源氏物語 第10帖 賢木(14)
左大臣の致仕と韻塞ぎ
左大臣は世の変化を嫌って辞任し、右大臣の一族ばかりが栄える。三位中将(もとの頭中将)も不遇となり、源氏のもとに通って学問や遊びをともにする。夏の雨の日、二人は韻塞ぎの遊びを催し、源氏の学才に人々は感嘆する。負け方の中将の催した宴で、中将の幼い子が歌い、源氏はその美しさで人々を魅了する。源氏はわが身を周公旦になぞらえて誇らしげに口ずさむ。

- 1左左ひだりのののおとゞおとゞおとどもももおほやけおほやけおおやけわたくしわたくしわたくし引引ひきききかへかへかえたるたるたる世世よののの有樣有樣ありさまににに物物もの憂憂うくくくおぼしおぼしおぼしててて致仕致仕ちじののの表表ひょう奉奉たてまつりりり給給たまふふうををを帝帝みかどははは故故こ院院いんのののやんごとなくやんごとなくやんごとなく重重おもききき御御おん後見後見うしろみとととおぼしおぼしおぼしててて長長ながききき世世よのののかためかためかためととと聞聞きこえええ置置おききき給給たまひひいししし御御おんゆゐごんゆゐごんゆいごんをををおぼしおぼしおぼし召召めすすすににに、、、
- 2捨捨すててて難難がたきききものものものににに思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえるるるにににかひかひかいなきなきなき事事ことととと度々度々たびたび用用もちゐゐいさせさせさせ給給たまははわねねねどどど、、、せめてせめてせめてかへさひかへさひかえさい申申もうししし給給たまひひいててて籠籠こもりりり居居い給給たまひひいぬぬぬ。。。今今いまはははいとゞいとゞいとどのみのみのみ返返かえすすすがへがへがえすすす榮榮さかえええ給給たまふふう事事こと限限かぎりなしなしなし。。。
- 3世世よのののおもしおもしおもしととと物物ものししし給給たまへへえるるるおとゞおとゞおとどのののかくかくかく世世よををを遁遁のがれれれ給給たまへへえばばば、、、おほやけおほやけおおやけももも心心こころぼそうぼそうぼそうおぼさおぼさおぼされれれ世世よののの人人ひとももも心心こころあるあるあるかぎりかぎりかぎりははは歎歎なげきききけりけりけり。。。
- 4御子御子みこどもどもどもはははいづれいづれいずれととともももなくなくなく人人ひとがらがらがらめやすくめやすくめやすく世世よににに用用もちゐゐいられられられててて心地心地ここちよげよげよげににに物物ものししし給給たまひひいしししををを、、、こよなうこよなうこよのうしづまりしづまりしずまりててて三位三位さんみ中將中將ちゅうじょうなどなどなどももも世世よををを思思おもひひいしづめしづめしずめるるるさまさまさまこよなしこよなしこよなし。。。
- 5かのかのかの四四しののの君君きみをををももも猶猶なおかれがれかれがれかれがれににに打打うちちち通通かよひひいつゝつゝつつめざましうめざましうめざましゅうもてなさもてなさもてなされれれたれたれたればばば心心こころ解解とけけけたるたるたる御御おん聟聟むこののの中中なかにににももも入入いれれれ給給たまははわずずず、、、思思おもひひい知知しれれれとととにににやややこのこのこの度度たびののの司召司召つかさめしにににももも漏漏もれれれぬれぬれぬれどどどいといといとしもしもしも思思おもひひい入入いれれれずずず。。。
- 6大將殿大將殿だいしょうどのかうかうこうしづかしづかしずかにてにてにておはするおはするおわするににに世世よははははかなきはかなきはかなきものものものととと見見みえええぬるぬるぬるをををましてましてましてことわりことわりことわりとととおぼしおぼしおぼしなしなしなしててて常常つねににに參參まいりりり通通かよひひい給給たまひひいつゝつゝつつ學問學問がくもんをををししし遊遊あそびをををももも諸共諸共もろともにににししし給給たまふふう。。。いにしへいにしへいにしえももも物物ものぐるほしきぐるほしきぐるおしきまでまでまで挑挑いどみみみ聞聞きこえええ給給たまひひいしししをををおぼしおぼしおぼし出出いでゝでゝでてかたみかたみかたみににに今今いまもももはかなきはかなきはかなき事事ことにににつけつけつけつゝつゝつつさすがさすがさすがににに挑挑いどみみみ給給たまへへえりりり。。。
