源氏物語 第10帖 賢木(5)
新しい世と朧月夜の尚侍
年が改まっても、世の中は院の喪に沈んでいる。除目の時期にも源氏の邸を訪れる人は減り、源氏は世の移り変わりを思い知る。朧月夜は尚侍となって朱雀帝の寵愛を受けるが、源氏との仲は続いている。大后は源氏方への報復をたくらみ、左大臣も参内をやめる。源氏は左大臣家を変わらず訪れ、若君を大切に育てる。

- 1渡渡わたらららせせせ給給たまふふう儀式儀式ぎしき變變かわらららねねねどどど、、、思思おもひひいなしなしなしにににあはれあはれあわれにてにてにてふるきふるきふるき宮宮みやはははかへりてかへりてかえりて旅旅たびののの心地心地ここちししし給給たまふふうにににももも御御おん里里さと住住ずみ絕絕たえええたるたるたる年月年月としつきのののほどほどほどおぼしおぼしおぼしめぐらさめぐらさめぐらさるるるべしべしべし。。。
- 2年年としかへりかへりかえりぬれぬれぬれどどど世世よののの中中なか今今いまめかしきめかしきめかしきことことことなくなくなく靜靜しずかなりなりなり。。。大將殿大將殿だいしょうどのははは物物もの憂憂うくくくててて籠籠こもりりり居居い給給たまへへえりりり。。。
- 3ぢもくぢもくじもくののの頃頃ころなどなどなど院院いんののの御御おん時時ときをををばばば更更さらにににもももいはいはいわずずず、、、年比年比としごろ劣劣おとるるるけぢめけぢめけじめなくなくなくててて帝帝みかどのののわたりわたりわたり所所ところなくなくなく立立たちちち込込こみみみたりたりたりししし馬馬うま車車くるま薄薄うすらぎらぎらぎててて、、、とのゐとのゐとのい物物ものののの袋袋ふくろをさをさをさをさおさおさ見見みえええずずず、、、親親したしきしきしきばかりばかりばかり殊殊ことににに急急いそぐぐぐことことことなげなげなげにてにてにてあるあるあるををを見見み給給たまふふうにににももも、、、今今いまよりよりよりはははかくかくかくこそこそこそはははととと思思おもひひいやらやらやられれれてててものものものすさまじくすさまじくすさまじくなむなむなん。。。
- 4みくしげどのみくしげどのみくしげどのはははきさらぎきさらぎきさらぎにににににになりなりなり給給たまひひいぬぬぬ。。。院院いんののの御御おん思思おもひひいにににやがてやがてやがて尼尼あまににになりなりなり給給たまへへえるるるかはりかはりかわりなりなりなりけりけりけり。。。やんごとなくやんごとなくやんごとなくもてなしもてなしもてなしててて人柄人柄ひとがらもももいといといと善善よくくくおはすれおはすれおわすればばばあまたあまたあまた參參まいりりり集集あつまりりり給給たまふふう中中なかにににももも優優すぐれれれててて時時ときめきめきめき給給たまふふう。。。
- 5后后きさきははは里里さとがちがちがちにににおはしまいおはしまいおわしまいててて參參まいりりり給給たまふふう時時ときののの御御おん局局つぼねにににははは梅壺梅壺うめつぼをををしししたれたれたればばば、、、弘徽殿弘徽殿こきでんにににはははかんのかんのかんの君君きみ住住すみみみ給給たまふふう。。。登花殿登花殿とうかでんのののうもれうもれうもれたりたりたりつるつるつるににに晴晴はれれればれしうばれしうばれしゅうなりなりなりててて女房女房にょうぼうなどなどなどももも數數かず知知しらららずずず集集つどひひい參參まいりりりててて今今いまめかしうめかしうめかしゅう花花はなやぎやぎやぎ給給たまへへえどどど、、、
- 6御心御心みこころのののうちうちうちははは思思おもいののの外外ほかなりなりなりししし事事ことどもどもどもををを忘忘わすれれれ難難がとううう嘆嘆なげききき給給たまふふう。。。いといといと忍忍しのびびびててて通通かよはしはしわし給給たまふふうことことことははは猶猶なお同同おなじじじさまさまさまなるなるなるべしべしべし。。。物物ものののの聞聞きこえええもももあらあらあらばばばいかならいかならいかならむむんとととおぼしおぼしおぼしながらながらながら例例れいののの御御おん癖癖くせなれなれなればばば今今いましもしもしも御御おん志志こころざしまさるまさるまさるべかべかべかめりめりめり。。。
