりやりなるなるなるくらくらくらかかか、、、何何なにぞぞぞなるなるなる、、、いねいねいねどもどもども取取とりりり出出いでゝでゝでてかふかふかうなどなどなどめづらしうめづらしうめずらしゅう見見み給給たまふふう。。。あすかあすかあすか少少すこししし謠謠うたひひいててて、、、月比月比つきごろののの御御おん物語物語ものがたり泣泣なきききみみみ笑笑わらひひいみみみ若君若君わかぎみののの何何なにとととももも世世よをををおぼさおぼさおぼさででで物物ものししし給給たまふふう悲悲かなしさしさしさををを、、、
- 10おとゞおとゞおとどののの明暮明暮あけくれにににつけつけつけててておぼしおぼしおぼし歎歎なげくくくなどなどなど語語かたりりり給給たまふふうににに堪堪たへへえ難難がたくくくおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。つきつきつきすすすべくべくべくもももあらあらあらねねねばばばなかなかなかなかなかなか片端片端かたはしもももえええまねばまねばまねばずずず。。。よもすがらよもすがらよもすがらまどろままどろままどろまずずず文文ふみ作作つくりりり明明あかししし給給たまふふう。。。
- 11さささいひいひいいながらながらながらももも物物ものののの聞聞きこえええをををつゝみつゝみつつみててて急急いそぎぎぎかへりかへりかえり給給たまふふう。。。いといといとなかなかなかなかなかなかなりなりなり。。。御御おんかはらけかはらけかわらけまゐりまゐりまいりててて「「「醉醉えいののの悲悲かなしみみみののの淚淚なみだそゝぐそゝぐそそぐ春春はるののの盃盃さかずきのののうちうちうちととともろもろもろ聲聲ごえにににずしずしずし給給たまふふう。。。御供御供ともののの人人ひとどもどもども皆皆みな淚淚なみだをををながすながすながす。。。おのおのおのがががじゝじゝじしはつかはつかはつかなるなるなる別別わかれ惜惜おしむむむべかべかべかめりめりめり。。。
- 12朝朝あさぼらけぼらけぼらけののの空空そらににに雁雁かりつれつれつれてててわたるわたるわたる。。。あるじあるじあるじののの君君きみ「「「ふるふるふる里里さとをををいづれいづれいずれののの春春はるかかか行行ゆきききててて見見みむむんうらやましきうらやましきうらやましきはははかへるかへるかえるかりがねかりがねかりがね」」」。。。宰相宰相さいしょう更更さらににに立立たちちち出出いでででむむんこゝちこゝちここちせせせででで、、、「「「あかあかあかなくなくなくにににかりかりかりのののとこよとこよとこよををを立立たちちち別別わかれれれ花花はなのののみやこみやこみやこににに道道みちやややまどはまどはまどわむむん」」」。。。
- 13さるべきさるべきさるべき都都みやこのののつとつとつとなどなどなどよしよしよしあるあるあるさまさまさまにてにてにてありありあり。。。あるじあるじあるじののの君君きみかくかくかくかたじけなきかたじけなきかたじけなき御御おん送送おくりにににとととててて黑駒黑駒くろこま奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。「「「ゆゝしうゆゝしうゆゆしゅうおぼさおぼさおぼされれれぬぬぬべけれべけれべけれどどど風風かぜにににあたりあたりあたりてててははは嘶嘶いばえええぬぬぬべけれべけれべければばば」」」などなどなど申申もうししし給給たまふふう。。。世世よにににありがたげありがたげありがたげなるなるなる御御おん馬馬うまのののさまさまさまなりなりなり。。。
- 14「「「形見形見かたみににに忍忍しのびびび給給たまへへえ」」」とととててていみじきいみじきいみじき笛笛ふえののの名名なありありありけるけるけるなどなどなどばかりばかりばかり、、、人人ひと咎咎とがめめめつつつべきべきべきことことことはははかたみかたみかたみにににえええししし給給たまははわずずず。。。日日ひやうやうやうやうようようさしさしさしあがりあがりあがりててて心心こころあわたゞしけれあわたゞしけれあわただしければばばかへりみかへりみかえりみのみのみのみしししつゝつゝつつ出出いででで給給たまふふうををを、、、見見み送送おくりりり給給たまふふうけしきけしきけしきいといといとなかなかなかなかなかなかなりなりなり。。。
- 15「「「いついついつまたまたまただいめんだいめんだいめん給給たまはらはらわらむむんとととすすすらむらむらん」」」、、、「「「さりともさりともさりともかくかくかくてててやややははは」」」ととと申申もうししし給給たまふふうににに、、、あるじあるじあるじ、、、「「「雲雲くも近近ちかくくく飛飛とびびびかふかふかうたづたづたずもももそらそらそらににに見見みよよよ我我わははは春日春日はるひのののくもりくもりくもりなきなきなき身身みぞぞぞ。。。