- 7春秋春秋はるあきのののみどみどみど經經きょうをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて臨時臨時りんじにににもももさまざまさまざまさまざま尊尊とうとききき事事ことどもどもどもをををせせせさせさせさせ給給たまひひいなどなどなどしししててて、、、又又また徒徒いたずらににに暇暇いとまありありありげげげなるなるなる博士博士はかせどもどもども召召めししし集集あつめめめててて文文ふみ作作つくりりり韻韻いんなどなどなどやうやうようのののすさびすさびすさびわざわざわざどもどもどもをををもももしししなどなどなど心心こころをををやりやりやりててて
- 8宮仕宮仕みやづかえをををもももをさをさをさをさおさおさししし給給たまははわずずず、、、御心御心みこころににに任任まかせせせてててうちうちうち遊遊あそびびびててておはするおはするおわするををを、、、世世よののの中中なかにににははは煩煩わずらはしきはしきわしき事事ことどもどもどもやうやうやうやうようよう言言いひひい出出いづるづるずる人々人々びとあるあるあるべしべしべし。。。
- 9夏夏なつののの雨雨あめのどかのどかのどかににに降降ふりりりてててつれづれつれづれつれづれなるなるなるころころころ、、、中將中將ちゅうじょうさるべきさるべきさるべき集集しゅうどもどもども數多數多あまたもたもたもたせせせててて參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。殿殿とのにににももも、、、ふふふあけあけあけさせさせさせ給給たまひひいててて、、、まだまだまだひらかひらかひらかぬぬぬみみみ厨子厨子ずしどもどもどもののの珍珍めずらしきしきしき古集古集こしゅうのののゆゑゆゑゆえなからなからなからぬぬぬ少少すこしししえりえりえり出出いでででさせさせさせ給給たまひひいててて、、、そのそのその道道みちののの人々人々びとわざとわざとわざとはははあらあらあらねねねどどどあまたあまたあまた召召めしししたりたりたり。。。
- 10殿上人殿上人てんじょうびとももも大學大學だいがくのののもももいといといと多多おおううう集集つどひひいてててひだりひだりひだりみぎみぎみぎにににこまどりこまどりこまどりにににかたかたかたわかわかわかたたたせせせ給給たまへへえりりり。。。掛物掛物かけものどもどもどもなどなどなどいといといと二二になくなくなくててて挑挑いどみみみあへあへあえりりり。。。
- 11ふたぎふたぎふたぎもてもてもて行行ゆくくくまゝまゝままににに難難かたききき韻韻いんののの文字文字もじどもどもどもいといといと多多おおくくくててておぼえおぼえおぼえあるあるある博士博士はかせどもどもどもなどなどなどののの惑惑まどふふう所々所々ところどころををを、、、時々時々ときどきうちうちうちのたまふのたまふのたまうさまさまさまいといといとこよなきこよなきこよなき御御おん才才ざえののの程程ほどなりなりなり。。。いかでいかでいかでかうかうこうしもしもしも足足たらひらひらい給給たまひひいけむけむけん、、、猶猶なおさるべきさるべきさるべきにてにてにて萬萬よろずののの事事こと人人ひとににに勝勝すぐれれれ給給たまへへえるるるなりなりなりけりけりけりとととめでめでめで聞聞きこゆゆゆ。。。
- 12遂遂ついににに右右みぎまけまけまけにににけりけりけり。。。二日二日ふつかばかりばかりばかりありありありててて中將中將ちゅうじょうまけわざまけわざまけわざししし給給たまへへえりりり。。。ことごとしうことごとしうことごとしゅうはははあらあらあらでででなまめきなまめきなまめきたるたるたるひわりごひわりごひわりごどもどもども掛物掛物かけものなどなどなどさまざまさまざまさまざまにてにてにて、、、今日今日きょうももも例例れいののの人々人々びと多多おおくくく召召めしししててて文文ふみしししなどなどなど作作つくらららせせせ給給たまふふう。。。
