源氏物語 第12帖 須磨(2)
左大臣邸での別れ
出立の二、三日前、源氏はひそかに左大臣邸を訪れ、幼い若君(夕霧)と対面する。左大臣は世の変わりようを嘆き、源氏は、罪を受ける前に自ら世を遁れるのだと語る。その夜は泊まり、女房の中納言の君と語らう。明け方、大宮から歌が届き、源氏は亡き葵の上をしのぶ歌を返して、名残を惜しみつつ邸を出る。

- 1二三日二三日ふつかみかかねてかねてかねておほいおほいおおい殿殿どのににに世世よににに隱隱かくれれれててて渡渡わたりりり給給たまへへえりりり。。。網代車網代車あじろぐるまのののうちうちうちやつれやつれやつれたるたるたるににに女女おんなのののやうやうようにてにてにてかくろへかくろへかくろえ入入いりりり給給たまふふうもももいといといとあはれあはれあわれににに夢夢ゆめとととのみのみのみおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
- 2御方御方かたいといといと寂寂さびしげしげしげにににうちうちうち荒荒あれれれたるたるたる心地心地ここちしししててて、、、若君若君わかぎみののの御御おんめのとめのとめのとゞゞどもももむかしむかしむかし侍侍さぶらひひいししし人人ひとののの中中なかににに、、、まかでまかでまかで散散ちらららぬぬぬかぎりかぎりかぎり、、、かくかくかく渡渡わたりりり給給たまへへえるるるををを珍珍めずらしがりしがりしがり聞聞きこえええてててまうまうもうのぼりのぼりのぼり集集つどひひいててて見見み奉奉たてまつるるるにににつけつけつけてててももも、、、殊殊ことににに物物もの深深ぶかからからからぬぬぬ若若わかききき人々人々びとさへさへさへ世世よののの常常つねなさなさなさ思思おもひひい知知しららられれれててて淚淚なみだにににくれくれくれたりたりたり。。。
- 3若君若君わかぎみはははいといといと美美うつくしうしうしゅうてててざれざれざれ走走はしりりりおはしおはしおわしたりたりたり。。。「「「久久ひさしきしきしき程程ほどににに忘忘わすれれれぬぬぬこそこそこそ哀哀あわれなれなれなれ」」」とととててて、、、膝膝ひざにににすゑすゑすえ給給たまへへえるるる御御おん氣色氣色けしき忍忍しのびびびがたげがたげがたげなりなりなり。。。
- 4おとゞおとゞおとどこなたこなたこなたににに渡渡わたりりり給給たまひひいてててたいめたいめたいめししし給給たまへへえりりり。。。「「「つれづれつれづれつれづれににに籠籠こもらららせせせ給給たまへへえらららむむん程程ほど何何なにととと侍侍はべらららぬぬぬ昔物語昔物語むかしものがたりももも參參まいりりり來來きててて聞聞きこえええさせさせさせむむんととと思思おもひひい給給たまふれふれうれどどど、、、身身みののの病病やまいおもきおもきおもきににによりよりよりおほやけおほやけおおやけにににももも仕仕つこうううまつらまつらまつらずずず、、、位位くらいをををももも返返かえししし奉奉たてまつりりりててて侍侍はべるるるににに、、、
- 5私私わたくしざまざまざまにににははは腰腰こしのべのべのべてててなどなどなど物物ものののの聞聞きこえええひがひがしかるひがひがしかるひがひがしかるべきべきべきををを、、、今今いまははは世世よののの中中なか憚憚はばかるるるべきべきべき身身みにににももも侍侍はべらららねねねどどどいちはやきいちはやきいちはやき世世よのののいといといと恐恐おそろしうしうしゅう侍侍はべるるるなりなりなり。。。かゝるかゝるかかる御御おん事事ことををを見見み給給たまふるふるうるにににつけつけつけててて命命いのち長長ながきききははは心心こころうくうくうく思思おもううう給給たまへへえらるゝらるゝらるる世世よののの末末すえにににももも侍侍はべるるるかなかなかな。。。
