源氏物語 第12帖 須磨(3)
紫の上と鏡の歌
二条院に戻ると、人々は世を嘆き、訪れる者もなく邸は寂れていた。紫の上は夜通し嘆いていた。父の兵部卿宮は世間をはばかって見舞いにも来ず、継母はかえって紫の上の不運を言い立てる。源氏は、許されないまま年月がたてば須磨に迎えようと慰める。翌日、帥宮と三位中将が訪れる。源氏は鏡に映る面やせした自分を見て嘆き、紫の上と鏡にちなむ歌を交わす。

- 1殿殿とのにににおはしおはしおわしたれたれたればばば、、、我我わががが御方御方かたののの人々人々びともももまどろままどろままどろまざりざりざりけるけるける氣色氣色けしきにてにてにて所々所々ところどころににに群群むれれれ居居いててて、、、あさましあさましあさましとととのみのみのみ世世よををを思思おもへへえるるる氣色氣色けしきなりなりなり。。。さぶらひさぶらひさぶらいにににははは親親したしうしうしゅう仕仕つこうううまつるまつるまつるかぎりかぎりかぎりははは御供御供ともににに參參まいるるるべきべきべき心心こころまうけまうけもうけしししててて私私わたくしのののわかれわかれわかれ惜惜おしむむむほどほどほどにににややや、、、人人ひとめめめもももなしなしなし。。。
- 2さらさらさらぬぬぬ人人ひとはははとぶらひとぶらひとぶらい參參まいるるるももも重重おもきききとがめとがめとがめありありあり。。。煩煩わずらはしきはしきわしき事事ことまされまされまさればばば所所ところせくせくせく集集つどひひいししし馬馬うま車車くるまのののかたかたかたもももなくなくなくさびしきさびしきさびしきににに世世よははは憂憂うきききものものものなりなりなりけりけりけりとととおぼしおぼしおぼし知知しらららるるる。。。
- 3臺臺だいなどなどなどもももかたへかたへかたえはははちりばみちりばみちりばみててて疊疊たたみ所々所々ところどころひきひきひきかへしかへしかえしたりたりたり。。。見見みるるるほどほどほどだにだにだにかゝりかゝりかかり、、、ましてましてまして如何如何いかににに荒荒あれれれゆかゆかゆかむむんとととおぼすおぼすおぼす。。。
- 4西西にしののの對對たいににに渡渡わたりりり給給たまへへえれれればばばみかうしみかうしみこうしももも參參まいらららでででながめながめながめ明明あかしかしかし給給たまひひいけれけれければばば簀子簀子すのこなどなどなどににに若若わかきききわらはべわらはべわらわべ所々所々ところどころににに臥臥ふしししててて今今いまぞぞぞ起起おきききさわぐさわぐさわぐ。。。とのゐとのゐとのい姿姿すがたどもどもどもをかしうをかしうおかしゅうててて出出いででで入入いるるるををを見見み給給たまふふうにににももも心心こころぼそうぼそうぼそう、、、年月年月としつきへへへばばばかゝるかゝるかかる人々人々びともももえええしもしもしもありありありはてゞはてゞはてでややや行行ゆきききちらちらちらむむんなどなどなど、、、さしもさしもさしもあるあるあるまじきまじきまじき事事ことさへさへさへ御目御目めのみのみのみとまりとまりとまりけりけりけり。。。
- 5「「「よべよべよべはははしかじかしかじかしかじかしししててて夜夜よ更更ふけけけにににしかしかしかばばばなむなむなん。。。例例れいののの思思おもははわずずずなるなるなるさまさまさまにににややや覺覺おぼしししなしなしなしつるつるつる。。。かくかくかくててて侍侍はべるるる程程ほどだにだにだに御御おんめめめかれかれかれずずずととと思思おもふふうをををかくかくかく世世よををを離離はなるゝるゝるるきはきはきわにににははは心苦心苦こころぐるしきしきしきことことことのののおのづからおのづからおのずから多多おおかりかりかりけるけるけるををを、、、ひたやごもりひたやごもりひたやごもりにてにてにてやややははは。。。
- 6常常つねなきなきなき世世よににに人人ひとにににもももなさけなきなさけなきなさけなきものものものととと心心こころおかおかおかれれれはてはてはてむむんもももいとほしういとほしういとおしゅうてててなむなむなん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば「「「かゝるかゝるかかる世世よををを見見みるるるよりよりより外外ほかににに思思おもははわずずずなるなるなることことことははは、、、何事何事なにごとにににかかか」」」とととばかりばかりばかりののの給給たまひひいててて、、、いみじいみじいみじとととおぼしおぼしおぼし入入いりりりたるたるたるさまさまさま人人ひとよりよりより異異ことなるなるなるををを、、、ことわりことわりことわりぞぞぞかしかしかし、、、
