源氏物語 第12帖 須磨(10)
須磨の秋
秋風が吹き、須磨の浦波の音が身にしみる。眠れぬ夜、源氏は琴を弾き、歌を詠む。供人たちは源氏の悲しみに涙する。源氏は昼は戯れ言で人々を慰め、絵を描いて過ごす。夕暮れ、海を見渡す廊で経を唱える源氏の姿は、この世の人とも思われない。雁の声に供人たちと歌を詠み交わし、十五夜には都の宴や藤壺、朱雀帝を思い出して涙する。

- 1須磨須磨すまにににはははいとゞいとゞいとど心心こころづくしづくしづくしののの秋風秋風あきかぜににに、、、海海うみははは少少すこししし遠遠とおけれけれけれどどど行平行平ゆきひらののの中納言中納言ちゅうなごんののの、、、關關せき吹吹ふききき越越こゆるゆるゆるととといひいひいいけむけむけん浦波浦波うらなみよるよるよるよるよるよるははは、、、げにげにげにいといといと近近ちかくくく聞聞きこえええててて又又またなくなくなくあはれあはれあわれなるなるなるものものものはははかゝるかゝるかかる所所ところののの秋秋あきなりなりなりけりけりけり。。。
- 2御御おんまへまへまえにににいといといと人人ひとずくなずくなずくなにてにてにてうちうちうち休休やすみみみわたれわたれわたれるるるににに、、、一人一人ひとり目目めをををさましさましさましててて枕枕まくらをををそばたてゝそばたてゝそばたてて四方四方よもののの嵐嵐あらしををを聞聞きききき給給たまふふうににに、、、浪浪なみたゞたゞただこゝこゝここもともともとににに立立たちちちくるくるくる心地心地ここちしししててて淚淚なみだ落落おつつつととともももおぼえおぼえおぼえぬぬぬににに枕枕まくらうくうくうくばかりばかりばかりににになりなりなりにににけりけりけり。。。
- 3きんきんきんををを少少すこししし搔搔かききき鳴鳴ならししし給給たまへへえるるるががが我我わながらながらながらいといといとすごうすごうすごう聞聞きこゆれゆれゆればばばひきひきひきさしさしさし給給たまひひいててて、、、「「「戀戀こひひいわびわびわびてててなくなくなく音音ねにににまがふまがふまがううらなみうらなみうらなみははは思思おもふふうかたかたかたよりよりより風風かぜややや吹吹ふくくくらむらむらん」」」ととと謠謠うたひひい給給たまへへえるるるににに、、、人々人々びとおどろきおどろきおどろきてててめでたうめでたうめでとうおぼゆるおぼゆるおぼゆるににに忍忍しのばばばれれれてててあいなうあいなうあいのう起起おききき居居いつゝつゝつつ鼻鼻はなををを忍忍しのびやかびやかびやかにににかみかみかみわたすわたすわたす。。。
- 4げにげにげにいかにいかにいかに思思おもふふうらむらむらん、、、我我わががが身身みひとつひとつひとつににによりよりより、、、親親おやはらからはらからはらから片時片時かたとき立立たちちち離離はなれれれがたくがたくがたく程程ほどにににつけつけつけつゝつゝつつ思思おもふふうらむらむらん家家いえををを別別わかれれれてててかくかくかく惑惑まどひひいあへあへあえるるるとととおぼすおぼすおぼすにににいみじくいみじくいみじくててて、、、
- 5いといといとかくかくかく思思おもひひい沈沈しずむむむさまさまさまををを心心こころ細細ぼそしししととと思思おもふふうらむらむらんとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、晝晝ひるははは何何なにくれくれくれととと戯事戯事たわぶれごとうちうちうちのたまひのたまひのたまいまぎらはしまぎらはしまぎらわし、、、徒然徒然つれづれなるなるなるまゝまゝままにににいろいろいろいろいろいろののの紙紙かみをををつぎつぎつぎつゝつゝつつ手習手習てならいをををししし給給たまふふう。。。
- 6珍珍めずらしきしきしきさまさまさまなるなるなるからからからののの綾綾あやなどなどなどににに樣々樣々さまざまののの繪繪えどもどもどもををを書書かきききすさびすさびすさび給給たまへへえるるる、、、屏風屏風びょうぶのののおもておもておもてどもどもどもなどなどなどいといといとめでたくめでたくめでたく見所見所みどころありありあり。。。人々人々びとののの語語かたりりり聞聞きこえええししし海海うみ山山やまののの有樣有樣ありさまををを遙遙はるかにににおぼしおぼしおぼしやりやりやりしししををを、、、御目御目めににに近近ちかくくくてててはははげにげにげに及及およばばばぬぬぬ磯磯いそのののたゝずまひたゝずまひたたずまい二二になくなくなく書書かききき集集あつめめめ給給たまへへえりりり。。。