- 6天天あめののの下下したをををさかさまさかさまさかさまににになしなしなしてててももも思思おもひひい給給たまへへえよらよらよらざりざりざりししし御御おん有樣有樣ありさまををを見見み給給たまふれふれうればばば、、、萬萬よろずいといといとあぢきなくあぢきなくあじきなくなむなむなん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまひひいててていたういたういとうしほたれしほたれしおたれ給給たまふふう。。。
- 7「「「とととあるあるあることことこともももかゝるかゝるかかることことこともももさきさきさきののの世世よののの報報むくいにににこそこそこそ侍侍はべるるるなれなれなればばば、、、いひいひいいもてもてもて行行ゆけけけばばば唯唯ただ自自みずからららののの怠怠おこたりににになむなむなん侍侍はべるるる。。。
- 8さしてさしてさしてかくかくかく官官かんををを取取とららられれれずずずあさはかあさはかあさはかなるなるなる事事ことにににかゝづらひかゝづらひかかずらいてててだにだにだにおほやけおほやけおおやけのののかしこまりかしこまりかしこまりなるなるなる人人ひとのののうつしうつしうつしざまざまざまにてにてにて世世よののの中中なかにににありありありふるふるふるはははとがとがとが重重おもきききわざわざわざにににひとひとひとののの國國くににににもももししし侍侍はべるるるなるなるなるををを、、、遠遠とおくくく放放はなちちち遣遣つかわすすすべきべきべきさだめさだめさだめなどなどなどももも侍侍はべるるるなるなるなるはははさまさまさま殊殊ことなるなるなる罪罪つみににに當當あたるるるべきべきべきにににこそこそこそ侍侍はべるるるなれなれなれ。。。
- 9濁濁にごりなきなきなき心心こころににに任任まかせせせてててつれなくつれなくつれなく過過すぐしぐしぐし侍侍はべらららむむんもももいといといとはゞかりはゞかりはばかり多多おおくくく、、、これこれこれよりよりより大大おおきなるなるなる恥恥はじににに臨臨のぞまままぬぬぬさきさきさきににに世世よををを遁遁のがれれれなななむむんととと思思おもううう給給たまへへえ立立たちちちぬるぬるぬる」」」などなどなど細細こまやかやかやかににに聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 10昔昔むかしののの御御おん物語物語ものがたり院院いんののの御御おん事事ことおぼしおぼしおぼしのたまはせのたまはせのたまわせししし御心御心みこころばへばへばえなどなどなど聞聞きこえええ出出いででで給給たまひひいててて御御おん直衣直衣のうしののの袖袖そでもももひきひきひき放放はなちちち給給たまははわぬぬぬににに、、、君君きみもももえええ心心こころ强强づよくくくももももてなしもてなしもてなし給給たまははわずずず。。。若君若君わかぎみののの何何なに心心ごころなくなくなく紛紛まぎれれれありきありきありきてててこれかれこれかれこれかれににに馴馴なれれれ聞聞きこえええ給給たまふふうをををいみじいみじいみじとととおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。
- 11「「「過過すぎぎぎ侍侍はべりりりにににししし人人ひとををを世世よににに思思おもううう給給たまへへえ忘忘わするゝるゝるる世世よなくなくなくのみのみのみ今今いまににに悲悲かなしびしびしび侍侍はべるるるををを、、、このこのこの御御おん事事ことににになむなむなん、、、もしもしもし侍侍はべるるる世世よならならならましかましかましかばばばいかやういかやういかようににに思思おもひひい歎歎なげききき侍侍はべらららましましまし。。。よくよくよくぞぞぞ短短みじかくくくてててかゝるかゝるかかる夢夢ゆめををを見見みずずずなりなりなりにににけるけるけるととと思思おもううう給給たまへへえ慰慰なぐさめめめ侍侍はべるるる。。。
