源氏物語 第12帖 須磨(11)
筑紫の五節と須磨の冬
大宰大弐が任を終えて上京する途中、須磨の沖を通る。大弐は源氏に挨拶を送り、子の筑前守が見舞う。娘の五節は琴の音に心ひかれて歌を贈る。都では、帝や東宮が源氏を恋しく思うが、大后の非難を恐れて誰も便りをしなくなる。紫の上は女房たちに慕われながら、源氏を思い続ける。冬の須磨で、源氏は琴を弾き、王昭君の故事を思い、月や千鳥に寄せて歌を詠む。

- 1そのそのその頃頃ころ大貳大貳だいにははは上上のぼりりりけるけるける。。。いかめしういかめしういかめしゅうるゐるゐるいひろくひろくひろく、、、むすめむすめむすめがちがちがちにてにてにて所所ところせかりせかりせかりけれけれければばば北北きたののの方方かたははは船船ふねにてにてにてのぼるのぼるのぼる。。。浦浦うらづたひづたひづたいににに逍遙逍遙しょうようしししつゝつゝつつくるくるくるににに外外ほかよりよりよりおもしろきおもしろきおもしろきわたりわたりわたりなれなれなればばば心心こころとまるとまるとまるににに、、、
- 2大將大將だいしょうかくかくかくててておはすおはすおわすととと聞聞きけけけばばば、、、あいなうあいなうあいのうすいすいすいたるたるたる若若わかきききむすめむすめむすめたちたちたちははは、、、船船ふねののの內內うちさへさへさへ耻耻はずかしうかしうかしゅう心心こころげさうげさうげそうせせせらるらるらる。。。ましてましてまして五節五節ごせちののの君君きみははは綱手綱手つなでひきひきひき過過すぐるぐるぐるももも口口くちをしきをしきおしきにににきんきんきんののの聲聲こえ風風かぜにににつきつきつきててて遙遙はるかににに聞聞きこゆるゆるゆるににに、、、
- 3所所ところのののさまさまさま人人ひとののの御御おんほどほどほど物物もののののねねねののの心心こころぼそさぼそさぼそさ取取とりりり集集あつめめめ心心こころあるあるあるかぎりかぎりかぎり皆皆みな泣泣なきききにににけりけりけり。。。そちそちそち、、、御御おんせうそこせうそこしょうそこきこえきこえきこえたりたりたり。。。
- 4「「「いといといと遙遙はるかなるなるなるほどほどほどよりよりより罷罷まかりりり上上のぼりりりてててはははまづまづまずいつしかいつしかいつしか侍侍さぶらひひいててて都都みやこののの御御おん物語物語ものがたりもももとととこそこそこそ思思おもひひい給給たまへへえ侍侍はべりりりつれつれつれ。。。思思おもいののの外外ほかにににかくかくかくててておはしましおはしましおわしましけるけるける御御おんやどりやどりやどりををを罷罷まかりりり過過すぎぎぎ侍侍はべるるる、、、かたじけなくかたじけなくかたじけなく悲悲かなしうしうしゅうももも侍侍はべるるるかなかなかな。。。
- 5あひあひあいしりしりしりててて侍侍はべるるる人々人々びとさるべきさるべきさるべきこれかれこれかれこれかれまでまでまで來來き迎迎むかひひいてててあまたあまたあまた侍侍はべれれればばば所所ところせきせきせきををを思思おもひひい給給たまへへえ憚憚はばかりりり侍侍はべるるる事事ことどもどもども侍侍はべりりりてててえええ侍侍さぶらはらはらわぬぬぬことことこと、、、殊更殊更ことさらににに參參まいりりり侍侍はべらららむむん」」」などなどなど聞聞きこえええたりたりたり。。。
- 6子子こののの筑前筑前ちくぜんののの守守かみぞぞぞ參參まいれれれるるる。。。このこのこの殿殿とのののの藏人藏人くろうどににになしなしなし顧顧かえりみみみ給給たまひひいししし人人ひとなれなれなればばば、、、いといといともももかなしかなしかなしいみじいみじいみじととと思思おもへへえどもどもども又又また見見みるるる人々人々びとのののあれあれあればばば聞聞きこえええをををおもひおもひおもいててて暫暫しばしししももも立立たちちちとまらとまらとまらずずず。。。
