源氏物語 第11帖 花散里(1)
中川の女
世の煩わしさに沈む源氏は、院の女御だった麗景殿女御と、その妹の三の君を思い出し、五月雨の晴れ間に訪ねていく。途中、中川のほとりで、昔一度通った女の家から琴の音が聞こえる。郭公の声にうながされて惟光に歌を届けさせるが、女はそっけなく返す。

- 1人人ひと知知しれれれぬぬぬ御心御心みこころづからづからづからののの物物もの思思おもはしさはしさわしさはははいついついつとととなきなきなきことことことなななめれめれめれどどど、、、かくかくかく大方大方おおかたののの世世よにににつけつけつけてててさへさへさへ煩煩わずらはしうはしうわしゅうおぼしおぼしおぼし亂亂みだるゝるゝるることことことのみのみのみまされまされまさればばば、、、物物もの心心こころぼそくぼそくぼそく世世よののの中中なかなべてなべてなべて厭厭いとはしうはしうわしゅうおぼしおぼしおぼしならならならるゝるゝるるにににさすがさすがさすがなるなるなる事事こと多多おおかりかりかり。。。
- 2麗景殿麗景殿れいけいでんととと聞聞きこえええしししははは宮宮みやたちたちたちもももおはせおはせおわせずずず、、、院院いん隱隱かくれれれさせさせさせ給給たまひひいててて後後のちいよいよいよいよいよいよあはれあはれあわれなるなるなる御御おん有樣有樣ありさまををを唯唯ただこのこのこの大將殿大將殿だいしょうどのののの御心御心みこころにににもてもてもてかくさかくさかくされれれててて過過すぐしぐしぐし給給たまふふうなるなるなるべしべしべし。。。
- 3御御おん弟弟おとうとののの三三さんののの君君きみ、、、うちうちうちわたりわたりわたりにてにてにてはかなくはかなくはかなくほのめきほのめきほのめき給給たまひひいししし名殘名殘なごり例例れいののの御心御心みこころなれなれなればばばさすがさすがさすがににに忘忘わすれれれもももはてはてはて給給たまははわずずず、、、わざとわざとわざとももももてなしもてなしもてなし給給たまははわぬぬぬににに人人ひとののの御心御心みこころをををのみのみのみ盡盡つくしししはてはてはて給給たまふふうべかべかべかめるめるめるをををももも、、、
- 4このこのこのごろごろごろ殘殘のこるるることことことなくなくなくおぼしおぼしおぼし亂亂みだるゝるゝるる世世よのののあはれあはれあわれのののくさはひくさはひくさわいにににははは思思おもひひい出出いででで給給たまふふうににに忍忍しのびびびがたくがたくがたくててて、、、五月雨五月雨さみだれののの空空そら珍珍めずらしうらしうらしゅう晴晴はれれれたるたるたる雲間雲間くもまにににわたりわたりわたり給給たまふふう。。。何何なにばかりばかりばかりののの御御おんよそひよそひよそいなくなくなくうちうちうちやつしやつしやつしてててごぜんごぜんごぜんなどなどなどももも殊殊ことににになくなくなく忍忍しのびびび給給たまへへえりりり。。。
- 5ののの程程ほどおはするおはするおわするにににさゝやかさゝやかささやかなるなるなる家家いえののの木立木立こだちなどなどなどよしばめよしばめよしばめるるるににに、、、能能よくくくなるなるなる琴琴ことをををあづまあづまあずまににに調調しらべべべててて搔搔かききき合合あわせせせ賑賑にぎはゝしくはゝしくわわしく彈彈ひききき鳴鳴ならすすすなりなりなり。。。
- 6御御おん耳耳みみとまりとまりとまりててて門門かど近近ぢかなるなるなる所所ところなれなれなればばば少少すこしししさしさしさし出出いでゝでゝでて見見み入入いれれれ給給たまへへえばばば、、、大大おおきなるなるなる桂桂かつらののの木木きののの追風追風おいかぜににに祭祭まつりののの頃頃ころおぼしおぼしおぼし出出いでででられられられてててそこはかとなくそこはかとなくそこはかとなくけはひけはひけわいをかしきをかしきおかしきををを、、、唯唯ただ一目一目ひとめ見見み給給たまひひいしししやどりやどりやどりなりなりなりととと思思おもひひい出出いででで給給たまふふうにににたゞたゞただならならならずずず程程ほど經經へにににけるけるけるをををおぼめかしくおぼめかしくおぼめかしくやややとととつゝましけれつゝましけれつつましけれどどど過過すぎぎぎがてがてがてにににやすらひやすらひやすらい給給たまふふう。。。
