古典ライブラリー

源氏物語 第10帖 賢木(9)

雲林院参籠

登場人物:光源氏・紫の上・朝顔の姫君・中将の君(朝顔の女房)

源氏は藤壺への思いをこらえて、秋の雲林院に参籠し、経を読み、法師たちの論議を聞いて過ごす。出家を思いながらも、紫の上のことが気にかかり、たびたび文を送る。紫の上の返歌の筆跡が自分に似てきたことを喜ぶ。また斎院となった朝顔の姫君にも、榊に木綿をつけて歌を贈り、返歌を得る。源氏は寺に多くの布施をして帰京する。

紅葉に染まる秋の雲林院で、喪服姿の源氏が僧たちとともに経を読み、心を静めようとしている場面(AI生成)
紅葉に染まる秋の雲林院で、喪服姿の源氏が僧たちとともに経を読み、心を静めようとしている場面
  1. 1大將だいしやう大將だいしやうだいしょうののの君きみ君きみきみははは宮みや宮みやみやをををいといといと戀こひ戀こひこいしうしうしゅう思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえどどどあさましきあさましきあさましき御心みこころ御心みこころみこころのののほどほどほどををを時々ときどき時々ときどきときどきははは思おも思おもおもひひい知し知ししるるるさまさまさまにににももも見み見みみせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんととと念ねん念ねんねんじじじつゝつゝつつ過す過すすぐしぐしぐし給たま給たまたまふふうににに人ひと人ひとひとわろくわろくわろくつれづれつれづれつれづれにににおぼさるれおぼさるれおぼさるればばば、、、秋あき秋あきあきののの野の野ののももも見み見みみ給たま給たまたまひひいがてらがてらがてら、、、うりんうりんうりんにににまうでまうでもうで給たま給たまたまへへえりりり。。。
  2. 2故こ故ここ母はは母ははははみやすみやすみやす所どころ所どころどころののの御おん御おんおんせうとせうとしょうとののの律師りつし律師りつしりつしののの籠こも籠こもこもりりり給たま給たまたまへへえるるる坊ばう坊ばうぼうにてにてにて法ほふ法ほふほうもんもんもんなどなどなど讀よ讀よよみみみ、、、行おこな行おこなおこなひひいせせせむむんとととおぼしおぼしおぼしててて二三日ふつかみか二三日ふつかみかふつかみかおはするおはするおわするにににあはれあはれあわれなるなるなる事こと事ことこと多おほ多おほおおかりかりかり。。。
  3. 3紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじのののやうやうやうやうようよう色いろ色いろいろづきづきづきわたりわたりわたりててて秋あき秋あきあきののの野の野のののののいといといとなまめきなまめきなまめきたるたるたるなどなどなど見み見みみ給たま給たまたまひひいつゝつゝつつ故鄕ふるさと故鄕ふるさとふるさとももも忘わす忘わすわすれれれぬぬぬべくべくべくおぼさるおぼさるおぼさる。。。法師ほふし法師ほふしほうしばらばらばらのののさえさえさえあるあるあるかぎりかぎりかぎり召め召めめししし出い出いいでゝでゝでて論義ろんぎ論義ろんぎろんぎせせせさせさせさせててて聞きこ聞きこきこししし召め召めめさささせせせ給たま給たまたまふふう。。。
  4. 4所ところ所ところところがらがらがらにににいとゞいとゞいとど世よ世よよののの中なか中なかなかののの常つね常つねつねなきなきなきをををおぼしおぼしおぼし明あか明あかあかしししてててももも猶なほ猶なほなおうきうきうき人ひと人ひとひとしもしもしもぞぞぞとととおぼしおぼしおぼし出い出いいでででらるらるらる。。。
  5. 5おしあけおしあけおしあけ方がた方がたがたののの月影つきかげ月影つきかげつきかげににに法師ほふし法師ほふしほうしばらばらばらののの關伽あか關伽あかあか奉たてまつ奉たてまつたてまつるるるとととてててからからからからからからととと鳴なら鳴ならならしししつゝつゝつつ菊きく菊きくきくののの花はな花はなはな、、、濃こ濃ここききき薄うす薄うすうすききき紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじなどなどなど折を折をおりりりちらしちらしちらしたるたるたるもももはかなけれはかなけれはかなけれどどど、、、このこのこの方かた方かたかたのののいとなみいとなみいとなみはははこのこのこの世よ世よよもももつれづれつれづれつれづれならならならずずず後のち後のちのちののの世よ世よよはははたたたたのもしげたのもしげたのもしげなりなりなり。。。さもさもさもあぢきなきあぢきなきあじきなき身み身みみをををもてもてもて惱なや惱なやなやむむむかなかなかななどなどなど、、、おぼしおぼしおぼし續つづ續つづつづけけけ給たま給たまたまふふう。。。
