源氏物語 第10帖 賢木(2)
野宮の別れと斎宮の下向
久しぶりの対面に、源氏も御息所も思い乱れ、夜通し語り合う。明け方、二人は歌を交わして別れる。御息所の決心は変わらず、九月十六日、斎宮は桂川で御祓をする。源氏は別れを惜しむ歌を贈り、斎宮の代わりに女別当が返歌する。源氏は幼い斎宮に心ひかれる。御息所は娘とともに宮中に参り、十六歳で入内した昔を思い起こす。

- 1心心こころににに任任まかせせせててて見見み奉奉たてまつりりりつつつべくべくべく人人ひとももも慕慕したひひいざまざまざまにににおぼしおぼしおぼしたりたりたりつるつるつる年月年月としつきははは長閑長閑のどかなりなりなりつるつるつる御心御心みこころおごりおごりおごりにににさしもさしもさしもおぼさおぼさおぼされれれざりざりざりききき。。。
- 2又又また心心こころのののうちうちうちにににはははいかにいかにいかにぞぞぞややや、、、きずきずきずありありありててて思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまひひいにににししし後後のちはははたたたあはれあはれあわれもももさめさめさめつゝつゝつつかくかくかくおほんおほんおおん中中なかももも隔隔へだたりたりたりぬるぬるぬるををを、、、珍珍めずらしきしきしきおほんおほんおおんたいめんたいめんたいめんのののむかしむかしむかしおぼえおぼえおぼえたるたるたるにににあはれあはれあわれとととおぼしおぼしおぼし亂亂みだるゝるゝるることことことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。
- 3きしかたきしかたきしかた行行ゆくくくさきさきさきおぼしおぼしおぼし續續つづけけけられられられててて心心こころ弱弱よわくくく泣泣なききき給給たまひひいぬぬぬ。。。女女おんなはははさしもさしもさしも見見みえええじじじとととおぼしおぼしおぼしつゝむつゝむつつむめれめれめれどどどえええ忍忍しのびびび給給たまははわぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきをををいよいよいよいよいよいよ心苦心苦こころぐるしうしうしゅう猶猶なおおぼしおぼしおぼしとまるとまるとまるべきべきべきさまさまさまをををぞぞぞ聞聞きこえええ給給たまふふうめるめるめる。。。
- 4月月つきももも入入いりりりぬるぬるぬるにににやややあはれあはれあわれなるなるなる空空そらをををながめながめながめつゝつゝつつ怨怨うらみみみ聞聞きこえええ給給たまふふうににに、、、こゝらこゝらここら思思おもひひい集集あつめめめ給給たまへへえるるるつらさつらさつらさももも消消きえええぬぬぬべしべしべし。。。やうやうやうやうようよう今今いまはははととと思思おもひひい離離はなれれれ給給たまへへえるるるににに、、、さればよさればよさればよとととなかなかなかなかなかなか心心こころ動動うごきききててておぼしおぼしおぼし亂亂みだるるる。。。
- 5殿上殿上てんじょうののの若若わかきききんんん達達だちなどなどなどうちうちうち連連つれれれてててとかくとかくとかく立立たちちち煩煩わずらふふうなるなるなる庭庭にわのののたゝずまひたゝずまひたたずまいもももげにげにげに艶艶えんなるなるなる方方かたにににうけばりうけばりうけばりたるたるたる有樣有樣ありさまなりなりなり。。。思思おもほしほしおし殘殘のこすすすことことことなきなきなき御御おん中中なからひらひらいににに聞聞きこえええかはしかはしかわし給給たまふふうことことことどもどもどもまねびまねびまねびやらやらやらむむんかたかたかたなしなしなし。。。
- 6やうやうやうやうようよう明明あけけけ行行ゆくくく空空そらののの氣色氣色けしき殊更殊更ことさらにににつくりつくりつくり出出いでででたらたらたらむむんやうやうようなりなりなり。。。「「「あかつきあかつきあかつきののの別別わかれはははいつもいつもいつも露露つゆけきけきけきをををこここははは世世よににに知知しらららぬぬぬ秋秋あきのののそらそらそらかなかなかな」」」出出いでででがてがてがてににに御手御手てををを執執とらへへえてててやすらひやすらひやすらい給給たまへへえるるる、、、いみじういみじういみじゅうなつかしなつかしなつかし。。。
