源氏物語 第12帖 須磨(6)
東宮への別れと世の人々
御陵から戻った源氏は、東宮に仕える王命婦に、散りかけた桜の枝に結んだ歌を送る。幼い東宮は、しばらく会わないだけでも恋しいのにと答える。王命婦は返歌を送り、宮の内では皆が忍び泣く。源氏の恩恵を受けた人々は数知れないが、世をはばかって見舞う者もなく、源氏は人の心のつれなさを思い知る。

- 1明明あけけけはつるはつるはつる程程ほどににに歸歸かえりりり給給たまひひいててて春宮春宮とうぐうにににももも御御おんせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。王命婦王命婦おうみょうぶををを御御おんかはりかはりかわりとととててて侍侍さぶらははわせせせ給給たまへへえばばばそのそのその局局つぼねにににとととててて
- 2「「「今日今日きょうなむなむなん都都みやこはなれはなれはなれ侍侍はべるるる。。。又又また參參まいりりり侍侍はべらららずずずなりなりなりぬるぬるぬるなむなむなん數多數多あまたののの憂憂うれえにににまさりまさりまさりててて思思おもううう給給たまへへえられられられ侍侍はべるるる。。。よろづよろづよろず推推おししし量量はかりりりててて啓啓けいししし給給たまへへえ。。。いついついつかかかまたまたまた春春はるのののみやこみやこみやこののの花花はなををを見見みむむん時時ときうしなへうしなへうしなえるるる山山やまがつがつがつにしにしにしててて」」」。。。
- 3櫻櫻さくらののの散散ちりりりすきすきすきたるたるたる枝枝えだにににつけつけつけ給給たまへへえりりり。。。「「「かくかくかくなむなむなんととと」」」御覽御覽ごらんぜぜぜさすれさすれさすればばば、、、幼幼おさなききき御御おん心地心地ここちにににもももまめだちまめだちまめだちててておはしますおはしますおわします。。。「「「御御おんかへしかへしかへしいかゞいかゞいかが物物ものししし侍侍はべらららむむん」」」ととと啓啓けいすれすれすればばば、、、
- 4「「「暫暫しばししし見見みぬぬぬだにだにだに戀戀こいしきしきしきものものものををを、、、遠遠とおくくくはははましてましてましていかにいかにいかにととといへいへいえかしかしかし」」」とととのたまはすのたまはすのたまわす。。。ものものものはかなはかなはかなののの御御おんかへりかへりかえりやややとととあはれあはれあわれににに見見み奉奉たてまつるるる。。。
- 5あぢきなきあぢきなきあじきなきことことことににに御心御心みこころををを碎碎くだききき給給たまひひいししし昔昔むかしののの事事こと折々折々おりおりののの御御おん有樣有樣ありさま思思おもひひい續續つづけけけらるゝらるゝらるるにににももも、、、物思物思ものおもひひいなくなくなくててて我我わももも人人ひとももも過過すぐしぐしぐし給給たまひひいつつつべかりべかりべかりけるけるける世世よををを、、、心心こころとととおぼしおぼしおぼし歎歎なげきききけるけるけるををを、、、くやしうくやしうくやしゅう我我わ心心こころひとつひとつひとつにににかゝらかゝらかからむむんとととのののやうやうようにににぞぞぞおぼゆるおぼゆるおぼゆる。。。
- 6「「「御御おん返返かえりりりははは更更さらににに聞聞きこえええさせさせさせやりやりやり侍侍はべらららずずず、、、おまへおまへおまえにににははは啓啓けいししし侍侍はべりりりぬぬぬ。。。心心こころ細細ぼそげげげにににおぼしおぼしおぼし召召めしししたるたるたる御御おん氣色氣色けしきもももいみじういみじういみじゅうなむなむなん」」」とととそこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく心心こころののの亂亂みだれれれけるけるけるなるなるなるべしべしべし。。。
