源氏物語 第10帖 賢木(7)
藤壺への迫り
藤壺は、源氏の思いがやまないことを恐れ、東宮のために秘密が漏れることを案じて、祈祷までさせて源氏を避けていた。しかし源氏はある夜、思いがけず藤壺に近づく。藤壺は胸を病んで苦しみ、源氏は塗籠に隠れたまま一日を過ごす。夜になって再び藤壺に迫るが、藤壺は衣を脱ぎ捨てて逃れる。藤壺は最後まで源氏を拒み、源氏は歌を残して出ていく。

- 1內內うちににに參參まいりりり給給たまははわむむんことことことはははうひうひしくうひうひしくういういしく所所ところせくせくせくおぼしおぼしおぼしなりなりなりててて、、、春宮春宮とうぐうををを見見み奉奉たてまつりりり給給たまははわぬぬぬををを覺束覺束おぼつかなくなくなくおもほえおもほえおもおえ給給たまふふう。。。又又またたのもしきたのもしきたのもしき人人ひとももも物物ものししし給給たまははわねねねばばば、、、唯唯ただこのこのこの大將大將だいしょうののの君君きみをををぞぞぞ萬萬よろずににに賴賴たのみみみ聞聞きこえええ給給たまへへえるるるににに
- 2猶猶なおこのこのこのにくきにくきにくき御心御心みこころののの止止やまままぬぬぬにににともすればともすればともすれば御御おん胸胸むねををを潰潰つぶししし給給たまひひいつゝつゝつつ聊聊いささかももも氣色氣色けしきををを御覽御覽ごらんじじじ知知しらららずずずなりなりなりにににしししををを思思おもふふうだにだにだにいといといと恐恐おそろしきしきしきににに、、、今今いま更更さらににに又又またさるさるさることことことののの聞聞きこえええありありありててて我身我身わがみはははさるさるさるものものものにてにてにて春宮春宮とうぐうののの御御おんためためためににに必必かならずずず善善よからからからぬぬぬ事事こと出出いででで來來こなななむむんとととおぼすおぼすおぼすににに、、、
- 3いといといとおそろしけれおそろしけれおそろしければばば御御おん祈祈いのりをををさへさへさへせせせさせさせさせ給給たまひひいててて、、、このこのこのことことこと思思おもひひい止止やままませせせ奉奉たてまつらららむむんとととおぼしおぼしおぼし至至いたらららぬぬぬことことことなくなくなく遁遁のがれれれ給給たまふふうををを、、、如何如何いかなるなるなる折折おりにににかかかありありありけむけむけん、、、あさましうあさましうあさましゅうててて近近ちかづきづきづき參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。
- 4心心こころ深深ふかくくくたばかりたばかりたばかり給給たまひひいけむけむけんことことことををを知知しるるる人人ひとなかりなかりなかりけれけれければばば夢夢ゆめのののやうやうようにににぞぞぞありありありけるけるける。。。まねぶまねぶまねぶべきべきべきやうやうようもももなくなくなく聞聞きこえええ續續つづけけけ給給たまへへえどどど、、、宮宮みやいといといとこよなくこよなくこよなくもてもてもてはなれはなれはなれ聞聞きこえええ給給たまひひいてててはてはてはてはてはてはてははは御御おん胸胸むねをををいたういたういとう惱惱なやみみみ給給たまへへえばばば、、、近近ちこううう侍侍さぶらひひいつるつるつる命婦命婦みょうぶ辨辨べんなどなどなどぞぞぞあさましうあさましうあさましゅう見見み奉奉たてまつりりりあつかふあつかふあつかう。。。
- 5男男おとこはははうしうしうしつらしつらしつらしととと思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふうことことこと限限かぎりなきなきなきにににきしかたきしかたきしかた行行ゆくくくさきさきさきかきかきかきくらすくらすくらす心地心地ここちしししてててうつしうつしうつし心心ごころももも失失うせせせにににけれけれければばば明明あけけけはてはてはてにににけれけれけれどどど出出いででで給給たまははわずずずなりなりなりぬぬぬ。。。
