源氏物語 第12帖 須磨(12)
明石の入道と娘
須磨から近い明石の浦には、明石の入道とその娘が住んでいた。良清が娘に文を送るが、返事はない。入道は、源氏が須磨にいると聞き、娘を源氏に差し上げたいと妻に語る。妻は、流罪人に娘をと反対するが、入道は、すぐれた人ほど罪に当たるものだと言い張る。娘は、身分の低さを自覚しながら、気高い心をもって暮らしている。

- 1明石明石あかしののの浦浦うらはははたゞたゞただはひはひはい渡渡わたるるる程程ほどなれなれなればばば、、、良淸良淸よしきよののの朝臣朝臣あそんかのかのかの入道入道にゅうどうのののむすめむすめむすめををを思思おもひひい出出いでででててて文文ふみなどなどなどやりやりやりけれけれけれどどど返事返事かえりごともももせせせずずず。。。
- 2父父ちちののの入道入道にゅうどうぞぞぞ「「「聞聞きこゆゆゆべきべきべきことことことなむなむなん、、、あからさまあからさまあからさまにににたいたいたい面面めんもがもがもがななな」」」ととと言言いひひいけれけれけれどどど、、、うけひかうけひかうけひかざらざらざらむむんものものものゆゑゆゑゆえ行行ゆきききかゝりかゝりかかりててて空空むなしくしくしくかへらかへらかえらむむんうしろでうしろでうしろでもももをこをこおこなるなるなるべしべしべしととと、、、くしいたうくしいたうくしいとうてててゆかゆかゆかずずず。。。
- 3世世よににに知知しらららずずず心心こころだかうだかうだこう思思おもへへえるるるににに國國くにののの內內うちはははかみかみかみのののゆかりゆかりゆかりのみのみのみこそこそこそははは畏畏かしこきききことことことにににすめれすめれすめれどどど、、、僻僻ひがめるめるめる心心こころははは更更さらにににさささももも思思おもははわででで年月年月としつきををを經經へけるけるけるににに、、、このこのこの君君きみかくかくかくててておはすおはすおわすととと聞聞ききききててて母君母君ははぎみににに語語かたらふらふらうやうやうよう
- 4「「「桐壺桐壺きりつぼののの更衣更衣こういののの御御おん腹腹はらののの源氏源氏げんじののの光君光君ひかるきみこそこそこそおほやけおほやけおおやけののの御御おんかしこまりかしこまりかしこまりにてにてにて須磨須磨すまののの浦浦うらにににものものものししし給給たまふふうなれなれなれ。。。あこあこあこののの御御おん宿世宿世すくせにてにてにて覺覺おぼえええぬぬぬ事事ことのののあるあるあるなりなりなり。。。いかでいかでいかでかゝるかゝるかかる序序ついでにににこのこのこの君君きみににに奉奉たてまつらららむむん」」」ととといふいふいう
- 5母母はは「「「あなあなあなかたはやかたはやかたわや。。。京京きょうののの人人ひとののの語語かたるるるををを聞聞きけけけばばば、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなきおほんめおほんめおおんめどもどもどもいといといと多多おおくくく持持もちちち給給たもうううてててそのそのそのあまりあまりあまりににに忍忍しのびびび忍忍しのびびび帝帝みかどのののみめみめみめをををさへさへさへ過過あやまちちち給給たまひひいてててかくかくかくももも騷騷さわがががれれれ給給たまふふうなるなるなる人人ひとははは、、、まさにまさにまさにかくかくかく怪怪あやしきしきしきやまがつやまがつやまがつををを心心こころとゞめとゞめとどめ給給たまひひいてててむむんややや」」」ととといふいふいう。。。
- 6腹腹はら立立たちちちててて、、、「「「えええしりしりしり給給たまははわじじじ、、、思思おもふふう心心こころことことことなりなりなり。。。さるさるさる心心こころをををししし給給たまへへえついでついでついでしししててて此處此處ここにににもももおはしまさおはしまさおわしまさせせせむむん」」」ととと心心こころをををやりやりやりててていふいふいうもももかたくなしくかたくなしくかたくなしく見見みゆゆゆ。。。まばゆきまばゆきまばゆきまでまでまでまつらひまつらひまつらいかしづきかしづきかしずきけりけりけり。。。
