源氏物語 第12帖 須磨(5)
藤壺との別れと院の御陵
出立の前日の夕暮れ、源氏はまず藤壺を訪ね、東宮のことを託して、思いがけぬ罪に当たるのも心当たりのある報いだと語る。二人は歌を交わす。月の出を待って、源氏はわずかな供人と馬で北山の院の御陵へ向かう。途中、賀茂の下の社で、かつて御禊の日に随身を務めた右近将監が歌を詠む。御陵に参ると、院の面影がありありと見え、源氏は歌を詠む。

- 1明日明日あすとととてててののの暮暮くれにににははは院院いんののの御御おん墓墓はか拜拜おがみみみ奉奉たてまつりりり給給たまふふうとととててて北山北山きたやまへへへまうでまうでもうで給給たまふふう。。。曉曉あかつきかけかけかけててて月月つき出出いづるづるずる比比ころなれなれなればばばまづまづまず入道入道にゅうどうののの宮宮みやににに參參もうううででで給給たまふふう。。。
- 2近近ちかききき御簾御簾みすののの前前まえにににおましおましおましまゐりまゐりまいりててて御御おんみづからみづからみずから聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふう。。。春宮春宮とうぐうののの御御おん事事ことをををいみじくいみじくいみじくうしろめたきうしろめたきうしろめたきものものものににに思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。かたみかたみかたみににに心心こころ深深ふかきききどちどちどちののの御御おん物語物語ものがたりはははたたた萬萬よろずのののあはれあはれあわれまさりまさりまさりけむけむけんかしかしかし。。。
- 3懷懷なつかしうしうしゅうめでたきめでたきめでたき御御おんけはひけはひけわいののの昔昔むかしにににかはらかはらかわらぬぬぬににに、、、つらかりつらかりつらかりししし御心御心みこころばへばへばえもももかすめかすめかすめ聞聞きこえええさせさせさせまほしけれまほしけれまほしけれどどど今今いま更更さらにににうたてうたてうたてとととおぼさるおぼさるおぼさるべしべしべし。。。我我わ御心御心みこころにににもももなかなかなかなかなかなか今今いまひときはひときはひときわ亂亂みだれれれまさりまさりまさりぬぬぬべけれべけれべければばば念念ねんじじじかへしかへしかえしててて
- 4「「「唯唯ただかくかくかく思思おもひひいかけかけかけぬぬぬ罪罪つみににに當當あたりりり侍侍はべるるるももも思思おもううう給給たまへへえあはするあはするあわする事事ことののの一一ひとふしふしふしににになむなむなんそらそらそらおそろしうおそろしうおそろしゅう侍侍はべるるる。。。をしげをしげおしげなきなきなき身身みはははなきなきなきににになしなしなしてててももも宮宮みやののの御世御世みよだにだにだに事事ことなくなくなくおはしまさおはしまさおわしまさばばば」」」とととのみのみのみ聞聞きこえええ給給たまふふうぞぞぞことわりことわりことわりなるなるなるややや。。。
- 5宮宮みやももも皆皆みなおぼしおぼしおぼし知知しらららるゝるゝるる事事ことにににしししあれあれあればばば御心御心みこころのみのみのみ動動うごきききててて聞聞きこえええやりやりやり給給たまははわずずず。。。大將大將だいしょう萬萬よろずののの事事ことかきかきかき集集あつめめめおぼしおぼしおぼしつゞけつゞけつづけててて泣泣なききき給給たまへへえるるる氣色氣色けしき、、、いといといと盡盡つきききせせせずずずなまめきなまめきなまめきたりたりたり。。。
- 6「「「御山御山みやまににに參參まいりりり侍侍はべるるるををを御御おんことつてことつてことつてややや」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふうにににとみにとみにとみに物物ものももも聞聞きこえええ給給たまははわずずず、、、わりなくわりなくわりなくためらひためらひためらい給給たまふふう御御おん氣色氣色けしきなりなりなり。。。「「「見見みしししはははなくなくなくあるあるあるははは悲悲かなしきしきしき世世よのののはてはてはてををを背背そむきききしししかひかひかいもももなくなくなくなくなくなくぞぞぞふるふるふる」」」。。。