- 12幼幼おさなくくくものものものししし給給たまふふうがががかくかくかく齡齡よわい過過すぎぎぎぬるぬるぬる中中なかにににとゞまりとゞまりとどまり給給たまひひいてててなづさひなづさひなずさい聞聞きこえええぬぬぬ月日月日つきひややや隔隔へだたりたりたり給給たまははわむむんととと思思おもひひい給給たまふるふるうるをををなむなむなん萬萬よろずののの事事ことよりよりよりももも悲悲かなしうしうしゅう侍侍はべるるる。。。
- 13いにしへいにしへいにしえののの人人ひとももも誠誠まことにににをかしをかしをかしあるあるあるにてにてにてしもしもしもかゝるかゝるかかる事事ことににに當當あたらららざりざりざりけりけりけり。。。猶猶なおさるべきさるべきさるべきにてにてにて人人ひとのののみかどみかどみかどにににもももかゝるかゝるかかる類類たぐい多多おおくくく侍侍はべりりりけりけりけり。。。されどされどされど言言いひひい出出いづるづるずるふしふしふしありありありてててこそこそこそさるさるさる事事ことももも侍侍はべりりりけれけれけれ。。。とざまとざまとざまかうざまかうざまこうざまににに思思おもひひい給給たまへへえやらやらやらむむん方方かたなくなくなくなむなむなん」」」などなどなど多多おおくくくののの御御おん物語物語ものがたり聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 14三位三位さんみ中將中將ちゅうじょうももも參參まいりりり合合あひひい給給たまひひいててておほみきおほみきおおみきなどなどなどまゐりまゐりまいり給給たまふふうににに夜夜よ更更ふけけけぬれぬれぬればばばとまりとまりとまり給給たまひひいててて人々人々びと御前御前おまえににに侍侍さぶらははわせせせ給給たまひひいててて物語物語ものがたりなどなどなどせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。
- 15人人ひとよりよりよりはははげにげにげにこよなうこよなうこよのう忍忍しのびびびおぼすおぼすおぼす。。。中納言中納言ちゅうなごんののの君君きみいへいへいえばばばえにえにえに悲悲かなしうしうしゅう思思おもへへえるるるさまさまさまををを人人ひと知知しれれれずずず哀哀あわれれれとととおぼすおぼすおぼす。。。人人ひと皆皆みな靜靜しずまりまりまりぬるぬるぬるににに取取とりりりわきわきわきててて語語かたらひらひらい給給たまふふう。。。これこれこれににによりよりよりとまりとまりとまり給給たまへへえるるるなるなるなるべしべしべし。。。
- 16明明あけけけぬれぬれぬればばば夜夜よ深深ふこううう出出いででで給給たまふふうににに有明有明ありあけののの月月つきいといといとをかしうをかしうおかしゅう花花はなののの木木きどもどもどもやうやうやうやうようよう盛盛さかり過過すぎぎぎててて僅僅わずかなるなるなる木蔭木蔭こかげのののいといといとおもしろきおもしろきおもしろき庭庭にわににに薄薄うすくくくきりきりきり渡渡わたりりりたるたるたるそこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく霞霞かすみみみあひあひあいててて秋秋あきののの夜夜よのののあはれあはれあわれににに多多おおくくくたちたちたちまされまされまされりりり。。。
- 17隅隅すみのののまままののの高欄高欄こうらんにににおしおしおしかゝりかゝりかかりてててとばかりとばかりとばかり眺眺ながめめめ給給たまふふう。。。中納言中納言ちゅうなごんののの君君きみ見見み奉奉たてまつりりり送送おくらららむむんとととにににややや妻戶妻戶つまど押押おしししあけあけあけててて居居いたりたりたり。。。