- 7折折おりしもしもしも郭公郭公ほととぎす鳴鳴なきききてててわたるわたるわたる。。。もよほしもよほしもよおし聞聞きこえええがほがほがおなれなれなればばば御車御車みくるま推推おししし返返かえさささせせせ給給たまひひいててて例例れいののの惟光惟光これみつををを入入いれれれ給給たまふふう。。。「「「をちかへりをちかへりおちかえりえぞえぞえぞ忍忍しのばばばれれれぬぬぬほとゝぎすほとゝぎすほととぎすほのほのほのかたらひかたらひかたらいししし宿宿やどのののかきねかきねかきねににに」」」。。。
- 8寢殿寢殿しんでんとととおぼしきおぼしきおぼしき屋屋やののの西西にしのののつまつまつまににに人々人々びと居居いたりたりたり。。。さきざきさきざきさきざきももも聞聞きききき知知しるるる聲聲こえなりなりなりけれけれければばばこわづくりこわづくりこわづくり氣色氣色けしきとりとりとりててて御御おんせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこゆゆゆ。。。若若わかやかやかやかなるなるなる氣色氣色けしきどもどもどもあまたあまたあまたしししててておぼめくおぼめくおぼめくなるなるなるべしべしべし。。。
- 9「「「郭公郭公ほととぎすことことことゝふゝふとう聲聲こえはははそれそれそれなれなれなれどどどあなあなあなおぼつかおぼつかおぼつかなななさみだれさみだれさみだれのののそらそらそら」」」。。。殊更殊更ことさらにににたどるたどるたどるととと見見みれれればばば「「「よしよしよしよしよしよしうゑうゑうえししし垣根垣根かきねももも」」」とととててて出出いづるづるずるををを、、、人人ひと知知しれれれぬぬぬ心心こころにににははは妬妬ねとうううもももあはれあはれあわれにににももも思思おもひひいけりけりけり。。。
- 10さささもももつゝむつゝむつつむべきべきべきことことことぞぞぞかしかしかし。。。ことわりことわりことわりにににもももあれあれあればばばさすがさすがさすがなりなりなり。。。かやうかやうかようのののきはきはきわににに筑紫筑紫つくしのののこそこそこそらうたげらうたげろうたげなりなりなりしししはははやややとととまづまづまずおぼしおぼしおぼし出出いづづず。。。
- 11いかなるいかなるいかなるにににつけつけつけてててももも御心御心みこころののの暇暇いとまなくなくなく年月年月としつきををを經經へてててももも苦苦くるしげしげしげなりなりなり。。。猶猶なおかうやうかうやうこうようににに見見みしししあたりあたりあたりのののなさけなさけなさけははは過過すぐしぐしぐし給給たまははわぬぬぬにににしもしもしもなかなかなかなかなかなかあまたあまたあまたののの人人ひとののの物物もの思思おもひひいぐさぐさぐさなりなりなり。。。
現代語訳
人知れぬお心からの物思いは、いつということもないことのようだが、このように世間一般のことにつけてまで、わずらわしく思い乱れなさることばかりがつのるので、何となく心細く、世の中のすべてがいとわしくお思いになるが、さすがに捨てがたいことが多い。
麗景殿の女御と申し上げた方は、皇子たちもいらっしゃらず、院がお隠れになって後は、いっそう寂しいご様子を、ただこの大将殿のお心づかいに守られて過ごしていらっしゃるのだろう。
その妹の三の君とは、宮中でちょっとした関係をお持ちになった名残で、いつものご性分なので、さすがにすっかりお忘れにもならず、かといって特別に扱われもしないので、三の君は物思いの限りを尽くしていらっしゃるようなのを、このごろ、何もかも思い乱れなさる世のしみじみとした種として思い出しなさると、こらえきれずに、五月雨の空が珍しく晴れた雲の晴れ間にお出かけになる。
たいしたご装束もなく、目立たない姿で、前駆なども特になく、忍んでいらっしゃった。中川のあたりを通りかかられると、小さな家の木立などが由緒ありげなところに、よく鳴る琴を東琴の調子に合わせて、にぎやかに弾き鳴らしているのが聞こえる。
お耳がとまって、門の近い所なので、少し車から身を乗り出して中をのぞきなさると、大きな桂の木を吹き渡る風に、葵祭のころが思い出されて、何となく趣のある様子を、ただ一度お逢いになった宿だと思い出しなさると、心穏やかでなく、ずいぶん日がたってしまったので、相手が覚えているかどうかと気がひけるが、通り過ぎかねてためらっていらっしゃる。