- 7風風かぜいといといとひやゝかひやゝかひややかににに吹吹ふきききててて松蟲松蟲まつむしののの鳴鳴なきききからからからしししたるたるたる聲聲こえももも折折おり知知しりりり顏顏がおなるなるなるををを、、、さしてさしてさして思思おもふふうことことことなきなきなきだにだにだに聞聞ききききすぐしすぐしすぐし難難がたげげげなるなるなるににに、、、ましてましてましてわりなきわりなきわりなき御御おん心心こころ惑惑まどひひいどもどもどもににになかなかなかなかなかなかことことこともももゆかゆかゆかぬぬぬにににややや。。。
- 8「「「大大おおかたかたかたののの秋秋あきのののわかれわかれわかれもももかなしきかなしきかなしきににに鳴鳴なくくくねねねなななそへそへそえそそそ野邊野邊のべののの松蟲松蟲まつむし」」」。。。悔悔くやしきしきしきことことこと多多おおかれかれかれどどどかひかひかいなけれなけれなければばば明明あけけけ行行ゆくくく空空そらもももはしたなくはしたなくはしたなくててて出出いででで給給たまふふう道道みちののの程程ほどいといといと露露つゆけしけしけし。。。
- 9女女おんなもももえええ心心こころ强强づよからからからずずず名殘名殘なごりあはれあはれあわれにてにてにて眺眺ながめめめ給給たまふふう。。。ほのほのほの見見み奉奉たてまつりりり給給たまへへえるるる月影月影つきかげのののおほんおほんおおんかたちかたちかたち猶猶なおとまれとまれとまれるるるにほひにほひにおいなどなどなど、、、若若わかききき人々人々びとははは身身みにににしめしめしめててて過過あやまちちちもももしししつつつべくべくべくめでめでめで聞聞きこゆゆゆ。。。いかいかいかばかりばかりばかりののの道道みちにてにてにてかかか斯斯かかるるるおほんおほんおおん有樣有樣ありさまををを見見み棄棄すててててててははは別別わかれれれ聞聞きこえええむむんとととあいなくあいなくあいなく淚淚なみだぐみぐみぐみあへあへあえりりり。。。
- 10御御おん文文ふみ常常つねよりよりよりももも細細こまやかやかやかなるなるなるはははおぼしおぼしおぼし靡靡なびくくくばかりばかりばかりなれなれなれどどど又又またうちうちうちかへしかへしかえし定定さだめめめかねかねかね給給たまふふうべきべきべきことことことならならならねねねばばばいといといとかひかひかいなしなしなし。。。
- 11男男おとこはははさしもさしもさしもおぼさおぼさおぼさぬぬぬことことことをををだにだにだになさけなさけなさけのののためためためにににははは能能よくくくいひいひいい續續つづけけけ給給たまふふうべかべかべかめれめれめればばば、、、ましてましてましておしなべておしなべておしなべてのののつらつらつらにににははは思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまははわざりざりざりししし御御おん中中なかのののかくかくかくててて背背そむききき給給たまひひいなななむむんとととするするするををを、、、口惜口惜くちおしうしうしゅうもももいとほしういとほしういとおしゅうもももおぼしおぼしおぼし惱惱なやむむむべしべしべし。。。
- 12旅旅たびのののおほんおほんおおんさうさうそう束束ぞくよりよりよりはじめはじめはじめ人々人々びとのののまでまでまで何何なにくれくれくれののの御御おん調度調度ちょうどなどなどなど嚴嚴いかめしうめしうめしゅう珍珍めずらしきしきしきさまさまさまにてにてにてとぶらひとぶらひとぶらい聞聞きこえええ給給たまへへえどどど何何なにととともももおぼさおぼさおぼされれれずずず。。。あはあはしうあはあはしうあわあわしゅう心心こころ憂憂うききき名名なをををのみのみのみ流流ながしししててて淺淺あさましきましきましき身身みののの有樣有樣ありさまををを今今いま始始はじめめめたらたらたらむむんやうやうようににに程程ほど近近ちかくくくなるなるなるまゝまゝままににに起起おきききふしふしふし嘆嘆なげききき給給たまふふう。。。
- 13齋宮齋宮さいぐうははは若若わかきききおほんおほんおおん心心こころにににふぢやうふぢやうふじょうなりなりなりつるつるつる御御おん出立出立いでたちのののかくかくかく定定さだまりまりまり行行ゆくくくををを嬉嬉うれしししとととのみのみのみおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。世世よののの人人ひとはははれいれいれいなきなきなきことことことゝゝともどきもどきもどきもももあはれあはれあわれにににももも樣々樣々さまざまににに聞聞きこゆゆゆべしべしべし。。。何事何事なにごとももも人人ひとにににもどきもどきもどきあつかはあつかはあつかわれれれぬぬぬきはきはきわゝゝはやすげやすげやすげなりなりなり、、、なかなかなかなかなかなか世世よにににぬけぬけぬけ出出いでででぬるぬるぬる人人ひとののの御御おんあたりあたりあたりははは所所ところせきせきせき事事こと多多おおくくくなむなむなん。。。