  6. 6律師りつし律師りつしりつしのののいといといと尊たふと尊たふととうとききき聲こゑ聲こゑこえにてにてにてとととうちうちうち述の述ののべべべててて行おこな行おこなおこなひひい給たま給たまたまへへえるるるがががいといといとうらやましけれうらやましけれうらやましければばば、、、なぞやなぞやなぞやとととおぼしおぼしおぼしなるなるなるにににまづまづまず姫君ひめぎみ姫君ひめぎみひめぎみののの心こころ心こころこころにににかゝりかゝりかかりててて思おも思おもおもひひい出い出いいでででられられられ給たま給たまたまふふうぞぞぞいといといとわろきわろきわろき御心みこころ御心みこころみこころなるなるなるややや。。。
  7. 7例れい例れいれいならならならぬぬぬ日數ひかず日數ひかずひかずもももおぼつかなくおぼつかなくおぼつかなくのみのみのみおぼさるれおぼさるれおぼさるればばば御おん御おんおん文ふみ文ふみふみばかりばかりばかりぞぞぞ繁しげ繁しげしぎょううう聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうめるめるめる。。。「「「行ゆ行ゆゆききき離はな離はなはなれれれぬぬぬべしべしべしやややととと試こころ試こころこころみみみ侍はべ侍はべはべるるる道みち道みちみちなれなれなれどどどつれづれつれづれつれづれももも慰なぐさ慰なぐさなぐさめめめがたうがたうがとう心こころ心こころこころぼそさぼそさぼそさまさりまさりまさりてててなむなむなん。。。聞き聞きききききさしさしさしたるたるたることことことありありありてててやすらひやすらひやすらい侍はべ侍はべはべるるるほどほどほどをををいかにいかにいかに」」」などなどなどみちのくにみちのくにみちのくに紙がみ紙がみがみにににうちうちうちとけとけとけ書か書かかききき給たま給たまたまへへえるるるさへさへさへぞぞぞめでたきめでたきめでたき。。。
  8. 8「「「あさぢふあさぢふあさじうののの露つゆ露つゆつゆのののやどりやどりやどりににに君きみ君きみきみをををおきおきおきてててよもよもよものののあらしあらしあらしぞぞぞしづしづしず心こころ心こころこころなきなきなき」」」などなどなどこまやかこまやかこまやかなるなるなるににに女君をんなぎみ女君をんなぎみおんなぎみもももうちうちうち泣な泣ななききき給たま給たまたまひひいぬぬぬ。。。御おん御おんおんかへしかへしかへし白しろ白しろしろききき色紙しきし色紙しきししきしににに、、、「「「風かぜ風かぜかぜ吹ふ吹ふふけけけばばばまづまづまずぞぞぞみだるゝみだるゝみだるる色いろ色いろいろかはるかはるかわる淺茅あさぢ淺茅あさぢあさじがががつゆつゆつゆにににかゝるかゝるかかるさゝがにさゝがにささがに」」」とととありありあり。。。
  9. 9「「「御手て御手ててはははいといといとをかしうをかしうおかしゅうのみのみのみなりなりなりまさるまさるまさるものものものかなかなかな」」」とととひとりごちひとりごちひとりごちててて美うつく美うつくうつくしししとととほゝゑみほゝゑみほほえみ給たま給たまたまふふう。。。常つね常つねつねににに書か書かかききき交か交かかはしはしわし給たま給たまたまへへえばばば我わ我わわががが御手て御手ててにににいといといと能よ能よよくくく似に似ににててて今いま今いまいま少すこ少すこすこしししなまめかしうなまめかしうなまめかしゅう女をんな女をんなおんなしきしきしき所ところ所ところところ書か書かかききき添そ添そそへへえ給たま給たまたまへへえりりり。。。何事なにごと何事なにごとなにごとにににつけつけつけてててもももけしうけしうけしゅうはははあらあらあらずずずおほしおほしおおしたてたてたてたりたりたりかしかしかしとととおもほすおもほすおもおす。。。
