源氏物語 第12帖 須磨(4)
花散里との別れと旅支度
源氏は花散里を訪ね、麗景殿女御と語ったのち、西面の花散里と月を見ながら別れを惜しむ。花散里は袖に映る月影に寄せて歌を詠み、源氏は再び澄む月を待てと慰める。帰邸した源氏は、旅の荷を簡素に整え、留守中の家の管理や荘園の券を紫の上に託す。また朧月夜とも、ひそかに歌を交わす。

- 1花散里花散里はなちるさとののの心心こころ細細ぼそげげげにににおぼしおぼしおぼしててて常常つねににに聞聞きこえええ給給たまふふうもももことわりことわりことわりにてにてにて、、、かのかのかの人人ひとももも今今いま一度一度ひとたび見見みずずずばばばつらしつらしつらしとととややや思思おもははわむむんとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、そのそのその夜夜よはははまたまたまた出出いででで給給たまふふうものものものからからからいといといと物物ものうううくくくててていたういたういとうふかしふかしふかしててておはしおはしおわしたれたれたればばば、、、
- 2女御女御にょうご「「「かくかくかくかずまへかずまへかずまえ給給たまひひいててて立立たちちちよらよらよらせせせ給給たまへへえるるることことこと」」」ととと喜喜よろこびびび聞聞きこえええ給給たまふふうさまさまさま、、、書書かきききつゞけつゞけつづけむむんもももうるさしうるさしうるさし。。。いといといといみじういみじういみじゅう心心こころ細細ぼそききき御御おん有樣有樣ありさま、、、唯唯ただこのこのこの御御おんかげかげかげににに隱隱かくれれれてててすぐいすぐいすぐい給給たまへへえるるる年月年月としつき、、、いとゞいとゞいとど荒荒あれれれまさらまさらまさらむむん程程ほどおぼしおぼしおぼしやらやらやられれれててて殿殿とのののの內內うちいといといとかすかかすかかすかなりなりなり。。。
- 3月月つきおぼろおぼろおぼろにににさしさしさし出出いでゝでゝでて池池いけ廣廣ひろくくく山山やまこぶかきこぶかきこぶかきわたりわたりわたり、、、心心こころぼそげぼそげぼそげににに見見みゆるゆるゆるにににももも住住すみみみ離離はなれれれたらたらたらむむんいはほいはほいわおののの中中なかおぼしおぼしおぼしやらやらやらるるる。。。
- 4西面西面にしおもてにににはははかうかうこうしもしもしもわたりわたりわたり給給たまははわずずずやややとととうちうちうちくしくしくしててておぼしおぼしおぼしけるけるけるににに、、、あはれあはれあわれ添添そへへえたるたるたる月影月影つきかげのののなまめかしうなまめかしうなまめかしゅうしめやかしめやかしめやかなるなるなるにににうちうちうちふるまひふるまひふるまい給給たまへへえるるるにほひにほひにおい似似にるるるものものものなくなくなくててていといといと忍忍しのびやかびやかびやかににに入入いりりり給給たまへへえばばば、、、少少すこしししゐざりゐざりいざり出出いでゝでゝでてやがてやがてやがて月月つきををを見見みててておはすおはすおわす。。。
- 5又又またこゝこゝここににに御御おん物語物語ものがたりのののほどほどほどににに明方明方あけがた近近ちこうううなりなりなりにににけりけりけり。。。「「「短夜短夜みじかよのののほどほどほどややや。。。かばかりかばかりかばかりのののたいめんたいめんたいめんももも又又またはははえええしもしもしもやややととと思思おもふふうこそこそこそ事事ことなしなしなしにてにてにて過過すぐしぐしぐしつるつるつる年比年比としごろもももくやしうくやしうくやしゅう、、、來來こしししかたかたかた行行ゆくくくさきさきさきののの例例ためしににになりなりなりぬぬぬべきべきべき身身みにてにてにて何何なにとととなくなくなく心心こころのののとまるとまるとまる世世よなくなくなくこそこそこそありありありけれけれけれ」」」