- 13はしはしはしのののもともともとのののさうびさうびそうび氣色氣色けしきばかりばかりばかり咲咲さきききててて春秋春秋はるあきののの花盛花盛はなざかりよりよりよりもももしめやかしめやかしめやかにににをかしきをかしきおかしき程程ほどなるなるなるにににうちうちうち解解とけけけ遊遊あそびびび給給たまふふう。。。中將中將ちゅうじょうののの御子御子みこののの今年今年ことし始始はじめめめててて殿上殿上てんじょうするするする八八やつつつ九九ここのつつつばかりばかりばかりにてにてにて聲聲こえいといといとおもしろくおもしろくおもしろくさうさうそうののの笛笛ふえ吹吹ふきききなどなどなどするするするをををうつくしみうつくしみうつくしみもてもてもて遊遊あそびびび給給たまふふう。。。
- 14四四しののの君君きみ腹腹ばらののの二郞二郞じろうなりなりなりけりけりけり。。。世世よののの人人ひとののの思思おもへへえるるるよせよせよせ重重おもくくくててておぼえおぼえおぼえ殊殊ことにににかしづけかしづけかしずけりりり。。。心心こころばへばへばえもももかどかどしうかどかどしうかどかどしゅうかたちかたちかたちもももをかしくをかしくおかしくててて、、、御御おん遊遊あそびののの少少すこしししみだれみだれみだれゆくゆくゆく程程ほどにににををを出出いだしだしだしてててうたふうたふうたう、、、いといといとうつくしうつくしうつくし。。。
- 15大將大將だいしょうののの君君きみ御御おんぞぞぞぬぎぬぎぬぎてててかづけかづけかずけ給給たまふふう。。。例例れいよりよりよりはははうちうちうちみだれみだれみだれ給給たまへへえるるる御御おん顏顏かおのののにほひにほひにおい似似にるるるものものものなくなくなく見見みゆゆゆ。。。うすものうすものうすもののののなほしなほしなおしひとへひとへひとえををを着着き給給たまへへえるるるににに透透すききき給給たまへへえるるる肌肌はだつきつきつきましてましてましていみじういみじういみじゅう見見みゆるゆるゆるををを、、、年年とし老老おいいいたるたるたる博士博士はかせどもどもどもなどなどなど遠遠とおくくく見見み奉奉たてまつりりりててて淚淚なみだ落落おとしししつゝつゝつつ居居いたりたりたり。。。
- 16「「「あはあはあわましましましものものものをををさゆりばさゆりばさゆりばののの」」」とととうたふうたふうたうとぢめとぢめとじめににに中將中將ちゅうじょう御御おんかはらけかはらけかわらけまゐりまゐりまいり給給たまふふう「「「それそれそれもももかかかとととけさけさけさひらけひらけひらけたるたるたるはつはつはつ花花はなににに劣劣おとらららぬぬぬ君君きみがががにほひにほひにおいをををぞぞぞ見見みるるる」」」。。。ほゝゑみほゝゑみほほえみててて取取とりりり給給たまふふう。。。
- 17「「「時時ときならならならででで今朝今朝けささくさくさく花花はなははは夏夏なつののの雨雨あめにににしをれしをれしおれにににけらしけらしけらし匂匂におふふうほどほどほどなくなくなく。。。おとろへおとろへおとろえにににたるたるたる物物ものををを」」」とととうちうちうちさうどきさうどきそうどきてててらうがはしくらうがはしくろうがわしくきこしきこしきこし召召めしししなすなすなすををを咎咎とがめめめ出出いでででつゝつゝつつ强强しひひい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 18多多おおかかかめりめりめりししし事事ことどもどもどもかやうかやうかようなるなるなる折折おりのののまほまほまほならならならぬぬぬ事事こと數々數々かずかずににに書書かきききつくるつくるつくる心心こころなきなきなきわざわざわざとととかかか、、、貫之貫之つらゆきががが諫諫いさめめめたうるゝたうるゝたおるる方方かたにてにてにてむつかしけれむつかしけれむつかしければばばとゞめとゞめとどめつつつ。。。皆皆みなこのこのこの御御おん事事ことををを譽譽ほめめめたるたるたるすぢすぢすじにににのみのみのみ倭倭やまとのののもももからからからのののももも作作つくりりり續續つづけけけたりたりたり。。。
- 19我我わががが御御おん心地心地ここちにににもももいたういたういとうおぼしおぼしおぼし奢奢おごりりりててて「「「文王文王ぶんおうののの子子こ武王武王ぶおうののの弟弟おとうととととうちうちうちずじずじずじ給給たまへへえるるる御御おん名名なのりのりのりさへさへさへぞぞぞげにげにげにめでたきめでたきめでたき。。。成王成王せいおうののの何何なにとととかかかのたまはのたまはのたまわむむんとととすすすらむらむらん、、、そればかりそればかりそればかりややや又又また心心こころもとなからもとなからもとなからむむん。。。