- 7このこのこの比比ころののの上手上手じょうずにににすめすめすめるるる千千ちえだえだえだなどなどなど召召めしししてててつくりつくりつくり繪繪えををを仕仕つこうううまつらまつらまつらせせせばやばやばやととと心心こころもとながりもとながりもとながりあへあへあえりりり。。。懷懷なつかしうしうしゅうめでたきめでたきめでたき御御おん有樣有樣ありさまににに世世よののの物思物思ものおもい忘忘わすれれれててて近近ちこううう馴馴なれれれ仕仕つこうううまつるまつるまつるををを嬉嬉うれしきしきしきことことことにてにてにて四五人四五人しごにんばかりばかりばかりぞぞぞつとつとつと侍侍さぶらひひいけるけるける。。。
- 8前栽前栽せんざいののの花花はないろいろいろいろいろいろ咲咲さききき亂亂みだれれれおもしろきおもしろきおもしろき夕暮夕暮ゆうぐれににに、、、海海うみ見見みやらやらやらるゝるゝるる廊廊ろうににに出出いででで給給たまひひいてててたゝずみたゝずみたたずみ給給たまふふう御御おんさまさまさまのののゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう淸淸きよらららなるなるなることことこと、、、所所ところからからからはははましてましてましてこのこのこの世世よのののものものものとととももも見見みえええ給給たまははわずずず。。。
- 9白白しろききき綾綾あやのののなよゝかなよゝかなよよかなるなるなる紫苑色紫苑色しおんいろなどなどなど奉奉たてまつりりりてててこまやかこまやかこまやかなるなるなる御御おん直衣直衣のうし帶帶おびしどけなくしどけなくしどけなくうちうちうち亂亂みだれれれ給給たまへへえるるる御御おんさまさまさまにてにてにて「「「釋迦牟尼佛弟子釋迦牟尼佛弟子しゃかむにぶつでし」」」ととと名名なのりのりのりてててゆるゝかゆるゝかゆるるかににによみよみよみ給給たまへへえるるる、、、又又また世世よににに知知しらららずずずきこゆきこゆきこゆ。。。
- 10沖沖おきよりよりより船船ふねどもどもどもののの唄唄うたひひい詈詈ののしりりりててて漕漕こぎぎぎ行行ゆくくくなどなどなどももも聞聞きこゆゆゆ。。。ほのかほのかほのかににに唯唯ただ小小ちいさきさきさき鳥鳥とりののの浮浮うかべべべるるるととと見見みやらやらやらるゝるゝるるももも心心こころ細細ぼそげげげなるなるなるににに、、、雁雁かりののの連連つらねねねててて鳴鳴なくくく聲聲こえ梶梶かじののの音音おとにににまがへまがへまがえるるるをををうちうちうちながめながめながめ給給たまひひいててて、、、
- 11御御おん淚淚なみだのののこぼるゝこぼるゝこぼるるをををかきかきかきはらひはらひはらい給給たまへへえるるる御手御手てつきつきつき黑木黑木くろきののの御御おんずゞずゞずずにににはえはえはえ給給たまへへえるるるははは、、、故鄕故鄕ふるさとののの女女おんな戀戀こいしきしきしき人々人々びとのののこゝろこゝろこころ皆皆みな慰慰なぐさみみみにににけりけりけり。。。
- 12「「「はつかりはつかりはつかりははは戀戀こいしきしきしき人人ひとのののつらつらつらなれなれなれややや旅旅たびののの空空そらとぶとぶとぶこゑこゑこえのののかなしきかなしきかなしき」」」とととののの給給たまへへえばばば、、、良淸良淸よしきよ「「「かきかきかきつらねつらねつらね昔昔むかしのののことことことぞぞぞおもほゆるおもほゆるおもおゆる雁雁かりはははそのそのそのよよよののの友友ともならならならねねねどもどもども」」」。。。
