古典ライブラリー

源氏物語 第12帖 須磨(8)

須磨の住まいと都への文

登場人物:光源氏・藤壺・朧月夜・紫の上・少納言の乳母・夕霧

須磨での暮らしが落ち着くと、長雨のころ、源氏は都の人々に文を送る。藤壺や朧月夜、紫の上に歌を贈る。二条院の紫の上は、源氏の残した品々を見ては泣き暮らし、源氏の夜具などを調えて送る。藤壺は、源氏が秘密を守り通してくれたことをしみじみと思う。紫の上からの心のこもった返事に、源氏は紫の上を迎えたいと思うが、思い直して勤行に励む。

長雨の降る須磨の住まいで、源氏が都の人々へ文を書き、使者がそれを受け取っている場面(AI生成)
長雨の降る須磨の住まいで、源氏が都の人々へ文を書き、使者がそれを受け取っている場面
  1. 1やうやうやうやうようよう事こと事ことことしづまりしづまりしずまり行ゆ行ゆゆくくくににに長雨ながあめ長雨ながあめながあめののの頃ころ頃ころころににになりなりなりててて京きやう京きやうきょうののの事こと事ことことどもどもどもおぼしおぼしおぼしやらやらやらるゝるゝるるににに戀こひ戀こひこいしきしきしき人ひと人ひとひと多おほ多おほおおくくく女君をんなぎみ女君をんなぎみおんなぎみのののおぼしおぼしおぼしたりたりたりしししさまさまさま春宮とうぐう春宮とうぐうとうぐうののの御おん御おんおんことことこと、、、若君わかぎみ若君わかぎみわかぎみののの何なに何なになに心ごころ心ごころごころもももなくなくなく紛まぎ紛まぎまぎれれれ給たま給たまたまひひいしししなどなどなどをををはじめはじめはじめ、、、此處彼處ここかしこ此處彼處ここかしこここかしこ思おも思おもおもひひいやりやりやり聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2京きやう京きやうきょうへへへ人ひと人ひとひと出い出いいだしだしだしたてたてたて給たま給たまたまふふう。。。二條院にでうのゐん二條院にでうのゐんにじょういんへへへ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふうととと、、、入道にふだう入道にふだうにゅうどうののの宮みや宮みやみやとととはははかきかきかきもももやりやりやり給たま給たまたまははわずずずくらさくらさくらされれれ給たま給たまたまへへえりりり。。。
  3. 3宮みや宮みやみやにににははは「「「松島まつしま松島まつしままつしまのののあまあまあまのののとまやとまやとまやもももいかならいかならいかならむむんすますますまののの浦人うらびと浦人うらびとうらびとしほたるゝしほたるゝしおたるるころころころ。。。いついついつととと侍はべ侍はべはべらららぬぬぬ中なか中なかなかにににもももきしかたきしかたきしかた行ゆ行ゆゆくくくさきさきさきかきかきかきくらしくらしくらし、、、みぎはみぎはみぎわまさりまさりまさりてててなむなむなん」」」。。。
  4. 4ないしのかみないしのかみないしのかみののの御許もと御許もともとににに例れい例れいれいののの中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんののの君きみ君きみきみののの私事わたくしごと私事わたくしごとわたくしごとのののやうやうようにてにてにて中なか中なかなかなるなるなるににに「「「つれづれつれづれつれづれととと過す過すすぎぎぎにににししし方かた方かたかたののの思おも思おもおもううう給たま給たまたまへへえ出い出いいでででらるゝらるゝらるるにににつけつけつけてててももも、、、こりずまこりずまこりずまののの浦うら浦うらうらのののみるめみるめみるめもももゆかしきゆかしきゆかしきををを鹽しほ鹽しほしお燒や燒ややくくくあまあまあまやややいかゞいかゞいかが思おも思おもおもははわむむん」」」。。。
  5. 5さまざまさまざまさまざま書か書かかききき盡つく盡つくつくししし給たま給たまたまふふう言こと言ことことののの葉は葉はは思おも思おもおもひひいやるやるやるべしべしべし。。。大殿おほとの大殿おほとのおおとのにににももも宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうののの乳母めのと乳母めのとめのとにににももも、、、仕つか仕つかつこううう奉まつ奉まつまつるるるべきべきべき事こと事ことことなどなどなどももも書か書かかきききつかはすつかはすつかわす。。。京きやう京きやうきょうにににはははこのこのこの御おん御おんおん文ふみ文ふみふみ所々ところどころ所々ところどころところどころににに見み見みみ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ御心みこころ御心みこころみこころ亂みだ亂みだみだれれれ給たま給たまたまふふう人々びと人々びとびとのみのみのみおほかりおほかりおおかり。。。