- 7母君母君ははぎみ「「「などなどなどてててめでたくめでたくめでたくともともとも物物もののののはじめはじめはじめににに罪罪つみにににあたりあたりあたりててて流流ながささされれれおはしおはしおわしたらたらたらむむん人人ひとをををしもしもしも心心こころかけかけかけむむん、、、さささてててももも心心こころをををとゞめとゞめとどめ給給たまふふうべくべくべくはははこそこそこそあらあらあらめめめ、、、戯戯たわぶれれれにてにてにてもももあるあるあるまじきまじきまじきことことことなりなりなり」」」ととといふいふいうをををいといといといたくいたくいたくつぶやくつぶやくつぶやく。。。
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- 9いといといとなるなるなる名名なをををとりとりとりててて宮仕宮仕みやづかえににに出出いだしだしだし給給たまへへえりりりしししににに國王國王こくおうすぐれすぐれすぐれててて時時ときめかしめかしめかし給給たまふふう事事ことならびならびならびなかりなかりなかりけるけるける程程ほどににに人人ひとのののそねみそねみそねみ多多おおくくくてててうせうせうせ給給たまひひいにににしかしかしかどどど、、、このこのこの君君きみのののとまりとまりとまり給給たまへへえるるるいといといとめでたしめでたしめでたし。。。
- 10かくかくかく女女おんなははは心心こころをををたかくたかくたかくつかふつかふつかうべきべきべきものものものなりなりなり。。。おのれおのれおのれかゝるかゝるかかるゐなかうどゐなかうどいなかうどなりなりなりとととててておぼしおぼしおぼし捨捨すてててじじじ」」」などなどなど言言いひひい居居いたりたりたり。。。
- 11このこのこのむすめむすめむすめすぐれすぐれすぐれたるたるたるかたちかたちかたちならならならねねねどどどなつかしうなつかしうなつかしゅうあてはかあてはかあてはかににに心心こころばせばせばせあるあるあるさまさまさまなどなどなどぞぞぞげにげにげにやんごとなきやんごとなきやんごとなき人人ひとににに劣劣おとるるるまじかりまじかりまじかりけるけるける。。。
- 12身身みののの有樣有樣ありさまををを口惜口惜くちおしきしきしきものものものににに思思おもひひい知知しりりりててて、、、たかきたかきたかき人人ひとはははわれわれわれををを何何なにののの數數かずにににもももおぼさおぼさおぼさじじじ、、、程程ほどにににつけつけつけたるたるたる世世よをををばばば更更さらににに見見みじじじ、、、命命いのち長長ながくくくててて思思おもふふう人々人々びとににに後後おくれれれなななばばばあまあまあまにににもももなりなりなりなななむむん、、、海海うみののの底底そこにににももも入入いりりりなななむむんなどなどなどぞぞぞ思思おもひひいけるけるける。。。
- 13父君父君ちちぎみ所所ところせくせくせく思思おもひひいかしづきかしづきかしずきててて年年としににに二二ふたたびたびたび住吉住吉すみよしにににまうでまうでもうでさせさせさせけりけりけり。。。神神かみののの御御おんしるししるししるしをををぞぞぞ人人ひと知知しれれれずずずたのみたのみたのみ思思おもひひいけるけるける。。。
現代語訳
明石の浦は、須磨からほんのひと這いで渡れるほどの近さなので、良清の朝臣は、あの入道の娘を思い出して、手紙などを送ったが、返事もしない。父の入道が「申し上げたいことがあるので、ちょっとお会いしたい」と言ったが、承知しないだろうに、出かけていって空しく帰る後ろ姿も、ばかげているだろうと、気がふさいで行かない。
入道は、世に比べるものもないほど気位高く思っているので、国の内では国守の一族だけを恐れ多いものとしているようだが、ひねくれた心ではまったくそうも思わずに、年月を過ごしてきたところに、この源氏の君がこうしていらっしゃると聞いて、妻に語ることには、