- 13民部大輔民部大輔みんぶのたいふ「「「心心こころからからからとことことこ世世よををを捨捨すてゝてゝててなくなくなくかりかりかりををを雲雲くものののよそよそよそにににももも思思おもひひいけるけるけるかなかなかな」」」。。。前前さきののの右近右近うこんののの丞丞ぞう「「「常世常世とこよ出出いでゝでゝでてたびたびたびののの空空そらなるなるなるかりがねかりがねかりがねもももつらつらつらにににおくれおくれおくれぬぬぬ程程ほどぞぞぞなぐさむなぐさむなぐさむ。。。友友ともまどはしまどはしまどわしてててはははいかにいかにいかに侍侍はべらららましましまし」」」ととといふいふいう。。。
- 14親親おやののの常陸常陸ひたちににになりなりなりててて下下くだりりりしししにににもももさそはさそはさそわれれれででで參參まいれれれるるるなりなりなりけりけりけり。。。したしたしたにににははは思思おもひひい碎碎くだくくくべかべかべかめれめれめれどどどほこりかほこりかほこりかにににもてなしもてなしもてなしてててつれなきつれなきつれなきさまさまさまにににしししありくありくありく。。。
- 15月月つきのののいといといと花花はなやかやかやかにににさしさしさし出出いでででたるたるたるににに今夜今夜こよいははは十五夜十五夜じゅうごやなりなりなりけりけりけりとととおぼしおぼしおぼし出出いでゝでゝでて殿上殿上てんじょうののの御御おん遊遊あそびこひしくこひしくこいしく、、、所々所々ところどころ眺眺ながめめめたまふたまふたまうらむらむらんかしかしかしととと思思おもひひいやりやりやり給給たまふふうにににつけつけつけてててももも月月つきののの顏顏かおのみのみのみまもらまもらまもられれれ給給たまふふう。。。
- 16「「「」」」とととずしずしずし給給たまへへえるるる、、、例例れいののの淚淚なみだもももとゞめとゞめとどめられられられずずず。。。入道入道にゅうどうののの宮宮みやののの「「「霧霧きりややや隔隔へだつるつるつる」」」とととのたまはせのたまはせのたまわせしししほどほどほどいはいはいわむむん方方かたなくなくなく戀戀こいしくしくしく、、、折々折々おりおりののの事事ことおもひおもひおもい出出いででで給給たまふふうににによゝよゝよよととと泣泣なかかかれれれ給給たまふふう。。。
- 17夜夜よ更更ふけけけ侍侍はべりりりぬぬぬととと聞聞きこゆれゆれゆれどどど猶猶なお入入いりりりたまはたまはたまわずずず。。。「「「見見みるるるほどほどほどぞぞぞしばししばししばしなぐさむなぐさむなぐさむめぐりめぐりめぐりあはあはあわむむん月月つきののの都都みやこははははるかはるかはるかなれなれなれどもどもども」」」。。。
- 18そのそのその夜夜ようへうへうえのののいといといとなつかしうなつかしうなつかしゅう昔物語昔物語むかしものがたりなどなどなどししし給給たまひひいししし御御おんさまさまさまののの院院いんににに似似に奉奉たてまつりりり給給たまへへえりりりしししももも戀戀こいしくしくしく思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、「「「恩賜恩賜おんしののの御衣御衣ぎょいははは今今いまこゝこゝここにににありありありとととずしずしずしつゝつゝつつ入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 19御御おんぞぞぞはははまことまことまことににに身身み放放はなたたたずずずかたはらかたはらかたわらににに置置おききき給給たまへへえりりり「「「うしうしうしとととのみのみのみひとへひとへひとえににに物物ものはははおもほえおもほえおもおえでででひだりひだりひだりみぎみぎみぎにににもももぬるゝぬるゝぬるる袖袖そでかなかなかな」」」
現代語訳
須磨では、いっそう物思いを誘う秋風が吹いて、海は少し遠いけれど、行平の中納言が「関吹き越ゆる」と詠んだという浦波が、夜ごとに、本当にすぐ近くに聞こえて、またとなくしみじみとしたものは、このような所の秋なのであった。
御前には、たいそう人が少なくて、皆寝静まっている時に、源氏はひとり目を覚まして、枕から頭をもたげて、四方の嵐をお聞きになると、波がすぐそこまで立ち寄ってくるような気がして、涙が落ちるとも気づかないうちに、枕が浮くほどになってしまった。