- 14十六日十六日じゅうろくにち桂川桂川かつらがわにてにてにておほんおほんおおんはらへはらへはらえししし給給たまふふう。。。常常つねののの儀式儀式ぎしきにににまさりまさりまさりててて送使送使そうしなどなどなどさらさらさらぬぬぬ上達部上達部かんだちめもももやんごとなくやんごとなくやんごとなくおぼえおぼえおぼえあるあるあるをををえらえらえらせせせ給給たまへへえりりり。。。院院いんののの御心御心みこころよせよせよせもももあれあれあればばばなるなるなるべしべしべし。。。
- 15出出いででで給給たまふふうほどほどほど大將殿大將殿だいしょうどのよりよりよりれいれいれいののの盡盡つきききせせせぬぬぬことことことどもどもども聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。「「「かけまくかけまくかけまくももも畏畏かしこきききおまへおまへおまえににに」」」とととててて木綿木綿ゆうにににつけつけつけててて「「「なるなるなる神神かみだにだにだにこそこそこそ、、、八洲八洲やしまもるもるもる國國くにつつつ御神御神みかみもももこゝろこゝろこころあらあらあらばばば飽飽あかかかぬぬぬわかれわかれわかれののの中中なかをををことわれことわれことわれ。。。思思おもひひい給給たまふるふるうるににに飽飽あかかかぬぬぬ心地心地ここちししし侍侍はべるるるかなかなかな」」」とととありありあり。。。
- 16いといといとさわがしきさわがしきさわがしきほどほどほどなれなれなれどどど御御おんかへりかへりかえりありありあり。。。宮宮みやのののおほんおほんおおんをばをばをばによによによしししててて書書かかかかせせせ給給たまへへえりりり。。。「「「國國くにつつつ神神かみそらそらそらにににことわることわることわる中中なかならならならばばばなほざりごとなほざりごとなおざりごとをををまづまづまずやややたゞさたゞさたださむむん」」」
- 17大將大將だいしょうははは御御おん有樣有樣ありさまゆかしうゆかしうゆかしゅうててて內裏內裏うちにににももも參參まいらららまほしうまほしうまほしゅうおぼせおぼせおぼせどどど、、、うちうちうち棄棄すてててられられられててて見見み送送おくらららむむんももも人人ひとわろきわろきわろき心地心地ここちししし給給たまへへえばばば、、、おぼしおぼしおぼしとまりとまりとまりててて徒然徒然つれづれにににながめながめながめ居居い給給たまへへえりりり。。。
- 18宮宮みやののの御御おん返返かえりりりのののおとなおとなしきおとなおとなしきおとなおとなしきをををほゝゑみほゝゑみほほえみててて見見み居居い給給たまへへえりりり。。。御御おん年年としのののほどほどほどよりよりよりはははをかしうをかしうおかしゅうもももおはすおはすおわすべきべきべきかなかなかなとととたゞたゞただならならならずずず、、、かやうかやうかようにににれいれいれいににに違違たがへへえるるる煩煩わずらはしさはしさわしさににに必必かならずずず心心こころかゝるかゝるかかる御御おん癖癖くせにてにてにて
- 19いといといと能能よううう見見み奉奉たてまつりりりつつつべかりべかりべかりししし、、、いはけなきいはけなきいわけなき御御おん程程ほどををを見見みずずずなりなりなりぬるぬるぬるこそこそこそ妬妬ねたけれけれけれ、、、世世よののの中中なかさだめさだめさだめなけれなけれなければばばたいめたいめたいめするするするやうやうようもももありありありなななむむんかしかしかしなどなどなどおぼすおぼすおぼす。。。
- 20心心こころにくゝにくゝにくくよしよしよしあるあるある御御おんけはひけはひけわいなれなれなればばば物見車物見車ものみぐるま多多おおかるかるかる日日ひなりなりなり。。。申申さるののの時時ときにににうちうちうちににに參參まいりりり給給たまふふう。。。御息所御息所みやすんどころ御輿御輿みこしににに乘乘のりりり給給たまへへえるるるにににつけつけつけてててももも、、、父父ちちおとゞおとゞおとどのののかぎりかぎりかぎりなきなきなきすぢすぢすじにににおぼしおぼしおぼし心心こころざしざしざしててていつきいつきいつき奉奉たてまつりりり給給たまひひいししし有樣有樣ありさまかはりかはりかわりててて末末すえののの世世よににに內內うちををを見見み給給たまふふうにににももも物物もののみのみのみつきせつきせつきせずずずあはれあはれあわれにににおぼさるおぼさるおぼさる。。。