- 6御御おん惱惱なやみににに驚驚おどろきききててて人々人々びと近近ちこううう參參まいりりりてててしげうしげうしぎょうまがへまがへまがえばばばわれわれわれにににもももあらあらあらででで塗塗ぬりににに押押おししし入入いれれれられられられててておはすおはすおわす。。。御御おんぞぞぞどもどもども隱隱かくしししもたるもたるもたる人人ひとののの心心こころなどなどなどもももいといといとむつかしむつかしむつかし。。。
- 7宮宮みやははは物物ものをををいといといと侘侘わびしししとととおぼしおぼしおぼしけるけるけるににに御御おんけけけあがりあがりあがりててて猶猶なお惱惱なやましうしうしゅうせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。兵部卿宮兵部卿宮ひょうぶきょうのみや大夫大夫だいぶなどなどなど參參まいりりりててて「「「僧僧そう召召めせせせ」」」などなどなどさわぐさわぐさわぐををを、、、大將大將だいしょういといといと侘侘わびしうしうしゅう聞聞ききききおはすおはすおわす。。。
- 8辛辛からうじてうじてうじて暮暮くれれれゆくゆくゆくほどほどほどにににぞぞぞ怠怠おこたりりり給給たまへへえるるる。。。かくかくかく籠籠こもりりり居居い給給たまひひいつつつらむらむらんとととはははおぼしおぼしおぼしもももかけかけかけずずず、、、人々人々びとももも又又また御心御心みこころまどはさまどはさまどわさじじじとととてててかくかくかくなむなむなんとととももも申申もうさささぬぬぬなるなるなるべしべしべし。。。
- 9晝晝ひるのののおましおましおましにににゐざりゐざりいざり出出いでゝでゝでておはしますおはしますおわします。。。「「「よろしうよろしうよろしゅうおぼさるゝおぼさるゝおぼさるるなななめりめりめり」」」とととててて宮宮みやもももまかでまかでまかで給給たまひひいなどなどなどしししててておまへおまへおまえ人人ひとずくなずくなずくなににになりなりなりぬぬぬ。。。例例れいもももけぢかくけぢかくけじかくならさならさならさせせせ給給たまふふう人人ひと少少すくなけれけれければばば此處彼處此處彼處ここかしこののの物物もののののうしろうしろうしろなどなどなどにににぞぞぞ侍侍さぶらふふう。。。
- 10命婦命婦みょうぶののの君君きみなどなどなどはははいかにいかにいかにたばかりたばかりたばかりててて出出いだししし奉奉たてまつらららむむん「「「今宵今宵こよいさへさへさへ御御おんけけけあがらあがらあがらせせせ給給たまははわむむんいとほしういとほしういとおしゅう」」」などなどなどうちうちうちさゝめきさゝめきささめきあつかふあつかふあつかう。。。
- 11君君きみははは塗塗ぬりごめごめごめののの戶戶とののの細目細目ほそめににに開開あきききたるたるたるをををやをらやをらやおら押押おししし開開あけけけててて御御おん屏風屏風びょうぶのののはざまはざまはざまににに傳傳つたひひい入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。珍珍めずらしくしくしく嬉嬉うれしきしきしきにににももも淚淚なみだははは墮墮おちちちててて見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
- 12「「「猶猶なおいといといと苦苦くるしうしうしゅうこそこそこそあれあれあれ、、、世世よやややつきつきつきぬぬぬらむらむらん」」」とととてててとととののの方方かたををを見見み出出いだししし給給たまへへえるるるかたはらめかたはらめかたわらめ言言いひひいしらしらしらずずずなまめかしうなまめかしうなまめかしゅう見見みゆゆゆ。。。「「「御御おんくだものくだものくだものをををだにだにだに」」」とととててて參參まいりりりすゑすゑすえたりたりたり。。。箱箱はこののの葢葢ふたなどなどなどにににももも懷懷なつかしきしきしきさまさまさまにてにてにてあれあれあれどどど見見み入入いれれれ給給たまははわずずず。。。