- 7父父ちちみこみこみこはははいといといとおろかおろかおろかにてにてにてもともともとよりよりよりおぼしおぼしおぼしつきつきつきにににけるけるけるににに、、、ましてましてまして世世よののの聞聞きこえええををを煩煩わずらはしがりはしがりわしがりててて音音おとづれづれづれ聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。御御おんとぶらひとぶらひとぶらいにににだにだにだに渡渡わたりりり給給たまははわぬぬぬををを人人ひとののの見見みるるるらむらむらん事事ことももも耻耻はずかしくしくしくなかなかなかなかなかなか知知しららられれれ奉奉たてまつらららでででやみやみやみなななましましましををを、、、
- 8繼母繼母ままははののの北北きたののの方方かたなどなどなどののの世世よににに俄俄にわかなりなりなりしししさいはひさいはひさいわいのののあわたゞしさあわたゞしさあわただしさ、、、あなあなあなゆゝしゆゝしゆゆしややや。。。思思おもふふう人々人々びとかたがたかたがたかたがたにににつけつけつけててて別別わかれれれ給給たまふふう人人ひとかなかなかなとととのたまひのたまひのたまいけるけるけるををを、、、さるさるさる便便たよりありありありててて漏漏もりりり聞聞きききき給給たまふふうにににもももいみじういみじういみじゅう心苦心苦こころぐるしけれしけれしければばばこれこれこれよりよりよりももも絕絕たえええててて音音おとづれづれづれ聞聞きこえええ給給たまははわずずず、、、又又またたのもしきたのもしきたのもしき人人ひともももなくなくなくげにげにげにぞぞぞあはれあはれあわれなるなるなる御御おん有樣有樣ありさまなるなるなる。。。
- 9「「「猶猶なお世世よににに免免ゆるささされれれ難難がとうううててて年月年月としつきををを經經へばばばいはほいはほいわおののの中中なかにににももも迎迎むかへへえ奉奉たてまつらららむむん。。。只今只今ただいまははは人人ひとぎゝぎゝぎきのののいといといとつきなかるつきなかるつきなかるべきべきべきなりなりなり。。。おほやけおほやけおおやけにににかしこまりかしこまりかしこまり聞聞きこゆるゆるゆる人人ひとははは明明あきらかなるなるなる月日月日つきひののの影影かげをををだにだにだに見見みずずず、、、安安やすらからからかににに身身みをををふるまふふるまふふるまうことことこともももいといといと罪罪つみおもかおもかおもかなりなりなり。。。
- 10あやまちあやまちあやまちなけれなけれなけれどどどさるべきさるべきさるべきにににこそこそこそかゝるかゝるかかる事事こともももあああめれめれめれととと思思おもふふうににに、、、ましてましてまして思思おもふふう人人ひと具具ぐするするするははは例例れいなきなきなきことことことなるなるなるををを、、、ひたおもむきひたおもむきひたおもむきににに物物ものぐるほしきぐるほしきぐるおしき世世よにてにてにて立立たちちちまさるまさるまさる事事こともももありありありなななむむん」」」などなどなど聞聞きこえええ知知しらせらせらせ給給たまふふう。。。
- 11日日ひたくるたくるたくるまでまでまで大殿大殿おおとの籠籠ごもれれれりりり。。。そちそちそちののの宮宮みや三位三位さんみ中將中將ちゅうじょうなどなどなどおはしおはしおわしたりたりたり。。。たいめたいめたいめししし給給たまははわむむんとととててて御御おんなほしなほしなおしなどなどなど奉奉たてまつるるる。。。位位くらいなきなきなき人人ひとはははとととててて、、、無紋無紋むもんののの御御おん直衣直衣のうしなかなかなかなかなかなかいといといと懷懷なつかしきしきしきををを着着き給給たまひひいててて打打うちちちやつれやつれやつれ給給たまへへえるるるいといといとめでたしめでたしめでたし。。。