- 7院院いんのののおはしましおはしましおわしましつるつるつる世世よこそこそこそ憚憚はばかりりり給給たまひひいつれつれつれ、、、后后きさきののの御心御心みこころいちはやくいちはやくいちはやくてててかたがたかたがたかたがたおぼしおぼしおぼしつめつめつめたるたるたることことことどもどもどもののの報報むくいせせせむむんとととおぼすおぼすおぼすべかべかべかめりめりめり。。。事事ことににに觸觸ふれれれてててはしたなきはしたなきはしたなき事事ことのみのみのみ出出いででで來來くれれればばばかゝるかゝるかかるべきべきべき事事こととととはははおぼしおぼしおぼしゝゝしかかかどどど、、、見見み知知しりりり給給たまははわぬぬぬ世世よのののうさうさうさににに立立たちちちまふまふまうべくべくべくもももおぼさおぼさおぼされれれずずず。。。
- 8左左ひだりのののおほいとのおほいとのおおいとのもももすさまじきすさまじきすさまじき心地心地ここちししし給給たまひひいててて殊殊ことにににうちうちうちにににももも參參まいりりり給給たまははわずずず。。。故故こ姬君姬君ひめぎみををを引引ひきききよぎよぎよぎてててこのこのこの大將大將だいしょうののの君君きみににに聞聞きこえええつけつけつけ給給たまひひいししし御心御心みこころををを、、、后后きさきはははおぼしおぼしおぼしおきおきおきててて宜宜よろしうしうしゅうももも思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。
- 9おとゞおとゞおとどののの御御おん中中なかももも素素もとよりよりよりそばそばしうそばそばしうそばそばしゅうおはするおはするおわするににに、、、故故こ院院いんののの御世御世みよにににははは我儘我儘わがままにににおはせおはせおわせしししををを時時とき移移うつりりりてててしたりしたりしたり顏顏がおにににおはするおはするおわするををを、、、あぢきなしあぢきなしあじきなしとととおぼしおぼしおぼしたるたるたるもももことわりことわりことわりなりなりなり。。。
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- 11限限かぎりなきなきなき御御おん覺覺おぼえええのののあまりあまりあまり物物もの騷騷さわがしきしきしきまでまでまで暇暇いとまなげなげなげににに見見みえええ給給たまひひいしししををを、、、通通かよひひい給給たまひひいししし所々所々ところどころももも方々方々かたがたににに絕絕たえええ給給たまふふう事事ことどもどもどもありありあり。。。かるがるしきかるがるしきかるがるしき御御おん忍忍しのびびびありきありきありきもももあいなうあいなうあいのう覺覺おぼしししなりなりなりててて殊殊ことにににししし給給たまははわねねねばばばいといといとのどやかのどやかのどやかににに今今いましもしもしもあらまほしきあらまほしきあらまほしき御御おん有樣有樣ありさまなりなりなり。。。
現代語訳
中宮が三条の宮にお移りになる儀式は以前と変わらないが、気のせいかしみじみとして、古い里の邸がかえって旅先のような気持ちがなさるにつけても、里住みが絶えていた年月の長さを思いめぐらされるのだろう。
年が改まったけれど、世の中は華やかなこともなく静かである。大将殿は気がふさいで、引きこもっていらっしゃる。除目のころなどは、院のご在位の時はいうまでもなく、ご退位後の年月も劣ることなく、門のあたりにすき間もなく立てこんでいた馬や車がまばらになって、宿直用の夜具の袋もほとんど見えず、親しい家司たちだけが、特に急ぐこともなさそうにしているのをご覧になるにつけても、これからはこうなのだろうと思いやられて、何となく興ざめである。