- 21十六十六じゅうろくにてにてにて故故こ宮宮みやににに參參まいりりり給給たまひひいててて、、、はたちはたちはたちにてにてにて後後おくれれれ奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。三十三十みそじにてにてにてぞぞぞ今日今日きょうまたまたまた九重九重ここのえををを見見み給給たまひひいけるけるける。。。
現代語訳
思いのままにお会いできて、相手も慕っていらっしゃった年月は、のんびりとしたおごった気持ちから、それほど大切にもお思いにならなかった。また心の中では、どういうものか、欠点があると思い申し上げてから後は、愛情もさめていって、こうしてお二人の仲も隔たってしまったのに、久しぶりのご対面が昔を思い出させるので、しみじみと思い乱れなさることこの上ない。
過去のことや将来のことを思い続けられて、心弱くお泣きになった。女は、そうとは見せまいと包み隠していらっしゃるようだが、こらえきれないご様子を、いっそう気の毒にお思いになって、やはり伊勢へは行かずに思いとどまるようにと申し上げなさるようだ。
月も沈んでしまったのだろうか、しみじみとした空を眺めながら恨み言を申し上げなさるので、御息所の心に積もり積もったつらさも消えてしまいそうである。だんだんと、今はもうと思い切っていらっしゃったのに、やはりこうなると思ったとおり、かえって心が揺れて思い乱れなさる。
殿上の若い君達などが連れ立って、あれこれと立ち去りかねていたという庭のたたずまいも、本当に優美な方面では第一の場所である。思い残すことのないお二人の間で語り合われたことは、とても書き表しようがない。
だんだんと明けていく空の様子は、わざわざ作り出したかのようである。「明け方の別れは、いつも涙の露に濡れるものだが、今朝の別れは、これまで知らなかったほど悲しい秋の空だ」。帰りかねて御息所のお手を取ってためらっていらっしゃる様子は、たいそう心ひかれる。
風がたいそう冷ややかに吹いて、松虫の鳴きからした声も、折を心得たようなのを、特に物思いのない者でさえ聞き過ごしがたいのに、まして、どうにもならないほど心が乱れているお二人には、かえって歌もうまく詠めないのだろうか。「ただでさえ秋の別れは悲しいのに、鳴く声を添えて悲しみを深めないでおくれ、野辺の松虫よ」。
悔やまれることは多いが、どうしようもないので、明けていく空もきまりが悪くて、お帰りになる道中は、たいそう涙がちである。女も気丈にしていられず、名残惜しくて物思いにふけっていらっしゃる。ほのかに拝見した月光の中のお姿や、まだ残っている香りなどを、若い女房たちは身にしみて、過ちもしてしまいそうなほどお褒め申し上げる。「どれほどの旅だからといって、このようなお方を見捨ててお別れ申し上げるのでしょう」と、わけもなく涙ぐみ合っている。
お手紙がいつもより心がこもっているのは、御息所のお心がなびいてしまいそうなほどであるが、また考え直して決心を変えられるようなことでもないので、まったくかいがない。男は、それほどお思いでないことでさえ、情けのためには上手に言い続けなさるようだから、まして並一通りには思い申し上げなかった仲の方が、こうして背いていこうとなさるのを、残念にも気の毒にもお思い悩みになるのだろう。
旅のご装束をはじめとして、女房たちのものまで、あれこれの道具類などを、立派で珍しい様子でお贈り申し上げなさるが、御息所は何ともお思いにならない。軽々しくつらい浮き名ばかりを流して、あきれるような身の上を、今初めて知ったかのように、出立が近くなるにつれて、寝ても覚めても嘆いていらっしゃる。
斎宮は、幼いお心に、決まらなかったご出立がこうして決まっていくのを、うれしいとばかりお思いになっていた。世間の人は、母が付き添うのは例のないことだと非難もし、同情もして、さまざまに噂するのだろう。何事も人に非難されない身分の者は気楽なものだ。かえって世に抜きん出た人の身の回りは、窮屈なことが多いのである。
九月十六日、桂川で御祓をなさる。いつもの儀式にまさって、長奉送使など、ほかの上達部も、身分が高く評判のよい人をお選びになった。院のお心寄せもあるからだろう。出立なさる時、大将殿から、いつものように尽きない思いを申し上げなさった。「かけまくもかしこき御前に」と言って、木綿につけて、「鳴る神でさえ(仲を裂かないというのに)。日本の国を守る国つ神にも心があるならば、名残の尽きない二人の別れのわけを、判断してください。いくら考えても、名残の尽きない気持ちがすることです」と書いてある。