- 12御御おん鬢鬢びんかきかきかき給給たまふふうとととててて鏡臺鏡臺きょうだいににに寄寄よりりり給給たまへへえるるるににに、、、面面おも瘦瘦やせせせ給給たまへへえるるる影影かげののの我我わながらながらながらいといといとあてあてあてににに淸淸きよらららなれなれなればばば、、、「「「こよなうこよなうこよのうこそこそこそ衰衰おとろへへえにににけれけれけれ。。。このこのこの影影かげのののやうやうようにににややや瘦瘦やせせせててて侍侍はべるるる、、、哀哀あわれなるなるなるわざわざわざかなかなかな」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、女君女君おんなぎみ淚淚なみだをををひとめひとめひとめうけうけうけててて見見みおこせおこせおこせ給給たまへへえるるるいといといと忍忍しのびびびがたしがたしがたし。。。
- 13「「「身身みはははかくかくかくてててさすらへさすらへさすらえぬぬぬともともとも君君きみがががあたりあたりあたりさらさらさらぬぬぬ鏡鏡かがみののの影影かげははははなれはなれはなれじじじ」」」ととときこえきこえきこえ給給たまへへえばばば、、、「「「別別わかれれれてててももも影影かげだにだにだにとまるとまるとまるものものものならならならばばば鏡鏡かがみををを見見みでででもももなぐさめなぐさめなぐさめてててましましまし」」」。。。
- 14いふいふいうととともももなくなくなくててて柱柱はしらかくれかくれかくれににに居居い隱隱かくれれれててて淚淚なみだをををまぎらはしまぎらはしまぎらわし給給たまへへえるるるさまさまさま、、、猶猶なおこゝらこゝらここら見見みるるる中中なかにににたぐひたぐひたぐいなかりなかりなかりけりけりけりとととおぼしおぼしおぼし知知しらららるゝるゝるる人人ひとののの御御おん有樣有樣ありさまなりなりなり。。。みこみこみこはははあはれあはれあわれなるなるなる御御おん物語物語ものがたり聞聞きこえええ給給たまひひいててて暮暮くるゝるゝるる程程ほどににに還還かえりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
二条院にお帰りになると、ご自分の方の女房たちも、まどろみもしなかった様子で、あちこちに集まって、情けないことだとばかり世の中を思っている様子である。侍所では、親しくお仕えする者は皆、お供に参る準備をして、私的な別れを惜しんでいるのだろうか、人影もない。そのほかの人は、お見舞いに参上するのにも重いおとがめがある。
煩わしいことがつのったので、所狭しと集まっていた馬や車の跡形もなく寂しいので、世の中はつらいものだったのだと思い知られなさる。台盤なども一部は埃にまみれて、畳はあちこち裏返してある。見ている間でさえこうなのだから、まして今後はどんなに荒れていくだろうとお思いになる。
西の対においでになると、紫の上は御格子も下ろさずに、物思いにふけって夜を明かしていらっしゃったので、簀子などに若い女童たちがあちこちで寝ていて、今起きて騒いでいる。宿直姿がかわいらしく出入りするのをご覧になるにつけても心細く、年月がたったら、このような人々も最後まで残っていないで散り散りになってしまうのだろうかなどと、それほどでもないことまでお目にとまるのだった。
「昨夜は、これこれのことで夜が更けてしまったので。いつものように、心外なことだとお思いになったのですか。こうして都にいる間だけでも、あなたのそばを離れまいと思うのに、このように世を離れる時には、気の毒なことが自然と多かったので、ひたすら引きこもってばかりもいられなくて。無常の世の中で、人から情けのない者と思われてしまうのも気の毒でしてね」と申し上げなさると、
紫の上は「このような世の中を見ること以上に、心外なことなど何がありましょう」とだけおっしゃって、たいそう悲しく思いつめていらっしゃる様子が、人とは違っているのも、もっともなことである。父宮は、たいそう冷淡で、以前から疎遠になっていらっしゃったうえに、まして世間の噂を煩わしがって、便りも差し上げなさらない。