- 7「「「都都みやこ離離はなれれれててて後後のち昔昔むかし親親したしかりしかりしかりししし人々人々びとあひあひあい見見みるるる事事こと難難かとうううのみのみのみなりなりなりにににたるたるたるにににかくかくかくわざとわざとわざと立立たちちちよりよりより物物ものしししたるたるたることことこと」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。御御おん返返かえりりりもももさやうさやうさようににになむなむなん。。。守守かみなくなくなくなくなくなくかへりかへりかえりててておはするおはするおわする御御おん有樣有樣ありさま語語かたるるるににに、、、そちそちそちよりよりよりはじめはじめはじめ迎迎むかえののの人々人々びとまがまがしうまがまがしうまがまがしゅう泣泣なきききみちみちみちたりたりたり。。。
- 8五節五節ごせちはははとかくとかくとかくしししててて聞聞きこえええたりたりたり。。。「「「琴琴ことののの音音ねにににひきひきひきとめとめとめらるゝらるゝらるる綱手繩綱手繩つなでなわたゆたふたゆたふたゆたうこゝろこゝろこころ君君きみしるしるしるらめらめらめややや。。。すきずきしさすきずきしさすきずきしさももも人人ひとなななとがめとがめとがめそそそ」」」ととと聞聞きこえええたりたりたり。。。ほゝえみほゝえみほほえみててて見見み給給たまふふう。。。いといといとはづかしげはづかしげはずかしげなりなりなり。。。
- 9「「「心心こころありありありてててひくてひくてひくてののの綱綱つなのののたゆたはたゆたはたゆたわゞゞばうちうちうち過過すぎぎぎましましましややや須磨須磨すまのののうらなみうらなみうらなみ。。。いさりいさりいさりせせせむむんとととははは思思おもははわざりざりざりしししはははややや」」」とととありありあり。。。うまやうまやうまやのののをさをさおさににに句詩句詩くしとらするとらするとらする人人ひともももありありありけるけるけるをををましてましてまして落落おちちちとまりとまりとまりぬぬぬべくべくべくなむなむなんおぼえおぼえおぼえけるけるける。。。
- 10都都みやこにににははは月日月日つきひ過過すぐるぐるぐるまゝまゝままににに帝帝みかどををを始始はじめめめ奉奉たてまつりりりててて戀戀こひひい聞聞きこゆるゆるゆる折折おりふしふしふし多多おおかりかりかり。。。春宮春宮とうぐうはははましてましてまして常常つねにににおぼしおぼしおぼし出出いでででつゝつゝつつ忍忍しのびびびててて泣泣なききき給給たまふふうををを、、、見見み奉奉たてまつるるる御御おん乳母乳母めのとましてましてまして命婦命婦みょうぶののの君君きみはははいみじういみじういみじゅう哀哀あわれににに見見み奉奉たてまつるるる。。。
- 11入道入道にゅうどうののの宮宮みやははは春宮春宮とうぐうののの御御おん事事ことをををゆゝしうゆゝしうゆゆしゅうのみのみのみおぼしおぼしおぼしゝゝしににに大將大將だいしょうもももかくかくかくさすらへさすらへさすらえ給給たまひひいぬるぬるぬるをををいみじういみじういみじゅうおぼしおぼしおぼし歎歎なげかかかるるる。。。
- 12御御おんはらからはらからはらからのののみみみ子子こたちたちたちむつましうむつましうむつましゅう聞聞きこえええ給給たまひひいししし上達部上達部かんだちめなどなどなど始始はじめつかたつかたつかたはははとぶらひとぶらひとぶらい聞聞きこえええ給給たまふふうなどなどなどありありありききき。。。あはれあはれあわれなるなるなる文文ふみををを作作つくりりりかはしかはしかわし、、、それそれそれにににつけつけつけてててももも世世よののの中中なかにににのみのみのみめでめでめでられられられ給給たまへへえばばばきさいきさいきさいののの宮宮みや聞聞きこししし召召めしししててていみじくいみじくいみじくののの給給たまひひいけりけりけり。。。
- 13「「「おほやけおほやけおおやけのののなるなるなる人人ひとははは心心こころにににまかせまかせまかせてててこのこのこの世世よのののあぢはひあぢはひあじわいをををだにだにだに知知しるるる事事こと難難かとうううこそこそこそあああなれなれなれ。。。おもしろきおもしろきおもしろき家居家居いえいしししててて世世よののの中中なかををを誹誹そしりりりもどきもどきもどきててて、、、かのかのかの鹿鹿しかををを馬馬うまととと言言いひひいけむけむけん人人ひとのののひがめひがめひがめるるるやうやうようにににするするする」」」などなどなどあしきあしきあしき事事ことももも聞聞きこえええけれけれければばば、、、わづらはしわづらはしわずらわしとととててて絕絕たえええてててせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこえええ給給たまふふう人人ひとなしなしなし。。。