- 7いみじきいみじきいみじき御御おん心心こころ惑惑まどひひいどもどもどもにににおぼしおぼしおぼし集集あつむるむるむることことことゞゞどもももえええぞぞぞつゞけつゞけつづけさせさせさせ給給たまははわぬぬぬ。。。「「「別別わかれれれしししににに悲悲かなしきしきしきことことことはははつきつきつきにににしししをををまたまたまたぞぞぞこのこのこの世世よのののうさうさうさはははまされまされまされるるる」」」。。。
- 8月月つきまちまちまち出出いでゝでゝでて出出いででで給給たまふふう。。。御供御供ともににに唯唯ただ五六人五六人ごろくにんばかりばかりばかり、、、しもしもしも人人びともももむつましきむつましきむつましき限限かぎりしししててて御御おん馬馬うまにてにてにてぞぞぞおはするおはするおわする。。。さらさらさらなるなるなる事事ことなれなれなれどどどありありありししし世世よののの御御おんありきありきありきににに異異ことなりなりなり。。。
- 9皆皆みないといといと悲悲かなしうしうしゅう思思おもふふう中中なかにににかのかのかの御禊御禊みそぎののの日日ひ假假かりののの御御おん隨身隨身ずいじんにてにてにて仕仕つこうううまつりまつりまつりししし右近右近うこんのののぞうぞうぞうののの藏人藏人くろうど、、、うううべきべきべきかうふりかうふりこうぶりももも程程ほどすぎすぎすぎつるつるつるをををつひにつひについにけづらけづらけずられれれてててつかさつかさつかさももも取取とららられれれてててはしたなけれはしたなけれはしたなければばば、、、御供御供ともににに參參まいるるるうちうちうちなりなりなり。。。
- 10賀茂賀茂かもののの下下しもののの御御おん社社やしろをををかれかれかれととと見見み渡渡わたすすすほどほどほどふとふとふと思思おもひひい出出いでででられられられててて、、、おりおりおりててて御御おん馬馬うまののの口口くちをををとるとるとる。。。「「「ひきひきひきつれつれつれててて葵葵あおいかざしかざしかざしゝゝしそのかみそのかみそのかみををを思思おもへへえばばばつらしつらしつらし賀茂賀茂かものののみづかきみづかきみずかき」」」ととといふいふいうををを、、、げにげにげにいかゞいかゞいかが思思おもふふうらむらむらん、、、人人ひとよりよりよりけにけにけに花花はなやかやかやかなりなりなりしししものものものをををとととおぼすおぼすおぼすももも心心こころぐるしぐるしぐるし。。。
- 11君君きみももも御御おん馬馬うまよりよりよりおりおりおり給給たまひひいててて御御おん社社やしろののの方方かたををを拜拜おがみみみ給給たまふふうとととててて、、、神神かみにににまかりまかりまかり申申もうしししししし給給たまふふう「「「うきうきうき世世よをををばばば今今いまぞぞぞわかるゝわかるゝわかるるとゞまらとゞまらとどまらむむん名名なをををばばばたゞすたゞすただすののの神神かみにににまかせまかせまかせててて」」」とととののの給給たまふふうさまさまさま物物ものめでめでめでするするする若若わかききき人人ひとにてにてにて身身みにににしみしみしみてててあはれあはれあわれにににめでたしめでたしめでたしととと見見み奉奉たてまつるるる。。。
- 12御山御山みやまにににまうでまうでもうで給給たまひひいててておはしましおはしましおわしましゝゝし御御おん有樣有樣ありさま唯唯ただ目目めののの前前まえのののやうやうようにににおぼしおぼしおぼし出出いでででらるらるらる。。。かぎりかぎりかぎりなきなきなきにてにてにてももも世世よににになくなくなくなりなりなりぬるぬるぬる人人ひとぞぞぞ言言いははわむむん方方かたなくなくなく口惜口惜くちおしきしきしきわざわざわざなりなりなりけるけるける。。。