御匣殿(朧月夜)は、二月に尚侍におなりになった。院をお慕いして、そのまま尼におなりになった前の尚侍の後任であった。大切に扱われて、人柄もたいそうよくていらっしゃるので、大勢の女御・更衣が参り集っていらっしゃる中でも、とりわけご寵愛を受けていらっしゃる。
大后は里にいがちでいらっしゃって、参内なさる時のお部屋には梅壺をお使いになったので、弘徽殿には尚侍の君がお住みになる。登花殿の陰気だったのに比べて晴れ晴れとなって、女房なども数知れず集まって参り、華やかにはなやいでいらっしゃるが、お心の中は、思いがけなかった源氏との事などを忘れがたくお嘆きになる。
たいそうこっそりと便りを通わせなさることは、やはり以前と同じなのだろう。噂になったらどうなるだろうとお思いになりながらも、いつものご性分なので、今になってかえってお気持ちがまさるようである。院がご在世だった間こそ遠慮していらっしゃったが、大后のお心は激しくて、あれこれと思いつめていらっしゃったことの仕返しをしようとお思いのようだ。
事あるごとに、源氏には体裁の悪いことばかりが起こるので、こうなるはずのこととはお思いになっていたが、経験されたことのない世の中のつらさに、人前に立ち交じる気にもなれない。左大臣も興ざめな気持ちがなさって、特に宮中にも参内なさらない。亡き姫君(葵の上)を、東宮への入内を避けて、この大将の君にめあわせなさったお心を、大后は根に持って、よくもお思い申し上げなさらない。
大臣どうしの仲も、もともとよそよそしくていらっしゃるうえに、故院のご在位中には左大臣が思いのままにふるまっていらっしゃったのに、時勢が移って右大臣が得意顔でいらっしゃるのを、左大臣がおもしろくなくお思いになるのももっともである。
大将は、以前と変わらず左大臣家に通っていらっしゃって、仕えていた女房たちのことも、かえって細やかにお心配りなさり、若君を大切にお育て申し上げなさることこの上ないので、左大臣家では、しみじみとありがたいお心だと、いっそう大切にお世話申し上げなさることも、以前と同じである。
この上ないご寵愛のあまり、騒がしいほどに暇がなさそうにお見えになっていたのに、通っていらっしゃった所々とも、あちこちで途絶えなさることがある。軽々しいお忍び歩きも、つまらなくお思いになって、特になさらないので、たいそうのどかで、今になってかえって理想的なご様子である。
意訳
院の崩御後、世の中は華やかさを失い、除目の時期にも源氏の邸を訪れる人は減る。源氏は、権勢の移り変わりを身にしみて感じる。
朧月夜は尚侍となり、朱雀帝の寵愛を受けるが、源氏とのひそかな関係は続いている。大后は源氏方への報復を考え、左大臣も参内をやめる。源氏は左大臣家との縁を大切にし、若君を育てる。
語釈・文法注
- けいし
- 家司(けいし)。親王や大臣などの家の事務を取り扱う職員。
- ないしのかみ
- 尚侍(ないしのかみ)。内侍司の長官。天皇に近侍する女官で、実際には后妃に準じる扱いを受けた。
文法
- 推量の「べかめり」(まさるべかめり)
- 「べかるめり」の撥音便「べかんめり」の撥音の無表記。「まさるようだ」。
- 「こそ…已然形、」の逆接(世こそ憚り給ひつれ、)
- 「院のご在世中こそ遠慮していらっしゃったが」。係り結びの後に逆接で続く。
解説
桐壺院の死によって、源氏をめぐる政治状況は一変する。除目の時期に門前の車馬がまばらになるという描写は、権勢の移り変わりを具体的に示している。
朧月夜は尚侍となり、朱雀帝の寵愛を受けながらも、源氏との関係を続ける。この危うい関係が、やがて源氏の須磨退去の原因となる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、202–203頁(コマ103)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日