- 14二條院二條院にじょういんののの姫君姫君ひめぎみははは程程ほど經經ふるるるまゝまゝままにににおぼしおぼしおぼし慰慰なぐさむむむをりをりおりなしなしなし。。。東東ひんがしののの對對たいににに侍侍さぶらひひいししし人人ひとどもどもども皆皆みな渡渡わたりりり參參まいりりりしししはじめはじめはじめはははなどなどなどかかかさしもさしもさしもあらあらあらむむんととと思思おもひひいしかしかしかどどど、、、
- 15見見み奉奉たてまつりりり馴馴なるゝるゝるるまゝまゝままににに懷懷なつかしうしうしゅうをかしきをかしきおかしき御御おん有樣有樣ありさままめやかまめやかまめやかなるなるなる御心御心みこころばへばへばえももも思思おもひひいやりやりやり深深ふこうううあはれあはれあわれなれなれなればばば、、、まかでまかでまかでちるちるちるもももなしなしなし。。。なべてなべてなべてならならならぬぬぬきはきはきわののの人々人々びとにににはははほのほのほの見見みえええなどなどなどししし給給たまふふう。。。そこらそこらそこらのののなかなかなかにににすぐれすぐれすぐれたるたるたる御御おん心心こころざしざしざしもももことわりことわりことわりなりなりなりけりけりけりととと見見み奉奉たてまつるるる。。。
- 16かのかのかの御御おん住住すまひひいにににははは久久ひさしうしうしゅうなるなるなるまゝまゝままににに、、、えええ念念ねんじじじ過過すごすごすごすまじうまじうまじゅうおぼえおぼえおぼえ給給たまへへえどどど、、、我我わががが身身みだにだにだにあさましきあさましきあさましき宿世宿世すくせととと覺覺おぼゆるゆるゆる住住すまひまひまいにににいかでいかでいかでかかかははは打打うちちち具具ぐしししてててはははつきなからつきなからつきなからむむんさまさまさまををを思思おもひひい返返かえししし給給たまふふう。。。
- 17所所ところにににつけつけつけてててははは萬萬よろずののの事事ことさまさまさまかはりかはりかわり見見み給給たまへへえ知知しらららぬぬぬしもびとしもびとしもびとのののうへうへうえをををももも、、、見見み給給たまひひいならはならはならわぬぬぬ御御おん心心こころちちちにににめざましうめざましうめざましゅうかたじけなうかたじけなうかたじけのうみづからみづからみずからおぼさるおぼさるおぼさる。。。
- 18煙煙けぶりのののいといといと近近ちかくくく時々時々ときどきたちたちたちくるくるくるをををこれこれこれややや海士海士あまののの鹽鹽しお燒燒やくくくならならならむむんとととおぼしおぼしおぼしわたるわたるわたるははは、、、おはしますおはしますおわしますうしろうしろうしろののの山山やまににに柴柴しばととといふいふいうものものものふすぶるふすぶるふすぶるなりなりなりけりけりけり。。。めづらかめづらかめずらかにてにてにて、、、「「「山山やまがつがつがつのののいほりいほりいおりにににたけるたけるたけるしばしばしばしばしばしばもももことことことゝひゝひといこここなむなむなん戀戀こふるふるうるさとさとさと人人びと」」」。。。
- 19冬冬ふゆににになりなりなりててて雪雪ゆきふりふりふり荒荒あれれれたるたるたる頃頃ころ、、、空空そらののの氣色氣色けしきもももことことことににに凄凄すごくくく眺眺ながめめめ給給たまひひいてててきんきんきんををを彈彈ひきききすさびすさびすさび給給たまひひいててて、、、良淸良淸よしきよににに歌歌うたうたはうたはうたわせせせ大輔大輔たいふ横笛横笛よこぶえ吹吹ふきききててて遊遊あそびびび給給たまふふう。。。心心こころ留留とどめめめてててあはれあはれあわれなるなるなる手手てなどなどなど彈彈ひききき給給たまへへえるるるにににことことことものものものゝゝの聲聲こえどもどもどもはははやめやめやめててて淚淚なみだをををのごひのごひのごいあへあへあえりりり。。。