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- 20うちうちうちなきなきなき給給たまひひいててて、、、「「「鳥部山鳥部山とりべやまもえもえもえししし煙煙けぶりもももまがふまがふまがうやややとととあまあまあまののの鹽鹽しおやくやくやくうらうらうらみみみにににぞぞぞゆくゆくゆく」」」。。。御御おんかへしかへしかへしととともももなくなくなくうちうちうちずしずしずし給給たまひひいててて「「「曉曉あかつきののの別別わかれはははかうかうこうのみのみのみやややははは心心こころづくしづくしづくしなるなるなる。。。思思おもひひいしりしりしり給給たまへへえるるる人人ひともももあらあらあらむむんかしかしかし」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば
- 21「「「いついついつとととなくなくなく別別わかれととといふいふいう文字文字もじこそこそこそうたてうたてうたて侍侍はべるるるなるなるなる中中なかにににももも、、、けさけさけさははは猶猶なおたぐひたぐひたぐいあるあるあるまじうまじうまじゅう思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるる程程ほどかなかなかな」」」ととと鼻聲鼻聲はなごえにてにてにてげにげにげに淺淺あさからからからずずず思思おもへへえりりり。。。
- 22「「「聞聞きこえええさせさせさせまほしきまほしきまほしきことことことももも返返かえすすすがへがへがえすすす思思おもううう給給たまへへえながらながらながら、、、唯唯ただむすぼゝれむすぼゝれむすぼおれ侍侍はべるるる程程ほど推推おししし量量はからららせせせ給給たまへへえ。。。いぎたなきいぎたなきいぎたなき人人ひとははは見見み給給たまへへえむむんにににつけつけつけてててもももなかなかなかなかなかなか浮世浮世うきよ遁遁のがれれれ難難がとううう思思おもひひい給給たまへへえられられられぬぬぬべけれべけれべければばば、、、心心こころ强强づよくくく思思おもううう給給たまへへえなしなしなしててて急急いそぎぎぎまかでまかでまかで侍侍はべりりり」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 23出出いででで給給たまふふうほどほどほどををを人々人々びと覗覗のぞきききててて見見み奉奉たてまつるるる。。。入方入方いりがたののの月月つきいといといと明明あかきききにににいとゞいとゞいとどなまめかしうなまめかしうなまめかしゅう淸淸きよらららにてにてにて物物ものをををおぼいおぼいおぼいたるたるたるさまさまさま虎虎とら狼狼おおかみだにだにだにもももなきなきなきぬぬぬべしべしべし。。。ましてましてましていはけなくいはけなくいわけなくおはせおはせおわせししし程程ほどよりよりより見見み奉奉たてまつりりりそめそめそめてててししし人々人々びとなれなれなればばば、、、たとしへたとしへたとしえなきなきなき御御おん有樣有樣ありさまをををいみじいみじいみじととと思思おもふふう。。。
- 24まことまことまことややや御御おんかへしかへしかへし。。。「「「なきなきなき人人ひとのののわかれわかれわかれやややいとゞいとゞいとどへだゝらへだゝらへだたらむむん煙煙けぶりとととなりなりなりししし雲居雲居くもいならならならでででははは」」」。。。取取とりりりそへそへそえてててあはれあはれあわれのみのみのみつきせつきせつきせずずず出出いででで給給たまひひいぬるぬるぬる名殘名殘なごりゆゝしきゆゝしきゆゆしきまでまでまで泣泣なきききあへあへあえりりり。。。
現代語訳
出立の二、三日前に、左大臣邸に人目を忍んでおいでになった。網代車のみすぼらしいものに、女のような姿で隠れてお入りになるのも、たいそうしみじみとして、夢のようにばかり思われる。亡き葵の上のお部屋は、たいそう寂しげに荒れたような気持ちがして、若君の乳母たちや、昔お仕えしていた女房の中で、退出せずに残っている者たちが、こうしておいでになったのを珍しがり申し上げて、参上して集まって拝見するにつけても、特に思慮深くない若い女房たちまでが、世の無常を思い知らされて、涙にくれている。
