源氏物語 第12帖 須磨(1)
須磨退去の決意
世の中の煩わしさがつのり、源氏は自ら須磨へ退くことを決める。紫の上を連れていくことも考えるが、さびしい海辺に伴うのは不似合いだと思い返す。紫の上はどんな道でも一緒にと恨めしげである。花散里や、ほかの女性たちも嘆く。藤壺からもひそかに見舞いがあり、源氏はその情けを昔に見せてくれていたらと思う。三月二十日過ぎ、源氏はわずかな供人とともに都を離れる。

- 1世世よののの中中なかいといといと煩煩わずらはしくはしくわしくはしたなきはしたなきはしたなきことことことのみのみのみまされまされまさればばば、、、せめてせめてせめてしらしらしらずずず顏顏がおにににありありありへへへてててもももこれこれこれよりよりより優優まさるるる事事こともももやややとととおぼしおぼしおぼしなりなりなりぬぬぬ。。。
- 2かのかのかのははは昔昔むかしこそこそこそ人人ひとののの住住すみかかかなどなどなどもももありありありけれけれけれ、、、今今いまはははいといといと里里さとばなればなればなれ心心こころすごくすごくすごくててて海士海士あまののの家家いえだにだにだに稀稀まれににになどなどなど聞聞きききき給給たまへへえどどど、、、人人ひとしげくしげくしげくたらたらたらむむん住住すまひひいはははいといといとほいほいほいなかるなかるなかるべしべしべし、、、さりとてさりとてさりとて都都みやこをををとほざからとほざからとおざからむむんももも故里故里ふるさとおぼつかなかるおぼつかなかるおぼつかなかるべきべきべきををを、、、人人ひとわろくわろくわろくぞぞぞおぼしおぼしおぼしみだるみだるみだる。。。
- 3萬萬よろずののの事事こときしかたきしかたきしかた行行ゆくくく末末すえ思思おもひひい續續つづけけけ給給たまふふうににに悲悲かなしきしきしき事事こといといといとさまざまさまざまさまざまなりなりなり。。。うきうきうきものものものととと思思おもひひい捨捨すてててつるつるつる世世よももも今今いまはははととと住住すみみみ離離はなれれれなななむむんことことことをををおぼすおぼすおぼすにににはははいといといと捨捨すててて難難がたききき事事こと多多おおかるかるかる中中なかにににももも、、、
- 4姫君姫君ひめぎみののの明暮明暮あけくれにににそへそへそえてててももも思思おもひひい歎歎なげききき給給たまへへえるるるさまさまさまののの心苦心苦こころぐるしさしさしさははは何事何事なにごとにににもももすぐれすぐれすぐれてててあはれあはれあわれなるなるなるををを、、、行行ゆきききめぐりめぐりめぐりてててもももまたまたまた逢逢あひひい見見みむむんことことことををを必必かならずずずとととおぼさおぼさおぼさむむんにてにてにてだにだにだに、、、猶猶なお一二日一二日ひとひふつかのののほどほどほどよそよそよそよそよそよそににに明明あかしかしかし暮暮くらすらすらす折々折々おりおりだにだにだに覺束覺束おぼつかなきなきなきにににものものものおぼえおぼえおぼえ、、、女君女君おんなぎみももも心心こころ細細ぼそうううのみのみのみ思思おもううう給給たまへへえるるるををを、、、
- 5幾幾いくとせとせとせそのそのその程程ほどととと限限かぎりあるあるある道道みちにににもももあらあらあらずずず、、、逢逢あふふうをををかぎりかぎりかぎりににに隔隔へだたりたりたり行行ゆかかかむむんもももさだめさだめさだめなきなきなき世世よにににやがてやがてやがて別別わかるるるべきべきべき門出門出かどでにににもももやややととといみじういみじういみじゅう覺覺おぼえええ給給たまへへえばばば、、、忍忍しのびびびててて諸共諸共もろともにににもももやややとととおぼしおぼしおぼしよるよるよるをりをりおりあれあれあれどどど、、、
- 6さるさるさる心心こころ細細ぼそからからからむむん海海うみづらづらづらののの波風波風なみかぜよりよりより外外ほかににに立立たちちちまじるまじるまじる人人ひともももなからなからなからむむんににに、、、斯斯かくらうたきらうたきろうたき御御おんさまさまさまにてにてにて引引ひききき具具ぐししし給給たまへへえらららむむんもももいといといとつきなくつきなくつきなく、、、我我わ心心こころにににもももなかなかなかなかなかなか物思物思ものおもひひいのののつまつまつまなるなるなるべきべきべきをををなどなどなどおぼしおぼしおぼし返返かえすすすををを、、、女君女君おんなぎみはははいみじからいみじからいみじからむむん道道みちにににももも後後おくれれれ聞聞きこえええずずずだにだにだにあらあらあらばばばとととおもむけおもむけおもむけてててうらめしげうらめしげうらめしげにににおぼいおぼいおぼいたりたりたり。。。
- 7かのかのかの花散里花散里はなちるさとにににもももおはしおはしおわし通通かよふふう事事ことこそこそこそ稀稀まれなれなれなれ、、、心心こころぼそくぼそくぼそくあはれあはれあわれなるなるなる御御おん有樣有樣ありさまをををこのこのこの御蔭御蔭かげににに隱隱かくれれれててて物物ものししし給給たまへへえばばば、、、いみじういみじういみじゅう歎歎なげきききおぼしおぼしおぼしたるたるたるさまさまさまいといといとことわりことわりことわりなりなりなり。。。なほざりなほざりなおざりにてにてにてもももほのかほのかほのかににに見見み奉奉たてまつりりり通通かよひひい給給たまひひいししし所々所々ところどころ、、、人人ひとしれしれしれぬぬぬ心心こころををを碎碎くだききき給給たまふふう人人ひとぞぞぞ多多おおかりかりかりけるけるける。。。