お見舞いにさえおいでにならないのを、人がどう見ているだろうと思うのも恥ずかしく、かえって知られ申し上げないままで終わればよかったのに、継母の北の方などが、「急に幸運をつかんだあわただしさよ。ああ縁起でもない。大切な人々と、次々に別れていく人だこと」とおっしゃったのを、しかるべきつてがあって漏れ聞きなさるにつけても、たいそうつらいので、こちらからもまったく便りを差し上げなさらず、ほかに頼りになる人もなく、本当に気の毒なご様子である。
源氏は「やはり世間に許されないまま年月がたったら、岩屋の中にでもお迎えしましょう。今すぐは、世間の聞こえもまったく不似合いでしょう。朝廷のおとがめを受けている人は、明るい月や日の光さえ見ず、気ままにふるまうことも、たいそう罪が重いのです。過ちはないけれど、こうなるべき宿命でこのようなこともあるのだろうと思うのに、まして愛する人を連れていくのは例のないことですから、ひたすら常軌を逸した世の中で、もっとひどいこともきっとあるでしょう」などと、言い聞かせなさる。
日が高くなるまでお休みになっていた。帥宮や三位中将などがおいでになった。お会いになろうとして、御直衣などをお召しになる。「位のない者は」と言って、無紋の御直衣の、かえってたいそう親しみやすいものをお召しになって、地味にしていらっしゃるのが、たいそうすばらしい。
鬢の毛をおかきになろうとして鏡台にお寄りになると、面やせなさった姿が、自分ながらたいそう上品で美しいので、「ひどく衰えてしまったなあ。この影のようにやせているのでしょうか。気の毒なことだ」とおっしゃると、女君が涙をいっぱいに浮かべて、こちらをご覧になったのが、たいそうこらえがたい。
「わが身はこのように流浪の身となっても、あなたのそばを離れない鏡の影は、あなたから離れないでしょう」と申し上げなさると、紫の上は「別れても、せめて面影だけでもとどまるものならば、鏡を見て心を慰めもしましょうに」。言うともなく、柱の陰に隠れて座って、涙をまぎらわしていらっしゃる様子は、やはり、多くの女性を見てきた中でも比べるものがないと思い知られるご様子である。帥宮は、しみじみとしたお話を申し上げなさって、日が暮れるころにお帰りになった。
意訳
二条院に戻ると、源氏を訪れる人もなく、邸は寂れていた。紫の上は夜通し嘆いていた。父の兵部卿宮は見舞いにも来ず、継母はかえって紫の上の不運を言い立てる。頼る人のいない紫の上の身の上は、いっそう哀れである。
源氏は、許されないまま年月がたったら須磨に迎えようと慰める。鏡に映る面やせした自分の姿を見て、源氏は紫の上と鏡にちなむ歌を交わす。紫の上は、柱の陰に隠れて涙をまぎらわす。
語釈・文法注
- 臺はん
- 台盤(だいばん)。食器を載せる台。台盤所(台所)に置かれた。
文法
- 反実仮想の「まし」(知られ奉らでやみなましを)
- 「知られ申し上げないままで終わればよかったのに」。
- 反実仮想の「ならば…まし」(とまるものならば…なぐさめてまし)
- 「もしとどまるものならば、慰めもしようのに」。
和歌
身はかくてさすらへぬとも君があたりさらぬ鏡の影ははなれじ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 鏡台の前で、紫の上に詠みかけた歌。わが身はこのように流浪の身となっても、あなたのそばを離れない鏡の影(私の面影)は、あなたから離れないでしょう。
別れても影だにとまるものならば鏡を見でもなぐさめてまし
- 詠者
- 紫の上
- 状況
- 源氏への返歌。別れても、せめて面影だけでもとどまるものならば、鏡を見て心を慰めもしましょうに。
修辞
- 反実仮想
- 「ものならば…まし」で、面影がとどまるはずもないという悲しみを表す。
解説
紫の上の身の上は、源氏の失脚によって大きく揺らぐ。父の兵部卿宮は世間をはばかって見舞いにも来ず、継母は「にはかなりしさいはひ」とあざける。紫の上にとって、頼れるのは源氏ただ一人であった。
鏡の歌の贈答は、別れの悲しみを象徴する場面である。源氏の面影が鏡に残るという発想は、のちに紫の上が源氏の帰りを待つ日々の支えとなる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、232–235頁(コマ118–119)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日