源氏物語 第11帖 花散里(2)
橘の香る里
麗景殿女御の邸は、思ったとおりひっそりとしていた。源氏は女御と、亡き桐壺院の思い出を語り合う。二十日の月が昇り、橘の香りが漂う中、さっきの郭公が後を追ってきたように鳴く。源氏と女御は橘と郭公の歌を交わす。その後、源氏は西面の三の君(花散里)のもとを訪れ、優しく語らう。

- 1さてさてさてかのかのかのほいほいほいののの所所ところはははおぼしおぼしおぼしやりやりやりつるつるつるもももしるくしるくしるく、、、人人ひとめめめなくなくなくしづかしづかしずかにてにてにておはするおはするおわする有樣有樣ありさまををを見見み給給たまふふうもももいといといとあはれあはれあわれなりなりなり。。。まづまづまず女御女御にょうごののの御方御方かたにてにてにて昔昔むかしののの御御おん物語物語ものがたりなどなどなど聞聞きこえええ給給たまふふうににに夜夜よ更更ふけけけにににけりけりけり。。。
- 2二十日二十日はつかののの月月つきさしさしさし出出いづるづるずる程程ほどににに、、、いとゞいとゞいとど木木こ高高だかきききかげかげかげどもどもどもこぐらうこぐらうこぐろう見見みえええわたりわたりわたりててて、、、近近ちかききき橘橘たちばなのののかをりかをりかおりなつかしくなつかしくなつかしく匂匂におひひいててて女御女御にょうごののの御御おんけはひけはひけわいねびねびねびにににたれたれたれどどどあくまであくまであくまで用意用意よういありありありあてあてあてにににらうたげらうたげろうたげなりなりなり。。。
- 3すぐれすぐれすぐれててて花花はなやかやかやかなるなるなる御御おんおぼえおぼえおぼえこそこそこそなかりなかりなかりしかしかしかどどどむつまじうむつまじうむつまじゅうなつかしきなつかしきなつかしきにににはははおぼしおぼしおぼしたりたりたりしししものものものをををなどなどなど思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええ給給たまふふうにににつけつけつけてててももも、、、昔昔むかしののの事事ことかきかきかきつらねつらねつらねおぼさおぼさおぼされれれてててうちうちうちなきなきなき給給たまふふう。。。
- 4郭公郭公ほととぎすありありありつるつるつる垣根垣根かきねのののにににややや同同おなじじじ聲聲こえにににうちうちうちなくなくなく慕慕したひひいきききにににけるけるけるよよよとととおぼさるゝおぼさるゝおぼさるるほどほどほどももも艶艶えんなりなりなりかしかしかし。。。「「「いかにいかにいかに知知しりりりてててかかかなどなどなど忍忍しのびやかびやかびやかにににうちうちうち誦誦ずんじじじ給給たまふふう。。。
- 5「「「橘橘たちばなののの香香かをををなつかしみなつかしみなつかしみほとゝぎすほとゝぎすほととぎすはなちるはなちるはなちる里里さとをををたづねたづねたずねてててぞぞぞとふとふとう。。。いにしへいにしへいにしえののの忘忘わすれれれがたきがたきがたきなぐさめなぐさめなぐさめにににはははまづまづまず參參まいりりり侍侍はべりりりぬぬぬべかりべかりべかりけりけりけり。。。こよなうこよなうこよのうこそこそこそ紛紛まぎるゝるゝるる事事ことももも數數かずそふそふそう事事ことももも侍侍はべりりりけれけれけれ。。。
- 6大方大方おおかたののの世世よににに隨隨したがふふうものものものなれなれなればばば昔語昔語むかしがたりもももかきかきかきくづすくづすくずすべきべきべき人人ひと少少すくのうううなりなりなり行行ゆくくくををを、、、ましてましてましていかにいかにいかにつれづれつれづれつれづれももも紛紛まぎるゝるゝるることことことなくなくなくおぼさるおぼさるおぼさるらむらむらん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふうににに、、、