- 6ととと過過すぎぎぎにににししし方方かたののの事事ことどもどもどものたまひのたまひのたまいててて、、、鳥鳥とりもももしばしばしばしばしばしばなけなけなけばばばよよよにににつゝみつゝみつつみててて急急いそぎぎぎ出出いででで給給たまふふう。。。例例れいののの月月つきののの入入いりりりはつるはつるはつる程程ほどよそへよそへよそえられられられてててあはれあはれあわれなりなりなり。。。
- 7女君女君おんなぎみののの濃濃こききき御御おんぞぞぞにににうつりうつりうつりてててげにげにげにぬるゝぬるゝぬるるがほがほがおなれなれなればばば、、、「「「月月つきかげかげかげのののやどれやどれやどれるるる袖袖そではははせばくせばくせばくともともともとめとめとめてててももも見見みばばばやややあかあかあかぬぬぬひかりひかりひかりををを」」」。。。いみじいみじいみじとととおぼいおぼいおぼいたるたるたるががが心苦心苦こころぐるしけれしけれしければばばかつはかつはかつわ慰慰なぐさめめめ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 8「「「行行ゆきききめぐりめぐりめぐりつひにつひについにすむすむすむべきべきべき月影月影つきかげのののしばししばししばし曇曇くもらららむむん空空そらなななながめながめながめそそそ。。。思思おもへへえばばばはかなしはかなしはかなしややや。。。たゞたゞただ知知しらららぬぬぬ淚淚なみだのみのみのみこそこそこそ心心こころをををくらすくらすくらすものものものなれなれなれ」」」などなどなどののの給給たまひひいててて明暮明暮あけぐれのののほどほどほどににに出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 9萬萬よろずののの事事ことどもどもどもしたゝめしたゝめしたためさせさせさせ給給たまふふう。。。親親したしうしうしゅう仕仕つこうううまつりまつりまつり世世よににになびかなびかなびかぬぬぬかぎりかぎりかぎりののの人々人々びと、、、殿殿とのののの事事こととりとりとり行行おこなふふうべきべきべき上下上下かみしも定定さだめめめ置置おかかかせせせ給給たまふふう。。。御供御供ともににに隨隨したがひひい聞聞きこゆるゆるゆるかぎりかぎりかぎりはははまたまたまたえりえりえり出出いででで給給たまへへえりりり。。。
- 10かのかのかの山里山里やまざとののの御御おんすみかすみかすみかののの具具ぐはははえええさらさらさらずずずとりとりとり使使つかひひい給給たまふふうべきべきべきものものものどもどもども殊更殊更ことさらににによそひよそひよそいもももなくなくなくことことことそぎそぎそぎててて、、、又又またさるべきさるべきさるべきふみふみふみどもどもどもなどなどなど入入いれれれたるたるたる箱箱はこさてさてさてはははきんきんきん一一ひとつつつぞぞぞもたもたもたせせせ給給たまふふう。。。
- 11所所ところせきせきせき御御おん調度調度ちょうど花花はなやかやかやかなるなるなる御御おんよそひよそひよそいなどなどなど更更さらににに具具ぐししし給給たまははわずずず。。。あやしあやしあやしののの山山やまがつがつがつめきめきめきてててもてなしもてなしもてなし給給たまふふう。。。侍侍さぶらふふう人々人々びとよりよりよりはじめはじめはじめ萬萬よろずののの事事こと皆皆みな西西にしののの對對たいににに聞聞きこえええわたしわたしわたし給給たまふふう。。。
- 12領領りょうじじじ給給たまふふうみみみ庄庄そう御牧御牧みまきよりよりより初初はじめめめてててさるべきさるべきさるべき所々所々ところどころののの券券けんなどなどなど皆皆みな奉奉たてまつりりりおきおきおき給給たまふふう。。。それそれそれよりよりより外外ほかのののみくらまちみくらまちみくらまちなどなどなどいふいふいうことことことまでまでまで、、、少納言少納言しょうなごんをををはかばかしきはかばかしきはかばかしきものものものににに見見み置置おききき給給たまへへえれれればばば、、、親親したしきしきしきけいしけいしけいしどもどもども具具ぐしししてててしろしめすしろしめすしろしめすべきべきべきさまさまさまどもどもどものたまひのたまひのたまいあづくあづくあずく。。。