  10. 10吹ふ吹ふふきききかふかふかう風かぜ風かぜかぜももも近ちか近ちかちかききき程ほど程ほどほどにてにてにて齋院さいゐん齋院さいゐんさいいんにににももも聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまひひいけりけりけり。。。中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうののの君きみ君きみきみににに「「「かくかくかく旅たび旅たびたびののの空そら空そらそらににになむなむなん物思ものおも物思ものおもものおもひひいにににあくがれあくがれあくがれにににけるけるけるをををおぼしおぼしおぼし知し知ししるるるにににもももあらあらあらじじじかしかしかし」」」などなどなど恨うら恨うらうらみみみ給たま給たまたまひひいててて、、、
  11. 11おまへおまへおまえにににははは「「「かけまくかけまくかけまくはははかしこけれかしこけれかしこけれどもどもどもそのかみそのかみそのかみののの秋あき秋あきあきおもほゆるおもほゆるおもおゆる木綿襷ゆふだすき木綿襷ゆふだすきゆうだすきかなかなかな。。。昔むかし昔むかしむかしををを今いま今いまいまにににととと思おも思おもおもひひい給たま給たまたまふるふるうるにににもももかひかひかいなくなくなくとりとりとり返かへ返かへかえささされれれむむんものものものゝゝのやうやうようににに」」」とととなれなれしげなれなれしげなれなれしげにににからからからののの淺綠あさみどり淺綠あさみどりあさみどりののの紙かみ紙かみかみににに、、、榊さかき榊さかきさかきににに木綿ゆふ木綿ゆふゆうつけつけつけなどなどなどかうがうしうかうがうしうこうごうしゅうしししなしなしなしててて參まゐ參まゐまいらららせせせ給たま給たまたまふふう。。。
  12. 12御おん御おんおんかへりかへりかえり、、、中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう「「「紛まぎ紛まぎまぎるゝるゝるることことことなくなくなくてててきしかたきしかたきしかたののの事こと事ことことををを思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえ出い出いいづるづるずるつれづれつれづれつれづれのののまゝまゝままにににははは思おも思おもおもひひいやりやりやり聞きこ聞きこきこえええさするさするさすることことこと多おほ多おほおおくくく侍はべ侍はべはべれれれどどどかひかひかいなくなくなくのみのみのみなむなむなん」」」ととと少すこ少すこすこししし心こころ心こころこころとゞめとゞめとどめててておほかりおほかりおおかり。。。
  13. 13おまへおまへおまえのののははは木綿ゆふ木綿ゆふゆうのののかたはしかたはしかたはしににに、、、「「「そのかみそのかみそのかみやややいかゞいかゞいかがはははありありありしししゆふだすきゆふだすきゆうだすき心こころ心こころこころにににかけかけかけててて忍しの忍しのしのぶぶぶらむらむらんゆゑゆゑゆえ。。。近ちか近ちかちかききき世よ世よよににに」」」とととぞぞぞあるあるある。。。御手て御手ててこまやかこまやかこまやかにににはははあらあらあらねねねどどどらうらうしうらうらうしうろうろうしゅうさうさうそうなどなどなどをかしうをかしうおかしゅうなりなりなりにににけりけりけり。。。ましてましてまして朝顏あさがほ朝顏あさがほあさがおもももねびねびねびまさりまさりまさり給たま給たまたまへへえらららむむんかしかしかしととと思おも思おもおもひひい遣や遣ややるるるもももたゞたゞただならならならずずず。。。おそろしおそろしおそろしややや。。。
  14. 14あはれあはれあわれこのこのこの頃ころ頃ころころぞぞぞかしかしかし。。。野の野ののののの宮みや宮みやみやのののあはれあはれあわれなりなりなりしししことことことおぼしおぼしおぼし出い出いいでゝでゝでて怪あや怪あやあやしうしうしゅうやうやうようのののものものものととと、、、神かみ神かみかみうらめしううらめしううらめしゅうおぼさるゝおぼさるゝおぼさるる御おん御おんおん癖くせ癖くせくせのみのみのみ苦くる苦くるくるしきしきしきぞぞぞかしかしかし。。。わりなうわりなうわりのうおぼさおぼさおぼさばばばさささもももありありありぬぬぬべかりべかりべかりししし、、、年比としごろ年比としごろとしごろははは長閑のどか長閑のどかのどかににに過す過すすぐしぐしぐし給たま給たまたまひひいててて今いま今いまいまははは悔くや悔くやくやしうしうしゅうおぼさるおぼさるおぼさるべかべかべかめるめるめるもももあやしきあやしきあやしき御心みこころ御心みこころみこころなりなりなりややや。。。