たいそう取り込んでいる時であるが、ご返事がある。斎宮のご返事は、女別当に書かせなさった。「国つ神が空から二人の仲を判断なさるなら、あなたのいいかげんな言葉を、まず問いただされることでしょう」。大将は、そのご様子を見たくて、宮中にも参上したいとお思いになるが、捨てられて見送るのも体裁が悪い気がなさるので、思いとどまって、所在なく物思いにふけっていらっしゃった。
斎宮のご返事が大人びているのを、ほほえんでご覧になっていた。お年のわりには、魅力的でいらっしゃるにちがいないなあと、心穏やかでない。このように普通と違って面倒なことには、必ず心がひかれるご性分で、たいそうよく拝見できたはずの幼いころを見ずに終わってしまったのが残念だ、世の中は定めがないから、お会いすることもあるだろうなどとお思いになる。
奥ゆかしく、たしなみのある方々なので、見物の車が多い日である。申の時に宮中に参入なさる。御息所は、御輿にお乗りになるにつけても、父大臣がこの上ない地位をと志して大切にお育てになったご様子とは変わって、晩年になって宮中をご覧になるにつけても、尽きることなくしみじみとお思いになる。十六歳で故東宮に入内なさって、二十歳で先立たれ申し上げなさった。三十歳で、今日また宮中をご覧になったのであった。
意訳
久しぶりの対面に、源氏は御息所への思いがよみがえり、伊勢へ行かないでほしいと引き止める。御息所の心も揺れるが、明け方、二人は歌を交わして別れる。
九月十六日、斎宮は桂川で御祓をし、宮中に参る。源氏は別れを惜しむ歌を贈り、斎宮の代わりに女別当が返歌する。源氏はまだ見ぬ斎宮に心をひかれる。御息所は、十六歳で東宮妃として入内した昔を思い起こしながら、三十歳で再び宮中を見る。
語釈・文法注
- ちやうぶ
- 長奉送使(ちょうぶそうし)。斎宮が伊勢へ下る時、伊勢まで送り届ける勅使。
- によ別當
- 女別当(にょべっとう)。斎宮に仕える女官の長。
文法
- 禁止の「な…そ」(鳴くねなそへそ)
- 「鳴く声を添えないでおくれ」。
- 反実仮想を含む推量(いと能う見奉りつべかりし)
- 「たいそうよく拝見できたはずの(幼いころ)」。「つべし」は強い可能性を表す。
和歌
あかつきの別はいつも露けきをこは世に知らぬ秋のそらかな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 野宮での別れの明け方、源氏が詠んだ歌。明け方の別れは、いつも涙の露に濡れるものだが、今朝の別れは、これまで知らなかったほど悲しい秋の空だ。
大かたの秋のわかれもかなしきに鳴くねなそへそ野邊の松蟲
- 詠者
- 六条御息所
- 状況
- 源氏への返歌。ただでさえ秋の別れは悲しいのに、鳴く声を添えて悲しみを深めないでおくれ、野辺の松虫よ。
修辞
- 掛詞
- 「松蟲」の「まつ」に「待つ」を響かせ、源氏を待ち続けた日々を思わせる。
八洲もる國つ御神もこゝろあらば飽かぬわかれの中をことわれ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 斎宮の下向の日、木綿につけて贈った歌。日本の国を守る国つ神にも心があるならば、名残の尽きない二人の別れのわけを、判断してください。
國つ神そらにことわる中ならばなほざりごとをまづやたゞさむ
- 詠者
- 秋好中宮(女別当の代筆)
- 状況
- 源氏への返歌。国つ神が空から二人の仲を判断なさるなら、あなたのいいかげんな言葉を、まず問いただされることでしょう。
解説
野宮の別れは、源氏物語の中でもっとも情趣深い場面の一つである。秋の明け方、松虫の声の中での別れは、のちに能「野宮」の題材にもなった。御息所は、源氏への思いがよみがえりながらも、伊勢へ下る決心を変えない。そこに、誇り高い御息所の生き方が表れている。
源氏が斎宮に心をひかれる場面は、のちの展開の伏線である。この斎宮は、のちに源氏の養女として冷泉帝に入内し、秋好中宮となる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、196–199頁(コマ100–101)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日