- 13我我わががが御方御方かたののの中務中務なかつかさ中將中將ちゅうじょうなどなどなどやうやうようののの人々人々びと、、、つれなきつれなきつれなき御御おんもてなしもてなしもてなしながらながらながら見見み奉奉たてまつるるる程程ほどこそこそこそ慰慰なぐさめめめつれつれつれ、、、何事何事なにごとにににつけつけつけてててかかかととと思思おもへへえどもどもども
- 14「「「命命いのちありありありてててこのこのこの世世よににに又又また歸歸かえるるるやうやうようもももあらあらあらむむんををを待待まちちちつけつけつけむむんととと思思おもははわむむん人人ひとはははこなたこなたこなたににに侍侍さぶらへらへらえ」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、上下上下かみしも皆皆みなまうまうもう上上のぼらららせせせ給給たまひひいてててさるべきさるべきさるべきものものものどもどもども品々品々しなじなくばらくばらくばらせせせ給給たまふふう。。。
- 15若君若君わかぎみののの御御おん乳母乳母めのと達達たち花散里花散里はなちるさとなどなどなどにににもももをかしきをかしきおかしきさまさまさまのののはははさるさるさるものものものにてにてにてまめまめしきまめまめしきまめまめしきすぢすぢすじにににおぼしおぼしおぼしよらよらよらぬぬぬことことことなしなしなし。。。
- 16ないしのかみないしのかみないしのかみののの御許御許もとにににわりなくわりなくわりなくしししててて聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「問問とはははせせせ給給たまははわぬぬぬもももことわりことわりことわりににに思思おもひひい給給たまへへえながらながらながら、、、今今いまはははととと世世よををを思思おもううう給給たまへへえ侍侍はべるるるほどほどほどののの憂憂うさささもももつらさつらさつらさももも類類たぐいなきなきなきことことことにてにてにてこそこそこそ侍侍はべりりりけれけれけれ。。。
- 17逢逢あふふう瀬瀬せなきなきなきなみだなみだなみだののの河河かわにににしづみしづみしずみしししややや流流ながるゝるゝるるみをみをみおのののはじめはじめはじめなりなりなりけむけむけんととと思思おもひひい給給たまへへえ出出いづるづるずるのみのみのみなむなむなん罪罪つみ遁遁のがれれれ難難がとううう侍侍はべりりりけるけるける」」」道道みちのののほどほどほどもももあやうけれあやうけれあやうければばばこまかこまかこまかにににははは聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。
- 18女女おんないといといといみじういみじういみじゅうおぼえおぼえおぼえ給給たまひひいててて忍忍しのびびび給給たまへへえどどど御御おん袖袖そでよりよりよりあまるあまるあまるももも所所ところせくせくせくなむなむなん。。。「「「なみだなみだなみだ河河がわうかぶうかぶうかぶみなわみなわみなわももも消消きえええぬぬぬべしべしべし流流ながれれれててて後後のちののの瀨瀨せをををもももまたまたまたずずずててて」」」。。。なくなくなくなくなくなく亂亂みだれれれかきかきかき給給たまへへえるるる御手御手ていといといとをかしげをかしげおかしげなりなりなり。。。
- 19今今いま一度一度ひとたびたいめたいめたいめなくなくなくてててやややとととおぼすおぼすおぼすははは、、、猶猶なお口惜口惜くちおしけれしけれしけれどどどおぼしおぼしおぼし返返かえしししててて憂憂うしししとととおぼしおぼしおぼしなすなすなすゆかりゆかりゆかり多多おおくくくててておぼろけおぼろけおぼろけならならならずずず忍忍しのびびび給給たまへへえばばば、、、いといといとあながちあながちあながちにににももも聞聞きこえええ給給たまははわずずずなりなりなりぬぬぬ、、、