  15. 15院ゐん院ゐんいんもももかくかくかくなべてなべてなべてならならならぬぬぬ御心みこころ御心みこころみこころばへばへばえををを見み見みみ知し知ししりりり聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえれれればばば、、、たまさかたまさかたまさかなるなるなる御おん御おんおん返かへ返かへかえしししなどなどなどはははえええしもしもしももてもてもてはなれはなれはなれ聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうまじかまじかまじかめりめりめり。。。少すこ少すこすこしししあいなきあいなきあいなき事こと事ことことなりなりなりかしかしかし。。。
  16. 16ととといふいふいう文ふみ文ふみふみ讀よ讀よよみみみ給たま給たまたまひひい覺束おぼつか覺束おぼつかおぼつかなきなきなき所々ところどころ所々ところどころところどころ解と解ととかかかせせせなどなどなどしししててておはしますおはしますおわしますををを山寺やまでら山寺やまでらやまでらにににはははいみじきいみじきいみじき光ひかり光ひかりひかり行おこな行おこなおこなひひい出いだ出いだいだししし奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれりりりととと佛ほとけ佛ほとけほとけののの御おん御おんおん面目めんぼく面目めんぼくめんぼくありありありとととあやしあやしあやしののの法師ほふし法師ほふしほうしばらばらばらまでまでまで喜よろこ喜よろこよろこびびびあへあへあえりりり。。。
  17. 17まめやかまめやかまめやかにてにてにて世よ世よよののの中なか中なかなかをををおもほしおもほしおもおし續つづ續つづつづくるくるくるににに歸かへ歸かへかえらららむむんことことこと物もの物ものもの憂う憂ううかりかりかりぬぬぬべけれべけれべけれどどど、、、人ひと人ひとひとひとりひとりひとりののの御おん御おんおん事こと事ことことおぼしおぼしおぼしやるやるやるがががほだしほだしほだしなれなれなればばば久ひさ久ひさひさしうしうしゅうもももえええおはしまさおはしまさおわしまさででで寺てら寺てらてらにににもももみずみずみず經きやう經きやうきょういかめしういかめしういかめしゅうせせせさせさせさせ給たま給たまたまふふう。。。
  18. 18あるあるあるべきべきべきかぎりかぎりかぎりかみしもかみしもかみしもののの僧そう僧そうそうどもどもどもそのそのそのわたりわたりわたりののの山やま山やまやまがつがつがつまでまでまで物もの物ものものたびたびたび尊たふと尊たふととうとききき事こと事ことことのののかぎりかぎりかぎりををを盡つく盡つくつくしししててて出い出いいででで給たま給たまたまふふう。。。見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり送おく送おくおくるるるとととてててこのもこのもこのもかのもかのもかのもにににあやしきあやしきあやしきしはふるひしはふるひしわぶるい人ひと人ひとひとどもどもども集あつま集あつまあつまりりり居ゐ居ゐいててて淚なみだ淚なみだなみだをををおとしおとしおとしつゝつゝつつ見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる。。。
  19. 19黑くろ黑くろくろききき御車みくるま御車みくるまみくるまののの內うち內うちうちにてにてにて藤ふぢ藤ふぢふじののの御おん御おんおん袂たもと袂たもとたもとにににやつれやつれやつれ給たま給たまたまへへえれれればばば殊こと殊ことことににに見み見みみえええ給たま給たまたまははわねねねどどどほのかほのかほのかなるなるなる御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまををを世よ世よよににになくなくなく思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこゆゆゆべかべかべかめりめりめり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

