源氏物語 第10帖 賢木(10)
紅葉の枝と帝との語らい
雲林院から戻った源氏は、持ち帰った紅葉を藤壺に贈るが、枝に結んだ文に藤壺は眉をひそめる。藤壺が宮中から退出する日、源氏は参内して朱雀帝と親しく語り合う。帝は朧月夜との関係を知りながらとがめず、斎宮のことなどを話す。退出の折、頭弁が「白虹日を貫けり」と当てこすり、源氏は身の危うさを感じる。源氏は藤壺と歌を交わして別れを惜しむ。

- 1女君女君おんなぎみははは日比日比ひごろののの程程ほどにににねびねびねびまさりまさりまさり給給たまへへえるるる心地心地ここちしししててていといといといたういたういとうしづまりしづまりしずまり給給たまひひいててて、、、世世よののの中中なかいかゞいかゞいかがあらあらあらむむんととと思思おもへへえるるる氣色氣色けしきののの心苦心苦こころぐるしうしうしゅうあはれあはれあわれにににおぼえおぼえおぼえ給給たまへへえばばば、、、あいなきあいなきあいなき心心こころのののさまざまさまざまさまざま亂亂みだるゝるゝるるやややしるからしるからしるからむむん。。。色色いろかはるかはるかわるとととありありありしししもももらうたうらうたうろうとうおぼえおぼえおぼえててて常常つねよりよりより殊殊ことににに語語かたらひらひらい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 2山山やまづとづとづとにににもたもたもたせせせ給給たまへへえりりりししし紅葉紅葉もみじ、、、おまへおまへおまえのののににに御覽御覽ごらんじじじくらぶれくらぶれくらぶればばば殊殊ことにににそめそめそめましましましけるけるける露露つゆののの心心こころももも過過すぐしぐしぐしがたうがたうがとう、、、覺束覺束おぼつかなさなさなさももも人人ひとわろきわろきわろきまでまでまでおぼえおぼえおぼえ給給たまへへえばばば唯唯ただ大方大方おおかたにてにてにて宮宮みやににに參參まいらららせせせ給給たまふふう。。。
- 3命婦命婦みょうぶののの許許もとににに「「「入入いらららせせせ給給たまひひいにににけるけるけるををを珍珍めずらしきしきしき事事こととととうけうけうけ給給たまはるはるわるににに宮宮みやのののあひだあひだあいだののの事事こと覺束覺束おぼつかなくなくなくなりなりなり侍侍はべりりりにににけれけれければばば、、、靜心靜心しずごころなくなくなく思思おもひひい給給たまへへえながらながらながら行行おこなひひいももも勤勤つとめめめむむんととと思思おもひひい立立たちちち侍侍はべりりりししし日數日數ひかずををを心心こころならならならずずずやややとととてててなむなむなん日比日比ひごろににになりなりなり侍侍はべりりりけるけるける。。。
- 4紅葉紅葉もみじははは一人一人ひとり見見み侍侍はべるるるににに錦錦にしきくらうくらうくろう思思おもひひい給給たまふれふれうればばばなむなむなん。。。折折おりよくよくよくててて御覽御覽ごらんぜぜぜさせさせさせ給給たまへへえ」」」などなどなどありありあり。。。
- 5げにげにげにいみじきいみじきいみじき枝枝えだどもどもどもなれなれなればばば御目御目めとまるとまるとまるににに例例れいののの聊聊いささかなるなるなるものものものありありありけりけりけり。。。人々人々びと見見み奉奉たてまつるるるににに御御おん顏顏かおののの色色いろもももうつろひうつろひうつろいててて、、、猶猶なおかゝるかゝるかかる心心こころののの絕絕たえええ給給たまははわぬぬぬこそこそこそいといといとうとましけれうとましけれうとましけれ、、、