琴を少しかき鳴らしなさったのが、自分ながらたいそうもの寂しく聞こえるので、弾くのをやめなさって、「恋しさに耐えかねて泣く声にまがう浦波の音は、恋しく思う都の方から風が吹くからだろうか」と口ずさみなさると、人々は目を覚まして、すばらしいと思うにつけても、こらえきれなくなって、わけもなく起き上がっては、そっと鼻をかみ合っている。
本当に、この人たちはどう思っているだろう、自分ひとりのために、親や兄弟、片時も離れがたく、それぞれの身分に応じて大切に思っているだろう家を離れて、このように流浪しているのだとお思いになると、たまらなく、自分がこのように思い沈んでいる様子を、心細いと思っているだろうとお思いになるので、
昼は何かと冗談をおっしゃって気をまぎらわし、所在ないままに、色とりどりの紙を継いで手習をなさる。珍しい様子の唐の綾などに、さまざまな絵を描いて慰みになさっているのが、屏風の面などにして、たいそうすばらしく見ごたえがある。
人々が話してお聞かせした海や山の様子を、遠くから思いやっていらっしゃったのを、目の当たりにしてご覧になると、本当に想像も及ばなかった磯のたたずまいを、またとなく見事に描き集めなさった。今の名手だという千枝や常則などを呼んで、彩色をさせたいものだと、人々はじれったがっている。
慕わしく、すばらしいご様子に、世の中の物思いを忘れて、おそば近くお仕えするのを、うれしいことにして、四、五人ほどがいつもおそばに控えていた。
前栽の花が色とりどりに咲き乱れ、趣のある夕暮れに、海の見渡される廊にお出になって、たたずんでいらっしゃるご様子の、不吉なほどの美しさは、場所柄、ましてこの世のものともお見えにならない。
白い綾の柔らかな衣に、紫苑色のものなどをお召しになって、濃い色の御直衣に、帯をしどけなく締めてくつろいでいらっしゃるご様子で、「釈迦牟尼仏弟子」と名のって、ゆっくりと経をお読みになっている声が、また世に比べるものもなく聞こえる。
沖を、いくつもの船が大声で歌いながら漕いでいくのも聞こえる。ほのかに、ただ小さな鳥が浮かんでいるように見えるのも心細そうなところに、雁が連なって鳴く声が、梶の音にまがうのを眺めていらっしゃって、涙がこぼれるのを払いのけなさるお手つきが、黒檀の数珠に映えていらっしゃるのは、故郷の女を恋しく思う供人たちの心も、皆慰められてしまった。
「初雁は、恋しい都の人の仲間なのだろうか。旅の空を飛ぶ声が悲しく聞こえる」とおっしゃると、良清が「次々と昔のことが思い出されます。雁はその昔の友ではないけれど」。民部大輔が「自分から常世を捨てて鳴く雁を、これまでは雲の彼方の、よそごととばかり思っていたことよ」。
前の右近将監が「常世を出て旅の空にある雁も、仲間に遅れずにいる間は、心が慰められることです。仲間を見失ってしまったら、どんなでございましょう」と言う。親が常陸の介になって下ったのにもついて行かずに、お供して参ったのであった。内心では思い悩んでいるようだが、誇らしげにふるまって、平気な様子で過ごしている。
月がたいそう明るくさし出たので、今夜は十五夜だったのだと思い出しなさって、殿上の管絃の遊びが恋しく、あちらこちらで月を眺めていらっしゃるだろうと思いやりなさるにつけても、月の顔ばかりをじっと見つめずにはいらっしゃれない。
「二千里外故人心」と口ずさみなさると、いつものように涙もとめられない。入道の宮が「霧や隔つる」とおっしゃった時のことが、言いようもなく恋しく、折々のことを思い出しなさると、おいおいとお泣きになる。「夜が更けました」と申し上げるが、やはり奥にお入りにならない。
「月を見ている間だけは、しばらく心が慰められる。再びめぐり会うはずの月の都は、はるか遠いけれど」。その夜、帝がたいそう親しく昔話などをなさったご様子が、院に似ていらっしゃったのも恋しく思い出し申し上げなさって、「恩賜の御衣は今此に在り」と口ずさみながら、奥にお入りになった。
帝からいただいた御衣は、本当に身から離さず、おそばに置いていらっしゃった。「帝をただひとえにつらいとばかり思うこともできず、恨めしさと懐かしさの左右どちらにも涙で濡れる袖であることよ」。