  6. 6二條院にでうのゐん二條院にでうのゐんにじょういんののの君きみ君きみきみはははそのそのそのまゝまゝままににに起お起おおきききもももあがりあがりあがり給たま給たまたまははわずずず盡つ盡つつきききせせせぬぬぬさまさまさまににに覺おぼ覺おぼおぼしししこがるれこがるれこがるればばば、、、侍さぶら侍さぶらさぶらふふう人々びと人々びとびともももこしらへこしらへこしらえわびわびわびつゝつゝつつ心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそううう思おも思おもおもひひいあへあへあえりりり。。。
  7. 7もてもてもてならしならしならし給たま給たまたまひひいししし御おん御おんおん調度てうど調度てうどちょうどどもどもども彈ひ彈ひひききき鳴なら鳴ならならししし給たま給たまたまひひいししし御おん御おんおん琴こと琴ことことぬぎぬぎぬぎ捨す捨すすててて給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおんぞぞぞのののにほひにほひにおいなどなどなどにににつけつけつけてててももも、、、今いま今いまいまはははととと世よ世よよににになくなくなくなりなりなりたらたらたらむむん人ひと人ひとひとのののやうやうようにににのみのみのみおぼしおぼしおぼしたれたれたればばば、、、かつはかつはかつわゆゝしうゆゝしうゆゆしゅうててて少納言せうなごん少納言せうなごんしょうなごんははは僧都そうづ僧都そうづそうずににに御おん御おんおんいのりいのりいのりののの事こと事ことことなどなどなど聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  8. 8二ふた二ふたふたかたかたかたにににみずみずみず法ほふ法ほふほうなどなどなどせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。かつはかつはかつわかくかくかくおぼしおぼしおぼし歎なげ歎なげなげくくく御心みこころ御心みこころみこころををを靜しづ靜しづしずめめめ給たま給たまたまひひいてててなぐさめなぐさめなぐさめ又また又またまたもともともとののの如ごと如ごとごとくくくににに返かへ返かへかえりりり給たま給たまたまふふうべきべきべきさまさまさまににになどなどなど、、、心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしきまゝまゝままににに祈いの祈いのいのりりり申まう申まうもうししし給たま給たまたまふふう。。。
  9. 9旅たび旅たびたびののの御おん御おんおん殿居物とのゐもの殿居物とのゐものとのいものなどなどなど調てう調てうちょうじじじててて奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。ののの御おん御おんおん直衣なほし直衣なほしのうし指貫さしぬき指貫さしぬきさしぬきさまさまさま變かは變かはかわりりりたるたるたる心地ここち心地ここちここちするするするもももいみじきいみじきいみじきににに、、、さらさらさらぬぬぬ鏡かがみ鏡かがみかがみとととのたまひのたまひのたまいししし面影おもかげ面影おもかげおもかげのののげにげにげに身み身みみににに添そ添そそひひい給たま給たまたまへへえるるるもももかひかひかいなしなしなし。。。
  10. 10出い出いいででで入い入いいりりり給たま給たまたまひひいしししかたかたかた、、、寄よ寄よよりりり居ゐ居ゐい給たま給たまたまひひいししし眞木柱まきばしら眞木柱まきばしらまきばしらなどなどなどををを見み見みみ給たま給たまたまふふうにににももも胸むね胸むねむねのみのみのみふたがりふたがりふたがりててて、、、物もの物ものものをををとかうとかうとこう思おも思おもおもひひいめぐらしめぐらしめぐらし世よ世よよにににしほじみしほじみしおじみぬるぬるぬる齡よはひ齡よはひよわいののの人ひと人ひとひとだにだにだにありありあり、、、
