源氏物語 第10帖 賢木(12)
藤壺の出家
法華八講の果ての日、藤壺は仏前で出家の願いを申し出て、人々を驚かせる。伯父の横川の僧都によって髪を下ろし、兄の兵部卿宮も源氏も涙にくれる。人々が去った後、源氏は藤壺のもとに参り、歌を交わして悲しみを伝える。二条院に戻った源氏は眠れず、母を失ったも同然の東宮の行く末を案じる。

- 1はてはてはてののの日日ひははは我我わががが御御おん事事ことをををけちけちけちにてにてにて世世よををを背背そむききき給給たまふふうよしよしよし佛佛ほとけににに申申もうさささせせせ給給たまふふうににに皆皆みな人々人々びと驚驚おどろききき給給たまひひいぬぬぬ。。。兵部卿兵部卿ひょうぶきょうののの宮宮みや、、、大將大將だいしょうののの御心御心みこころももも動動うごきききてててあさましあさましあさましとととおぼすおぼすおぼす。。。みこみこみこはははなかばなかばなかばののの程程ほどににに立立たちちちててて入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 2心心こころ强强づよううう覺覺おぼししし立立たつつつさまさまさまをををのたまひのたまひのたまいてててはつるはつるはつる程程ほどににに山山やまののの座主座主ざす召召めしししててて忌忌いむむむ事事ことうけうけうけ給給たまふふうべきべきべきよしよしよしのたまはすのたまはすのたまわす。。。御御おんをぢをぢおじののの橫川橫川よかわののの僧都僧都そうず近近ちこううう參參まいりりり給給たまひひいてててみぐしみぐしみぐしおろしおろしおろし給給たまふふう程程ほどににに、、、宮宮みやののの內內うちゆすりゆすりゆすりてててゆゝしうゆゝしうゆゆしゅう泣泣なききき滿滿みちちちたりたりたり。。。
- 3何何なにとととなきなきなき老老おいいい衰衰おとろへへえたるたるたる人人ひとだにだにだに今今いまはははととと世世よををを背背そむくくく程程ほどははは怪怪あやしうしうしゅうあはれあはれあわれなるなるなるわざわざわざををを、、、ましてましてましてかねてかねてかねて御御おん氣色氣色けしきにににももも出出いだしだしだし給給たまははわざりざりざりつるつるつる事事ことなれなれなればばばみこみこみこもももいみじういみじういみじゅう泣泣なききき給給たまふふう。。。參參まいりりり給給たまへへえるるる人々人々びとももも大方大方おおかたののの事事ことざまざまざまもももあはれあはれあわれににに尊尊とうとけれけれければばば皆皆みな袖袖そでぬらしぬらしぬらしてててぞぞぞ歸歸かえりりり給給たまひひいけるけるける。。。
- 4故故こ院院いんのののみみみ子子こ達達たちははは昔昔むかしののの御御おん有樣有樣ありさまをををおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるにににいとゞいとゞいとどあはれあはれあわれににに悲悲かなしうしうしゅうおぼさおぼさおぼされれれててて皆皆みなとぶらひとぶらひとぶらい聞聞きこえええ給給たまふふうををを、、、大將大將だいしょうははは立立たちちちとまりとまりとまり給給たまひひいててて聞聞きこえええ出出いででで給給たまふふうべきべきべき方方かたもももなくなくなくくれくれくれ惑惑まどひひいててておぼさるれおぼさるれおぼさるれどどど、、、などなどなどかかかさしもさしもさしもととと人人ひと見見み奉奉たてまつるるるべけれべけれべければばばみみみ子子こなどなどなど出出いででで給給たまひひいぬるぬるぬる後後のちにににぞぞぞおおお前前まえににに參參まいりりり給給たまへへえるるる。。。
- 5やうやうやうやうようよう人人ひとしづまりしづまりしずまりててて女房女房にょうぼうどもどもどもなどなどなど鼻鼻はなうちうちうちかみかみかみつゝつゝつつ所々所々ところどころににに群群むれれれ居居いたりたりたり。。。月月つきはははくまくまくまなきなきなきににに雪雪ゆきののの光光ひかりりりあひあひあいたるたるたる庭庭にわののの有樣有樣ありさまももも昔昔むかしののの事事こと思思おもひひいやらやらやらるゝるゝるるにににいといといと堪堪たへへえ難難がとうううおぼさるれおぼさるれおぼさるればばばいといといとようようようおぼしおぼしおぼししづめしづめしずめててて、、、