- 6あたらあたらあたら思思おもい遺遺やりりり深深ふこうううものものものししし給給たまふふう人人ひとのののゆくりなくゆくりなくゆくりなくかやうかやうかようなるなるなることことこと折々折々おりおりまぜまぜまぜ給給たまふふうををを人人ひともももあやしあやしあやしととと見見みるるるらむらむらんかしかしかしととと、、、心心こころつきなうつきなうつきのうおぼさおぼさおぼされれれててて、、、瓶瓶かめにににさゝせさゝせささせててて廂廂ひさしののの柱柱はしらのののもともともとにににおしおしおしやらやらやらせせせ給給たまひひいつつつ。。。
- 7大方大方おおかたののの事事ことどもどもども宮宮みやののの御御おん事事ことににに觸觸ふれれれたるたるたる事事ことなどなどなどはははうちうちうち賴賴たのめるめるめるさまさまさまにににすくよかすくよかすくよかなるなるなる御御おん返返かえりりりばかりばかりばかり聞聞きこえええ給給たまへへえるるるををを、、、さもさもさも心心こころかしこくかしこくかしこく盡盡つきききせせせずずずもももとととうらめしううらめしううらめしゅう見見み給給たまへへえどどど、、、
- 8何事何事なにごとももも後見後見うしろみ聞聞きこえええならひならひならい給給たまひひいにににたれたれたればばば人人ひと怪怪あやしししとととみみみ咎咎とがめめめもももこそこそこそすれすれすれとととおぼしおぼしおぼしててて、、、まかでまかでまかで給給たまふふうべきべきべき日日ひ參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。
- 9まづまづまず內內うちののの御方御方かたににに參參まいりりり給給たまへへえれれればばばのどやかのどやかのどやかにににおはしますおはしますおわします程程ほどにてにてにて昔昔むかし今今いまののの御御おん物語物語ものがたり聞聞きこえええ給給たまふふう。。。御御おんかたちかたちかたちももも院院いんにににいといといとようようよう似似に奉奉たてまつりりり給給たまひひいててて今今いま少少すこしししなまめかしきなまめかしきなまめかしきけけけ添添そひひいてててなつかしうなつかしうなつかしゅうなごやかなごやかなごやかにににぞぞぞおはしますおはしますおわします。。。かたみかたみかたみにににあはれあはれあわれととと見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
- 10かんのかんのかんの君君きみののの御御おんことことことももも猶猶なお絕絕たえええぬぬぬさまさまさまにににきこしきこしきこしめしめしめし氣色氣色けしき御覽御覽ごらんずるずるずる折折おりもももあれあれあれどどど何何なにかはかはかわ今今いま始始はじめめめたるたるたる事事ことならならならばばばこそこそこそあらあらあらめめめ、、、ありありありそめそめそめにににけるけるけることことことなれなれなればばばさささももも心心こころかはさかはさかわさむむんににに似似にげなかるげなかるげなかるまじきまじきまじき人人ひとのののあはひあはひあわいなりなりなりかしかしかしとととぞぞぞおぼしおぼしおぼしなしなしなしててて咎咎とがめめめさせさせさせ給給たまははわざりざりざりけるけるける。。。
- 11萬萬よろずののの御御おん物語物語ものがたり文文ふみののの道道みちののの覺束覺束おぼつかなくなくなくおぼしおぼしおぼし召召めさささるゝるゝるることことことどもどもどもなどなどなど問問とはははせせせ給給たまひひいててて、、、又又またすきずきしきすきずきしきすきずきしき歌歌うたがたりがたりがたりなどなどなどもももかたみかたみかたみににに聞聞きこえええかはさかはさかわさせせせ給給たまふふうついでついでついでににに、、、かのかのかの齋宮齋宮さいぐうののの下下くだりりり給給たまひひいししし日日ひののの事事ことかたちかたちかたちのののをかしうをかしうおかしゅうおはせおはせおわせしししなどなどなど語語かたらららせせせ給給たまふふうににに我我わもももうちうちうち解解とけけけててて野野のののの宮宮みやのののあはれあはれあわれなりなりなりしししあけぼのあけぼのあけぼのももも皆皆みな聞聞きこえええ出出いででで給給たまひひいてててけりけりけり。。。