- 20むかしむかしむかし胡胡こののの國國くにににに遣遣つかわしししけむけむけんをををおぼしおぼしおぼしやりやりやりてててましてましてましていかばかりいかばかりいかばかりなりなりなりけむけむけん、、、このこのこの世世よににに我我わががが思思おもひひい聞聞きこゆるゆるゆる人人ひとなどなどなどをををさやうさやうさようににに放放はなちちちやりやりやりたらたらたらむむんことことことなどなどなど思思おもふふうももも、、、あらあらあらむむん事事ことのののやうやうようにににゆゝしくゆゝしくゆゆしくててて「「「霜霜しもののの後後のちののの夢夢ゆめ」」」とととずしずしずし給給たまふふう。。。
- 21月月つきいといといとあかうあかうあこうさしさしさし入入いりりりてててはかなきはかなきはかなき旅旅たびのののおましおましおまし所所どころははは奥奥おくまでまでまでくまくまくまなしなしなし。。。ゆかゆかゆかののの上上うえににに夜夜よ深深ふかききき空空そらももも見見みゆゆゆ。。。入方入方いりがたののの月月つきすごくすごくすごく見見みゆるゆるゆるににに「「「唯唯ただこれこれこれ西西にしににに行行ゆくくくなりなりなりとととひとりごちひとりごちひとりごち給給たまひひいててて、、、
- 22「「「いづかたいづかたいずかたののの雲路雲路くもじにににわれわれわれもももまよひまよひまよいなななむむん月月つきののの見見みるるるらむらむらんことことこともももはづかしはづかしはずかし」」」とととひとりごちひとりごちひとりごち給給たまひひいててて例例れいのののまどろままどろままどろまれれれぬぬぬあかつきあかつきあかつきののの空空そらににに千鳥千鳥ちどりいといといとあはれあはれあわれににになくなくなく。。。「「「ともともとも千鳥千鳥ちどりもろごゑもろごゑもろごえににになくなくなくあかつきあかつきあかつきはははひとりひとりひとりねざめねざめねざめのののとことことこもももたのもしたのもしたのもし」」」。。。
- 23またまたまた起起おきききたるたるたる人人ひともももなけれなけれなければばば返返かえすすす返返がえすすすひとりごちひとりごちひとりごちててて臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。夜夜よ深深ふかくくく御御おんてうづてうづちょうずまゐりまゐりまいりててて御御おん念誦念誦ねんずなどなどなどししし給給たまふふうももも珍珍めずらしきしきしきことことことのののやうやうようにににめでたくめでたくめでたくのみのみのみおぼえおぼえおぼえ給給たまへへえばばばえええ見見み奉奉たてまつりりり捨捨すてててずずず、、、家家いえにににあからさまあからさまあからさまにににもももえええ出出いでででざりざりざりけりけりけり。。。
現代語訳
そのころ、大宰大弐が上京してきた。たいそう大勢の一族で、娘が多くて手狭だったので、北の方は船で上る。浦伝いに遊覧しながら来ると、ほかよりも趣深いあたりなので心がひかれるうえに、大将がここにいらっしゃると聞くので、わけもなく色めいた若い娘たちは、船の中にいるのにさえ気恥ずかしく、心づかいをしている。
まして五節の君は、綱手を引いて通り過ぎるのも残念なのに、琴の音が風に乗って遠くから聞こえてくるので、場所の様子や源氏のご身分、楽の音の心細さが重なって、心ある者は皆泣いてしまった。大弐は、お便りを差し上げた。
「たいそう遠い所から上京してまいりましては、まず真っ先に参上して、都のお話でもと存じておりました。思いのほかに、このようにいらっしゃるお住まいの前を通り過ぎますのは、もったいなく悲しいことでございます。知り合いの人々や、しかるべき誰彼までが迎えに来て、大勢おりますので、人目が多いのをはばかります事情もございまして、お伺いできませんが、改めて参上いたしましょう」などと申し上げた。