- 6「「「いかやういかやういかようにににおぼしおぼしおぼしたゝたゝたたせせせ給給たまひひいてててかうかうこう俄俄にわかにににははは」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。「「「今今いま始始はじめめめててて思思おもひひい給給たまふるふるうることことことにににもももあらあらあらぬぬぬををを、、、物物もの騷騷さわがしきしきしきやうやうようなりなりなりつれつれつればばば心心こころ亂亂みだれれれぬぬぬべくべくべく」」」などなどなど例例れいののの命婦命婦みょうぶしししててて聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 7みすみすみすののの內內うちのののけはひけはひけわいそこらそこらそこら集集つどひひい給給たまふふう人人ひとのののきぬきぬきぬののの音音おとなひなひないまめやかまめやかまめやかにににふるまひふるまひふるまいなしなしなしてててうちうちうちみじろきみじろきみじろきつゝつゝつつ悲悲かなしげさしげさしげさののの慰慰なぐさめめめ難難がたげげげにににもりもりもり聞聞きこゆるゆるゆる氣色氣色けしき、、、ことわりことわりことわりにににいみじいみじいみじととと聞聞きききき給給たまふふう。。。
- 8風風かぜ烈烈はげしうしうしゅう吹吹ふきききふゞきふゞきふぶきててて、、、みすみすみすののの中中なかのののにほひにほひにおいいといといと物物もの深深ぶかきききにににしみしみしみてててみやうみやうみょうののの煙煙けぶりもももほのかほのかほのかなりなりなり。。。大將大將だいしょうののの御御おんにほひにほひにおいさへさへさへかをりかをりかおりあひあひあいめでたくめでたくめでたく極樂極樂ごくらく思思おもひひいやらやらやらるゝるゝるるよよよのののさまさまさまなりなりなり。。。
- 9春宮春宮とうぐうののの御御おん使使つかいももも參參まいれれれりりり。。。のたまひのたまひのたまいしししさまさまさま思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふうにににぞぞぞ御心御心みこころ强强づよさささももも堪堪たへへえ難難がとうううててて御御おん返返かえりりりももも聞聞きこえええさせさせさせやらやらやらせせせ給給たまははわねねねばばば、、、大將大將だいしょうぞぞぞ言言こと加加くわへへえ聞聞きこえええさせさせさせ給給たまひひいけるけるける。。。
- 10誰誰たれももも誰誰たれもももあるあるあるかぎりかぎりかぎり心心こころをさまらをさまらおさまらぬぬぬ程程ほどなれなれなればばばおぼすおぼすおぼすことことことどもどもどもゝゝもうちうちうち出出いででで給給たまははわずずず。。。「「「月月つきのののすむすむすむ雲井雲井くもいをををかけかけかけてててしたふしたふしたうともともともこのこのこの夜夜よのののやみやみやみににに名名なをををやややまどはまどはまどわむむん。。。ととと思思おもひひい給給たまへへえらるゝらるゝらるるこそこそこそかひかひかいなくなくなくおぼしおぼしおぼし立立たたたたせせせ給給たまへへえるるる羨羨うらやましさしさしさはははかぎりかぎりかぎりなうなうのう」」」とととばかりばかりばかり聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、
- 11人々人々びと近近ちこううう侍侍さぶらへへえばばばさまざまさまざまさまざま亂亂みだるゝるゝるる心心こころのののうちうちうちをををだにだにだにえええ聞聞きこえええあらはしあらはしあらわし給給たまははわずずずいぶせしいぶせしいぶせし。。。「「「大大おおかたかたかたのののうきうきうきにににつけつけつけてててははは厭厭いとへへえどもどもどもいついついつかかかこのこのこの世世よをををそむきそむきそむきはつはつはつべきべきべき。。。かつかつかつ濁濁にごりりりつゝつゝつつ」」」などなどなど、、、かたへかたへかたえははは御御おん使使つかいののの心心こころしらひしらひしらいなるなるなるべしべしべし。。。あはれあはれあわれのみのみのみつきせつきせつきせねねねばばば胸胸むね苦苦ぐるしうしうしゅうてててまかでまかでまかで給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 12殿殿とのにてにてにてももも我我わががが御方御方かたににに一人一人ひとりうちうちうちふしふしふし給給たまひひいててて、、、御目御目めもももあはあはあわずずず、、、世世よののの中中なか厭厭いとはしうはしうわしゅうおぼさるゝおぼさるゝおぼさるるにににももも春宮春宮とうぐうののの御御おん事事ことのみのみのみぞぞぞ心苦心苦こころぐるしきしきしき。。。