- 7「「「咲咲さきききてててとくとくとく散散ちるるるはははうけれうけれうけれどどど行行ゆくくく春春はるははは花花はなののの都都みやこををを立立たちちちかへりかへりかえりみよみよみよ。。。時時ときしししあらあらあらばばば」」」ととと聞聞きこえええててて名殘名殘なごりもももあはれあはれあわれなるなるなる物語物語ものがたりをををしししつゝつゝつつ、、、ひとひとひと宮宮みやのののうちうちうち忍忍しのびびびててて泣泣なきききあへあへあえりりり。。。
- 8ひとめひとめひとめももも見見み奉奉たてまつれれれるるる人人ひとははは、、、かくかくかくおぼしおぼしおぼしくづほれくづほれくずおれぬるぬるぬる御御おん有樣有樣ありさまををを歎歎なげききき惜惜おしみみみ聞聞きこえええぬぬぬ人人ひとなしなしなし。。。ましてましてまして常常つねににに參參まいりりり馴馴なれれれたりたりたりしししははは、、、知知しりりり及及およびびび給給たまふふうまじきまじきまじきをさめをさめおさめまでまでまでもももありがたきありがたきありがたき御御おんかへりみかへりみかえりみのののしたしたしたなりなりなりつるつるつるををを暫暫しばしししにてにてにてももも見見み奉奉たてまつらららぬぬぬ程程ほどややや經經へむむんととと思思おもひひい歎歎なげきききたりたりたり。。。
- 9大方大方おおかたののの世世よののの人人ひとももも誰誰たれかかかはははよろしくよろしくよろしく思思おもひひい聞聞きこえええむむん。。。七七ななつつつににになりなりなり給給たまひひいしししよりよりよりこのこのこのかたかたかた、、、帝帝みかどののの御前御前おまえににによるよるよるひるひるひる侍侍さぶらひひい給給たまひひいててて奏奏そうししし給給たまふふう事事ことのののならならならぬぬぬはははなかりなかりなかりしかしかしかばばば、、、このこのこの御御おんいたはりいたはりいたわりにににかゝらかゝらかからぬぬぬ人人ひとなくなくなく御御おん德德とくををを喜喜よろこばばばぬぬぬやややはははありありありししし。。。
- 10やんごとなきやんごとなきやんごとなき上達部上達部かんだちめ辨官辨官べんかんなどなどなどののの中中なかにににももも多多おおかりかりかり。。。それそれそれよりよりよりしもしもしもははは數數かず知知しらららずずず。。。思思おもひひい知知しらららぬぬぬにににはははあらあらあらねねねどどどさしあたりさしあたりさしあたりてててはははいちはやきいちはやきいちはやき世世よををを思思おもひひい憚憚はばかりりりててて參參まいりりり寄寄よるるる人人ひともももなしなしなし。。。
- 11世世よゆすりゆすりゆすりててて惜惜おしみみみ聞聞きこえええ、、、したしたしたにににはははおほやけおほやけおおやけをををそしりそしりそしり恨恨うらみみみ奉奉たてまつれれれどどど、、、身身みををを捨捨すてゝてゝててとぶらひとぶらひとぶらい參參まいらららむむんにににももも何何なにのののかひかひかいかかかはははととと思思おもふふうにににややや。。。かゝるかゝるかかる折折おりははは人人ひとわろくわろくわろくうらめしきうらめしきうらめしき人人ひと多多おおくくく世世よののの中中なかはははあぢきなきあぢきなきあじきなきものものものかなかなかなとととのみのみのみ萬萬よろずにににつけつけつけててておぼすおぼすおぼす。。。
現代語訳
すっかり夜が明けるころにお帰りになって、東宮にもお便りを差し上げなさる。王命婦を、藤壺の代わりとして東宮にお仕えさせていらっしゃるので、その局にあてて、「今日、都を離れます。もう一度参上しないまま終わってしまうのが、多くの嘆きにまさって悲しく存じられます。何事もお察しになって、東宮に申し上げてください。いつまた春の都の花を見ることができるでしょう。時勢を失った山里の者となって」。
桜の散り過ぎた枝におつけになっていた。「このように」とお見せ申し上げると、幼いお心にも、まじめな顔をしていらっしゃる。「ご返事は、どのように申し上げましょう」と申し上げると、「しばらく会わないだけでも恋しいのに、遠くへ行ってしまったら、まして(どんなに恋しいことか)、と言っておくれ」とおっしゃる。何と頼りないご返事だろうと、しみじみと拝見する。