- 13世世よののの中中なかをををいたういたういとうおぼしおぼしおぼし惱惱なやめめめるるる氣色氣色けしきにてにてにて長閑長閑のどかににに眺眺ながめめめ入入いりりり給給たまへへえるるる、、、いみじういみじういみじゅうらうたげらうたげろうたげなりなりなり。。。かんざしかんざしかんざし頭頭かしらつきつきつきみぐしみぐしみぐしのののかゝりかゝりかかりたるたるたるさまさまさま限限かぎりなきなきなきにほはしさにほはしさにおわしさなどなどなど、、、唯唯ただかのかのかの對對たいののの姫君姫君ひめぎみににに違違たがふふう所所ところなしなしなし。。。
- 14年比年比としごろ少少すこししし思思おもひひい忘忘わすれれれ給給たまへへえりりりつるつるつるをををあさましきあさましきあさましきまでまでまでおぼえおぼえおぼえ給給たまへへえるるるかなかなかなととと見見み給給たまふふうまゝまゝままににに少少すこししし物思物思ものおもひひいのののはるけはるけはるけ所所どころあるあるある心地心地ここちししし給給たまふふう。。。
- 15けけけ高高だかううう耻耻はずかしげしげしげなるなるなるさまさまさまなどなどなどももも更更さらにににことことこと人人びとととと思思おもひひいわきわきわき難難がたきききををを、、、なほなほなお限限かぎりなくなくなく昔昔むかしよりよりより思思おもひひいしめしめしめ聞聞きこえええてててししし心心こころののの思思おもひひいなしなしなしにににややや、、、さまさまさまことことことにににいみじういみじういみじゅうねびねびねびまさりまさりまさり給給たまひひいにににけるけるけるかなかなかなととと類類たぐいなくなくなくおぼえおぼえおぼえ給給たまふふうににに
- 16心心こころ惑惑まどひひいしししてててやをらやをらやおら御帳御帳みちょうののの內內うちにににかゝづらひかゝづらひかかずらいよりよりよりててて御御おんぞぞぞののの褄褄つまををを引引ひきききならしならしならし給給たまふふう。。。けはひけはひけわいしるくしるくしるくさとさとさとにほひにほひにおいたるたるたるにににあさましうあさましうあさましゅうむくつけうむくつけうむくつきょうおぼさおぼさおぼされれれててて、、、やがてやがてやがてひれひれひれふしふしふし給給たまへへえりりり。。。
- 17「「「見見みだにだにだに向向むききき給給たまへへえかしかしかし」」」ととと心心こころやましうやましうやましゅうつらくつらくつらくてててひきひきひき寄寄よせせせ給給たまへへえるるるににに、、、御御おんぞぞぞをををすべしすべしすべし置置おきききてててゐざりゐざりいざりのきのきのき給給たまふふうににに、、、心心こころにににもももあらあらあらずずずみぐしみぐしみぐしののの取取とりりり添添そへへえられられられたりたりたりけれけれければばば、、、いといといと心心こころ憂憂うくくくすくせすくせすくせののの程程ほどおぼしおぼしおぼし知知しららられれれててていみじいみじいみじとととおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。
- 18男男おとこもももこゝらこゝらここら世世よをををもてもてもてしづめしづめしずめ給給たまふふう御心御心みこころ皆皆みな亂亂みだれれれてててうつしうつしうつしざまざまざまにににもももあらあらあらずずず萬萬よろずののの事事ことをををなくなくなくなくなくなく恨恨うらみみみ聞聞きこえええ給給たまへへえどどど、、、誠誠まことににに心心こころづきなしづきなしづきなしとととおぼしおぼしおぼしててて御御おんいらへいらへいらえももも聞聞きこえええ給給たまははわずずず「「「唯唯ただ心地心地ここちのののいといといと惱惱なやましきしきしきをををかゝらかゝらかからぬぬぬ折折おりもももあらあらあらばばば聞聞きこえええてててむむん」」」とととのたまへのたまへのたまえどどど盡盡つきききせせせぬぬぬ御心御心みこころののの程程ほどををを言言いひひい續續つづけけけ給給たまふふう。。。