  11. 11ましてましてまして馴な馴ななれれれむつびむつびむつび聞きこ聞きこきこえええ父母ちちはは父母ちちははちちははににになりなりなりつゝつゝつつあつかひあつかひあつかい聞きこ聞きこきこえええおほしおほしおおし立た立たたてててならはしならはしならわし給たま給たまたまへへえれれればばば、、、俄にはか俄にはかにわかににに引ひ引ひひききき別わか別わかわかれれれててて戀こひ戀こひこいしうしうしゅう思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえるるることわりことわりことわりなりなりなり。。。
  12. 12ひたすらひたすらひたすら世よ世よよににになくなくなくなりなりなりなななむむんははは言い言いいははわむむん方かた方かたかたなくなくなくててていふかひいふかひいうかいなきなきなきにてにてにてもももやうやうやうやうようよう忘草わすれぐさ忘草わすれぐさわすれぐさももも生お生おおひひいやややすすすらむらむらん、、、聞き聞ききくくく程ほど程ほどほどははは近ちか近ちかちかけれけれけれどどどいついついつまでまでまでととと限かぎり限かぎりかぎりあるあるある御おん御おんおん別わかれ別わかれわかれにににもももあらあらあらぬぬぬをををおぼすおぼすおぼすにににつきせつきせつきせずずずなむなむなん。。。
  13. 13入道にふだう入道にふだうにゅうどうののの宮みや宮みやみやにににももも春宮とうぐう春宮とうぐうとうぐうののの御おん御おんおん事こと事ことことににによりよりよりおぼしおぼしおぼし歎なげ歎なげなげくくくさまさまさまいといといとさらさらさらなりなりなり。。。御おん御おんおん宿世すくせ宿世すくせすくせののの程ほど程ほどほどをををおぼすおぼすおぼすにににはははいかゞいかゞいかが淺あさ淺あさあさくくくはははおぼさおぼさおぼされれれむむん。。。
  14. 14年比としごろ年比としごろとしごろははは唯ただ唯ただただ物もの物ものものののの聞きこ聞きこきこえええなどなどなどのののつゝましさつゝましさつつましさににに少すこ少すこすこしししなさけなさけなさけあるあるある氣色けしき氣色けしきけしき見み見みみせせせばばば、、、それそれそれにににつけつけつけててて人ひと人ひとひとののの咎とが咎とがとがめめめ出い出いいづるづるずる事こと事ことこともももこそこそこそとととのみのみのみ偏ひとへ偏ひとへひとえにににおぼしおぼしおぼし忍しの忍しのしのびびびつゝつゝつつあはれあはれあわれをををももも多おほ多おほおおううう御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじすぐしすぐしすぐしすくすくしうすくすくしうすくすくしゅうもてなしもてなしもてなし給たま給たまたまひひいしししををを、、、
  15. 15かばかりかばかりかばかりににに浮世うきよ浮世うきようきよののの人言ひとごと人言ひとごとひとごとなれなれなれどどどかけかけかけてててもももこのこのこの方かた方かたかたにににははは言い言いいひひい出い出いいづるづるずる事こと事ことことなくなくなくててて止や止ややみみみぬるぬるぬるばかりばかりばかりののの人ひと人ひとひとののの御おん御おんおんおもむけおもむけおもむけももも、、、あながちあながちあながちなりなりなりししし心こころ心こころこころののの引ひ引ひひくくく方かた方かたかたににに任まか任まかまかせせせずずず、、、かつはかつはかつわめやすくめやすくめやすくもてもてもて隱かく隱かくかくしししつるつるつるぞぞぞかしかしかしとととあはれあはれあわれににに戀こひ戀こひこいしうしうしゅうもももいかゞいかゞいかがおぼしおぼしおぼし出い出いいでででざらざらざらむむん。。。
  16. 16御おん御おんおん返かへ返かへかえりりりももも少すこ少すこすこしししこまやかこまやかこまやかにてにてにて「「「このこのこのころころころはははいとゞいとゞいとど、、、しほたるゝしほたるゝしおたるることことことをををやくやくやくにてにてにて松島まつしま松島まつしままつしまににに年とし年としとしふるふるふるあまあまあまもももなげきなげきなげきをををぞぞぞつむつむつむ」」」