- 12二十日二十日はつかののの月月つきやうやうやうやうようようさしさしさし出出いでゝでゝでてをかしきをかしきおかしき程程ほどなるなるなるににに「「「遊遊あそびなどなどなどもももせせせまほしきまほしきまほしき程程ほどかなかなかな」」」とととのたまはすのたまはすのたまわす。。。「「「中宮中宮ちゅうぐうののの今夜今夜こよい罷罷まかででで給給たまふふうなるなるなるとぶらひとぶらひとぶらいにににものものものししし侍侍はべらららむむん。。。院院いんののののたまはせのたまはせのたまわせおくおくおくことことこと侍侍はべりりりしかしかしかばばば又又また後見後見うしろみ仕仕つこうううまつるまつるまつる人人ひとももも侍侍はべらららざざざめるめるめるににに春宮春宮とうぐうののの御御おんゆかりゆかりゆかりいとほしういとほしういとおしゅう思思おもひひい給給たまへへえられられられ侍侍はべりりりててて」」」ととと奏奏そうししし給給たまふふう。。。
- 13「「「春宮春宮とうぐうをををばばば今今いまのののみこみこみこににになしなしなしてててなどなどなどのたまはせのたまはせのたまわせ置置おきききしかしかしかばばば、、、取取とりりり分分わきききててて心心こころざしざしざしものものものすれすれすれどどど殊殊ことにににさしさしさしわきわきわきたるたるたるさまさまさまにににももも何事何事なにごとをををかかかはははとととてててこそこそこそ。。。年年としのののほどほどほどよりよりよりももも御手御手てなどなどなどのののわざとわざとわざとかしこうかしこうかしこうこそこそこそ物物ものししし給給たまふふうべけれべけれべけれ。。。何事何事なにごとにににもももはかばかしからはかばかしからはかばかしからぬぬぬ自自みずからららのののおもておもておもて起起おこしししににになむなむなん」」」とととのたまはすれのたまはすれのたまわすればばば
- 14「「「大方大方おおかたししし給給たまふふうわざわざわざなどなどなどいといといとさとくさとくさとくおとなびおとなびおとなびたるたるたるさまさまさまににに物物ものししし給給たまへへえどどど、、、まだまだまだいといといとかたなりかたなりかたなりににになむなむなん」」」とととそのそのその御御おん有樣有樣ありさまなどなどなど奏奏そうししし給給たまひひいてててまかでまかでまかで給給たまふふうににに、、、
- 15大宮大宮おおみやののの御御おんせうとせうとしょうとののの藤大納言藤大納言とうだいなごんののの子子こののの頭頭とうののの辨辨べんととといふいふいうががが世世よにににあひあひあい花花はなやかやかやかなるなるなるわかうどわかうどわこうどにてにてにて思思おもふふう事事ことなきなきなきなるなるなるべしべしべし。。。妹妹いもうとののの麗景殿麗景殿れいけいでんののの御方御方かたににに行行ゆくくくににに大將大將だいしょうのののみさきみさきみさきををを忍忍しのびやかびやかびやかにににおへおへおえばばば、、、
- 16しばししばししばし立立たちちちとまりとまりとまりててて「「「白虹白虹はくこう日日ひををを貫貫つらぬけけけりりり。。。太子太子たいしおぢおぢおじたりたりたりととといといといとゆるらかゆるらかゆるらかにににうちうちうちずじずじずじたるたるたるををを、、、大將大將だいしょういといといとまばゆしまばゆしまばゆしととと聞聞きききき給給たまへへえどどど咎咎とがむむむべきべきべきことことことかかかははは。。。