子の筑前守が参上した。源氏が蔵人に取り立てて目をかけていらっしゃった人なので、たいそう悲しくお気の毒だと思うが、ほかにも見ている人々があるので、世間の聞こえをはばかって、少しの間もとどまらない。源氏は「都を離れて後、昔親しかった人々に会うことも難しくばかりなっていたのに、こうしてわざわざ立ち寄ってくれたこと」とおっしゃる。大弐へのご返事も、そのように書かれた。
守が泣く泣く帰って、源氏のいらっしゃるご様子を語ると、大弐をはじめ、迎えの人々も、縁起でもないほど泣き満ちた。五節は、あれこれと工夫してお便りを差し上げた。「琴の音に引きとめられる綱手縄のように、揺れ動く私の心を、あなたはご存じでしょうか。色めいたふるまいも、どうかおとがめにならないでください」と申し上げた。
源氏はほほえんでご覧になる。たいそう気恥ずかしくなるほど立派なご様子である。「本当に心があって、引く綱が揺れ動くのなら、通り過ぎたりするでしょうか、須磨の浦波は。漁りをするような身になろうとは思わなかったよ」と書いてある。駅の長に詩を与えた人もあったというのに、まして五節は、ここに残ってしまいたいほどに思った。
都では、月日が過ぎるにつれて、帝をはじめとして、源氏を恋しく思い申し上げる折々が多かった。東宮は、ましていつも思い出しなさっては、ひそかにお泣きになるのを、拝見する乳母たち、まして王命婦の君は、たいそうおいたわしく拝見する。入道の宮は、東宮のことを不吉なほど心配していらっしゃったうえに、大将もこのように流浪の身となられたのを、たいそうお嘆きになる。
源氏のご兄弟の親王たちや、親しくしていらっしゃった上達部などは、初めのうちはお見舞いを申し上げなさることなどもあった。しみじみとした詩文を作り交わし、それにつけても世間で源氏ばかりがほめそやされなさるので、大后がお聞きになって、ひどくおっしゃった。
「朝廷のおとがめを受けた人は、思いのままに、この世の楽しみを味わうことさえ難しいというのに。趣のある住まいをして、世の中を非難し、あの鹿を馬と言った人が道理を曲げたように、追従する者がいる」などと、悪いことも聞こえてきたので、面倒だと思って、まったくお便りを差し上げる人もなくなった。
二条院の姫君(紫の上)は、日がたつにつれても、心の慰められる時がない。東の対にお仕えしていた女房たちも皆、西の対に移ってきた初めのうちは、どうしてそれほどまでにと思っていたが、拝見し慣れるにつれて、やさしく魅力的なご様子や、誠実なお心づかいも、思いやり深くしみじみとしているので、退出してしまう者もいない。
身分の並々でない女房たちには、ほのかに姿をお見せになったりする。大勢の女性の中で、とりわけ源氏のご寵愛が深いのも、もっともなことだったと拝見する。源氏の方では、須磨の住まいに久しくなるにつれて、紫の上を恋しく思う心をこらえきれないようにお思いになるが、自分でさえあきれるほどの宿縁と思われる住まいに、どうして連れてこられようか、似つかわしくないだろうと思い返しなさる。
所につけては、何事も様子が違っていて、見たこともない下々の者の身の上をも、ご覧になり慣れていないお気持ちには、心外で、もったいなく、自分のことながらお思いになる。煙がたいそう近くに時々立ちのぼってくるのを、これが海人の塩焼く煙なのだろうかと思い続けていらっしゃったのは、お住まいの後ろの山で、柴というものをいぶしているのであった。珍しく思って、「山里の者が庵で焚く柴のように、しばしば便りを寄こしてほしい、恋しい故郷の人よ」。
冬になって、雪が降り荒れるころ、空の様子も格別にもの寂しく眺めなさって、琴を弾き慰みなさって、良清に歌を歌わせ、大輔に横笛を吹かせて合奏なさる。心をこめて、しみじみとした曲などをお弾きになると、ほかの楽器の音はやめて、皆涙をぬぐい合った。
昔、胡の国に遣わされたという女(王昭君)のことを思いやりなさって、まして、どんなに悲しかったことだろう、この世で自分が大切に思っている人などを、そのように遠くへやってしまったらなどと思うのも、実際に起こることのように不吉で、「霜の後の夢」と口ずさみなさる。
