源氏物語 第10帖 賢木(13)
出家後の三条宮
出家した藤壺は、源氏とも直接言葉を交わすようになり、心穏やかに勤行に励む。新年、三条宮はひっそりとして、人々は右大臣邸に集まる。源氏が年賀に訪れ、尼姿の藤壺と「松が浦島」の歌を交わす。司召では藤壺方の人々は昇進もできず、藤壺は東宮の無事だけを祈って、ひたすら仏道に励む。源氏方の人々も不遇をかこつ。

- 1まゐりまゐりまいり給給たまふふうももも今今いまはははつゝましさつゝましさつつましさ薄薄うすらぎらぎらぎててて御御おん自自みずかららら聞聞きこえええ給給たまふふう折折おりもももありありありけりけりけり。。。思思おもひひいしめしめしめてててしししことことことははは更更さらににに御心御心みこころににに離離はなれれれねねねどどどましてましてましてあるあるあるまじきまじきまじき事事ことなりなりなりかしかしかし。。。
- 2年年としもももかはりかはりかわりぬれぬれぬればばばうちうちうちわたりわたりわたり花花はなやかやかやかににに內宴內宴ないえん蹈歌蹈歌とうかなどなどなど聞聞きききき給給たまふふうにににももも物物もののみのみのみあはれあはれあわれにてにてにて、、、おほんおほんおおん行行おこなひひいしめやかしめやかしめやかにににししし給給たまひひいつゝつゝつつ後後のちののの世世よののの事事ことをををのみのみのみおぼすおぼすおぼすにににたのもしくたのもしくたのもしくむつかしかりむつかしかりむつかしかりししし事事こと離離はなれれれててておぼさるおぼさるおぼさる。。。
- 3常常つねののの御御おんねんずねんずねんず堂堂どうをををばばばさるさるさるものものものにてにてにてことことことににに建建たてててられられられたるたるたる御堂御堂みどうののの西西にしののの南南みなみにににあたりあたりあたりててて少少すこししし離離はなれれれたるたるたるににに渡渡わたらららせせせ給給たまひひいててて取取とりりりわきわきわきたるたるたる行行おこないせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。
- 4大將大將だいしょうまゐりまゐりまいり給給たまへへえりりり。。。改改あらたまるまるまるしるししるししるしもももなくなくなく宮宮みやののの內內うちのどかのどかのどかににに人人ひとめめめまれまれまれにてにてにて宮宮みやづかさづかさづかさどもどもどもののの親親したしきしきしきばかりばかりばかりうちうちうちうなだれうなだれうなだれててて、、、見見みなしなしなしにににやややあらあらあらむむんくしいたげくしいたげくしいたげににに思思おもへへえりりり。。。
- 5あをあをあおばかりばかりばかりぞぞぞ猶猶なおひきひきひきかへかへかえぬぬぬものものものにてにてにて女房女房にょうぼうなどなどなどののの見見みけるけるける所所ところせうせうしょう參參まいりりりつどひつどひつどい給給たまひひいししし上達部上達部かんだちめなどなどなどももも道道みちをををよきよきよきつゝつゝつつひきひきひき過過すぎぎぎてててむかひむかひむかいのののおほいおほいおおい殿殿どのににに集集つどひひい給給たまふふうををを、、、かゝるかゝるかかるべきべきべきことことことなれなれなればばばあはれあはれあわれにににおぼさるゝおぼさるゝおぼさるるににに
- 6千人千人せんにんにににもももかへかへかへつつつべきべきべき御御おんさまさまさまにてにてにて深深ふこううう尋尋たずねねね參參まいりりり給給たまへへえるるるををを見見みるるるにににあいなくあいなくあいなく淚淚なみだぐまぐまぐまるるる。。。まらうどまらうどまろうどもももいといといとものものものあはれあはれあわれなるなるなる氣色氣色けしきににに、、、うちうちうち見見みまはしまはしまわし給給たまひひいてててとみにとみにとみに物物ものももものたまはのたまはのたまわずずず。。。
- 7さまさまさまかはれかはれかわれるるる御御おん住住すまひまひまいにににみすみすみすののの端端はし御御おん几帳几帳きちょうももも靑靑あおにびにびにびにてにてにてひまひまひまひまひまひまよりよりよりほのほのほの見見みえええたるたるたる薄薄うすにびにびにびくちなしくちなしくちなしののの袖口袖口そでぐちなどなどなど、、、なかなかなかなかなかなかなまめかしうなまめかしうなまめかしゅう奧奧おくゆかしうゆかしうゆかしゅう思思おもひひいやらやらやられれれ給給たまふふう。。。