  17. 17かんのかんのかんの君きみ君きみきみののの御おん御おんおんかへりかへりかえりにににははは、、、「「「浦うら浦うらうらにににたくたくたくあまあまあまだにだにだにつゝむつゝむつつむ戀こひ戀こひこいなれなれなればばばくゆるくゆるくゆるけぶりけぶりけぶりよよよ行ゆ行ゆゆくくくかたかたかたぞぞぞなきなきなき。。。さらさらさらなるなるなる事こと事ことことどもどもどもはははえええなむなむなん」」」とととばかりばかりばかり、、、いさゝかいさゝかいささかにてにてにて中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゅうなごんののの君きみ君きみきみののの中なか中なかなかにににありありあり。。。おぼしおぼしおぼし歎なげ歎なげなげくくくさまさまさまなどなどなどいみじくいみじくいみじくいひいひいいたりたりたり。。。あはれあはれあわれととと思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうふしぶしふしぶしふしぶしもももあれあれあればばばうちうちうち歎なげ歎なげなげかかかれれれ給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。
  18. 18姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみののの御おん御おんおん文ふみ文ふみふみははは心こころ心こころこころ殊こと殊ことことににに細こま細こまこまやかやかやかなりなりなりししし御おん御おんおん返かへ返かへかえりりりなれなれなればばばあはれあはれあわれなるなるなる事こと事ことこと多おほ多おほおおくくくててて、、、「「「うらうらうら人びと人びとびとのののしほくむしほくむしおくむ袖そで袖そでそでにににくらべくらべくらべ見み見みみよよよなみぢなみぢなみじへだつるへだつるへだつる夜よ夜よよのののころもころもころもををを」」」物もの物ものものののの色いろ色いろいろししし給たま給たまたまへへえるるるさまさまさまなどなどなどいといといと淸きよ淸きよきよらららなりなりなり。。。
  19. 19何事なにごと何事なにごとなにごともももらうらうしうらうらうしうろうろうしゅう物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうををを思おも思おもおもふふうさまさまさまにてにてにて、、、今いま今いまいまははは殊こと殊ことことににに心こころ心こころこころあわたゞしうあわたゞしうあわただしゅう行ゆ行ゆゆきききかゝづらふかゝづらふかかずらう方かた方かたかたもももなくなくなくまめやかまめやかまめやかにてにてにてあるあるあるべきべきべきものものものをををとととおぼすおぼすおぼすににに、、、いみじういみじういみじゅう口惜くちを口惜くちをくちおしうしうしゅうよるよるよるひるひるひる面影おもかげ面影おもかげおもかげにににおぼえおぼえおぼえててて堪た堪たたへへえ難がた難がたがたくくく思おも思おもおもひひい出い出いいでででられられられ給たま給たまたまへへえばばば、、、猶なほ猶なほなお忍しの忍しのしのびびびてててややや迎むか迎むかむかへへえましましましとととおぼすおぼすおぼす。。。
  20. 20又また又またまたうちうちうち返かへ返かへかえししし、、、なぞなぞなぞやややかくかくかく浮世うきよ浮世うきようきよににに罪つみ罪つみつみをををだにだにだに失うしな失うしなうしなははわむむんとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、やがてやがてやがて御おん御おんおんにてにてにて明暮あけくれ明暮あけくれあけくれ行おこな行おこなおこなひひいててておはすおはすおわす。。。
  21. 21大殿おほとの大殿おほとのおおとのののの若君わかぎみ若君わかぎみわかぎみののの御おん御おんおん事こと事ことことなどなどなどあるあるあるにににもももいとゞいとゞいとど悲かな悲かなかなしけれしけれしけれどどど、、、おのづからおのづからおのずから逢あ逢ああひひい見み見みみてててむむん、、、たのもしきたのもしきたのもしき人々びと人々びとびと物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえばばば後うしろ後うしろうしろめたうめたうめとうはははあらあらあらずずずとととおぼしおぼしおぼしなさなさなさるゝるゝるるははは、、、なかなかなかなかなかなかこのこのこの道みち道みちみちははは惑まど惑まどまどははわれれれ給たま給たまたまははわぬぬぬにににやややあらあらあらむむん。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