- 20兵部卿宮兵部卿宮ひょうぶきょうのみやももも常常つねににに渡渡わたりりり給給たまひひいつゝつゝつつ御御おん遊遊あそびなどなどなどもももをかしうをかしうおかしゅうおはするおはするおわする宮宮みやなれなれなればばば、、、今今いまめかしきめかしきめかしき御御おんあはひあはひあわいどもどもどもなりなりなり。。。
現代語訳
左大臣も、公私ともに変わってしまった世の有り様に気が進まなくお思いになって、辞職の上表を差し上げなさったが、帝は、故院がたいそう大切な後見役とお思いになって、末長い国の固めと申し置きなさったご遺言をお思いになると、見捨てがたいものとお思い申し上げていらっしゃるので、辞職してもかいのないことだと、たびたびお聞き入れにならないが、
左大臣はしいて辞表を返上し続けて、引きこもっておしまいになった。今はいっそう右大臣の一族ばかりが、繰り返し栄えなさることこの上ない。世の重鎮でいらっしゃった大臣がこのように世を退かれたので、帝も心細くお思いになり、世の人も心ある者はみな嘆いた。
左大臣のご子息たちは、誰もが人柄がよく、世に重用されて、満足そうにしていらっしゃったのに、すっかり沈んでしまって、三位中将なども、世を思い沈んでいる様子はこの上ない。あの右大臣家の四の君のもとにも、やはりとだえがちに通って、心外な扱いをしていたので、右大臣は気を許した婿の中にも入れず、思い知れということか、今度の司召にも漏れてしまったが、中将はそれほど気にもかけない。
大将殿がこのように閑居していらっしゃるので、世の中ははかないものと見えたのを、まして自分の不遇は当然のことと思いなして、いつも二条院に通っては、学問をしたり、管絃の遊びをいっしょになさったりする。昔も、気がおかしいほどに張り合い申し上げなさったのを思い出しなさって、互いに今もちょっとしたことにつけて、やはり張り合っていらっしゃった。
源氏は、春秋の御読経はもちろんのこと、臨時にもさまざまな尊い仏事をおさせになったりして、また、暇そうにしている博士たちを呼び集めて、詩を作ったり韻塞ぎをしたりするような慰みごとをして、気晴らしをしながら、宮仕えもほとんどなさらず、思いのままに遊んでいらっしゃるのを、世の中には、面倒なことをだんだん言い出す人々もあるのだろう。
夏の雨がのどかに降って所在ないころ、中将はしかるべき詩集を数多く持たせて参上なさった。源氏の方でも、文殿を開けさせなさって、まだ開いたことのない御厨子の中の珍しい古い詩集で、由緒あるものを少し選び出させなさって、その道の人々を、ことさらにではないが、大勢お呼びになった。
殿上人も大学寮の者も、たいそう大勢集まって、左右に交互に組み分けをさせなさった。賭け物なども、またとないほどのものにして、張り合った。韻を塞いでいくにつれて、難しい韻の文字がたいそう多くなって、名高い博士たちなどが迷う所々を、源氏が時々おっしゃる様子は、この上ないご学才のほどである。どうしてこれほどまでに備わっていらっしゃるのだろう、やはりそういう宿縁で、何事も人にすぐれていらっしゃるのだと、人々はほめそやし申し上げる。
とうとう右方(中将方)が負けてしまった。二日ほどたって、中将は負けわざ(負け方のもてなし)をなさった。仰々しくはなく、優美な檜破子や賭け物などをさまざまに用意して、今日もいつもの人々を大勢呼んで、詩などを作らせなさる。
階のもとの薔薇がわずかに咲いて、春秋の花盛りよりも、しっとりと趣深いころなので、くつろいで遊びなさる。中将のご子息で、今年初めて殿上する八、九歳ほどの子が、声がたいそう美しく、笙の笛を吹いたりするのを、源氏はかわいがって相手をなさる。
四の君腹の次男であった。世の人の期待が大きく、格別に大切に育てられていた。気だても利発で、顔立ちもかわいらしく、管絃の遊びが少し乱れていくころに、「高砂」を声高く歌うのが、たいそうかわいらしい。大将の君は、お召し物を脱いでかずけなさる。