- 16かつはかつはかつわたのまたのまたのまれれれながらながらながら、、、かくかくかくなりなりなりぬるぬるぬる人人ひとははは昔昔むかしのののかしこきかしこきかしこき人人ひとだにだにだにはかばかしうはかばかしうはかばかしゅう世世よににに又又またまじらふまじらふまじらう事事こと難難かたくくく侍侍はべりりりけれけれければばば、、、何何なにかかか都都みやこのののさかひさかひさかいをををまたまたまた見見みむむんとととなむなむなん思思おもひひい侍侍はべらららぬぬぬ」」」などなどなどののの給給たまふふう。。。
- 17宰相宰相さいしょう、、、「「「たづかなきたづかなきたずかなき雲井雲井くもいにににひとりひとりひとりねねねをををぞぞぞなくなくなくつばさつばさつばさならべならべならべししし友友ともををを戀戀こひひいつゝつゝつつ。。。かたじけなくかたじけなくかたじけなく馴馴なれれれ聞聞きこえええ侍侍はべりりりててていといといとしもしもしもととと悔悔くやしうしうしゅう思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるる折折おり多多おおくくく」」」などなどなど、、、しめやかしめやかしめやかにににもももあらあらあらででで歸歸かえりりり給給たまひひいぬるぬるぬる名殘名殘なごりいとゞいとゞいとど悲悲かなしうしうしゅうながめながめながめ暮暮くらししし給給たまふふう。。。
現代語訳
須磨では年が改まって、日が長く所在ないうえに、植えた若木の桜がほのかに咲き始めて、空の様子もうららかなので、何かにつけて思い出されて、お泣きになる時が多い。二月二十日過ぎ、去年都を離れた時に気の毒だった人々のご様子などがたいそう恋しく、
南殿の桜は盛りになっただろう、ある年の花の宴で、院のご様子や、帝がたいそう美しく優雅に、自分の作った詩句を口ずさまれたことも、思い出し申し上げなさる。「いつと限らず宮中の人々が恋しいのに、桜をかざして遊んだ、あの日がまたやってきた」。
たいそう所在ないところに、左大臣家の三位中将は、今は宰相になって、人柄がたいそうよいので、時勢の信望も厚くていらっしゃるが、世の中がたいそうしみじみとつまらなく、何かにつけて源氏が恋しく思われなさるので、噂になって罪に当たっても、どうなろうとかまわないとお思いになって、急に須磨へおいでになる。
一目見るなり、珍しくうれしいにつけても、同じように涙がこぼれた。お住まいの様子は、言いようもなく唐風である。場所の様子が絵に描いたようなところに、竹を編んだ垣をめぐらして、石の階段や松の柱が粗末ながらも、珍しく趣がある。
山里の者のように、許し色の黄色がちな衣に、青鈍の狩衣と指貫を着て、地味な姿で、ことさらに田舎風にしていらっしゃるのが、かえってたいそう見るとほほえまれるほど美しい。お使いになる調度も仮のもので、御座所も丸見えにのぞかれる。
碁や双六の盤、そのほかの道具、弾棊の道具なども田舎風に作って、念誦の道具は、勤行をしていらっしゃったのだと見えた。お食事なども、ことさらに場所にふさわしく、趣向を凝らしてある。海人たちが漁をして貝類を持って参上したのを、呼び出してご覧になる。
浦に長く住むありさまなどをお尋ねになると、さまざまな不安な身の上の嘆きを申し上げる。とりとめもなくしゃべるのも、心の行方は同じことだなあと、しみじみとご覧になる。御衣などをかずけさせなさると、生きていたかいがあったと思っている。
お馬を何頭も近くに立てて、見通せるところにある倉か何かから、稲を取り出して食べさせるのなどを、珍しくご覧になる。宰相は催馬楽の「飛鳥井」を少し歌って、この数か月のお話を泣いたり笑ったりしながら、若君が何もわからずに暮らしていらっしゃる悲しさを、大臣が明け暮れにつけてお嘆きになっているなどと語りなさると、源氏は耐えがたくお思いになった。
話は尽きそうもないので、かえってほんの一端も書き記すことはできない。一晩中眠らずに、詩を作って夜を明かしなさる。そうは言いながらも、世間の噂をはばかって、急いでお帰りになる。かえってつらいことである。盃を差し上げて、「酔の悲しみの涙そそぐ春の盃の裏」と声を合わせて口ずさみなさる。お供の人々も皆涙を流す。それぞれに、つかの間の別れを惜しむようである。
朝ぼらけの空に、雁が連なって渡っていく。主の君(源氏)は「故郷の都を、いつの春に帰って見ることができるだろう。うらやましいのは、帰っていく雁だ」。宰相は、まったく立ち去る気持ちにもなれずに、「名残の尽きないまま、仮の住まいのこの常世を立ち別れて、花の都への道に迷うことだろう」。
しかるべき都の土産などを、趣のある様子で持ってきてあった。主の君は、このようなもったいないお見送りにと、黒駒を差し上げなさる。「縁起でもないとお思いになるでしょうが、風に当たっては、故郷を恋しがっていななくでしょうから」などと申し上げなさる。世にまれな見事な馬の様子である。