- 19さすがさすがさすがにににいみじいみじいみじととと聞聞きききき給給たまふふうふしふしふしもももまじるまじるまじるらむらむらん。。。あらあらあらざりざりざりしししことことことにににはははあらあらあらねねねどどど改改あらためめめててていといといと口惜口惜くちおしうしうしゅうおぼさるれおぼさるれおぼさるればばば懷懷なつかしきしきしきものものものからからからいといといとようようようのたまひのたまひのたまい遁遁のがれれれててて今宵今宵こよいももも明明あけけけゆくゆくゆく。。。
- 20せめてせめてせめて從從したがひひい聞聞きこえええざらざらざらむむんもももかたじけなくかたじけなくかたじけなく心心こころ耻耻はずかしきしきしき御御おんけはひけはひけわいなれなれなればばば「「「唯唯ただかばかりかばかりかばかりにてにてにてももも時々時々ときどきいみじきいみじきいみじき憂憂うれへへえをををだにだにだに晴晴はるけけけ侍侍はべりりりぬぬぬべくべくべくははは、、、何何なにのののおほけなきおほけなきおおけなき心心こころももも侍侍はべらららじじじ」」」などなどなどたゆめたゆめたゆめ聞聞きこえええ給給たまふふうべしべしべし。。。なのめなのめなのめなるなるなることことことだにだにだにかやうかやうかようなるなるなるなからひなからひなからいはははあはれあはれあわれなるなるなることことことももも添添そふふうなるなるなるをををましてましてまして類類たぐひひいなげなげなげなりなりなり。。。
- 21明明あけけけはつれはつれはつればばば二人二人ふたりしししててていみじきいみじきいみじき事事ことどもどもどもををを聞聞きこえええ、、、宮宮みやはははなかばなかばなかばなきなきなきやうやうようなるなるなる御御おん氣色氣色けしきののの心苦心苦こころぐるしけれしけれしければばば、、、世世よののの中中なかにににありありありととと聞聞きこししし召召めささされれれむむんもももいといといとはづかしけれはづかしけれはずかしければばばやがてやがてやがて亡亡うせせせ侍侍はべりりりなななむむんももも又又またこのこのこの世世よならならならぬぬぬ罪罪つみとととなりなりなり侍侍はべりりりぬぬぬべきべきべきことことことなどなどなど聞聞きこえええ給給たまふふうももも、、、むくつけきむくつけきむくつけきまでまでまでおぼしおぼしおぼし入入いれれれりりり。。。
- 22「「「逢逢あふふうことことことのののかたきかたきかたきををを今日今日きょうにににかぎらかぎらかぎらずずずばばば今今いま幾世幾世いくよをををかかかなげきなげきなげきつゝつゝつつ經經へむむん。。。御御おんほだしほだしほだしにににもももこそこそこそ」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばばさすがさすがさすがにににうちうちうち歎歎なげききき給給たまひひいててて、、、「「「長長ながききき世世よのののうらみうらみうらみををを人人ひとにににのこしのこしのこしてててもももかつはかつはかつわ心心こころをををあだあだあだとととしらしらしらなむなむなん」」」。。。
- 23はかなくはかなくはかなくいひいひいいなさなさなさせせせ給給たまへへえるるるさまさまさまのののいふいふいうよしよしよしなきなきなき心地心地ここちすれすれすれどどど、、、人人ひとのののおぼさおぼさおぼさむむん所所ところももも我我わががが御御おんためためためももも苦苦くるしけれしけれしければばばわれわれわれにににもももあらあらあらででで出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
中宮(藤壺)は、宮中に参内なさることは気が進まず、気づまりにお思いになって、東宮にお会いにならないのを気がかりにお思いになる。また、ほかに頼りになる人もいらっしゃらないので、ただこの大将の君を何事につけても頼りにし申し上げていらっしゃるのに、