若君はたいそうかわいらしく、はしゃいで走っていらっしゃった。「久しく会わなかったのに、忘れていないのがいとしいね」と言って、膝の上にお乗せになるご様子は、こらえきれないようである。
大臣がこちらにおいでになって、お会いになった。「所在なく引きこもっていらっしゃるだろう間に、とりとめもない昔話でもしに参上しようと存じておりましたが、病が重いために朝廷にもお仕えせず、官位もお返し申し上げておりますので、私的には腰を伸ばして出歩いているなどと噂されるのも、ひがんでいるようでしょうから、今は世の中をはばかるべき身でもございませんが、性急な世の中がたいそう恐ろしいのでございます。
このようなご境遇を拝見するにつけて、長生きはつらいと思われる末の世でございますね。天地をひっくり返しても思いも寄らなかったご様子を拝見しますと、何もかもたいそうつまらなく思われまして」と申し上げなさって、ひどく涙にくれていらっしゃる。
源氏は「あれこれのことも、すべて前世の報いでございますから、つきつめて言えば、ただ自分の過ちなのでございます。これといって官位を剥奪されず、ちょっとしたことに関わってさえ、朝廷のおとがめを受けた人が、普段どおりの様子で世間に暮らしているのは、罪の重いことだと、外国でもいうそうですが、遠く流罪にすべきだという決定などもあるそうなのは、格別な罪に当たるということなのでしょう。
濁りのない心のままに、素知らぬ顔で過ごしておりますのも、たいそうはばかりが多く、これ以上の大きな恥にあわないうちに、世を遁れようと思い立ちました」などと、細やかに申し上げなさる。昔のお話や、院のことや、院がお心にかけておっしゃったお気持ちなどを話し出しなさって、大臣が御直衣の袖を顔から放すこともおできにならないので、源氏も気強くふるまうこともおできにならない。若君が無心にあちこち歩き回って、誰彼となくなついていらっしゃるのを、大臣はたいそう悲しくお思いになった。
「亡くなりました娘のことを、少しも忘れる時がなく、今でも悲しんでおりますが、このたびのことは、もし娘が生きておりましたら、どんなに嘆いたことでしょう。よくぞ命が短くて、このような悪夢を見ずにすんだと思って、自分を慰めております。幼くていらっしゃる若君が、こうして年老いた者たちの中にとどまっていらっしゃって、父君に親しくなつく月日も隔たってしまうのだろうと思いますのが、何よりも悲しゅうございます。
昔の人も、本当に罪があるからといって、このような目にあったわけではありませんでした。やはりそういう宿命で、外国の朝廷にもこのような例は多くございました。けれども、言い立てるきっかけがあってこそ、そのようなこともございましたのに。あれこれと思いましても、どうにも晴らしようがございません」など、多くのお話を申し上げなさる。
三位中将も参り合わせなさって、お酒などを召し上がるうちに、夜が更けてしまったので、お泊まりになって、女房たちを御前に控えさせて、お話などをおさせになる。ほかの女房よりは、本当にこの上なくひそかに思いをかけていらっしゃる中納言の君が、言うに言えずに悲しく思っている様子を、人知れずいとしいとお思いになる。人が皆寝静まったころに、特別に語らいなさる。この人のためにお泊まりになったのだろう。
夜が明けたので、まだ暗いうちにお出になると、有明の月がたいそう美しく、花の木々がだんだん盛りを過ぎて、わずかに残った花の木陰がたいそう趣深い庭に、薄く霧が一面に立ちこめて、どこということもなく霞み合って、秋の夜の情趣よりも、ずっとまさっている。隅の間の高欄に寄りかかって、しばらく眺めていらっしゃる。中納言の君がお見送り申し上げようというのか、妻戸を押し開けて座っていた。
「また会うことは、思えばたいそう難しいことだ。こんなことになる世とも知らずに、気楽に会えたはずの月日を、それほど急がずに隔ててしまったことよ」などとおっしゃると、中納言の君は何も申し上げられずに泣く。若君の乳母の宰相の君を使いにして、大宮の御前からお便りを申し上げなさった。