宰相は「形見としてしのんでください」と言って、名高い笛などだけを贈り、人がとがめそうなことは、互いになさることができない。日がだんだん高くなって、心があわただしいので、振り返り振り返りしながらお出になるのを、見送りなさる様子は、かえってつらそうである。
「いつまたお会いできるでしょうか」「それでも、このままでは終わりますまい」と宰相が申し上げなさると、主は「雲の近くを飛び交う鶴も、空から見てください。私は春の日のように、少しも曇りのない身なのです。一方では帰京を頼みにしながらも、このようになった人は、昔の賢人でさえ、満足に世間に再び立ち交じることは難しかったのですから、どうして都の境をまた見ようなどと思いましょうか」などとおっしゃる。
宰相は「頼りない宮中で、私はひとり声をあげて泣くことでしょう。翼を並べた友を恋しく思いながら。もったいなくも親しくさせていただいて、かえってこんなことならと悔しく思われる時が多くて」など、しんみりとする間もなくお帰りになった後の名残に、源氏はいっそう悲しく物思いにふけって日をお暮らしになる。
意訳
須磨で年が明け、植えた桜が咲き始めると、源氏は花の宴の日を思い出して都を恋しく思う。そこへ、宰相となったかつての頭中将が、罪に問われるのも覚悟で訪れる。
唐風の住まいや、田舎風にやつした源氏の姿に、宰相は胸を打たれる。二人は夜通し語り合い、詩を作る。翌朝、帰っていく雁を見て歌を交わし、源氏は黒駒を、宰相は名高い笛を贈って別れる。源氏は、自分の潔白を「くもりなき身」と詠む。
語釈・文法注
- たぎ
- 弾棊(たぎ)。盤上で石をはじいて相手の石に当てる遊び。
- あすか井
- 催馬楽の曲名「飛鳥井」。「飛鳥井に宿りはすべし、や、おけ、陰もよし、御水も寒し、御秣もよし」と歌う。
- 醉の悲みの淚そゝぐ春の盃のうち
- 白居易の詩「十年三月三十日別微之於灃上」の一節「酔悲灑涙春杯裏」による。友との別れの悲しみを詠む。
文法
- 反語の「かは」の省略(さりともかくてやは)
- 「それでもこのままで終わることがあろうか、いや、ない」。
- 推量の「らむ」(盛になりぬらむ)
- 「(今ごろ都では)盛りになっているだろう」。
和歌
いつとなく大宮人の戀しきにさくらかざしゝけふも來にけり
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 須磨で咲いた桜を見て、花の宴の日を思い出して詠んだ歌。いつと限らず宮中の人々が恋しいのに、桜をかざして遊んだ、あの日がまたやってきた。
ふる里をいづれの春か行きて見むうらやましきはかへるかりがね
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 宰相中将との別れの朝、北へ帰る雁を見て詠んだ歌。故郷の都を、いつの春に帰って見ることができるだろう。うらやましいのは、帰っていく雁だ。
あかなくにかりのとこよを立ち別れ花のみやこに道やまどはむ
- 詠者
- 宰相中将
- 状況
- 源氏への返歌。名残の尽きないまま、仮の住まいのこの常世を立ち別れて、花の都への道に迷うことだろう。
修辞
- 掛詞
- 「かり」に「雁」と「仮」をかける。
雲近く飛びかふたづもそらに見よ我は春日のくもりなき身ぞ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 帰っていく宰相に詠んだ歌。雲の近く(宮中)を飛び交う鶴(あなた)も、空から見てください。私は春の日のように、少しも曇りのない(潔白な)身なのです。
たづかなき雲井にひとりねをぞなくつばさならべし友を戀ひつゝ
- 詠者
- 宰相中将
- 状況
- 源氏への返歌。頼りない宮中で、私はひとり声をあげて泣くことでしょう。翼を並べた友を恋しく思いながら。
修辞
- 掛詞
- 「たづかなき」に「たづき(頼り)なき」と「鶴(たづ)」を響かせる。
解説
宰相中将(かつての頭中将)の来訪は、須磨の巻の中でも特に心温まる場面である。右大臣方をはばかって誰も便りをしない中、宰相は罪に問われる覚悟で友を訪ねる。二人の友情の深さがよく表れている。
源氏の歌「我は春日のくもりなき身ぞ」は、自らの潔白を訴えるものである。一方で、昔の賢人でさえ再び世に出ることは難しかったと語る源氏の言葉には、帰京への望みを捨てきれない複雑な思いがこめられている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、252–255頁(コマ129–130)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日