- 17きさききさききさきののの御御おん氣色氣色けしきはははいといといと恐恐おそろしうろしうろしゅう煩煩わずらはしげはしげわしげにににのみのみのみ聞聞きこゆるゆるゆるををを、、、かうかうこう親親したしきしきしき人々人々びとももも氣色氣色けしきだちだちだちいふいふいうべかべかべかめるめるめる事事ことどもどもどもゝゝもあるあるあるににに煩煩わずらはしうはしうわしゅうおぼさおぼさおぼされれれけれけれけれどどどつれなうつれなうつれのうのみのみのみもてなしもてなしもてなし給給たまへへえりりり。。。
- 18「「「御御おんまへまへまえににに侍侍さぶらひひいててて今今いままでまでまでふかしふかしふかし侍侍はべりりりにににけるけるける」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。月月つきののの華華はなやかやかやかなるなるなるににに昔昔むかしかやうかやうかようなるなるなる折折おりははは御御おん遊遊あそびせせせさせさせさせ給給たまひひいててて今今いまめかしうめかしうめかしゅうもてなさもてなさもてなさせせせ給給たまひひいしししなどなどなどおぼしおぼしおぼし出出いづるづるずるににに、、、同同おなじじじみみみ垣垣がきののの內內うちながらながらながら變變かわれれれるるることことこと多多おおくくくかなしかなしかなし。。。
- 19「「「こゝのへこゝのへここのえにににきりきりきりやややへだつるへだつるへだつる雲雲くもののの上上うえののの月月つきをををはるかはるかはるかににに思思おもひひいやるやるやるかなかなかな」」」ととと命婦命婦みょうぶしししててて聞聞きこえええ傳傳つたへへえ給給たまふふう御御おんけはひけはひけわいもももほのかほのかほのかなれなれなれどどど懷懷なつかしうしうしゅう聞聞きこゆるゆるゆるににに、、、つらさつらさつらさももも忘忘わすららられれれてててまづまづまず淚淚なみだぞぞぞおつるおつるおつる。。。
- 20「「「月月つきかげかげかげははは見見みししし世世よののの秋秋あきにににかはらかはらかわらぬぬぬををを隔隔へだつるつるつる霧霧きりのののつらくつらくつらくもももあるあるあるかなかなかな。。。霞霞かすみももも人人ひとのののとととかかか、、、昔昔むかしももも侍侍はべりりりけるけるける事事ことにににややや」」」などなどなどきこえきこえきこえ給給たまふふう。。。
- 21宮宮みやははは春宮春宮とうぐうををを飽飽あかかかずずず思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまひひいててて萬萬よろずののの事事ことををを聞聞きこえええさせさせさせ給給たまへへえどどど、、、深深ふこうううもももおぼしおぼしおぼし入入いれれれたらたらたらぬぬぬをををいといといとうしろめたくうしろめたくうしろめたく思思おもひひいきこえきこえきこえ給給たまふふう。。。例例れいはははいといといととくとくとく大殿大殿おおとの籠籠ごもれれれるるるををを出出いででで給給たまふふうまでまでまでははは起起おきききたらたらたらむむんとととおぼすおぼすおぼすなるなるなるべしべしべし。。。うらめしげうらめしげうらめしげにににおぼしおぼしおぼしたれたれたれどどどさすがさすがさすがにににえええ慕慕したひひい聞聞きこえええ給給たまははわぬぬぬをををいといといとあはれあはれあわれととと見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
現代語訳
女君(紫の上)は、この数日のうちに大人びていらっしゃった感じがして、たいそう落ち着いていらっしゃって、世の中がどうなるのだろうかと思っている様子が、いじらしくしみじみと思われなさるので、源氏の、筋違いの心がさまざまに乱れていることが、わかってしまうのだろうか。「色かはる」とあった歌もかわいらしく思われて、いつもより格別に語り合い申し上げなさる。