- 7いといといとさらさらさらなるなるなる世世よなれなれなれどどど物物ものをををいといといとあはれあはれあわれとととおぼしおぼしおぼしつゞけつゞけつづけたるたるたる御御おん氣色氣色けしきののの淺淺あさからからからぬぬぬももも人人ひとののの御御おんさまさまさまからからからにににややや。。。多多おおくくく哀哀あわれぞぞぞ添添そひひいにににけるけるける。。。
- 8「「「人人ひとめめめなくなくなく荒荒あれれれたるたるたる宿宿やどはははたちばなたちばなたちばなののの花花はなこそこそこそのきのきのきのののつまつまつまとととなりなりなりけれけれけれ」」」とととばかりばかりばかりのたまへのたまへのたまえるるるももも、、、さささはははいへいへいえどどど人人ひとにににはははいといといと異異ことなりなりなりけりけりけりとととおぼしおぼしおぼしくらべくらべくらべらるらるらる。。。
- 9西面西面にしおもてにににはははわざとわざとわざとなくなくなく忍忍しのびやかびやかびやかにににうちうちうちふるまひふるまひふるまい給給たまひひいててて覗覗のぞききき給給たまへへえるるるももも珍珍めずらしきしきしきにににそへそへそえててて、、、よそよそよそにににめなれめなれめなれぬぬぬ御御おんさまさまさまなれなれなればばばつらさつらさつらさももも忘忘わすれれれぬぬぬべしべしべし。。。何何なにやややかかかやややととと例例れいのののなつかしくなつかしくなつかしく語語かたらひらひらい給給たまふふうもももおぼさおぼさおぼさぬぬぬ事事ことにににはははあらあらあらざるざるざるべしべしべし。。。
- 10假假かりにににももも見見み給給たまふふうかぎりかぎりかぎりははは押押おしししなべなべなべてててのののきはきはきわにににはははあらあらあらねねねばばばにににややや。。。さまざまさまざまさまざまにににつけつけつけててていふかひいふかひいうかいなしなしなしとととおぼさるゝおぼさるゝおぼさるるはははなけれなけれなければばばにににややや。。。にくげにくげにくげなくなくなく我我わももも人人ひともももなさけなさけなさけをををかはしかはしかはしつゝつゝつつ過過すぐしぐしぐし給給たまふふうなりなりなりけりけりけり。。。
- 11それそれそれをををあいなしあいなしあいなしととと思思おもふふう人人ひとはははとかくとかくとかくにににかはるかはるかわるもももことわりことわりことわりののの世世よのののさがさがさがととと思思おもひひいなしなしなし給給たまふふう。。。垣根垣根かきねもももさやうさやうさようにてにてにてありさまありさまありさまかはりかはりかわりにににたるたるたるあたりあたりあたりなりなりなりけりけりけり。。。
現代語訳
さて、あの目当ての所は、お思いやりになったとおり、人の気配もなくひっそりとしていらっしゃるご様子をご覧になるのも、たいそうしみじみとしている。まず女御の御方で、昔のお話などを申し上げなさるうちに、夜が更けてしまった。
二十日の月が昇るころに、いっそう木高い木立が暗く見わたされて、近くの橘の香りが懐かしく匂って、女御のご様子は年をとっていらっしゃるが、どこまでも心づかいが行き届いていて、上品でかわいらしい。とりわけ華やかなご寵愛こそなかったが、院が親しみやすく心ひかれる方とはお思いになっていたものを、などと思い出し申し上げなさるにつけても、昔のことが次々と思い出されて、お泣きになる。
郭公が、さっきの垣根のものだろうか、同じ声で鳴く。後を慕ってきたのだなあと思われなさるのも、優美なことである。「いかに知りてか」などと、ひそやかに口ずさみなさる。
「橘の香りを慕わしく思って、ほととぎすは花の散るこの里を尋ねて訪れるのです。昔の忘れがたい思い出の慰めには、まずこちらに参るべきでした。この上なく気の紛れることも、また悲しみの数が増えることもございました。世の人は時勢に従うものですから、昔話を語り合える人も少なくなっていきますのに、まして、どんなにか所在なさも紛れることなくお過ごしでしょう」と申し上げなさると、