だんだん生活が落ち着いていくと、長雨のころになって、京のことが思いやられるにつけても、恋しい人が多く、女君(紫の上)が思い沈んでいた様子、東宮のこと、若君が無心に遊び回っていらっしゃったことなどをはじめとして、あちこちに思いをはせなさる。

京へ使いを出しなさる。二条院へ差し上げなさる手紙と、入道の宮へのものとは、涙で書き終えることもできず、目の前が暗くなっていらっしゃった。入道の宮には、「松島の尼の苫屋は、どうしていらっしゃるでしょう。須磨の浦人が、涙に濡れて暮らしているこのごろ。いつということもなく悲しい中でも、過去も未来も真っ暗になって、涙の水かさがまさっております」。

尚侍の君のもとには、いつものように中納言の君への私信のようにして、その中に入れたものに、「所在なく、過ぎ去った日々のことが思い出されるにつけても、懲りもせずに須磨の浦の海松布、あなたに会うことが恋しく思われますが、塩を焼く海人はどう思っているでしょう」。さまざまに書き尽くしなさった言葉は、想像してほしい。

左大臣邸にも、宰相の乳母にも、若君のお世話の事などを書き送りなさる。京では、このお手紙を方々でご覧になって、お心を乱される人々ばかりが多い。二条院の君は、そのまま起き上がりもなさらず、尽きることなく恋い焦がれていらっしゃるので、お仕えする女房たちも慰めかねて、心細く思い合っている。

源氏が使い慣れていらっしゃった御調度や、弾き鳴らしていらっしゃった御琴、脱ぎ捨てていかれたお召し物の香りなどにつけても、今はもう亡くなってしまった人のようにばかりお思いになっているので、一方では縁起でもないと、少納言は僧都にご祈祷のことなどを頼み申し上げる。両方の無事を祈って御修法などをおさせになる。

一方では、このようにお嘆きになる紫の上のお心を静めて慰め、また源氏が元のように都に帰っていらっしゃるようにと、気の毒なあまりに祈り申し上げなさる。紫の上は、旅の宿直用の夜具などを作って差し上げなさる。固織りの絹の御直衣や指貫が、様子が変わった気持ちがするのも悲しいうえに、「さらぬ鏡」とおっしゃった面影が、本当に身に添っていらっしゃるのも、かいのないことである。

源氏が出入りなさった戸口や、寄りかかっていらっしゃった真木柱などをご覧になるにつけても、胸がふさがるばかりで、物事をあれこれと思いめぐらし、世の中の経験を積んだ年齢の人でさえこうなのだから、まして、慣れ親しみ申し上げ、父母のようにお世話をして、育て上げてくださったのだから、急に別れて恋しく思い申し上げなさるのは、もっともである。

ひたすら亡くなってしまったのなら、言いようもなく、どうしようもないことでも、だんだんと忘れ草も生えてくるだろうが、聞けば須磨は近いけれど、いつまでと期限のあるお別れでもないことをお思いになると、悲しみが尽きない。

入道の宮も、東宮のことによってお嘆きになる様子は、言うまでもない。源氏との宿縁のほどをお思いになると、どうして浅くお思いになれようか。長年は、ただ世間の噂などをはばかって、少しでも情けある様子を見せたら、それにつけて人がとがめ立てすることもあるだろうと、ひたすら忍んで、源氏の思いをも多く見過ごして、そっけなくふるまっていらっしゃったが、

これほど浮き世の人の噂が多いのに、まったくこのこと(藤壺とのこと)については言い出されることなく終わったほどの、源氏のお心配りも、無理を通した恋心の向くままに任せず、一方では体裁よく隠し通してくれたのだと、しみじみと恋しくも、どうして思い出しなさらないことがあろうか。ご返事も少し細やかで、「涙に濡れることを務めとして、松島に年を経る尼の私も、嘆きを積み重ねています」。

尚侍の君のご返事には、「浦で塩を焼く海人でさえ人目を包む恋なので、くすぶる煙のように、私の思いは行き場がありません。言うまでもないことは、とても書けません」とだけ、ほんの少し、中納言の君の手紙の中にあった。中納言の君は、尚侍の君が嘆いていらっしゃる様子などを、たいそう書き綴っていた。源氏は、しみじみと思い申し上げなさる節々もあるので、ため息をつかずにはいらっしゃれなかった。

姫君(紫の上)のお手紙は、格別に心をこめた源氏のお手紙へのご返事なので、しみじみとしたことが多くて、「須磨の浦人が潮を汲む袖と比べてみてください。波路を隔てて独り寝をする、私の夜の衣を」。夜具の染め色の様子なども、たいそう美しい。