山の土産にお持ちになった紅葉を、御前の庭のものと見比べなさると、格別に濃く染まっていて、露の心も見過ごしがたく、ご無沙汰の気がかりさも体裁が悪いほどに思われなさるので、ただ普通の贈り物として、中宮に差し上げなさる。
命婦のもとに、「宮中にお入りになったのを珍しいことと承りましたが、中宮のご様子もわからなくなってしまいましたので、気が気でなく存じながら、勤行も勤めようと思い立ちました日数を、途中でやめるのも不本意かと思いまして、何日にもなってしまいました。紅葉は、一人で見ておりますと、錦も暗く見える気がいたしますので。よい折にお目にかけてください」などと書いてある。
本当にすばらしい枝々なので、お目がとまると、いつものように、ちょっとした手紙が結んであった。女房たちが拝見していると、中宮はお顔の色も変わって、やはりこうした心がおやみにならないのが、たいそういとわしい。
惜しいことに、思慮深くいらっしゃる人が、思いがけなくこのようなことを折々まぜなさるのを、人も変だと見ているだろうと、気に入らなくお思いになって、紅葉を瓶にささせて、廂の柱のもとに押しやらせておしまいになった。
一般的なことや、東宮のことに関係することなどは、頼りにしている様子で、そっけないご返事だけを申し上げなさるのを、源氏は、よくも用心深く、どこまでもつれないものだと恨めしくご覧になるが、何事もご後見申し上げてきたので、人が変だと見とがめてはいけないとお思いになって、中宮が退出なさる予定の日に参内なさった。
まず帝の御方に参上なさると、帝はのんびりとしていらっしゃる時で、昔や今のお話を申し上げなさる。帝のご容貌も、院にたいそうよく似ていらっしゃって、もう少し優美な趣が加わって、親しみやすく、穏やかでいらっしゃる。互いにしみじみと見つめ合っていらっしゃる。
尚侍の君(朧月夜)とのことも、まだ続いている様子をお聞きになって、それらしいご様子をご覧になる時もあるが、どうして、今始まったことならともかく、以前からの仲なのだから、そのように心を通わせるのも不似合いではない二人の間柄だと思いなして、おとがめにならなかった。
いろいろなお話や、学問の道でわからないとお思いになることなどをお尋ねになって、また色めいた歌の話なども互いに申し上げなさるついでに、帝は、あの斎宮が伊勢へ下られた日のことや、容貌が美しくていらっしゃったことなどをお話しになるので、源氏も打ち解けて、野宮でのしみじみとした明け方のことも、すべてお話し申し上げてしまった。
二十日の月がだんだん出てきて、趣のあるころなので、帝は「管絃の遊びなどもしたい時だなあ」とおっしゃる。源氏は「中宮が今夜退出なさるそうですので、そのお見舞いに参りましょう。院が言い残されたことがございましたので、ほかにご後見申し上げる人もいないようですから、東宮のご縁で、お気の毒に存じまして」と奏上なさる。
帝は「東宮を、私の皇子のようにしてなどと院がおっしゃっておいたので、特に気をつけてはいるが、とりたてて特別な扱いをするのも、どうかと思ってね。年のわりには、ご筆跡などが格別にすぐれていらっしゃるようだ。何事にもぱっとしない私の面目を施してくれることだ」とおっしゃるので、
源氏は「だいたいのことはたいそう賢く大人びていらっしゃいますが、まだ未熟でいらっしゃいます」と、東宮のご様子などを奏上なさって退出なさると、
大宮(弘徽殿大后)の兄の藤大納言の子の頭弁という者が、時流に乗った華やかな若者で、何の悩みもないのだろう。妹の麗景殿の女御のもとへ行く時に、大将の前駆がひそやかに先払いをすると、しばらく立ち止まって、「白虹日を貫けり。太子おぢたり」と、たいそうゆっくりと口ずさんだのを、大将はたいそう気恥ずかしいとお聞きになるが、とがめるべきことでもない。