- 13萬萬よろずののの事事ことをををなくなくなくなくなくなく申申もうししし給給たまひひいてててもももそのそのそのことわりことわりことわりをををあらはあらはあらわにににえええ承承うけたまわりりり給給たまははわねねねばばば、、、さばかりさばかりさばかりおぼしおぼしおぼしのたまはせのたまはせのたまわせしししさまざまさまざまさまざまののの御御おんゆいごんゆいごんゆいごんはははいづちいづちいずちへへへかかか消消きえええ失失うせせせにににけむけむけんととといふかひいふかひいうかいなしなしなし。。。
- 14御御おん墓墓はかははは道道みちののの草草くさしげくしげくしげくなりなりなりててて分分わけけけ入入いりりり給給たまふふうほどほどほどいとゞいとゞいとど露露つゆけきけきけきににに、、、月月つきももも雲雲くもがくれがくれがくれててて森森もりののの木立木立こだちこぶかくこぶかくこぶかく心心こころすごしすごしすごし。。。
- 15歸歸かえりりり出出いでででむむん方方かたもももなきなきなき心地心地ここちしししててて拜拜おがみみみ給給たまふふうににに、、、ありありありししし御御おん面影面影おもかげさやかさやかさやかににに見見みえええ給給たまへへえるるる、、、そゞろそゞろそぞろ寒寒さむきききほどほどほどなりなりなり。。。「「「なきなきなきかげかげかげやややいかゞいかゞいかが見見みるるるらむらむらんよそへよそへよそえつゝつゝつつながむるながむるながむる月月つきももも雲雲くもがくれがくれがくれぬるぬるぬる」」」。。。
現代語訳
明日出立という日の暮れには、院の御墓を拝み申し上げようとして、北山へ参上なさる。明け方にかけて月が出るころなので、まず入道の宮(藤壺)に参上なさる。近くの御簾の前にお座席を設けて、宮ご自身がお話しになる。東宮のことを、たいそう気がかりにお思い申し上げていらっしゃる。互いに心深い者どうしのお話は、また何かにつけてしみじみとした思いがまさったことだろう。
慕わしく、すばらしいご様子が昔と変わらないので、つれなかったお心をも、ほのめかして申し上げたいけれど、今さらいやなことだとお思いになるだろう。ご自分のお心にも、かえってもう一段と乱れてしまうだろうから、こらえて、
「ただ、このように思いがけない罪に当たりますのも、思い当たることの一つがありまして、空恐ろしゅうございます。惜しくもない身はなきものにしても、東宮の御代さえ無事でいらっしゃれば」とだけ申し上げなさるのは、もっともなことである。宮も、すべて思い当たられることなので、お心が動揺するばかりで、何も申し上げられない。
大将は、すべてのことを思い集めて、思い続けてお泣きになる様子が、たいそうどこまでも優美である。「御陵に参りますが、ご伝言はございませんか」と申し上げなさると、すぐには何も申し上げられず、どうにもならずにためらっていらっしゃるご様子である。「お会いした院はもうなく、生きている人は悲しい目にあう末の世を、出家したかいもなく、泣く泣く過ごしています」。
たいそう心が乱れていらっしゃるので、思い集めていらっしゃることも、続けてお詠みになれない。源氏は「院とお別れした時に、悲しいことは尽きたと思っていたのに、またこの世のつらさがまさることです」。月の出を待ってお出かけになる。お供はわずか五、六人ほどで、下人も親しい者だけにして、馬でいらっしゃる。言うまでもないことだが、以前のお出かけとは違っている。
皆たいそう悲しく思う中で、あの御禊の日に臨時の随身としてお仕えした右近将監の蔵人は、得られるはずの五位の位も時期が過ぎたのに、とうとう殿上の名札を削られ、官職も取り上げられて、体裁が悪いので、お供に参る者の一人である。賀茂の下の社を、あれがそうだと見渡すあたりで、ふと思い出されて、馬から下りて、源氏のお馬の口を取る。
「お供をして葵をかざした、あの御禊の日のことを思うとつらいことです。賀茂の瑞垣よ」と言うのを、本当にどんな気持ちだろう、人よりも格別に華やかだったのにとお思いになるのも、心苦しい。源氏も馬からお下りになって、御社の方を拝みなさろうとして、神にお暇乞いをなさる。「つらいこの世を、今こそ離れていきます。後に残る私の評判は、糺の森の神にお任せして」とおっしゃる様子を、感じやすい若者なので、身にしみてしみじみとすばらしいと拝見する。