母宮母宮ははみやをををだにだにだにおほやけざまおほやけざまおおやけざまにににとととおぼしおぼしおぼしおきおきおきてててしししををを、、、世世よのののうさうさうさににに堪堪たへへえずずずかくかくかくなりなりなり給給たまひひいにににたれたれたればばばもともともとののの御御おん位位くらいにてにてにてもももえええおはせおはせおわせじじじ。。。我我わさへさへさへ見見み奉奉たてまつりりり捨捨すてゝてゝててはははなどなどなどおぼしおぼしおぼし明明あかすすすことことことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。
- 13今今いまはははかゝるかゝるかかるかたざまかたざまかたざまののの御御おん調度調度ちょうどどもどもどもをををこそこそこそはははとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、年年としののの內內うちにににととと急急いそがががせせせ給給たまふふう。。。命婦命婦みょうぶののの君君きみももも御供御供ともににになりなりなりにににけれけれければばば、、、それそれそれももも心心こころ深深ふこうううとぶらひとぶらひとぶらい給給たまふふう。。。
- 14委委くわしうしうしゅう言言いひひいつゞけつゞけつづけむむん實實げにににことごとしきことごとしきことごとしきさまさまさまなれなれなればばば洩洩もらしらしらしてててけるけるけるなななめりめりめり。。。さるはさるはさるはかうやうかうやうこうようののの折折おりこそこそこそをかしきをかしきおかしき歌歌うたなどなどなど出出いででで來來くるるるやうやうようもももあれあれあれ、、、さうざうしさうざうしそうぞうしややや。。。
現代語訳
最後の日は、ご自身のことを結願として、出家なさる旨を仏に申し上げさせなさったので、人々は皆驚きなさった。兵部卿宮や大将のお心も動揺して、あきれたことだとお思いになる。兵部卿宮は、法会の途中で座を立って、御簾の内にお入りになった。
中宮は、気丈に思い立った様子をおっしゃって、法会が終わるころに、比叡山の座主を呼んで、戒をお受けになる旨をおっしゃる。伯父の横川の僧都がおそばに参って、御髪をお下ろしになる時に、宮の内はどよめいて、不吉なほどに泣き声が満ちた。
何ということもない年老いた人でさえ、今はこれまでと世を背く時は、妙にしみじみとするものなのに、まして前もってご様子にもお見せにならなかったことなので、兵部卿宮もひどくお泣きになる。参列していらっしゃった人々も、法会の様子もしみじみと尊いので、皆袖を濡らしてお帰りになった。
故院の皇子たちは、昔のご様子を思い出しなさるにつけて、いっそうしみじみと悲しくお思いになって、皆お見舞い申し上げなさるが、大将は後に残って、申し上げる言葉もなく、目の前が真っ暗になる思いでいらっしゃるが、どうしてそれほどまでにと人が拝見するだろうから、皇子たちがお帰りになった後に、御前に参上なさった。
だんだんと人が静まって、女房たちが鼻をかみながら、あちこちに寄り集まって座っている。月はくまなく照って、雪の光と照り映えている庭の様子も、昔のことが思い出されて、たいそう耐えがたくお思いになるので、たいそうよく気持ちを静めて、「どのようにお思い立ちになって、こんなに急に」と申し上げなさる。中宮は「今初めて思ったことではありませんが、騒がしくなりそうでしたので、心が乱れてしまいそうで」などと、いつものように命婦を通して申し上げなさる。
御簾の内の様子は、大勢集まっていらっしゃる女房たちの衣ずれの音を、つつましくふるまって、身じろぎしながら、悲しみを慰めかねている様子が漏れ聞こえるので、もっともなことで悲しいとお聞きになる。風が激しく吹き、雪が舞って、御簾の中の香りは、たいそう奥深い黒方に染みて、名香の煙もほのかである。大将のお召し物の香りまで匂い合って、すばらしく、極楽が思いやられる夜の様子である。
東宮のお使いも参上した。中宮は、東宮がおっしゃった様子を思い出しなさるにつけて、気丈なお心もこらえきれなくて、ご返事も最後まで申し上げられないので、大将が言葉を添えて申し上げなさった。誰も彼も、居合わせた人々が皆心を静められない時なので、源氏はお思いになっていることも口にお出しにならない。