大将の君は、中宮をたいそう恋しくお思い申し上げなさるが、あきれるようなお心のほどを、時々は思い知っている様子をお見せしようと、こらえて過ごしていらっしゃるうちに、体裁が悪いほど所在なくお思いになるので、秋の野も見がてら、雲林院にお参りになった。

亡き母御息所の兄の律師がこもっていらっしゃる僧坊で、経文などを読み、勤行をしようとお思いになって、二、三日いらっしゃると、しみじみとすることが多い。紅葉がだんだん色づいて、秋の野がたいそう優美なのなどをご覧になりながら、都のことも忘れてしまいそうにお思いになる。学識のある法師たちを残らず呼び出して、論議をさせてお聞きになる。

場所柄、いっそう世の中の無常を思い明かしなさっても、やはり、つれない人(藤壺)こそが恋しいと思い出されなさる。明け方の月の光に、法師たちが閼伽を供えるといって、からからと音を鳴らしながら、菊の花や、濃い薄い紅葉などを折り散らしているのも、はかないことではあるが、このような勤めは、この世でも所在なさがなく、来世はまた頼もしそうである。それなのに、つまらない身をもてあましていることよなどと、思い続けなさる。

律師がたいそう尊い声で「念仏衆生摂取不捨」と唱えて勤行していらっしゃるのが、たいそううらやましいので、どうして出家しないのかとお思いになるにつけ、まず姫君(紫の上)のことが心にかかって思い出されなさるのは、たいそうよくないお心であるよ。

いつもと違って日数がたつのも気がかりにばかりお思いになるので、お手紙だけは頻繁に差し上げなさるようだ。「世を離れることができるかと試みております道ですが、所在なさも慰めがたく、心細さがまさりまして。聞き残した教えがありまして、ためらっておりますが、いかがお過ごしですか」などと、陸奥紙にくつろいでお書きになっているのまで、すばらしい。

「浅茅の生えた露のような宿にあなたを置いてきたので、四方の山から吹く嵐の音を聞くと、落ち着かない気持ちです」など、心のこもったお手紙に、女君もお泣きになった。ご返事は白い色紙に、「風が吹くと、まっ先に乱れることです。色の変わる浅茅の露にかかっている蜘蛛の糸は」と書いてある。

「筆跡は、たいそう上手にばかりなっていくなあ」と独り言を言って、かわいらしいとほほえみなさる。いつも手紙を書き交わしていらっしゃるので、ご自分の筆跡にたいそうよく似て、もう少し優美で女らしいところを加えていらっしゃる。何事につけても、悪くないように育て上げたものだとお思いになる。

吹き交う風も近い距離なので、斎院にもお便りを差し上げなさった。女房の中将の君に、「このように旅の空で、物思いのために心もうわの空になっておりますのを、お察しにはならないでしょうね」などと恨みごとをおっしゃって、

斎院には「口に出すのは恐れ多いけれど、昔の秋が思い出される木綿襷であることよ。昔を今に取り戻したいと思いますが、そのかいもなく、取り返せるもののように思われて」と、なれなれしく唐の浅緑の紙に書いて、榊に木綿をつけたりして、神々しく仕立てて差し上げなさる。

ご返事は、中将が「気の紛れることもなく、過ぎし日のことを思い出します所在なさに、お噂をお察し申し上げることは多いのですが、そのかいもなくて」と、少し心を込めて長く書いてある。斎院のご返事は、木綿の端に、「昔、何があったというのでしょう。木綿襷を心にかけるように、あなたがしのんでいらっしゃるわけは。近い世には(覚えもありません)」と書いてある。

筆跡は細やかではないが、巧みで、草仮名などが美しくなったものだ。まして朝顔の君ご自身も、いっそう美しく成長なさったことだろうと思いやるにつけても、心穏やかでない。恐れ多いことよ。ああ、ちょうど去年の今ごろだったなあ。野宮でのしみじみとしたことを思い出しなさって、妙に同じようなことだと、神を恨めしくお思いになるご性分だけが、困ったものである。