御陵に参りなさると、院のご在世のご様子が、ただ目の前のように思い出される。この上ない身分であっても、亡くなってしまった人は、言いようもなく残念なものであった。あらゆることを泣く泣く申し上げなさっても、その是非をはっきりとお聞きすることはできないので、あれほどお心にかけておっしゃったさまざまなご遺言は、どこへ消えてしまったのだろうと、言ってもかいがない。
御墓は、道の草が生い茂って、分け入っていかれる間も、いっそう露に濡れるうえに、月も雲に隠れて、森の木立が深く、もの寂しい。帰る道もわからない気持ちがして拝みなさると、生前のお姿がはっきりとお見えになったのは、ぞっと寒くなるほどである。「亡き院のみ霊は、今の私をどうご覧になっているだろう。院になぞらえて眺める月も、雲に隠れてしまった」。
意訳
出立の前夜、源氏は藤壺を訪ね、東宮のことを託す。源氏は、思いがけない罪に当たるのも、心当たりのある報いだと語り、自分の身はどうなっても東宮の御代さえ無事ならばと願う。藤壺も、出家したかいもない悲しみを歌に詠む。
源氏はわずかな供人と馬で北山の院の御陵へ向かう。賀茂の下の社では、かつての随身が、葵祭の日の華やかさを思って歌を詠み、源氏も神に別れを告げる。御陵に参ると、院の面影がありありと見える。
語釈・文法注
- みふだ
- 御簡(みふだ)。殿上の間に掛けてある、殿上人の名を記した札。これを削られることは、殿上の資格を失うことを意味した。
文法
- 仮定の「ば」(事なくおはしまさば)
- 「無事でいらっしゃるならば(それでよい)」。後半が省略されている。
- 疑問の「か…けむ」(いづちへか消え失せにけむ)
- 「どこへ消えてしまったのだろうか」。
和歌
見しはなくあるは悲しき世のはてを背きしかひもなくなくぞふる
- 詠者
- 藤壺
- 状況
- 院の御陵へ参る源氏に託した歌。お会いした院はもうなく、生きている人は悲しい目にあう末の世を、出家したかいもなく、泣く泣く過ごしています。
修辞
- 掛詞
- 「なくなく」に「(かひも)無く」と「泣く泣く」をかける。
別れしに悲しきことはつきにしをまたぞこの世のうさはまされる
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 藤壺への返歌。院とお別れした時に、悲しいことは尽きたと思っていたのに、またこの世のつらさがまさることです。
ひきつれて葵かざしゝそのかみを思へばつらし賀茂のみづかき
- 詠者
- 右近将監
- 状況
- 賀茂の下の社の前で、源氏の馬の口を取りながら詠んだ歌。お供をして葵をかざした、あの御禊の日のことを思うとつらいことです。賀茂の瑞垣よ。
うき世をば今ぞわかるゝとゞまらむ名をばたゞすの神にまかせて
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 賀茂の社に別れを告げて詠んだ歌。つらいこの世を、今こそ離れていきます。後に残る私の評判は、糺の森の神にお任せして。
修辞
- 掛詞
- 「たゞす」に賀茂の「糺(ただす)の森」と、罪の有無を「糺す」をかける。
なきかげやいかゞ見るらむよそへつゝながむる月も雲がくれぬる
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 院の御陵の前で詠んだ歌。亡き院のみ霊は、今の私をどうご覧になっているだろう。院になぞらえて眺める月も、雲に隠れてしまった。
解説
源氏が藤壺に「思う給へあはする事の一ふし」と言うのは、藤壺との密通と東宮の出生のことをさしている。源氏は、今回の罪は表向きは朧月夜の件だが、本当は藤壺との罪の報いだと考えている。この思いを共有できるのは、藤壺ただ一人であった。
院の御陵で源氏が見た院の面影は、のちの明石の巻で、夢に現れる院の霊へとつながっていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、236–239頁(コマ120–121)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日