- 8解解とけけけ渡渡わたるるる池池いけののの薄氷薄氷うすごおり岸岸きしののの柳柳やなぎののの氣色氣色けしきばかりばかりばかりははは、、、時時ときををを忘忘わすれれれぬぬぬなどなどなどさまざまさまざまさまざまながめながめながめられられられ給給たまひひいててて「「「むべむべむべももも心心こころあるあるあるととと忍忍しのびやかびやかびやかににに打打うちちちずじずじずじ給給たまへへえるるるまたまたまたなうなうのうなまめかしなまめかしなまめかし。。。
- 9「「「ながめながめながめかるかるかる海士海士あまのののすみかすみかすみかととと見見みるるるからからからにににまづまづまずしほたるゝしほたるゝしおたるる松松まつががが浦島浦島うらしま」」」ととときこえきこえきこえ給給たまへへえばばば、、、奧奧おく深深ふこうううもももあらあらあらずずず皆皆みな佛佛ほとけににに讓讓ゆずりりり聞聞きこえええ給給たまへへえるるるおましおましおまし所所どころなれなれなればばば少少すこししし氣氣け近近ぢかききき心心こころちちちしししててて、、、
- 10「「「ありありありししし世世よのののなごりなごりなごりだにだにだになきなきなき浦島浦島うらしまににに立立たちちちよるよるよる浪浪なみのののめづらしきめづらしきめずらしきかなかなかな」」」とととのたまふのたまふのたまうもももほのほのほの聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、忍忍しのぶれぶれぶれどどど淚淚なみだほろほろほろほろほろほろとととこぼれこぼれこぼれ給給たまひひいぬぬぬ。。。世世よををを思思おもひひいすましすましすましたるたるたる尼君尼君あまぎみ達達たちののの見見みるるるらむらむらんもももはしたなけれはしたなけれはしたなければばば言言ことずくなずくなずくなにてにてにて出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 11「「「さささももも類類たぐいなくなくなくねびねびねびまさりまさりまさり給給たまふふうかなかなかな。。。心心こころもとなきもとなきもとなき所所ところなくなくなく世世よににに榮榮さかえええ時時ときにににあひあひあい給給たまひひいししし時時ときはははさるさるさるひとつひとつひとつものものものにてにてにて、、、何何なににににつけつけつけてててかかか世世よをををおぼしおぼしおぼし知知しらららむむんととと推推おししし量量はかららられれれ給給たまひひいしししををを、、、
- 12今今いまはははいといといといたういたういとうおぼしおぼしおぼししづめしづめしずめてててはかなきはかなきはかなき事事ことにににつけつけつけてててもももものものものあはれあはれあわれなるなるなる氣色氣色けしきさへさへさへ添添そははわせせせ給給たまへへえるるるはははあいなうあいなうあいのう心苦心苦こころぐるしうしうしゅうもももあるあるあるかなかなかな」」」などなどなど老老おいいいしらへしらへしらえるるる人々人々びとうちうちうち泣泣なきききつゝつゝつつめでめでめで聞聞きこゆゆゆ。。。宮宮みやもももおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずる事事こと多多おおかりかりかり。。。
- 13司召司召つかさめしののの頃頃ころ、、、このこのこの宮宮みやののの人人ひとははは賜賜たまはるはるわるべきべきべきつかさつかさつかさももも得得えずずず、、、大方大方おおかたのののだうりだうりどうりにてにてにてももも宮宮みやののの御御おんにてにてにてももも必必かならずずずあるあるあるべきべきべき加階加階かかいなどなどなどをををだにだにだにせせせずずずなどなどなどしししててて歎歎なげくくくたぐひたぐひたぐいいといといと多多おおかりかりかり。。。