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- 10さるべきさるべきさるべき所々所々ところどころににに御御おん文文ふみばかりばかりばかりうちうちうち忍忍しのびびび給給たまひひいしししにににももも哀哀あわれれれととと忍忍しのばばばるるるばかりばかりばかり書書かききき盡盡つくししし給給たまへへえれれればばば見見みどころどころどころもももありありありぬぬぬべかりべかりべかりしかしかしかどどど、、、そのそのその折折おりののの心地心地ここちのののまぎれまぎれまぎれにににはかばかしくはかばかしくはかばかしくももも聞聞きききき置置おかかかずずずなりなりなりにににけりけりけり。。。
現代語訳
世の中がたいそう煩わしく、体裁の悪いことばかりがつのるので、しいて知らないふりをして過ごしていても、これ以上ひどいこともあるかもしれないとお思いになった。
あの須磨は、昔こそ人の住まいなどもあったが、今はたいそう人里離れてもの寂しく、海人の家さえまれだなどとお聞きになるが、人が多く雑然としている住まいは、たいそう本意に反するだろう。そうかといって、都から遠く離れるのも、残してきた人々のことが気がかりだろうと、体裁が悪いほど思い乱れていらっしゃる。
何もかも、過去や将来のことを思い続けなさると、悲しいことがたいそうさまざまである。つらいものと思い捨てた世の中も、今はもうと住み離れようとお思いになるにつけては、たいそう捨てがたいことが多い中でも、
姫君(紫の上)が、明け暮れにつけて嘆いていらっしゃる様子の痛々しさは、何事にもまして悲しい。めぐりめぐって再び逢えることを必ずと思えるならまだしも、ほんの一日二日離れて過ごす時でさえ気がかりに思われ、女君も心細くばかり思っていらっしゃるのに、
幾年と期限のある旅でもなく、逢えるまでと別れていくのも、定めない世の中で、そのまま永遠の別れの門出となるのではないかと、たいそう悲しく思われなさるので、こっそりいっしょに連れていこうかとお思いになる時もあるが、
そんな心細い海辺の、波風のほかには立ち交じる人もないような所に、このようにかわいらしいご様子のままでお連れになるのも、まったく似つかわしくなく、自分の心にもかえって物思いの種になるだろうなどと思い返しなさるのを、女君は、どんなにつらい道でも、ごいっしょできさえすればと、それとなくほのめかして、恨めしそうにしていらっしゃる。
あの花散里にも、お通いになることこそまれであるが、心細くしみじみとしたご様子を、この源氏のおかげで暮らしていらっしゃるので、たいそう嘆いていらっしゃる様子は、まったくもっともである。かりそめにでも、ほのかにお逢いになって通われた所々では、人知れず心を砕いていらっしゃる方が多かった。
入道の宮(藤壺)からも、世間の噂でまたどのように取りざたされるだろうかと、ご自分のためにも気がひけるが、こっそりとお見舞いがいつもある。昔、このように互いに思い合い、情けもお見せくださったならばと、思い出しなさるにつけても、このようにさまざまに心を尽くさなければならないご縁であったことよと、つらくお思い申し上げなさる。
三月二十日過ぎのころに、都をお離れになった。人には、今日出立するとはお知らせにならず、ただたいそう親しくお仕えし慣れている者だけ七、八人ほどをお供にして、たいそうひっそりとご出発になる。
しかるべき方々にお手紙だけは、こっそりとお送りになったが、それにも、しみじみと思い出されるほど書き尽くしていらっしゃったので、見ごたえもあったにちがいないが、その時の気持ちの紛れに、はっきりとも聞いておかずに終わってしまった。
意訳
右大臣方の圧迫で煩わしいことばかりがつのり、源氏は、官位を奪われて流罪になる前に、自ら須磨へ退くことを決める。都に近すぎず遠すぎない須磨を選ぶが、残していく人々のことが気がかりである。
源氏は紫の上を連れていくことも考えるが、寂しい海辺に伴うのは不似合いだと思い返す。紫の上は恨めしげである。花散里やほかの女性たちも嘆き、藤壺からもひそかに見舞いが届く。三月二十日過ぎ、源氏は七、八人の供人とともに都を離れる。
語釈・文法注
- 須磨
- 摂津国の海辺の地(今の神戸市須磨区)。在原行平が流されて住んだと伝えられ、わびしい流謫の地として和歌に詠まれた。
- ひたゝけ
- 「ひたたく」は、入り乱れる、雑然とする意。人が多くごたごたしている様子。
文法
- 反実仮想の「ましかば」(見せ給はましかば)
- 「もし情けをお見せくださったならば(よかったのに)」。後半が省略されている。
- 推量の「べかりける」(盡すべかりける人の御契)
- 「心を尽くさなければならないはずだったご縁」。
解説
須磨の巻は、源氏の人生における最大の試練を描く。朧月夜との一件をきっかけに、右大臣と弘徽殿大后は源氏を追い落とそうとする。源氏は、流罪という公の処分を受ける前に、自ら都を退くことを選ぶ。
須磨は、在原行平が流されたと伝えられる地であり、都から遠すぎず、しかも寂しい海辺の地として選ばれた。この巻は、白居易や菅原道真、行平など、流謫の文学の伝統を背景に描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、228–229頁(コマ116)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日