「直接お話し申し上げたいのですが、悲しみに目の前が暗くなる乱れた気持ちを静めております間に、たいそう暗いうちにお出になるとのことで、それもいつもと違った気持ちばかりがいたします。いとしい若君が寝坊している間くらいは、しばらくお待ちにならないで」と申し上げなさったので、源氏はお泣きになって、
「鳥辺山で燃えた煙に似ているかと、海人が塩を焼く浦を見に行くのです」。ご返事というのでもなく口ずさみなさって、「明け方の別れは、いつもこんなにつらいものなのだろうか。わかってくださる人もあるだろう」とおっしゃると、中納言の君は「いつでも別れという文字はいやなものですが、その中でも、今朝はやはり比べるものがないほどに思われます」と、涙声で本当に深く悲しんでいる。
源氏は「申し上げたいことも、繰り返し思いながら、ただ胸がふさがっております心をお察しください。寝坊している若君は、見ればかえって浮き世を離れがたく思われてしまうでしょうから、気を強くもって、急いで退出いたします」と申し上げなさる。お出になるところを、女房たちがのぞいて拝見する。
沈みかけた月がたいそう明るいところに、いっそう優美で美しく、物思いに沈んでいらっしゃる様子は、虎や狼でさえ泣いてしまうだろう。まして、幼くていらっしゃったころからお仕えしてきた人々なので、比べようもないお姿を、たまらなく悲しいと思う。そうそう、大宮のご返事は、「亡き人との別れは、いっそう遠くなってしまうのでしょうか。娘が煙となったこの都の空ではない所へ行かれては」。悲しみばかりが加わって尽きることなく、お出になった後の名残に、不吉なほど泣き合った。
意訳
出立の前に、源氏は左大臣邸を訪れ、幼い若君と対面する。左大臣は世の変わりようを嘆き、亡き娘が生きていたらどんなに嘆いただろうと語る。源氏は、罪を受ける前に自ら世を遁れるのだと語る。
その夜、源氏は左大臣邸に泊まり、女房の中納言の君と別れを惜しむ。明け方、大宮から便りがあり、源氏は亡き葵の上の葬送の煙を思う歌を返す。邸の人々は、源氏の姿を見送りながら泣き悲しむ。
語釈・文法注
- 官ざく
- 官爵(かんしゃく)。官職と位階。源氏はこの時、まだ正式に官位を剥奪されてはいなかった。
文法
- 反実仮想の「ましかば…まし」(侍る世ならましかば…歎き侍らまし)
- 「もし娘が生きておりましたら、どんなに嘆いたことでしょう」。
- 反語の「やは」(かうのみやは心づくしなる)
- 「いつもこんなにつらいものだろうか、いや、今朝ほどではない」。
和歌
鳥部山もえし煙もまがふやとあまの鹽やくうらみにぞゆく
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 大宮からの便りに答えた歌。鳥辺山で燃えた(葵の上を葬った)煙に似ているかと、海人が塩を焼く浦を見に行くのです。
修辞
- 掛詞
- 「うらみ」に「浦見(浦を見る)」と「恨み」をかける。
なき人のわかれやいとゞへだゝらむ煙となりし雲居ならでは
- 詠者
- 大宮
- 状況
- 源氏への返歌。亡き人との別れは、いっそう遠くなってしまうのでしょうか。娘が煙となったこの都の空ではない所へ行かれては。
解説
左大臣邸での別れの場面では、亡き葵の上の思い出が随所に重ねられている。源氏の歌の「鳥部山もえし煙」は、葵の上を葬った鳥辺野の煙であり、須磨の塩焼く煙と重ね合わされる。
源氏が「濁なき心」と言うのは、朧月夜の件はともかく、朝廷に背く気持ちはないという意味である。左大臣も「誠にをかしあるにてしもかゝる事に當らざりけり」と、源氏の無実を訴える。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、228–233頁(コマ116–118)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日