- 14かくかくかくてててもももいつしかいつしかいつしかととと御御おん位位くらいををを去去さりりりなどなどなどのののとまるとまるとまるべきべきべきにににもももあらあらあらぬぬぬをををことづけことづけことづけててて變變かわるるることことこと多多おおかりかりかり。。。皆皆みなかねてかねてかねておぼしおぼしおぼし捨捨すてゝてゝててししし世世よなれなれなれどどど、、、宮人宮人みやびとどもどもどもゝゝもよりどころよりどころよりどころなげなげなげににに悲悲かなしししととと思思おもへへえるるる氣色氣色けしきどもどもどもにににつけつけつけてててぞぞぞ御心御心みこころ動動うごくくく折々折々おりおりあれあれあれどどど、、、
- 15我身我身わがみをををなきなきなきににになしなしなしてててももも東宮東宮とうぐうののの御代御代みよをををたひらかたひらかたいらかにににおはしまさおはしまさおわしまさばばばとととのみのみのみおぼしおぼしおぼしつゝつゝつつ御御おんおこなひおこなひおこないたゆみたゆみたゆみなくなくなく勤勤つとめめめさせさせさせ給給たまふふう。。。「「「人人ひと知知しれれれずずず危危あやうくくくゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふう事事ことしししあれあれあればばばわれわれわれにににそのそのその罪罪つみをををかろめかろめかろめててて免免ゆるししし給給たまへへえ」」」ととと佛佛ほとけををを念念ねんじじじ聞聞きこえええ給給たまふふうににに萬萬よろずををを慰慰なぐさめめめ給給たまふふう。。。
- 16大將大將だいしょうもももしかしかしか見見み奉奉たてまつりりり給給たまひひいてててことわりことわりことわりとととおぼすおぼすおぼす。。。このこのこの殿殿とのののの人人ひとどもどもどもゝゝも又又また同同おなじじじさまさまさまににに辛辛からきききことことことのみのみのみあれあれあればばば、、、世世よののの中中なかはしたなくはしたなくはしたなくおぼさおぼさおぼされれれててて籠籠こもりりりおはすおはすおわす。。。
現代語訳
源氏が参上なさっても、今は遠慮も薄らいで、中宮ご自身がお言葉をかけなさる時もあった。思いつめていた恋心は、まったくお心から離れないが、まして今はあってはならないことであるよ。
年も改まったので、宮中は華やかに内宴や踏歌などがあるとお聞きになるにつけても、何となくしみじみとして、勤行を静かになさりながら、来世のことばかりをお思いになるので、頼もしく、わずらわしかったことからも離れた気持ちがなさる。いつもの御念誦堂はもちろんのこと、特別に建てられた御堂が、西の対の南に当たって少し離れた所にあるのに移られて、特別な勤行をおさせになる。
大将が参上なさった。新年らしい様子もなく、宮の内はひっそりとして人目も少なく、宮司たちの親しい者だけが、うなだれていて、気のせいか、ふさぎこんでいるように見える。
白馬の節会の馬だけは、やはり以前と変わらず引いてきたので、女房などが見物する所である。所狭しと参集なさった上達部なども、この宮を避けて素通りして、向かいの右大臣邸に集まっていらっしゃるのを、こうなるのも当然のことなので、しみじみとお思いになっていると、千人にも替えられるほどのお姿で、心をこめて訪ねて参上なさったのを見ると、わけもなく涙ぐまれる。
客人の源氏も、たいそうしみじみとした様子で、あたりを見回しなさって、すぐには何もおっしゃらない。様子の変わったお住まいで、御簾の端や御几帳も青鈍色で、すき間からほのかに見える薄鈍色や梔子色の袖口などが、かえって優美で奥ゆかしく思いやられなさる。
解けはじめた池の薄氷や、岸の柳の様子だけは、時節を忘れないなどと、さまざまに眺めずにはいらっしゃれなくて、「むべも心ある」と、ひそやかに口ずさみなさるのが、またとなく優美である。
「物思いに沈む尼の住まいと見るだけで、まず涙に濡れてしまう松が浦島です」と申し上げなさると、奥深くもなく、すべて仏にお譲りした御座所なので、少し近い感じがして、
中宮が「昔の名残さえない浦島に、立ち寄ってくる波が珍しいことです」とおっしゃるのもほのかに聞こえるので、こらえていたが、涙がほろほろとこぼれなさった。世を悟りすました尼君たちが見ているだろうのも体裁が悪いので、言葉少なにお出になった。