「月の澄む雲の上をめざしてお慕いしても、この世の闇に、私はやはり迷うことでしょう。と思われますのが、かいのないことで、思い立たれたあなたがうらやましくてなりません」とだけ申し上げなさって、女房たちが近くに控えているので、さまざまに乱れる心の内さえ申し上げられず、胸がふさがる思いである。
中宮は「世間一般のつらさにつけては、この世をいといましたけれど、いつになったら、この世をすっかり背き切ることができるのでしょう。一方ではまだ濁りながら」などと詠まれたが、一部は使いの取り次ぎの心づかいなのだろう。悲しみばかりが尽きないので、胸が苦しくて退出なさった。
二条院でも、ご自分のお部屋に一人で横になりなさって、お目も合わず、世の中がいとわしくお思いになるにつけても、東宮のことだけが気がかりである。院は、せめて母宮だけでも公の后の地位にとお考えになっていたのに、世のつらさに耐えられずに、このようにおなりになったので、もとの中宮の位にもいらっしゃれないだろう。そのうえ自分までが東宮をお見捨て申し上げては、などと思い明かしなさることこの上ない。
今は、こうした尼の暮らしにふさわしいお道具類をこそと思って、年の内にと急いで作らせなさる。命婦の君もお供をして出家したので、その人にも心をこめてお見舞いなさる。詳しく書き続けるのは、本当に仰々しいことなので、書き漏らしてしまったのだろう。とはいえ、このような折にこそ、趣深い歌なども生まれるものなのに、物足りないことだ。
意訳
法華八講の最後の日、藤壺は仏前で出家の意を明かし、横川の僧都によって髪を下ろす。誰にも知らせていなかったため、兵部卿宮をはじめ人々は驚き、泣き悲しむ。
人々が去った後、源氏は藤壺のもとに参り、出家を惜しむ歌を贈る。藤壺は、出家しても東宮を思う心の濁りは残ると返す。二条院に戻った源氏は、後ろ盾を失った東宮の行く末を案じて眠れない。
語釈・文法注
- けち願
- 結願(けちがん)。法会の最終日。藤壺は八講の結願の日に、自身の出家を仏に誓った。
- くろほう
- 黒方(くろぼう)。薫物(たきもの)の一種。沈香・丁子などを練り合わせた、落ち着いた香り。
- みやう香
- 名香(みょうこう)。仏前で焚く香。
文法
- 疑問の「や…む」(名をやまどはむ)
- 「迷うのだろうか」。自問の形で、迷うだろうという思いを表す。
- 反語の「いつか…べき」(いつかこの世をそむきはつべき)
- 「いつ背き切ることができるだろうか、いや、できない」。
和歌
月のすむ雲井をかけてしたふともこの夜のやみに名をやまどはむ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 出家した藤壺に贈った歌。月の澄む雲の上(出家の境地)をめざしてお慕いしても、この世の闇(子を思う心の闇)に、私はやはり迷うことでしょう。
修辞
- 引歌
- 「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(後撰集)をふまえ、東宮を思う親心の闇をほのめかす。
大かたのうきにつけては厭へどもいつかこの世をそむきはつべき
- 詠者
- 藤壺
- 状況
- 源氏への返歌。世間一般のつらさにつけては、この世をいといましたけれど、いつになったら、この世をすっかり背き切ることができるのでしょう。
修辞
- 余情
- 「かつ濁りつゝ」と添えて、出家しても東宮への思いという濁りが残ることを示す。
解説
藤壺の出家は、誰にも相談せずに行われた。法華八講という晴れの場で、結願の日に出家を宣言するという方法は、源氏にも大后にも、もはや手出しをさせないための決断であった。中宮が出家すれば、源氏との関係の噂が立つ余地もなく、東宮の秘密も守られる。
源氏の歌の「この夜のやみ」は、子を思う親の心の闇をふまえている。東宮の本当の父である源氏と、母である藤壺の二人だけに通じる思いが、歌の中にこめられている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、216–219頁(コマ110–111)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日