やはりあの憎らしいお心がやまないので、ともすればお胸をつぶしなさりながら、院が少しも事情をお気づきにならずに終わったことを思うだけでも、たいそう恐ろしいのに、今さらまたそうした噂が立ったら、自分の身はともかく、東宮のために必ずよくないことが起こるだろうとお思いになると、
たいそう恐ろしいので、ご祈祷までさせて、この恋を思いとどまらせ申し上げようと、あらゆる手を尽くして逃れていらっしゃるのに、どういう折だったのだろうか、思いがけなく、源氏が近くに参上なさった。
源氏が深く計画なさったことを知る人がなかったので、夢のようであった。源氏は、書き表しようもないほど申し上げ続けなさるが、中宮はまったく取り合わず、とうとうお胸をひどくお病みになったので、近くに控えていた命婦や弁などが、あきれて介抱申し上げる。
男は、つらく恨めしいと思い申し上げることこの上なく、過去も未来も真っ暗になる気持ちがして、正気も失ってしまったので、夜が明けてしまったが、お出にならないままになった。
中宮のご病気に驚いて、女房たちが近くに参って、しきりに出入りするので、源氏は呆然として、塗籠に押し込められていらっしゃる。源氏のお召し物などを隠し持っている女房の心も、たいそう気が気でない。
中宮は、何かとたいそうつらいとお思いになったので、のぼせて、ますますお苦しみになる。兵部卿宮や中宮大夫などが参上して、「僧を呼べ」などと騒ぐのを、大将はたいそうつらい思いで聞いていらっしゃる。やっと日が暮れていくころに、よくおなりになった。
源氏がこうして塗籠にこもっていらっしゃるだろうとは思いもよらず、女房たちも、またお心を乱させまいと思って、そのことも申し上げないのだろう。中宮は昼のお座席に膝行して出ていらっしゃる。「ご気分がよくおなりのようだ」と言って、兵部卿宮も退出なさるなどして、御前は人が少なくなった。いつもお近くにお仕えさせる人は少ないので、あちこちの物陰などに控えている。
命婦の君などは、どうやって源氏をお出し申し上げようか、「今夜もまた、のぼせなさったらお気の毒だ」などとささやいて相談している。源氏は、塗籠の戸が細めに開いているのを、そっと押し開けて、御屏風の間を伝ってお入りになった。珍しくうれしいにつけても、涙がこぼれて、中宮を拝見なさる。
「やはりたいそう苦しいことだ。命も尽きてしまうのだろうか」と言って、外の方をご覧になっている横顔は、言いようもなく優美に見える。「せめてくだものだけでも」と言って、女房が差し上げた。箱の蓋などにも、やさしい様子で盛ってあるが、中宮は見向きもなさらない。
世の中をひどく思い悩んでいらっしゃる様子で、静かに物思いにふけっていらっしゃるのは、たいそういじらしい。髪の生え際や頭の形、御髪のかかっている様子、この上ない美しさなど、まったくあの西の対の姫君(紫の上)と違うところがない。長年、少し忘れていらっしゃったのに、あきれるほど似ていらっしゃることよと、ご覧になるにつけて、少し物思いが晴れる気持ちがなさる。
気高く、こちらが気後れするような様子なども、まったく別人とは区別しがたいのに、やはり、この上なく昔から思いを寄せ申し上げてきた心の思いなしだろうか、格別にすばらしくお年を重ねられたなあと、比べるものもなくお思いになると、
心が乱れて、そっと御帳台の中にまつわるように入って、お召し物の褄を引き鳴らしなさる。その気配がはっきりして、さっと香りが漂ったので、中宮はあきれて、気味悪くお思いになって、そのままうつ伏しておしまいになった。
「せめてこちらを向いてください」と、じれったく恨めしくて、引き寄せなさると、中宮はお召し物を脱ぎすべらせて置いて、膝行して退きなさるが、心ならずも御髪が衣と一緒に源氏の手に捕らえられていたので、たいそう情けなく、前世からの宿縁のほどを思い知られて、つらいとお思いになった。