老いた女房たちは、「本当に比べるものもないほど立派になっていかれることよ。何の不足もなく、世に栄えて時流に乗っていらっしゃった時は、ただそのように天下第一のお方として、何につけて世の中を思い知りなさることがあろうかと思われなさったのに、今はたいそうお心を静めて、ちょっとしたことにつけても、しみじみとした様子までお加わりになったのは、わけもなくお気の毒なことだ」などと、泣きながらお褒め申し上げる。中宮も思い出しなさることが多かった。
司召のころ、この宮に仕える人は、いただけるはずの官職も得られず、世間一般の道理からいっても、宮の年給によっても、必ずあるはずの位階の昇進などさえされないなどして嘆く者がたいそう多い。
こうして出家しても、すぐに后の位を去って、御封などが停止されるはずでもないのに、出家を口実にして、待遇が変わることが多かった。すべて前々から思い捨てた世の中であるが、宮に仕える人々が頼るところもなさそうに悲しく思っている様子につけては、お心が動く時々もあるが、
わが身をないものにしても、東宮の御代が無事でいらっしゃればとばかりお思いになって、勤行を怠りなくお勤めになる。「人知れず、危うく恐ろしく思い申し上げることがあるので、私にその罪を軽くして、お許しください」と仏に念じ申し上げなさって、すべての心を慰めていらっしゃる。大将も、そのように拝見なさって、もっともなことだとお思いになる。この二条院の人々も、また同じように、つらいことばかりあるので、世の中を体裁悪くお思いになって、引きこもっていらっしゃる。
意訳
出家した藤壺は、源氏とも直接言葉を交わすようになり、心穏やかに勤行に励む。新年、かつて人々でにぎわった三条宮はひっそりとして、上達部たちは向かいの右大臣邸に集まる。
源氏は年賀に訪れ、尼姿の藤壺と「松が浦島」の歌を交わす。藤壺方の人々は司召でも昇進できず、藤壺は東宮の無事と自らの罪の許しを仏に祈る。源氏方の人々も不遇の中にある。
語釈・文法注
- あを馬
- 白馬(あおうま)の節会。正月七日に宮中で白馬(もとは青毛の馬)を見る行事。その馬を、后の宮などにも引いて見せた。
- むべも心あると
- 「音に聞く松が浦島けふぞ見るむべも心あるあまは住みけり」(後撰集)による。藤壺の住まいを、心ある「尼(海人)」が住む松が浦島にたとえる。
- たうばり
- 給はり(たうばり)。年給(ねんきゅう)。中宮などに与えられた、官職や位階を推薦する権利。
- みふ
- 御封(みふ)。后や皇族に与えられた封戸(ふこ)。その収入が生活の基盤となった。
文法
- 疑問の「か…む」(何につけてか世をおぼし知らむ)
- 「何につけて世の中を思い知りなさるだろうか、いや、思い知ることはない」。
- 仮定の「ば」(おはしまさば)
- 「いらっしゃるならば」。
和歌
ながめかる海士のすみかと見るからにまづしほたるゝ松が浦島
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 新年に出家した藤壺を訪ねて詠んだ歌。物思いに沈む尼の住まいと見るだけで、まず涙に濡れてしまう松が浦島(この三条宮)です。
修辞
- 掛詞
- 「ながめ」に「眺め」と「長布(海藻)」、「海士」に「尼」をかける。「しほたるゝ」は海人が潮に濡れることと、涙に濡れることをかける。
ありし世のなごりだになき浦島に立ちよる浪のめづらしきかな
- 詠者
- 藤壺
- 状況
- 源氏への返歌。昔の名残さえない浦島に、立ち寄ってくる波(あなたの訪れ)が珍しいことです。
解説
出家した藤壺は、かえって源氏と自然に言葉を交わせるようになる。源氏の恋心は消えないが、尼となった藤壺には、もはや近づくことはできない。新年の三条宮の寂しさは、右大臣邸のにぎわいと対照的に描かれる。
藤壺の祈り「われにその罪をかろめて免し給へ」は、源氏との密通と東宮の出生という、人知れぬ罪を仏に告白するものである。藤壺は、わが身を捨てても東宮を守ろうとする母として描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、218–219頁(コマ111)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日