今さら言うまでもない世の中ではあるが、何事もたいそうしみじみと思い続けていらっしゃるご様子が浅くないのも、お人柄からだろうか。いっそう悲しみが加わった。女御が「訪れる人もなく荒れたこの宿は、橘の花だけが軒端の縁となって、あなたを招いたのですね」とだけおっしゃるのも、そうはいっても、やはり人とはたいそう違っていらっしゃるなあと、ほかの女性と比べずにはいらっしゃれない。
西面(三の君の部屋)には、わざとらしくなく、忍びやかにふるまっておいでになって、おのぞきになるのも、珍しいうえに、またとないお姿なので、三の君はつらさも忘れてしまいそうである。あれこれと、いつものように優しく語りかけなさるのも、心にもないことではないのだろう。
仮にもお逢いになる女性は、みな並一通りの身分ではないからだろうか、それぞれにつけて、言ってもかいのない人だとお思いになる女性はいないからだろうか、源氏は、憎らしいところもなく、自分も相手も情けを交わしながら過ごしていらっしゃるのだった。それを面白くないと思う人は、とやかく心変わりするのも、もっともな世の習いと思いなしなさる。あの中川の女の垣根も、そのようにして様子が変わってしまったところだったのである。
意訳
源氏は麗景殿女御を訪ね、亡き桐壺院の思い出を語り合う。橘の香りが漂い、さっきの郭公が後を追ってきたように鳴く中、二人は院をしのぶ歌を交わす。
その後、源氏は西面の三の君(花散里)を訪れ、優しく語らう。源氏は、一度関わった女性を見捨てず、情けを交わし続ける。一方で、源氏から離れていった中川の女のような人もいる。
語釈・文法注
- いかに知りてか
- 「いにしへのこと語らへばほととぎすいかに知りてか古声のする」(古今六帖)による。昔のことを語り合っていると、ほととぎすがどうして知ってか、昔と同じ声で鳴く。
文法
- 強意の「ぞ…連体形」(たづねてぞとふ)
- 「尋ねて訪れるのだ」。係り結び。
- 疑問の「にや」(人の御さまからにや)
- 「お人柄からだろうか」。下に「あらむ」などが省略されている。
和歌
橘の香をなつかしみほとゝぎすはなちる里をたづねてぞとふ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 麗景殿女御に詠みかけた歌。橘の香りを慕わしく思って、ほととぎすは花の散るこの里を尋ねて訪れるのです。
修辞
- 引歌
- 「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」(古今集)をふまえ、橘の香に亡き桐壺院をしのぶ思いをこめる。
- 比喩
- 「ほとゝぎす」に自分を、「はなちる里」に女御の邸をなぞらえる。巻名「花散里」はこの歌による。
人めなく荒れたる宿はたちばなの花こそのきのつまとなりけれ
- 詠者
- 麗景殿女御
- 状況
- 源氏への返歌。訪れる人もなく荒れたこの宿は、橘の花だけが軒端の縁となって、あなたを招いたのですね。
修辞
- 掛詞
- 「つま」に「端(軒端)」と「つま(きっかけ)」をかける。
解説
「花散里」という巻名は、源氏の歌「はなちる里をたづねてぞとふ」による。花散里の君は、華やかさはないが、穏やかで心優しい女性として、のちに源氏の妻の一人として大切にされる。
橘の香りは、古今集の「昔の人の袖の香ぞする」の歌以来、昔の人をしのぶ景物とされてきた。源氏は、橘の香と郭公の声の中で、亡き桐壺院の時代を懐かしむ。政治的な苦境の中にある源氏にとって、ここは心の安らぐ場所であった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、226–229頁(コマ115–116)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日