意訳
秋風が吹き、須磨の浦波の音が身にしみる。眠れぬ夜、源氏は琴を弾き、歌を詠み、供人たちも涙する。源氏は、自分のために家族と別れた供人たちを思いやり、昼は戯れ言で人々を慰め、絵を描いて過ごす。
夕暮れ、海を見渡す廊で経を唱える源氏の姿は、この世の人とも思われないほど美しい。雁の声に供人たちと歌を詠み交わし、十五夜には、都の宴や藤壺、朱雀帝を思い出して涙する。
語釈・文法注
- 千えだつねのり
- 千枝(ちえだ)・常則(つねのり)。当時の名高い宮廷絵師とされる。常則は飛鳥部常則で、村上天皇の時代の実在の画家。
- 二千里外古人心
- 白居易の詩「八月十五日夜禁中独直、対月憶元九」の一節「三五夜中新月色、二千里外故人心」による。十五夜の月を見て、二千里の彼方にいる友を思う。
- 恩賜の御衣は今こゝにあり
- 菅原道真が大宰府に流された時の詩「恩賜の御衣は今此に在り、捧げ持ちて毎日余香を拝す」による。源氏は、朱雀帝から賜った衣を前に、道真の境遇に自分を重ねる。
文法
- 疑問の「や…らむ」(風や吹くらむ)
- 「風が吹くからだろうか」。原因を推量する。
- 疑問の「なれや」(人のつらなれや)
- 「仲間なのだろうか」。
和歌
戀ひわびてなく音にまがふうらなみは思ふかたより風や吹くらむ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 眠れぬ秋の夜、琴を弾きさして詠んだ歌。恋しさに耐えかねて泣く声にまがう浦波の音は、恋しく思う都の方から風が吹くからだろうか。
はつかりは戀しき人のつらなれや旅の空とぶこゑのかなしき
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 雁の声を聞いて詠んだ歌。初雁は、恋しい都の人の仲間なのだろうか。旅の空を飛ぶ声が悲しく聞こえる。
修辞
- 掛詞
- 「つら」に雁の「列」と、仲間の意の「連(つら)」をかける。
かきつらね昔のことぞおもほゆる雁はそのよの友ならねども
- 詠者
- 良清
- 状況
- 源氏の歌に続けて詠んだ歌。次々と昔のことが思い出されます。雁はその昔の友ではないけれど。
心からとこ世を捨てゝなくかりを雲のよそにも思ひけるかな
- 詠者
- 民部大輔
- 状況
- 自分から常世を捨てて鳴く雁を、これまでは雲の彼方の、よそごととばかり思っていたことよ。
常世出でゝたびの空なるかりがねもつらにおくれぬ程ぞなぐさむ
- 詠者
- 前右近将監
- 状況
- 常世を出て旅の空にある雁も、仲間に遅れずにいる間は、心が慰められることです。
見るほどぞしばしなぐさむめぐりあはむ月の都ははるかなれども
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 十五夜の月を見て詠んだ歌。月を見ている間だけは、しばらく心が慰められる。再びめぐり会うはずの月の都(京)は、はるか遠いけれど。
うしとのみひとへに物はおもほえでひだりみぎにもぬるゝ袖かな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 朱雀帝から賜った御衣をそばに置いて詠んだ歌。帝をただひとえにつらいとばかり思うこともできず、恨めしさと懐かしさの左右どちらにも涙で濡れる袖であることよ。
解説
須磨の秋の場面は、源氏物語の中でももっとも有名な一節の一つである。「須磨にはいとゞ心づくしの秋風に」で始まる文章は、古来名文として親しまれてきた。浦波の音、雁の声、十五夜の月といった秋の景物が、都を離れた源氏の孤独を深く描き出している。
源氏が口ずさむ詩句は、白居易と菅原道真という、左遷・流謫を経験した詩人たちのものである。源氏は、これら先人の境遇に自分を重ね合わせている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、246–249頁(コマ126–127)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日