いつもよりくつろいでいらっしゃるお顔の美しさは、比べるものもなく見える。薄物の直衣と単衣をお召しになっているので、透けて見える肌の様子が、まして美しく見えるのを、年老いた博士たちなどは、遠くから拝見して、涙を落としながら座っていた。
「逢はましものをさ百合葉の」と歌う終わりに、中将が盃を差し上げなさる。「その百合の花かと思われる今朝咲いた初花にも劣らない、あなたの美しさを見ることです」。源氏はほほえんで盃をお取りになる。
「時節はずれに今朝咲いた花は、夏の雨にしおれてしまったようです。美しく咲き匂う間もなく。すっかり衰えてしまったものを」と、浮かれ騒いで、酔いにまぎらして冗談にお聞きなしになるのを、中将はとがめ立てしては、無理に酒をおすすめ申し上げなさる。
多かったらしいことなどを、このような折の不十分な歌を数多く書きつけるのは心ないことだと、貫之が戒めているので、それに従って、面倒だから書くのはやめた。皆、この源氏をほめたたえる趣向ばかりで、和歌も漢詩も作り続けた。
源氏はご自分の気持ちとしても、たいそう得意になって、「文王の子、武王の弟」と口ずさみなさったその名のりまでも、本当にすばらしい。(周公旦の甥の)成王に当たるのは何とおっしゃるつもりだろうか、そればかりはまた、はっきりしないことだろう。兵部卿宮も、いつもおいでになっては、管絃の遊びなども上手でいらっしゃる宮なので、華やかなお付き合いである。
意訳
左大臣は辞職して引きこもり、右大臣の一族ばかりが栄える。左大臣の子の三位中将も不遇となるが、気にかけず、源氏のもとに通って学問や遊びをともにする。
夏の雨の日、二人は韻塞ぎの遊びを催し、源氏はすぐれた学才を示す。負け方の中将が催した宴では、中将の幼い子が「高砂」を歌い、源氏の美しさに人々は涙するほどである。源氏は自分を周公旦になぞらえて口ずさみ、不遇の中にあっても誇りを失わない。
語釈・文法注
- ひとぞう
- 一族(ひとぞう)。ここでは右大臣の一族。
- 韻ふたぎ
- 韻塞ぎ(いんふたぎ)。漢詩の韻字を隠し、それを当てさせる遊び。漢学の素養が試された。
- ふ殿
- 文殿(ふどの)。書物を納めておく建物。
- 高砂
- 催馬楽(さいばら)の曲名。「高砂の さいささごの 高砂の 尾上に立てる 白玉 玉椿……」と歌い、次の「さゆりば」(百合の葉)の句が続く。
- 文王の子武王の弟
- 『史記』で周公旦が自らを「文王の子、武王の弟、成王の叔父」と名のった言葉。源氏は自分を、帝の子で帝の弟である周公旦になぞらえた。
文法
- 推定の「けらし」(しをれにけらし)
- 「けるらし」の約。「しおれてしまったらしい」。
- 疑問の「か…む」(何とかのたまはむとすらむ)
- 「何とおっしゃるつもりだろうか」。語り手が源氏の自負を軽くからかう表現。
和歌
それもかとけさひらけたるはつ花に劣らぬ君がにほひをぞ見る
- 詠者
- 三位中将(頭中将)
- 状況
- 宴の席で源氏に盃をすすめて詠んだ歌。その百合の花かと思われる今朝咲いた初花にも劣らない、あなたの美しさを見ることです。
時ならで今朝さく花は夏の雨にしをれにけらし匂ふほどなく
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 中将への返歌。時節はずれに今朝咲いた花は、夏の雨にしおれてしまったようです。美しく咲き匂う間もなく。
解説
左大臣の辞職によって、源氏方の人々は政界から遠ざけられる。しかし源氏と三位中将は、不遇を嘆くことなく、学問や遊びに日々を過ごす。韻塞ぎの場面は、源氏の学才と、二人の友情を描いている。
「文王の子武王の弟」という名のりは、周公旦が幼い成王を補佐して周の基礎を固めた故事による。源氏は、帝の子で帝の弟である自分を周公旦になぞらえ、いずれは東宮(実は自分の子)を補佐する立場になることへの自負を示している。語り手は「成王」に当たるのは誰かと、その危うい含みを軽くからかっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、218–223頁(コマ111–113)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日