「桐壺の更衣のお生みになった源氏の光る君が、朝廷のおとがめを受けて、須磨の浦にいらっしゃるそうだ。わが娘の宿縁で、思いがけないことがあるのだ。何とかしてこの機会に、この君に娘を差し上げたい」と言う。
母は「まあ、とんでもない。京の人が話すのを聞くと、身分の高い奥方たちをたいそう多くお持ちになって、そのうえ、こっそりと帝の妃にまで過ちを犯されて、このように騒がれていらっしゃるという方が、どうしてこのような卑しい田舎者に心をおとめになるでしょう」と言う。
入道は腹を立てて、「あなたにはわかるまい。わしの考えは違うのだ。その心づもりをしておきなさい。機会をつくって、ここにもお迎えしよう」と、得意になって言うのも、頑固に見える。まばゆいほどに娘を大切に育てていた。
母君は「どうして、どれほどすばらしくても、初めての縁組に、罪に当たって流されていらっしゃる人に心をかけるのですか。それでも、心をおとめくださるのならまだしも、冗談にもあってはならないことです」と言うのを、入道はひどくぶつぶつ言う。
「罪に当たることは、唐土でもわが国でも、このように世にすぐれ、何事にも人と違って抜きん出た人には必ずあることなのだ。どういうお方だと思っているのか。亡き母の御息所は、わしの叔父でいらっしゃった按察大納言の御娘なのだ。
たいそうすばらしい評判をとって、宮仕えにお出しになったところ、帝が格別にご寵愛なさることは比べるものもないほどだったので、人のねたみが多くて亡くなってしまわれたが、この君が残っていらっしゃるのは、たいそうすばらしいことだ。このように、女は気位を高くもつべきものなのだ。わしがこのような田舎者だからといって、お見捨てにはなるまい」などと言っていた。
この娘は、すぐれた容貌ではないが、親しみやすく上品で、たしなみのある様子などは、本当に身分の高い人にも劣らないほどであった。自分の身の上をつまらないものと思い知って、身分の高い人は私などを人数にもお思いにならないだろう、身分相応の結婚は決してするまい、長生きして両親に先立たれたら、尼にでもなろう、海の底にでも入ってしまおうなどと思っていた。
父君は、仰々しいほど大切に育てて、年に二度、住吉の社に参詣させていた。神のご利益を、人知れず頼みにしていたのだった。
意訳
須磨から近い明石の浦には、明石の入道とその娘が住んでいた。入道は、源氏が須磨にいると聞き、娘を源氏に差し上げたいと妻に語る。妻は、流罪人に娘をと反対するが、入道は、すぐれた人ほど罪に当たるものだと言い張る。
入道は、源氏の母の桐壺の更衣が自分の従姉妹にあたることを語り、娘には気位を高くもたせてきた。娘は身分の低さを自覚しながらも、気高い心をもって暮らしている。
語釈・文法注
- かうざく
- 警策(こうざく)。すぐれていること。評判が高いこと。
文法
- 反語の「てむや」(心とゞめ給ひてむや)
- 「心をおとめになるでしょうか、いや、おとめにはならない」。
- 「こそ…め」の逆接(とゞめ給ふべくはこそあらめ)
- 「心をおとめくださるのならまだしも(そうではない)」。
解説
明石の入道とその娘の登場は、物語の新しい展開を予告している。入道は、元は近衛中将であったが、自ら播磨守となって明石に住みついた変わり者である。娘を都の高貴な人に嫁がせるという夢を抱き続けてきた。
入道が、源氏の母の桐壺の更衣と自分が従兄妹の関係にあると語ることで、明石の一族と源氏との縁が示される。明石の君は、のちに源氏の娘を産み、その娘が中宮となることで、入道の夢がかなうことになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、252–253頁(コマ129)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日