現代語訳
花散里が心細そうにして、いつもお便りを差し上げなさるのももっともなことで、あの人も、もう一度会わなければ、つらいと思うだろうかとお思いになるので、その夜はまたお出かけになるものの、たいそう気が進まず、ひどく夜が更けてからおいでになると、
女御は「このように人並みに数えてくださって、お立ち寄りくださったこと」と喜び申し上げなさる様子は、書き続けるのも煩わしい。たいそう心細いご様子で、ただこの源氏のおかげで過ごしていらっしゃった年月なので、これからいっそう荒れていくだろう時のことが思いやられて、邸の内はたいそうひっそりとしている。
月がおぼろにさし出て、池が広く、築山の木立が深いあたりが、心細そうに見えるにつけても、源氏は、これから住み離れる岩屋の中のような住まいを思いやられる。西面(花散里の部屋)では、源氏はこちらまではおいでにならないのではないかと、沈んでいらっしゃったところに、しみじみとした趣を添える月の光が、優美でしっとりとした中を、ふるまっていらっしゃる源氏の香りが比べるものもなく、たいそうひそやかにお入りになったので、少し膝行して出て、そのまま月を見ていらっしゃる。
またここでお話をなさるうちに、明け方近くなってしまった。「短い夜ですね。これほどの対面も、もう二度とできないかと思うと、何事もなく過ごしてきた年月も悔やまれ、過去にも将来にも例となるような身の上で、何となく心の落ち着く時もなかったのですね」と、過ぎ去ったことなどをおっしゃって、
鶏もしきりに鳴くので、人目をはばかって急いでお出になる。いつものように、月がすっかり沈むのが、源氏の去っていくのになぞらえられて、しみじみとしている。女君の濃い色のお召し物に月の光が映って、本当に涙に濡れているような様子なので、
「月の光の宿る私の袖は狭くても、引きとめて見ていたいものです。見飽きることのないあなたの光を」。たいそう悲しく思っていらっしゃるのが気の毒なので、一方ではお慰め申し上げなさる。「めぐりめぐって、ついには澄むはずの月の光が、しばらく曇っているからといって、その空を眺めて嘆かないでください。思えばはかないことです。ただ、先の知れない涙だけが、心を暗くするものなのです」などとおっしゃって、まだ暗いうちにお出になった。
源氏は、いろいろなことを処理させなさる。親しくお仕えし、時勢になびかない人々のうち、邸の事務を取り扱うべき上下の者を定めておかれる。お供としてついていく者は、また別に選び出しなさった。あの須磨の山里のお住まいの道具は、どうしても必要で、使わなければならない物だけを、ことさらに飾りもなく簡素にして、またしかるべき書物や詩文集などを入れた箱、それに琴を一つだけ持たせなさる。
所狭しとした御調度や、華やかなご衣装などは、まったくお持ちにならない。身分の低い山里の人のようにふるまわれる。お仕えする人々をはじめ、すべてのことを、西の対(紫の上)にお任せになる。ご領有の荘園や牧場をはじめ、しかるべき所々の証文などを、すべて差し上げておかれる。
それ以外の御倉町や納殿などということまで、少納言をしっかりした者と見ておかれたので、親しい家司たちをつけて、管理すべき事柄などを言いつけてお預けになる。ご自分の方の中務や中将などといった女房たちは、つれないお扱いながらも、お目にかかれる間こそ慰められたが、これからは何につけて(慰めを得よう)かと思うが、
源氏は「命があって、またこの世に帰ってくることもあるだろうから、それを待とうと思う人は、こちら(西の対)にお仕えしなさい」とおっしゃって、上下の者を皆、西の対に参上させなさって、しかるべき品々を身分に応じてお配りになる。若君の乳母たちや花散里などにも、風流な品はもちろんのこと、実用的な面にも、行き届かないことがない。