大后のご機嫌はたいそう恐ろしく、厄介なことばかり聞こえてくるうえに、こうして大后に近い人々も、それとなくあてこすりを言うようなことがあるので、面倒にお思いになったが、素知らぬふりでふるまっていらっしゃった。
源氏は藤壺の御方に参って、「帝の御前に控えておりまして、今まで夜を更かしてしまいました」と申し上げなさる。月が華やかなので、昔、このような時には、院が管絃の遊びをおさせになって、華やかにおもてなしになったことなどを思い出しなさるにつけ、同じ宮中でありながら、変わってしまったことが多く悲しい。
中宮は「宮中に霧が隔てているのでしょうか。雲の上の月を、はるかに思いやることです」と命婦を通してお伝えになる。そのご様子もほのかではあるが、慕わしく聞こえるので、源氏はつらさも忘れて、まず涙がこぼれる。「月の光は、院のご在世の秋と変わらないのに、それを隔てる霧がつらいことです。霞も人の心と同じだとか、昔もございましたことでしょうか」などと申し上げなさる。
中宮は、東宮をいつまでも名残惜しくお思いになって、いろいろなことを申し上げなさるが、東宮があまり深くもお心にとめていらっしゃらないのを、たいそう気がかりにお思い申し上げなさる。いつもはたいそう早くお休みになるのに、中宮がお出になるまでは起きていようとお思いなのだろう。恨めしそうにしていらっしゃるが、さすがに後を慕うこともおできにならないのを、たいそういじらしいと拝見なさる。
意訳
雲林院から戻った源氏は、紫の上がいっそう大人びたのを感じる。源氏は持ち帰った紅葉を藤壺に贈るが、枝に結んだ恋文に、藤壺は眉をひそめて紅葉を遠ざける。
藤壺が宮中から退出する日、源氏は朱雀帝と親しく語り合う。帝は朧月夜との関係を知りながらとがめない、心の広い人柄である。退出の折、大后の甥の頭弁が、謀反をほのめかす故事を口ずさみ、源氏は身の危うさを感じる。
語釈・文法注
- 白虹日を貫けり。太子おぢたり
- 『史記』の故事による。燕の太子丹が荊軻に秦の始皇帝を暗殺させようとした時、白い虹が太陽を貫く兆しが現れたが、太子は恐れたという。頭弁は、源氏が東宮を擁して朱雀帝に謀反を企てていると当てこすったのである。
文法
- 危惧の「もこそ」(み咎めもこそすれ)
- 「見とがめては困る」。悪い事態を予想して恐れる表現。
- 「こそ…め」の逆接(今始めたる事ならばこそあらめ)
- 「今始まったことならともかく(そうではない)」。
和歌
こゝのへにきりやへだつる雲の上の月をはるかに思ひやるかな
- 詠者
- 藤壺
- 状況
- 宮中から退出する夜、藤壺が命婦を通して源氏に伝えた歌。宮中に霧が隔てているのでしょうか。雲の上の月(帝)を、はるかに思いやることです。
修辞
- 比喩
- 「霧」に大后方の妨げを、「雲の上の月」に宮中や帝をたとえる。
月かげは見し世の秋にかはらぬを隔つる霧のつらくもあるかな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 藤壺への返歌。月の光は、院のご在世の秋と変わらないのに、それを隔てる霧がつらいことです。
解説
朱雀帝は、源氏と朧月夜の関係を知りながらとがめない。気弱ではあるが、心の優しい帝として描かれている。帝と源氏が斎宮や野宮の話を打ち解けて語り合う場面は、二人の兄弟の親しさを示している。
頭弁の「白虹日を貫けり」という言葉は、源氏に謀反の疑いをかける危険なあてこすりである。右大臣方の若者までが源氏を公然と挑発するようになったことは、源氏の立場がいかに危うくなったかを示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、212–215頁(コマ108–109)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日