何事も巧みにこなしていらっしゃるのが理想どおりで、今は特に、ほかの女性に心を移すこともなく、落ち着いて暮らしていけたはずなのにとお思いになると、たいそう残念で、夜も昼も面影に浮かんで、耐えがたく思い出されなさるので、やはりこっそりと迎えようかとお思いになる。

また思い返して、いやいや、このようにつらい世の中で、せめて罪だけでも消そうとお思いになるので、すぐに精進して、明け暮れ勤行をしていらっしゃる。左大臣家の若君のお便りなどがあるにつけても、いっそう悲しいけれど、いずれは自然と会えるだろう、頼もしい人々がついていらっしゃるのだから、気がかりなことはないと思いなされるのは、かえってこの子を思う道には、お迷いにならないのだろうか。

意訳

須磨での暮らしが落ち着くと、源氏は都の人々に歌を送る。藤壺には尼となった身を思いやり、朧月夜には懲りもせず逢いたいと詠む。

紫の上は、源氏の残した品々を見ては泣き暮らし、源氏のために夜具を調えて送る。藤壺は、源氏が二人の秘密を守り通してくれたことを、しみじみとありがたく思う。源氏は、紫の上の心のこもった返事に、紫の上を迎えたいと思うが、罪を償うために勤行に励む。

語釈・文法注

かとり
固織(かとり)。目を細かく固く織った絹。旅の衣服に用いた。
さうじん
精進(そうじん)。肉食を断ち、身を清めて仏道に励むこと。

文法

反語の「いかゞ…む」(いかゞおぼし出でざらむ)
「どうして思い出しなさらないことがあろうか、いや、思い出しなさる」。
危惧の「もこそ」(咎め出づる事もこそ)
「とがめ立てすることもあっては困る」。

和歌

松島のあまのとまやもいかならむすまの浦人しほたるゝころ

詠者
光源氏
状況
出家した藤壺に送った歌。松島の海人(尼)の苫屋は、どうしていらっしゃるでしょう。須磨の浦人(私)が、涙に濡れて暮らしているこのごろ。

修辞

掛詞
「あま」に「海人」と「尼」をかけ、尼となった藤壺をさす。「しほたるゝ」は潮に濡れることと涙に濡れることをかける。

こりずまの浦のみるめもゆかしきを鹽燒くあまやいかゞ思はむ

詠者
光源氏
状況
朧月夜に送った歌。懲りもせずに、須磨の浦の海松布(見る目)、あなたに会うことが恋しく思われますが、塩を焼く海人(あなた)はどう思っているでしょう。

修辞

掛詞
「こりずま」に「懲りずま(懲りもせず)」と「須磨」、「みるめ」に「海松布」と「見る目(逢うこと)」をかける。

しほたるゝことをやくにて松島に年ふるあまもなげきをぞつむ

詠者
藤壺
状況
源氏への返歌。涙に濡れることを務めとして、松島に年を経る尼の私も、嘆きを積み重ねています。

修辞

掛詞
「やく」に「役」と「焼く」、「なげき」に「嘆き」と「投げ木(薪)」をかける。

浦にたくあまだにつゝむ戀なればくゆるけぶりよ行くかたぞなき

詠者
朧月夜
状況
源氏への返歌。浦で塩を焼く海人でさえ人目を包む恋なので、くすぶる煙のように、私の思いは行き場がありません。

修辞

掛詞
「くゆる」に煙が「燻る」と、思い悩む「悔ゆる」をかける。

うら人のしほくむ袖にくらべ見よなみぢへだつる夜のころもを

詠者
紫の上
状況
夜具に添えて源氏に送った歌。須磨の浦人が潮を汲む袖と比べてみてください。波路を隔てて独り寝をする、私の夜の衣(の涙の濡れよう)を。

解説

須磨の源氏と都の女性たちとの文の贈答は、それぞれの女性の個性をよく表している。藤壺は尼としての身を嘆き、朧月夜は人目を忍ぶ恋の苦しさを訴え、紫の上は独り寝の悲しみを率直に伝える。

藤壺が、源氏が二人の秘密を守り通してくれたことに感謝する場面は重要である。源氏の失脚の原因は朧月夜との件とされたが、藤壺との密通は誰にも知られることがなかった。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、240–245頁(コマ123–125)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日