無理にとお思いになったなら、そうもなりそうだった年月には、のんびりとお過ごしになって、今になって悔しくお思いのようなのも、妙なお心であるよ。斎院も、このような並々でない源氏のお気持ちをご存じなので、まれのご返事などは、すっかり突き放してはお扱いになれないようだ。少しよくないことであるよ。

源氏は、天台の六十巻という経典をお読みになり、わからない所々を解説させなどしていらっしゃるのを、山寺では、たいそうな光を勤行で招き出したものだ、仏の面目が立つと、身分の低い法師たちまで喜び合っていた。

落ち着いて世の中のことを思い続けなさると、帰るのも気が進まないにちがいないが、ただ一人の人(紫の上)のことを思いやるのが絆となっているので、長くはいらっしゃることができず、寺にも御誦経の布施を盛大になさる。しかるべき限りの上下の僧たちや、そのあたりの山里の人々にまで物を与えて、尊いことの限りを尽くしてお出になる。

お見送り申し上げようと、あちらこちらに、身分の低い年寄りたちが集まって座って、涙を落としながら拝見する。黒いお車の中で、藤色の喪服にやつれていらっしゃるので、はっきりとはお見えにならないが、ほのかなご様子を、世にまたとないものと思い申し上げているようだ。

意訳

藤壺に拒まれた源氏は、秋の雲林院に参籠し、経を読み、法師たちの論議を聞いて過ごす。出家にひかれながらも、紫の上のことが気にかかって踏み切れない。紫の上と歌を交わし、その筆跡が自分に似てきたことを喜ぶ。

源氏は、近くの斎院(朝顔の姫君)にも歌を贈る。神に仕える身となった女性に心ひかれる源氏の性分を、語り手は「御癖のみ苦しき」と批評する。源氏は寺に多くの布施をして帰京する。

語釈・文法注

うりん院
雲林院(うりんいん)。京都紫野にあった天台宗の寺。桜や紅葉の名所として知られた。
念佛衆生攝取不捨
『観無量寿経』の一節。阿弥陀仏は、念仏する衆生を救い取って見捨てない、という意味。
六十卷
天台宗の根本経典である『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』と、その注釈書を合わせた六十巻。

文法

反実仮想の「べかりし」(さもありぬべかりし)
「そうもなりそうだった(年月)」。
推量の「らむ」(ねびまさり給へらむかし)
「(今ごろ)美しく成長していらっしゃるだろう」。

和歌

あさぢふの露のやどりに君をおきてよものあらしぞしづ心なき

詠者
光源氏
状況
雲林院から紫の上に送った歌。浅茅の生えた露のような宿にあなたを置いてきたので、四方の山から吹く嵐の音を聞くと、落ち着かない気持ちです。

風吹けばまづぞみだるゝ色かはる淺茅がつゆにかゝるさゝがに

詠者
紫の上
状況
源氏への返歌。風が吹くと、まっ先に乱れることです。色の変わる浅茅の露にかかっている蜘蛛の糸(のように頼りない私)は。

修辞

比喩
「さゝがに」(蜘蛛)の糸に、源氏を頼りにする自分の身の頼りなさをたとえる。「色かはる」に源氏の心変わりへの不安をこめる。

かけまくはかしこけれどもそのかみの秋おもほゆる木綿襷かな

詠者
光源氏
状況
斎院(朝顔の姫君)に、榊に木綿をつけて贈った歌。口に出すのは恐れ多いけれど、昔の秋が思い出される木綿襷(斎院のお姿)であることよ。

そのかみやいかゞはありしゆふだすき心にかけて忍ぶらむゆゑ

詠者
朝顔の姫君
状況
源氏への返歌。昔、何があったというのでしょう。木綿襷を心にかけるように、あなたがしのんでいらっしゃるわけは。

解説

源氏は雲林院で出家にひかれながらも、紫の上への思いが絆となって踏み切れない。語り手は、仏道に心を向けながらも女性のことを思わずにいられない源氏を、「いとわろき御心なるや」と批評している。

紫の上の筆跡が源氏に似てきたという描写は、紫の上が源氏の手で育てられた女性であることを改めて示している。一方、斎院となった朝顔の姫君にまで歌を贈る源氏の姿に、語り手は「神うらめしうおぼさるゝ御癖のみ苦しき」と苦言を呈している。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、208–213頁(コマ106–108)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日