月がたいそう明るくさし込んで、仮の旅のお住まいは奥まで隅々まで照らされている。床の上から、夜更けの空も見える。沈みかけた月がもの寂しく見えるので、「唯是れ西に行くなり」と独り言をおっしゃって、「私は、どちらの雲路に迷っていくのだろう。月が見ているだろうことも恥ずかしい」と独り言をおっしゃって、いつものように眠れない明け方の空に、千鳥がたいそうしみじみと鳴く。
「友千鳥が声を合わせて鳴く明け方は、ひとり寝覚めの床も心強いことだ」。ほかに起きている人もいないので、繰り返し独り言をおっしゃって、横になっていらっしゃった。まだ暗いうちに手を洗い清めて、念誦などをなさるのも、珍しいことのようにすばらしくばかり思われなさるので、供人たちはお見捨てすることもできず、家にほんのしばらく帰ることもできなかった。
意訳
大宰大弐が上京する途中、須磨の沖を通り、源氏に挨拶を送る。娘の五節は、琴の音に心ひかれて歌を贈り、源氏も返歌する。
都では、帝や東宮、藤壺が源氏を恋しく思うが、大后が源氏をほめる人々を非難したため、誰も便りをしなくなる。紫の上は、移ってきた女房たちにも慕われ、源氏を思い続ける。
冬の須磨で、源氏は琴を弾き、遠く胡の国に送られた王昭君を思い、月や千鳥に寄せて孤独な心を歌に詠む。
語釈・文法注
- かうじ
- 勘事(こうじ)。朝廷のおとがめ。勅勘。
- つゐせう
- 追従(ついしょう)。こびへつらうこと。大后は、源氏をほめる人々を、秦の趙高が鹿を馬と言って群臣を従わせた故事になぞらえて非難した。
- 胡の國に遣しけむ女
- 王昭君。漢の元帝の宮女で、匈奴の王に嫁がされた。「霜の後の夢」は、大江朝綱の詩「胡角一声霜後夢、漢宮万里月前腸」による。
- 唯これ西に行くなり
- 菅原道真の詩「月の西に行くは是れ西に行くにあらず」などによるとされる。西に沈む月に、西方浄土への思いや流謫の身を重ねる。
文法
- 禁止の「な…そ」(人なとがめそ)
- 「人よ、とがめないでおくれ」。
- 反語の「まし」(うち過ぎましや)
- 「通り過ぎたりするだろうか、いや、しない」。
和歌
琴の音にひきとめらるゝ綱手繩たゆたふこゝろ君しるらめや
- 詠者
- 筑紫の五節
- 状況
- 須磨の沖を通る船から源氏に贈った歌。琴の音に引きとめられる綱手縄のように、揺れ動く私の心を、あなたはご存じでしょうか。
心ありてひくての綱のたゆたはゞうち過ぎましや須磨のうらなみ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 五節への返歌。本当に心があって、引く綱が揺れ動くのなら、通り過ぎたりするでしょうか、須磨の浦波は。
山がつのいほりにたけるしばしばもことゝひこなむ戀ふるさと人
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 柴を焚く煙を見て詠んだ歌。山里の者が庵で焚く柴のように、しばしば便りを寄こしてほしい、恋しい故郷の人よ。
修辞
- 掛詞
- 「しば」に「柴」と「しばしば」をかける。
いづかたの雲路にわれもまよひなむ月の見るらむこともはづかし
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 西へ沈む月を見て詠んだ歌。私は、どちらの雲路に迷っていくのだろう。月が見ているだろうことも恥ずかしい。
とも千鳥もろごゑになくあかつきはひとりねざめのとこもたのもし
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 明け方に千鳥の声を聞いて詠んだ歌。友千鳥が声を合わせて鳴く明け方は、ひとり寝覚めの床も心強いことだ。
解説
筑紫の五節との歌の贈答は、花散里の巻で源氏が思い出した女性との再会である。源氏の美しさと琴の音は、通りすがりの人々にまで深い感動を与える。
大后の言葉によって、都の人々は源氏に便りをしなくなる。須磨の冬の場面では、王昭君や道真の詩を口ずさむ源氏の孤独が、雪や月、千鳥の声とともに深く描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、248–253頁(コマ127–129)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日