ちょうどその時、郭公が鳴いて飛んでいく。訪ねるようにうながし申し上げているようなので、お車を引き返させなさって、いつものように惟光を中に入れなさる。「昔に返って、こらえきれずに鳴くほととぎすのように、私も懐かしさをこらえきれません。ほのかに語らったこの宿の垣根で」。
寝殿と思われる建物の西の端に、女房たちがいた。以前にも聞いて知っている声だったので、惟光は咳払いをして様子をうかがってから、お手紙を申し上げる。若々しい女房たちの気配が大勢して、誰からの手紙かといぶかっているようだ。「ほととぎすが訪ねてくる声は、確かにその声のようですが、さあどうでしょう、はっきりしないことです。五月雨の空のように」。
わざととぼけていると見えたので、惟光が「まあよい、植えた垣根も(昔とは変わってしまったようで)」と言って出ていくのを、女は人知れぬ心の中では、くやしくもしみじみとも思っていた。そのように遠慮しなければならない事情があるのだろう。もっともなことでもあるので、さすがに源氏も強くは言えない。このような身分の女の中では、筑紫の五節こそかわいらしかったなあと、まず思い出しなさる。
どんな女につけても、お心の休まる暇がなく、年月がたっても苦しそうである。やはりこのように、一度逢った女の情けはお見過ごしにならないことが、かえって多くの女性たちの物思いの種となるのである。
意訳
世の煩わしさに沈む源氏は、院の女御だった麗景殿女御と、その妹の三の君(花散里)を思い出し、五月雨の晴れ間に訪ねていく。
途中、中川のほとりで、昔一度だけ通った女の家から琴の音が聞こえる。源氏は郭公の声にうながされて歌を届けさせるが、女は事情があるのか、とぼけて返す。源氏は、一度逢った女を忘れない自分の性分が、多くの女性の物思いの種になることを思う。
語釈・文法注
- 中川
- 京の東部を流れていた川。京極川とも。空蝉の巻の紀伊守の邸もこのあたりにあった。
- 筑紫の五節
- 大宰大弐の娘で、五節の舞姫をつとめた女性。源氏と一時関係があり、のちに須磨の巻で再び登場する。
文法
- 推量の「べかめる」(盡しはて給ふべかめる)
- 「尽くしてしまわれるようだ」。「べかるめる」の撥音便の無表記。
- 強意の「ぞ…ぬ」(えぞ忍ばれぬ)
- 「とてもこらえることができない」。不可能を強める。
和歌
をちかへりえぞ忍ばれぬほとゝぎすほのかたらひし宿のかきねに
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 中川の女の家に、惟光を通して届けさせた歌。昔に返って、こらえきれずに鳴くほととぎすのように、私も懐かしさをこらえきれません。ほのかに語らったこの宿の垣根で。
修辞
- 比喩
- 「ほとゝぎす」に自分をなぞらえ、昔の思い出をこらえきれずに訪れたことを表す。
郭公ことゝふ聲はそれなれどあなおぼつかなさみだれのそら
- 詠者
- 中川の女
- 状況
- 源氏への返歌。ほととぎすが訪ねてくる声は、確かにその声のようですが、さあどうでしょう、はっきりしないことです。五月雨の空のように。
修辞
- 掛詞
- 「さみだれ」の「さ」に、「おぼつかな」の「な」に続けて「(あな)おぼつかなさ」と読ませ、とぼける。
解説
花散里の巻は、源氏物語の中でもっとも短い巻の一つである。賢木の巻で描かれた政治的な苦境の中で、源氏が心の安らぎを求めて訪れる場面として、穏やかな情趣に満ちている。
中川の女のエピソードは、源氏の多情な性分を示すとともに、本筋の花散里訪問の前奏となっている。郭公や五月雨といった夏の景物が、巻全体に統一した季節感を与えている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、224–227頁(コマ114–115)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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