尚侍の君(朧月夜)のもとに、無理をしてお便りを差し上げなさる。「お便りをくださらないのも、もっともなことと存じながら、今はもうこれまでと世を思いきります時のつらさも苦しさも、比べるものもないことでございました。逢う瀬もないまま、涙の川に沈んだことが、流罪となる身の始まりだったのでしょうか、と思い出しますことだけが、罪を逃れがたく思われます」。途中も危ないので、詳しくはお書きにならない。
女はたいそう悲しく思われなさって、こらえていらっしゃるが、袖からあふれる涙も、どうしようもない。「涙の川に浮かぶ水の泡のように、私は消えてしまいそうです。あなたが流れていった後の逢う瀬を待つこともなく」。泣きながら乱れ書きなさった筆跡は、たいそう美しい。もう一度会わないままで(行ってしまうのか)とお思いになるのは、やはり残念だが、思い返して、源氏をつらい者とお思いになる右大臣家の縁者が多くて、並々でなく人目を忍んでいらっしゃるので、それほど無理にも申し上げなさらずに終わった。
意訳
源氏は花散里を訪ね、麗景殿女御と語ったのち、花散里と月を見ながら別れを惜しむ。花散里は袖に映る月光に寄せて別れの悲しみを詠み、源氏は、いつかは澄む月のように自分も帰ってくると慰める。
帰邸した源氏は、旅の荷を簡素に整え、留守中の家の管理や荘園の証文を紫の上に託す。紫の上は、源氏の妻として家の一切を預かることになる。また源氏は、朧月夜とも涙の川にちなむ歌を交わす。
語釈・文法注
- ぶんじふ
- 文集(ぶんしゅう)。白居易の詩文集『白氏文集』。平安貴族に広く愛読された。
- をさめどの
- 納殿(おさめどの)。金銀や衣服、調度などの財宝を納めておく建物。「みくらまち」(御倉町)は倉の並ぶ区画。
文法
- 禁止の「な…そ」(空なながめそ)
- 「空を眺めて嘆かないでください」。
- 願望の「ばや」(とめても見ばや)
- 「引きとめて見ていたい」。自分の願望を表す。
和歌
月かげのやどれる袖はせばくともとめても見ばやあかぬひかりを
- 詠者
- 花散里
- 状況
- 別れの明け方、袖に映る月影に寄せて詠んだ歌。月の光の宿る私の袖は狭くても、引きとめて見ていたいものです。見飽きることのないあなたの光を。
行きめぐりつひにすむべき月影のしばし曇らむ空なながめそ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 花散里への返歌。めぐりめぐって、ついには澄むはずの月の光が、しばらく曇っているからといって、その空を眺めて嘆かないでください。
修辞
- 掛詞
- 「すむ」に月が「澄む」と、都に帰って「住む」をかける。
逢ふ瀬なきなみだの河にしづみしや流るゝみをのはじめなりけむ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 朧月夜に贈った歌。逢う瀬もないまま、涙の川に沈んだことが、流罪となる身の始まりだったのでしょうか。
修辞
- 掛詞
- 「流るゝ」に「(涙が)流れる」と「流される」、「みを」に「水脈(みお)」と「身を」をかける。
なみだ河うかぶみなわも消えぬべし流れて後の瀨をもまたずて
- 詠者
- 朧月夜
- 状況
- 源氏への返歌。涙の川に浮かぶ水の泡のように、私は消えてしまいそうです。あなたが流れていった後の逢う瀬を待つこともなく。
解説
源氏が財産の管理を紫の上に託したことは、紫の上を正妻として遇する意思の表れである。紫の上は、源氏の不在中、二条院の女主人として家を守ることになる。
旅の荷に「ぶんじふ」(白氏文集)と琴を選んだことは、源氏の須磨での暮らしを予告している。白居易の左遷の詩は、須磨の巻の随所に引用される。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、234–237頁(コマ119–120)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日