男も、長年抑えてきたお心がすっかり乱れて、正気もなく、あらゆることを泣く泣く恨み申し上げなさるが、中宮は本当にいやだとお思いになって、ご返事も申し上げなさらない。「ただ気分がたいそう悪いので、こうでない時があったら申し上げましょう」とおっしゃるが、源氏は尽きないお心のほどを言い続けなさる。
さすがに、心を打たれてお聞きになるところもまじっているのだろう。以前にまったくなかったことではないが、改めてたいそう残念にお思いになるので、やさしくはあるものの、たいそううまく言い逃れなさって、今夜も明けていく。
しいてお言葉に従わないのも恐れ多く、こちらが恥ずかしくなるような中宮のご様子なので、「ただこれくらいでも、時々ひどい嘆きを晴らすことができますなら、何の大それた心もございません」などと、中宮を油断させるように申し上げなさるのだろう。並一通りの仲でさえ、このような間柄には、しみじみとした情が加わるものなのに、まして比べるものもない。
すっかり夜が明けたので、命婦と弁の二人で、ひどく困ったことを申し上げ、中宮は半ば死んだようなご様子なのが痛々しいので、源氏は「私がこの世に生きているとお聞きになるのも、たいそう恥ずかしいので、このまま死んでしまいましょうが、それもまた来世の罪となってしまうでしょう」などと申し上げなさるのも、中宮は気味が悪いほど思いつめていらっしゃる。
「お逢いすることの難しさが今日だけに限らないのなら、この先、幾度生まれ変わって嘆き続けて過ごすことでしょう。あなたの成仏の妨げにもなりましょう」と申し上げなさると、さすがにため息をおつきになって、「来世までの長い恨みを私に残すとしても、一方では、そのお心が浮ついたものだと知ってほしいのです」。
さりげなくおっしゃる様子が、言いようもなくすばらしい気がするが、中宮のお思いになることも、ご自分のためにも苦しいので、源氏は呆然としてお出になった。
意訳
藤壺は、東宮の出生の秘密が漏れることを恐れ、祈祷までして源氏の思いを断とうとしていた。しかし源氏は、ひそかに藤壺に近づく。藤壺は胸を病み、源氏は塗籠に隠れたまま一日を過ごす。
夜になって、源氏は再び藤壺のもとに入る。紫の上とそっくりな藤壺の姿に、源氏は心を乱して迫るが、藤壺は衣を脱ぎ捨てて逃れる。最後まで源氏を拒み通した藤壺に、源氏は恨みの歌を残して出ていく。
語釈・文法注
- 塗ごめ
- 塗籠(ぬりごめ)。周囲を壁で塗り込めた部屋。寝室や物置として使われた。
文法
- 疑問の「か…けむ」(如何なる折にかありけむ)
- 「どういう折だったのだろうか」。語り手がぼかして語る表現。
- 希望の「なむ」(あだとしらなむ)
- 未然形について「…してほしい」という他への願望を表す。
和歌
逢ふことのかたきを今日にかぎらずば今幾世をかなげきつゝ經む
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 藤壺に拒まれた源氏が詠んだ歌。お逢いすることの難しさが今日だけに限らないのなら、この先、幾度生まれ変わって嘆き続けて過ごすことでしょう。
長き世のうらみを人にのこしてもかつは心をあだとしらなむ
- 詠者
- 藤壺
- 状況
- 源氏への返歌。来世までの長い恨みを私に残すとしても、一方では、そのお心が浮ついたものだと知ってほしいのです。
解説
藤壺が源氏を拒み通すのは、源氏を嫌っているからではない。不義の子である東宮の秘密が漏れれば、東宮の地位が危うくなる。藤壺は母として、わが子を守るために、源氏への思いを断ち切ろうとしているのである。
衣を脱ぎ捨てて逃れる藤壺の姿は、空蝉の巻の空蝉を思わせる。しかし、ここでは髪が源氏の手に残るという、より生々しい描写がなされている。源氏が藤壺に紫の上の面影を見る場面は、紫の上が藤壺の「ゆかり」として迎えられたことを、改めて思い起こさせる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、204–207頁(コマ104–105)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日