源氏がどうにもならない恋に心を砕いていらっしゃった昔のことや、その折々のご様子が思い続けられるにつけても、何の物思いもなく、源氏も藤壺もお過ごしになれたはずの世の中を、自分から思い嘆いていらっしゃったことを、命婦は、悔しく、自分一人の責任であるかのように思われる。
命婦のご返事は、「ご返事は、とても十分に申し上げきれません。東宮には申し上げました。心細そうにお思いになっているご様子も、たいそうおいたわしく」と、とりとめもなく書いてあるのは、心が乱れていたからだろう。「咲いてすぐ散るのはつらいけれど、去っていく春は、花の都にまた立ち帰って見てください。時節がめぐってきたら」と申し上げて、名残の尽きない話をしながら、宮中の人々は皆、忍んで泣き合っていた。
一目でも拝見したことのある人は、このように打ちしおれていらっしゃるご様子を、嘆き惜しみ申し上げない人はない。まして、いつもお仕えし慣れていた者は、源氏がご存じのはずもない長女や御厠人まで、ありがたいお心づかいを受けていたのに、しばらくでも拝見できない月日がたつのだろうかと思い嘆いていた。
世間一般の人々も、誰がよいことだと思い申し上げようか。七歳におなりになってからずっと、帝の御前に昼も夜もお仕えなさって、奏上なさることでかなわないことはなかったので、このお心づかいを受けなかった人はなく、ご恩恵を喜ばない人などいただろうか。身分の高い上達部や弁官などの中にも多かった。それより下の者は数知れない。
恩を知らないわけではないが、さしあたっては、性急な世の中を恐れはばかって、参上する人もない。世の中は大騒ぎして惜しみ申し上げ、内心では朝廷を非難し恨み申し上げているが、身を捨ててお見舞いに参上しても、何のかいがあろうかと思うのだろうか。このような時には、体裁が悪いほど恨めしい人が多く、世の中はつまらないものだなあと、何事につけてもお思いになる。
意訳
御陵から戻った源氏は、東宮に仕える王命婦に、散りかけた桜の枝に歌を結んで送る。幼い東宮は、しばらく会わないだけでも恋しいのにと、無邪気に答える。王命婦は、藤壺と源氏の恋の仲立ちをした自分の罪を思い、悔やむ。
源氏の恩恵を受けた人は数知れないが、右大臣方をはばかって、見舞いに来る者はいない。源氏は人の心のつれなさを思い知る。
語釈・文法注
- をさめみかはやうど
- 長女(おさめ)・御厠人(みかわやうど)。宮中で雑役に従事する身分の低い女官。
文法
- 反語の「誰かは…む」(誰かはよろしく思ひ聞えむ)
- 「誰がよいことだと思い申し上げようか、いや、誰も思わない」。
- 推量の「つべかりける」(過ぐし給ひつべかりける世)
- 「きっと過ごすことができたはずの世」。
和歌
いつかまた春のみやこの花を見む時うしなへる山がつにして
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 東宮に仕える王命婦に送った歌。いつまた春の都の花(東宮)を見ることができるでしょう。時勢を失った山里の者となって。
修辞
- 掛詞
- 「春のみやこ」に「春宮(東宮)」をかける。
咲きてとく散るはうけれど行く春は花の都を立ちかへりみよ
- 詠者
- 王命婦
- 状況
- 源氏への返歌。咲いてすぐ散るのはつらいけれど、去っていく春は、花の都にまた立ち帰って見てください。
解説
東宮の「暫し見ぬだに戀しきものを」という言葉は、幼い子の素直な思いを伝えて胸を打つ。東宮は、源氏が実の父であることを知らないが、源氏を深く慕っている。
源氏の恩恵を受けた人々が、右大臣方をはばかって誰も見舞いに来ないという描写は、権勢の移り変わりに左右される人の心を鋭く描いている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、238–241頁(コマ121・123)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日